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わがままな客とわがままなホスト

 常にキッチンの中か居てもカウンターの内側までしか顔を出さない俺が、事の経緯を知ったのは、少しだけ遅れてからだった……


 この店のNo.1ホストである【姫神 楓】は毎日のように自分の所属しているホストクラブが営業を開始する前までに店に来る事は無い。多くの客を持っている彼は、常に出勤する時は客と一緒に店へとやって来る。所謂【同伴】と呼ばれる事を行っていた。

そして、多くのこの手の店での決まり事の中に【同伴の時は開店時間に遅れて店に出勤してもいい】と言う決まりがある。


 今日も何時もと同じように、自分の客の一人を伴って同伴出勤をしてきた。そのまま客を空いているテーブル席へと案内していく姫神 楓。若手のホスト達には今日同伴してきた客が誰なのかは、店に来た時点で分かっていたのだろう。姫神 楓と客がテーブル席のソファーに座るとほぼ同時に、ヘルプに着くつもりの若手ホストの何人かの手により客がキープしておいた高級ブランデーのボトルや氷やミネラルウォーターが入ったペットボトル等が運ばれ来る。


 これから客はこの店で一番のホストを自分の横に侍らせ、若手ホスト達数人に自分の周りを囲わせて、楽しい時間を過ごすのだろう。いつもと同じだったのなら……


 姫神 楓が連れて来た客は、何の気無しに隣のテーブル席を見た、そのテーブルの上には俺の悪戯心で作った飾り切りが施された小玉スイカが置いてあった。客は当然のようにそのスイカに目が行ったらしい、そして隣に座る自分の事を担当にしているホストに言ったそうだ。


 『ねぇ、隣のテーブルのフルーツ盛りスゴいね』

 

 それを聞いた姫神 楓は。


 『あ~新しくバイトで来たキッチンの子が、有名なホテルのラウンジに居た経験あって、フルーツを綺麗に切ったりするのが得意なんだって、お前も見てみたかったら頼んでみるか?』


 ホストクラブで頼むフルーツの盛り合わせがいくらの値段が付くかなんて事を一切気にもしてない、言われた客もそんな事は気にしないのだろう、コンビニでお菓子でも買うか? ぐらいのノリで会話が交わされていた。


 そしてタイミングが良いのか悪いのか、丁度隣のテーブルの客にそのテーブルに着いているヘルプのホストが、小玉スイカの器の中からシャンパンと丸く切り抜かれた果肉のいくつかを掬い、渡している場面を目撃してしまった。


 『ねぇ、あれ何?』


 姫神 楓が同伴してきた客が、自分のテーブルに着いたヘルプのホストに訪ねた。当然、事情を把握している若手ホストが説明をする。


 『あ~あれはあのスイカが器になってて中にシャンパン入れてあるんですよ、スゴイですよねあんなの作れちゃうなんて』


 その説明を聞いた客は、自分も欲しいと思った。No.1のホストを指名していると言うプライドを刺激されたのだろう、この店で一番のホストを横に侍らせている自分が、この店で一番の客で無いのは納得が出来ないと。


 ヘルプのホストにオーダーを通した。しかし、ヘルプのホストからは客が予想していなかった言葉が返ってくる。


 『すみませんアレあの一個しか無いらしいんですよ』


 それを聞いた客は、途端に不機嫌になっていく。一番の客であるはずの自分が一個しか無いと言う一番の物を手に出来ないと言う事実に。そして隣に座るNo.1ホストの姫神 楓に言ったそうだ。


 『No.1ホストの楓の客の私に無いっておかしくない?』


 不機嫌になっていた客をなだめる為にも、姫神 楓は俺に作って貰うように直々に頼んで来る。そう言ったらしい。


 そして……俺は今、キッチンの定位置であるパイプ椅子に座りタバコを吹かしながら目の前に立つ、この店のNo.1ホストと心配になり後からやって来た店長との二人と話をしている。


 「いや、だから無い物は無い訳よ分かる?」


 『無いのは分かったから、新しく作ってって言ってるんだよ』


 「だから、その作ろうにも材料からして無い訳よ」


 俺は、姫神 楓に無理な物は無理だと普通に説明をしている。本来こんなアホらしい話し合い自体したくも無いレベルの事だ。


 「そんなに作って欲しいなら材料持って来いよ」


 俺は聞き分けの悪い目の前のホストに段々と腹を立ててきていたから、言葉遣いも荒くなっていた。


 『何で俺が持って来るんだよ? それお前の仕事だろ?』


 「そうだな、だけどアレに関しては別に店のメニューに載ってる訳でも無い、ただ試しに作ってみただけの物なんだよ」


 俺は既にバカらしく白けきってはいたが、一応は説明を続けた。

姫神 楓の言いたい事も分からんでは無い。客がゴネ出した解決策として、同じ物を提供したいって気持ちも。だけど、今の時間からやってるような果物屋なんて無いだろ。せめて明日もう一度連れて来るから作っておいてくれ。ぐらいにして欲しい。


 姫神 楓はこの店のNo.1ホストだ。

きっと今までにも色んな優遇を受け、少しぐらいのワガママでも通してきてるんだろう。まぁ頑張った結果、店で偉そうにするのには俺も別段思うところは無いが、無理な事は無理だと納得して欲しい。


 『明日、氷室君にもう一個作って貰うから、明日も来て貰うって事にしたら?』


 店長からも妥協案が提示されるも、一歩も譲ろうとしない姫神 楓。いい加減真底鬱陶しくなってきた俺は。


 「分かった分かった、同じ物はスイカが無いから出来ないが、代わりになりそうな物を今から作ってやるよ、1時間ぐらい客に待つように言っとけ、後今から作る物は、同じ物を提供してやれないお詫びって事で、お代は要らないって事もな」


 そう言って、俺は少しばかり苦労をする事を決めた。店長にも、それでいいかと確認を取ると、お詫びと言う事で店からのサービスと言う事にする。と俺がお代を自腹で被る事を回避してくれる答えが返ってきた。


 「ほら、そんな目の前に何時までも立ってないで、客の所に戻れよ、直ぐ出来る物でも無いんだから」


 俺はそう言って、姫神 楓をキッチンから追い出した。

本人はワガママが通った事でNo.1のプライドが保てたと思ったのか、素直にキッチンから出ていった。残った店長は俺に謝罪をしてくれた事もあり、店長の顔を立ててやる。と言う理由で客とNo.1ホストのワガママに付き合ってやる事に無理やり納得した。


 「ったくよ~客のワガママも諌められずに、一緒になってワガママ言うなよ……あんなんがNo.1なのかよ……」


 俺は、ブツブツと愚痴を溢しながらも、作業へと取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

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