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何をするにしても、先立つ物がなければ話にならない
局長が持ってきた封筒の中身は、総額で510万タラスあった
村の人たちへの慰労金がそれぞれ70万ずつ、国境交付金が300万という内訳になる
実際の金額は、慰労金が50万ずつと交付金が30万×7年分になるので、余剰の150万は遅延の利子にしてはなかなかの金額だと思う
ひょっとしたら口止め料も含まれているのかもしれないが
それはともかく、これで領庫にあるお金は、交付金の300万タラスと、返却されたローシュフォール紙幣150万、もともと金庫内に残っていた200万アズルー紙幣と合わせて650万になった
このお金ですることは、もう決まっている
道の整備である
僕がこの村に来るために使った道は、ここに来るまで片道二時間かかった
マルゴさんのリヤカーで付いた轍がなければ、ほとんど獣道と言ってもいいような道である
この道を、せめて一頭立ての荷馬車が走れるくらいに整備すればモルムへの行き来がずっと楽になるし、観光客を呼び込むためにも必要だと考えたのだ
僕の提案は、満場一致で受け入れられ、モルムの地元業者への整備の依頼はマルゴさんがしてくれることになった
道が整備されれば、モルムとの交流もぐっと身近なものになるだろう
ゼンさん夫婦も、一年に一度ではなく、度々モルムに買い物に行ったり食事に出かけたりできるようになるはずだ
そうすれば、過疎の村での生活の寂しさも、少しは和らぐに違いない
そして、そんな寂しさを和らげるために、僕がしなけらばならない大切なことはもう一つあった
「アズルーに手紙を届けてくれるんだって!?」
僕の言葉にゼンさんたちの顔が輝く
「はい、ローシュフォール紙幣を両替するための特別入国許可をもらったので、近々アズルーに行こうと思っています。一日しか居られないので、隣村くらいにしか行けませんが。お預かりした手紙を郵便局に渡して、返事は国境付近にポストを作成してそこに届けてもらえるように頼んでみます。こちらからの手紙もそのポストから回収してもらえれば、手紙でのやり取りくらいはできるようになるかと…」
僕がそう言うと、ミネさんははらはらと涙を流した
「ずっと音信不通だった息子夫婦と手紙のやり取りができるかも知れないなんて」
「やっと、ダーナ村の連中が元気にやってるか分かるんだな」
ハルさんの唇も震えている
ゼンさんは、目を閉じたまま何も言えないようだった
「本当は、皆さんの分の入国許可も掛け合ってくれたみたいなんですが、上から許可が出なかったらしくて…。僕の分しか許可が下りなくて申し訳ありません」
「そんな!手紙を届けてもらえるだけでも十分よ」
ミネさんが涙を拭いながら応える
「ありがとうございます。ところで、今後も手紙のやり取りをするなら、ダーナ村にも協力者が必要だと思うんです。ダーナに、やり取りを手伝ってくれそうな人はいませんか?」
「それなら、村長のマーカスに頼めばええ。俺の親友でな、俺の紹介だって言ったらきっと力になってくれる」
ハルさんの言葉に、僕は少しだけほっとする
手紙のやり取りは、両替なんかよりもずっと大切な案件だ
絶対に失敗するわけにはいかない
ハルさんに紹介状を書いてもらい、みんなからも数通の手紙を預かって、僕がアズルーのダーナ村に向かったのは、局長が来た翌々日のことだった
1タラスは1円です
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