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僕は僻地管理局駐在員  作者: さくらもち
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速達で出した報告書は、2日あれば王都に着く

その後返信用の書類を作成するのに1日かかるとして、その書類が返ってくるとしたら、最短で5日後になるだろう


そう思っていたら、5日後にフィリップ・ハミルトン本人がやって来た


思ってもいなかった本人のお出ましに面食らいつつも、僕は彼を出迎える


「ったく、着任早々面倒な報告書よこしやがって」


役場の応接室のソファに座った彼は、もじゃもじゃ頭を掻きながらぶっきらぼうな口調でそう告げた


「誰が見ても一目瞭然の異常な帳簿だったので」


今まで放ったらかしにしていたから気づかなかったんですよと嫌味を込めて、僕は返事を返した


「報告連絡相談は、仕事をする上での基本だと思っていますから、いの一番に報告させて頂きました」


「…真面目なお坊ちゃんかと思っていたけど、なかなか嫌味な性格してるな、お前」


フィリップ・ハミルトンは、少し呆れたようにこちらを見やる


「サン・ドニ教授と会計局のラズロ副局長に宛てた葉書を、報告書と一緒の袋で速達で送って来たのは脅迫だよな?」


「サン・ドニ教授は、上級学校時代の僕の恩師で、ラズロ副局長とはそのご縁で何度かご一緒させて頂きました。お世話になったお二人に、就職の報告も兼ねて挨拶状をお出ししただけですよ」


僕は、にっこり笑って答えた


「教授は俺の恩師でもあるし、ラズロ副局長は以前の直属の上司だったんだ」


「知ってます」


「『配属されてすぐ駐在勤務となり、責任のある仕事に身が引き締まる思いです』だの『右も左も分からず、自分の不甲斐なさに自己嫌悪に陥ることもあります』だの『不明な会計処理のことで、お知恵を拝借させて頂くこともあるかも知れません』だの、これって全部、俺に対する不満と脅迫だろ?」


相手もにっこり笑って言うものの、目は笑ってない


「いやぁ、公金横領の是正手順なんて学校では習わなかったので。もし、自分で処理しなければいけないなら、どなたか専門的な方のアドバイスが必要になるかと思いまして」


「はいはい、どうせ俺は報連相を怠る頼りにならない上司ですよ」


フィリップ・ハミルトンは、両手を挙げて天を仰いだ


「そんな、上司を信頼できない部下のお前に、お土産を持ってきた」


そう言って、僕の前に書類と大きな封筒を差し出す


「まず、こっちの封筒だが、住民に払う慰労金と国境交付金が入っている。遅延に対しての利息も付けておいたから、村の人たちには説明と謝罪をして渡してもらいたい」


「分かりました。横領していた人物の処分は?」


「申し訳ないが、今回は無しだ」


「どうしてですか!?」


思わず声を荒げた僕に、フィリップ・ハミルトンは落ち着くように手で合図する


「横領犯は、ウィルモア男爵家の人間だ。処分をするのはそう難しい事ではないが、この村の立地を考えてみろ。ウィルモア領を通らないと、ほかの街に行くことすら出来ないし、モルムにも行けないなんてことになったら、それこそ陸の孤島になっちまうぞ。ウィルモア男爵に喧嘩を売るのは、今の時点ではどう考えても無謀だろう」


そう諭されて、僕の頭は一瞬で冷えた

釈然とはしないが、言われてみればその通りでしかない

平民上がりのウィルモア男爵は、プライドだけは高い矮小な人物だとも聞く

その手のタイプに敵認定されれば面倒くさいであろうことは、否応無しに想像できた


「今回のことは、あくまでも遅延。公金横領などという犯罪はありませんでした。分かったか?」


フィリップ・ハミルトンの問いかけに、不承不承頷く


「それに遅延で済ませたからって、恨まれないという保証はない。せっかく自分の懐に引っ張り込んだ金を、利子つけて吐き出す羽目になったわけだしな」


「面倒くさい人物なんですね、ウィルモア男爵は」


「まぁ、否定はしない。だから、表向きは穏便に。ただ、このまま無罪放免で済ますつもりはないさ。何かされたら報告するように。でもって、今回の本題はこっちね」


そう言って、フィリップ・ハミルトンは、書類を指し示した


「何ですか、これ?」


「アズルーへの特別入国許可証。お前、これ使ってアズルーへ行って、ローシュフォール紙幣をアズルー紙幣に両替して来い」


「アズルーに行けるんですか?」


「滞在許可は1日だけどな。まぁ、隣村に行くとしたら問題ないだろ。本当は、村人の分も許可を取ってやりたかったんだが、そっちは上の許可が出なくてな。とりあえず、1日しか居られないから何をするかしっかり考えてから行ってくれ」


何をするか…。両替以外にできることは山ほどあるはずだ


「じゃあ、そういうことで、俺は帰る」


そう言うと、フィリップ・ハミルトンは立ち上がった


「日帰りですか!?」


「当たり前だろう、忙しいんだ俺は」


そう言うと、彼はさっさと応接室を出て行った


「村の入り口まで送ります」


僕も慌ててその後を追う


村の入り口まで続く道を、しばらく無言で歩いた


道の両脇にはたんぽぽが咲き乱れ、ところどころに雪柳がその白い枝を広げていた

桜はすでに散ってしまっていたが、ピンク色の花弁はまだ残っている


遠くの方で畑仕事をしているゼンさんとミネさんが、歩いている僕を見かけて大きく手を振ってくれた


「良いところじゃないか」


手を振り返している僕に、フィリップ・ハミルトンはぽつんと言う


「そうですね、住民のみなさんにも良くして頂いてますし」


最初こそ受け入れてはもらえなかったが、今ではゼンさんにもミネさんも、孫のように可愛がってくれるようになっていた


ミネさんは毎日のようにおかずを差し入れしてくれるし、ゼンさんは僕には珍しい村の文化をレクチャーしてくれる

ハルさんは夜にお酒を持って尋ねてくることもあるし、マルゴさんに至っては週に一度だった村への訪問を、二度に増やしてくれたりもした


「なるほどな」


何がなるほどなのかはわからないが、フィリップ・ハミルトンはしたり顔で頷く


「それじゃあ、これからも二週間に一度の報告書の送付を忘れないように。緊急の場合は速達で。あと、言い忘れてたけど、三ヶ月に一度の直接報告が必要だから。7月1日に俺のところに顔を出すように。以上、質問は?」


「ありません、局長」


「分かった。それじゃあ精進してくれ」


村の入り口で握手を交わし、局長のフィリップ・ハミルトンはそのまま王都に帰って行った

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