イバラキング
照れてるのを見られたくないと言う理由から店長となるべく視線を合わせないようにしながら俺は、冷凍庫の中から2玉のメロンを取り出す。
店長もまだ時間が早く客も来ていない事から、このままキッチンに残り俺の仕事を見学するつもりらしい。別段見られて困るような事は何一つとして無いので、気にせずに作業に没頭する。
メロンをまな板の上に乗せ、ペティナイフとカービングナイフ、カッティングナイフを用意した後、ペティナイフを手にしてメロンの下側を少しだけ切り落とし据わりを良くする。ヘタの付いてる所を頂点にして、幅を3㎝ほど取って縦にナイフを入れる、切る深さを横から見て確認しながらメロンの丁度真ん中まで縦に切れ目をいれていき、次に切った深さに合わせてメロンの真横からナイフを入れ、L字になるように切っていった。
反対側も同じようにL字にメロンを切り落とす。そうして切った場所からカービングナイフを果肉と皮の間に刺し入れて、慎重に幅3㎝の部分の果肉を切り抜いていった。そこまで加工してから、ナイフをまな板に置いた後に店長が話し掛けてきた。
『氷室君、これどうなるの?』
「あ~メロンでカゴを作ってるですよ、ほらこの3㎝ぐらいの所がカゴの持ち手ね、まぁ実際にここ持って持ち上げたら千切れるだろうけど」
俺は店長の質問に答えたのだが、まだ加工途中だった事もあってか、店長には出来上がりの想像が付かなかったようで、いまいちピンと来ている顔は見せなかった。
その後はスプーンを手に持って、メロンの種が詰まっている真ん中の部分から種を掬い取り捨てていく。綺麗に種が取れたメロンを見た店長は、実際にメロンの中に空間が出来た姿を見て、ようやくカゴの意味が理解出来たみたいだ。
『あ~なるほどね、確かにカゴだね』
そう言った店長に向けて、笑顔を見せて答えた。
その後はカービングナイフを使ってメロンの皮と果肉の部分にナイフを入れ適度なサイズのメロン片をどんどんと皮から切り離していった。全ての果肉を皮から切り離し終えた俺は、店長に向け残った皮だけになったメロンを見せながら。
「ほら、カゴでしょ? で、この中に切ったフルーツの果肉をまた詰めていくって訳」
こうしてまだ何の加工も施していないもう1玉のメロンも同じようにカゴを作っていった。そして出来上がった2つのメロンで出来たカゴと、切り離したメロン果肉をトレーの上に乗せ上から軽くラップをトレーごと包むように被せてから冷凍庫の中に戻した。
その際に少しだけ冷凍庫に戻さずに置いたままにしてあったメロン片を一口サイズに切り、店長に1つを渡しもう1つを自分の口の中に放り込んだ。
「うん、美味い流石イバラキング」
『イバラキングってこのメロンの名前?』
店長は俺から渡されたメロン片を顔の高さまで掲げて俺に聞いてくる。
「そうですよ、多分日本で一番美味しいメロンの品種の名前です、日本で一番メロンを作ってる茨城県で最高のメロンって言われてるメロンです」
俺がメロンの品種を説明すると、店長は日本で一番美味しいメロンと言う言葉を聞いて、自分の口の中へとメロンを放り込み咀嚼を始めた。
『うわ! 本当だめっちゃ美味いねこのメロン』
「でしょ? まぁ普通じゃこんなメロン使えないけど、ここはホストクラブですしね」
そうなのだ。普通のお店やキャバクラなんかじゃ、こんな高級な果物をバカバカと使用してフルーツの盛り合わせは作れない。
そんな値段が跳ね上がるのが目に見えてる物なんかは、そうそう注文なんかされないからだ。しかし、ここはホストクラブ。
見栄と欲望が渦巻く世界なのだ。客はほぼ全員が金をたくさん持ってる風俗で働く女性達等だ、一皿数万円はするフルーツの盛り合わせだろうと注文をしてくる。だからこそ、こちらも普段は使えない高級フルーツだって遠慮なく使う事が出来る。
俺はホストクラブでの手伝い。と言う仕事に就いて感じた、ホストクラブの良い所の内の一つを、利用させて貰う事にしていた。
そんなやり取りを店長と交わしていたら、表のフロアからカウンターを通りキッチンまで若手ホストが一人やって来た。
『あっ店長キッチンに居たんですね、ちょっと探しちゃいましたよ、姫神さん同伴で店に来ましたよ』
その言葉を受けてフロアへと戻る店長に俺は声を掛けた。
「店長、あのNo.1ホストちょっと呼んできてまた後から教えて貰ってないとか、ゴネられたら流石の俺でもキレそうだから」
そして、店長と一緒にキッチンへとやって来たワガママなNo.1ホスト【姫神 楓】に向け、先程他のホストにしたように、今日仕入れて来たフルーツについての説明をした。違う点は他のホスト達には試食をさせたが、コイツにはフルーツを見せるだけで終わらせた。
そのまま直ぐにNo.1ホストの客からフルーツの盛り合わせのオーダーが来ると予想していたが、その予想に反してオーダーは来なかった。別に来ないなら来ないで構わないから、どうでもいい事なんだが。




