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チップとラーメンとギョーザと

 客とホストのワガママに付き合わされ、無駄な労力を掛けさせたられたが、ちょっとした悪戯を成功させて気分を相殺させた俺は、キッチンの何時もの椅子に座り、ここに来るついでにグラスに注いで持ってきた炭酸飲料を飲んで一息ついた。


 「まさか読める奴が居るとはな……」


 俺はコッソリと仕込んだ悪戯の内容を思い出し、その内容を正確に理解している奴が居た事に思い出し笑いを小さくあげてしまった。


 客がワガママを言うのは良い訳では無いがまだ許容も出来るが、店へのトラブル回避の為に一緒になって客を宥めるべき立場の奴が、ワガママを言い出すとは……


 その後は特に何もトラブルも無く、ウインナー炒めやフライドポテトなどの普通のオツマミを何度か作り、厨房を任せられている立場の仕事をこなして過ごした。そんな感じで仕事をしていた時に、俺は自分のズボンのポケットに入れてある携帯が振動しているのを、感じ取った。ポケットから携帯を取り出して確認すると、オーダーストップ30分前であった。


 俺は、椅子から立ち上がりカウンターへ向かい、カウンターのマイクを掴むと。


 「カウンターリクエスト」


 そう符丁を店内に流す。暫くすると各テーブルに着いていた若手のヘルプをしているホストの何人かがカウンターへとやって来た。

俺はそいつらに向けて、ラストオーダーと一言だけ告げる。

それを聞いた各自は、またテーブルへと戻って行きそしてまた直ぐにカウンターに帰ってきた。


 『『『オーダー大丈夫です』』』


 そんな若手のホスト達と俺との間で、確認作業と言う名のやり取りをしていた時に、俺が勝手にあだ名を付けた【聖君ことひじき君】がカウンターへとやって来た。


 『あっ氷室さん姫神さんのお客さんが、氷室さんにお礼したいって言ってて……』


 その言葉に俺は【またかよ】と正直、面倒くさく思った。


 「そっか、それじゃお客様の前に出られるような格好をしていないので、お気持ちだけ受け取っておきます、そう伝えといてくれ」


 そうひじき君に伝言を頼んだ後、ラストオーダーも無かった事で俺は一足早く、厨房の後片付けの為にキッチンへと引っ込んで行った。


 今日使った調理器具や下げられて来た皿などの洗い物を済ませると、次に流し台の蛇口にホースの先を突っ込み、水を出した。反対側のホースの先を掴んでキッチンの床に水を撒いて行く。ある程度床が濡れたら、デッキブラシを使って床にブラシを掛ける。

排水溝に水を流しながら、床の掃除を終わらせた俺は、調理台の下の棚から漂白剤を取り出して、キッチンペーパーをすき間無く並べたまな板に漂白剤を掛けていき消毒を施す。


 そして、全ての後片付けを終わらせた俺は、流しの横のスペースに初日から持参していた砥石を置いて、愛用のペティナイフ。カービングナイフ。カッティングナイフ。後は元々からこの店のキッチンに置いてあった文化包丁を並べて、一つ一つ順番に俺が納得する切れ味になるように研いでいった。


 研ぎを全てのナイフと包丁に済ませると砥石カスを落とす為に入念に洗い流し、しっかりと水気を拭き取り包丁とナイフを収納して、オーダーストップ後に行う全ての作業を終わらせた。


 後は閉店時間まで、ゆっくりと休憩して過ごすだけだ。

タバコに火を点け本日の仕事で疲労した心に癒しの一時を与えていた時に、キッチンにひじき君がやって来た。


 『氷室さ~ん、あっ居た居た』


 いや、そりゃ居るだろう流石の俺でも勝手には帰らんぞ。


 「うん? 何?」


 『あっこれ、氷室さんにって預かって来ましたよ』


 そう言って、ひじき君は俺に白い封筒を渡して来た。受け取った後に中身を確認すると2~3枚程の一万円札が入っていた。


 「これは?」


 そう言いながら、白い封筒をピラピラとひじき君の前で振ると、ひじき君から。


 『姫神さんのお客さんから、氷室さんにチップだって、あのお客さん少しワガママな所あるけど、本当は良いお客さんなんですよね~姫神さんが、少し宥めたりしたら今日だって素直に引いたと思うし』


 なるほどな。姫神と言う名前のNo.1が増長させてしまってるのか。俺はひじき君の言葉を聞いて、さっきまで持っていた、あの客に対するイメージをプラス修正して、姫神に持つ印象をマイナス修正した。


 「そっか、お客さんに【厨房担当の者が非常に感謝していました】って伝えといてくれよ」


 『はい』


 そう言うとキッチンからテーブルへと戻ろうとしているひじき君に向けて、俺は声を掛けた。


 「チップも貰えたし、今日は帰りに俺の奢りでラーメンでも食いに行こうぜ、ひじき君と同じように寮に住んでる奴に、声掛けといてくれよ、店が終わってからの時間でもやってるラーメン屋ぐらい当然知ってんだろ?」


 俺がそう言って若手ホスト達にメシを奢ってやるから一緒に食いに行こうと誘うと、良い額の給料を貰えて無い常に貧乏な若手ホストでもあるひじき君が、笑顔で。


 『みんなに声掛けておきますね、氷室さんご馳走になります』


 そう言ってキッチンから出ていった。


 そして、ひじき君と入れ替わるように店長がキッチンに顔を出して、今日もお疲れ様明日もよろしくね。等と普通の挨拶のやり取りの後。


 『氷室君、これ約束のスイカ2つ分の氷室君の取り分ね』


 そう言って封筒を差し出した。俺は最初に約束をしていた為に、遠慮する事無く、ありがたく店長から封筒を受け取って中身を確認した。


 「あれ? 店長多いですよ? 10で売って5バックって言ってませんでした?」


 『あ~多い分の3万は、ドンペリゴールドまで一緒に売ってくれたお店からのお礼って事で』


 そう言って笑いながら店長は表のフロアへと戻って行った。


 俺は、チップとバックマージンが入った2つの封筒を見つめながら。


 「ラーメンにギョーザも付けてやるか」


 そう独り言を呟いた……

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