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速達を送ってから局長が来るまでの5日間、僕は色々と思いついたことを行動に移していた
「第一回村おこし会議?」
役場の応接室に集まってもらったみんなが、口を揃えて驚く
「はい、この村に来てまず気づいたのは、この村が独自で特色のある文化を持っているということです」
「まぁ、元々は移民の村だでな。先祖から受け継いだ文化は大事にしてきたつもりだ」
うんうんと、ゼンさんが頷きながら、ミネさんが淹れてくれたお茶を啜る
「皆さんが住んでいる家屋も珍しいし、その着ていらっしゃるキモノという服も珍しいです。それに、今飲んでいる緑茶というお茶も、僕の生家はわりと手広く事業をしている商家ですが、そんな家の出の僕でさえ初めて見るものです」
「そうかそうか、そんなに珍しいか」
僕の言葉にゼンさんは嬉しそうだ
「僕は、この村の文化はとても素晴らしいものだと思うし、宣伝さえすれば絶対に王都でも流行すると思うんです」
「だろうねぇ。私のお得意様にも、この村のお茶とかミネさんが作った味噌とか醤油とかいった調味料は大好評だもの」
マルゴさんも、僕の言葉を請け負った
「ただ、今のままだとその文化は他の人の目にとまることもなく、絶えてしまうでしょう」
そう言うと、全員が押し黙った
この村の住人は三人。60台後半のゼンさんミネさん夫婦と、50歳前後のハルさんだけである
このままだと近い将来、この村がなくなってしまうのは自然の摂理だった
と言うか、今ですら『村』と呼んでいいのか躊躇する状況である
「人を増やしたい、ってことか?」
ハルさんが言うと、みんな困ったように顔を見合わせた
「ずっとこの三人でやって来てから、人が増えるっていうのは少し心配なんだけど」
おずおずとミネさんが口を開く
「あ、なんなら私が引っ越して来ようか?」
マルゴさんの提案に、僕は首を横に振った
「まず、住むところがないし、交通の便の悪いこの村に住むのはマルゴさんの仕事にとって間違いなくマイナスになります。それは、住民を募集するにしても同じことです。家もない仕事もないこの村に、どうぞ引っ越して来てくださいと頼んだところで、引っ越して来てくれるよう物好きはいません」
「それなら、結局どうしようもないじゃないか」
ハルさんが大袈裟に両手を挙げる
「はい、ですから最初は観光地として知名度を上げる作戦でいこうかと考えたんです」
「観光地?」
そう、住んでいる人たちには思いもよらないことだろうが、僕の目から見るとこの村のポテンシャルは高い
見たこともない建物、食べたこともない食材の数々、そして鳥獣被害である
山の中腹にあるこの村は、人も少ないこともあって辺りに住む動物たちの格好の餌場にされていた
ゼンさんが畑に蒔いた種を鳥に啄ばまれたり、ミネさんが縁側で干していた魚を猿が盗んでいったり、ハルさんが掘ろうと思っていたタケノコを猪が食い荒らしていたりと被害は様々だが、畑に対する被害はなかなかの死活問題でもあった
しかし、僕が目をつけたのはそこなのである
「異国の珍しい家屋に寝泊まりしながら、ハンティングもできることを売りに、観光客を呼び込む予定です」
王都では、貴族の男性の趣味として狩猟を嗜む人が多い
ただ、王都に近い狩場は飽和状態で、獣を撃つより人を撃つ危険性が高いとのことから、自粛要請が出されているのが現状である
狩猟が出来ずにうずうずしている貴族ならば、声をかければ大喜びでやってくるに違いない
状態の良い家に手を入れて宿屋として使い、村の人に給金を払って宿泊客のもてなしをしてもらう
そうすることによって仕事が確保できるし、村に来た人たちが王都で村のことを宣伝してくれれば村に興味を持ってくれる人も出てくる
また根絶とはいかないものの、狩猟をすることで村に対する動物たちの警戒感が増し、鳥獣被害も少しは減るだろうと思われる
「そりゃあ、とってもいい作戦だとは思うけど、俺たちは田舎者だで王都の貴族さまのお相手なんざできないぞ」
困ったようにハルさんが言ったが、そのことは僕だって考えてないわけではない
「いきなり貴族然とした人を相手にしてもらうつもりはありません。実は、僕の兄には銃士隊に入ったものがおりまして、最初のうちのお客は兄の銃士仲間にお願いしようと思ってるんです」
五番目の兄であるロバートは、銃士隊に所属している
