お披露目その2
予想以上に興味を持って貰えた、バラ花が刻まれたスイカを、また慎重にキッチンの冷凍庫の中へと戻した俺は、そのまま、もう一つのスイカの方も取り出し、またカウンターへと運んでいく。
未だカウンターの周囲に集まったままだった、店長や上位ホスト達に向けて俺は。
「バラは一個しか無いけど、こう言うのも作ってみたよ」
そう声を掛けた後にスイカを乗せたトレーをカウンターの上に置く。俺の声に反応して、次は何を見せてくれるんだ? と興味深々の店長や上位ホスト達が、俺の置いたスイカの周りに集まって来た。
そこには、スイカの特徴でもあるシマシマ模様が綺麗に消され、代わりに格子模様が刻まれたスイカが鎮座している。
「これは、中身をくり抜いて【器】として使う物ね」
俺が始めた説明を一言すら聞き漏らさない。そんな姿勢を見せ集まった連中が、格子模様の刻まれたスイカに見いっている。
俺は、そこまで食い付くのかよ……と少しヒキ気味になったが、説明を続ける。
「これ、中には、こんな丸く切り抜いた色んな果物の果肉が入ってるから」
そう言って、スプーンを使い、丸く切り抜いた果肉の一つを乗せ、実際に皆に見せていく。
「で、この器の使い方は、フルーツポンチの器として使う訳、普通ならジュースとか入れるんだけど、ここはホストクラブでしょ? それなら中に注ぐのはシャンパンなんてどう?」
俺がこの器を作る時に、考えた使い道を話すと、先程と同じように、この器が使えるなら、シャンパンなんか直ぐに頼める。と確信したホスト達の目が獲物を狙うハンターの目に変わった。
『氷室君……これもまた一個だけ?』
店長からの質問に、黙って頷いた俺は。
「えっと……この店で一番高いのって、ドンペリのゴールドだっけ?」
俺がそう聞くと、No.2のホストである【早乙女 和哉】が頷いてそうだと教えてくれた。
「ドンペリゴールドを最初に頼んだ人に使って貰う事にしようか」
俺なりに、ホスト達やお店に貢献出来たら。と言う思いの元に提案した事は、満場一致で賛成された。
そして俺は、この器の最大の武器である【フタ】に施した物を皆にお披露目する。そこには、筆記体で彫り込まれた英語で……
【With love from Kitchen】
と書かれている。
そのフタを、こんな細工もしてみたよ。と皆に見せていく。その中で一人のホストが俺に聞いてきた。これは、何て書いてあるのか?と。
「ここには、ウィズ ラブ フロム キッチン【キッチンより愛を込めて】そう書いてあるんだよ」
まぁ、ちょっとした遊び心で作った作品なので彫り込んである文字は、シャレなんだが。
『氷室君……これとかさっきのヤツとか、作るのにどれぐらいの時間掛かるの? 後……この彫ってる文字って何でもいける?』
目が¥マークに変わっている店長が俺に掴み掛からんぐらいのイキオイで聞いてきた。店長……食い付き良すぎだろ……
「バラは一時間ぐらい、こっちは一時間半ぐらい」
俺が素直に店長に作るのに掛かる時間を教えた。
ハッキリと言えば、事前に準備をしていない限りは、あまり役には立たない代物なのだ。オーダーが入ってから、60分や90分も待ってくれる客は先ず居ないだろう。客の方から待ってでも作って欲しい。そう言われ無い限りは。
店長にも、その事が理解出来たのだろう非常に残念な表情を浮かべていたが、直ぐに表情を変え俺に更に聞いてきた。
『氷室君、これさ毎日一個ずつ作ってくれない? どっちも売値の半分を払うから、もちろん売れなかった時にも払うから』
店長がそう提案してきた。そのやり取りを聞いていた、上位ホスト連中が揃って。
『『売れ残るなんて起きる訳無いよ、むしろ私にも作って欲しいって言うのを断る方が大変になりそう……』』
店長や上位ホスト達からの称賛は非常に嬉しいのだが、俺は店長に向けて、毎日作るのは無理だと告げた。出来る出来ないであれば出来るのだが、非常に神経を使うので一個作るだけで疲れてしまう。出来る限り楽をして過ごすつもりの俺は、店長からの提案を断った。しかし……ゼロにするのは、今日見せてしまった事からも、不可能な事は、俺も自覚をしていたので、店長には土曜日の日に一個ずつ作ると言う事を約束した。
そして、俺の仕掛けた悪戯は店長や上位ホスト達にも受け入れられたのに満足をした俺は、コイツらの出番が来るまで、保管しておく冷凍庫へと向かった。