近衛隊や騎士隊と違って、爵位を継げない貴族の三男四男坊や没落貴族、兄のようなちょっと裕福な平民の息子などで構成されたそれは、騒がしくて気の良い若者の集団だ
勤務と鍛錬に励むことと仲間と酒を飲むことの他は、暇を持て余している集団でもある
休暇をもらっても鍛錬して酒を飲んで、また鍛錬して酒を飲んでの繰り返しで、特に何かするわけでもない
そんな彼らに余暇の場を提供するのは、我ながら良い案だと思う
兄に頼めば、ゼンさん達を見下したり困らせたりしない気さくな人物を紹介してくれるだろう
彼らに気に入ってもらえたら、少しずつ口コミでこの村のことも広まっていくに違いない
客が増えれば手も足りなくなるだろうから、人も雇える
お貴族様然とした人が泊まりにくるなら、そういった人でもお世話できるような人材を雇えばいい
「まぁ、それはまだまだ先の話ですけどね」
僕がそう説明すると、みんなは少し安心したようだった
「僕は、この村に来て間もないですが、皆さんがこの村のことを大切に思っていることは知っています」
何年も前に主人を失くしたのに、綺麗に手入れされている領主の館
村とも呼べない状況になっているのに几帳面に付けられている出納簿
三人しかいないのに、律儀に記帳されている図書室の貸出簿
僕が、着任早々、横領という不正を発見できたのも、元はと言えば丁寧に付けられた帳簿のお陰である
ローシュフォール伯爵やこの村の通貨についての知識も、図書室にあった『ヘンキョウ村開拓史』という本から得たものであり、資料や目的別にきちんと分類されていたからこそ、その本を見つけ出すことができたのだ
「そして、本当は皆さんが、ヘンキョウ村をこのまま埋もれさせたくないと思っていることも知っています」
『ヘンキョウ村開拓史』は、村人全員の愛読書だった
『薬草の種類と効能』、『タラスティンの歩き方』、『鳥獣被害の対策と軽減』、『木ねずみタンタンとどんぐりの森』
たくさんの貸出記録の中に、何度も登場した『ヘンキョウ村開拓史』の文字を見て、僕はこの本を知ることができたのだ
持ち主不在の大量の本
心無い人がいたなら、こっそり持って帰って自分のものにしたかも知れない
そこまではしなくても、貸出簿をつける習慣は廃れてしまってもおかしくなかった
それでも、彼らは律儀に記帳してから持ち出していた
それはきっと、領主への尊敬の気持ちもあったのだろう
もちろん、ローシュフォール伯爵がこの村に戻ることはもうない
しかし、続けられている習慣は、いつ他の人に領地が引き継がれても困らないようにという、細やかな心配りに溢れていた
ローシュフォール伯爵が治めていたこの村を、生前と変わらない状態で維持すること
領主が愛したこの村を、このまま風化させたくはないという思いが、本当は胸の奥にあったのではないか
僕がそう言うと、ゼンさんは少し鼻を啜った
「あんたの言う通りだ。お館さまが大切にしていたこの村が、わしらの代で失くなっちまうのがずっと心苦しかった。ただ少しずつ終わりに近づいているのを、あきらめて受け入れていることも申し訳なくてなぁ」
「お館さまは、この村と私達を本当に大切にしてくれたからねぇ」
ミネさんも、しんみりと応える
「いや!せっかく兄ちゃんが来てくれたんだ!今からでも遅くないさ!観光でもなんでもして、村を盛り立てていこうや!」
ハルさんが立ち上がって、大きな声で言った
それに続いてマルゴさんも立ち上がる
「そうだよ、綺麗な村なのにこのまま無くなったらもったいないよ!それに、ミネさんの作る味噌や醤油、ゼンさんの栽培してるお茶だって、この村のご先祖さまがもたらした物でしょう?このまま途絶えさせるなんてダメだよ!」
そう言われて、ゼンさんとミネさんははっとする
「このままだと、お館さまだけじゃなくご先祖さまにも顔向けできんようになるところだったな」
「そうね、せっかくマーくんが来てくれたんだもの。こんなお婆ちゃんに何ができるか分からないけど、私がんばるわ」
「年寄りにしかできんことも山ほどあるさ」
ゼンさんの言葉に、ミネさんがにっこり笑う
「よーし!がんばって村おこしするぞー」
ハルさんの声に、みんなが鬨の声を上げた
きっと上手くやる
そう気を引き締めて、新たに浮かんだアイデアを頭の中で整理した
局長が来たのは、それから2日後のことであり、彼がもたらした物は僕の計画に大いに役に立ったのである