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僕は僻地管理局駐在員  作者: さくらもち
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「本省のお役人だか駐在員だか知らんが、今さら何の用だで。こっちは、あんたらには何の用もねぇ。迷惑だで帰ってくれ」


そう言って、老夫婦のご主人は僕に背を向けた


「そんなこと言わないで、ゼンさん。わざわざ王都から来てくれたんだから…」


おろおろとマルゴさんがとりなすように言うが、ご主人のゼンさんは頑なに背を向けたままだ

奥さんは、困ったような顔をしているものの、何か言う風でもない


マルゴさんに連れられて家を訪ねた僕を、彼らは訝しげに、しかし笑顔で出迎えてくれた


しかし、マルゴさんが、僕を本省から派遣されてきた役人だと紹介したとたん、その態度を一変させたのだ


もちろん、受け入れられるとは思っていなかった


いくら国境線が変わったとは言え、彼らにとってはタラスティンは未だ敵国で、その本省から派遣されてきた僕が受け入れられないのは当たり前のことだ


加えて、本省はこの村を放置し過ぎた

どうせ来るなら、もっと早く来るべきだったのではないか

アズルーから切り離され、親戚や友人へ連絡する事もできず、今まで行っていた隣村へ買い出しに行くことすら叶わず、生活の目処も立たずに途方に暮れていたあの時に


そんな怒りが、静かに突き刺さる


「こちらに来るのが遅くなってしまったことは、大変申し訳ありませんでした」


僕は、深々と頭を下げた


もちろん、何で自分が、という思いがなかったわけではない

終戦したときの僕はたったの13歳で、本省に就職してからだってまだ一週間しか経ってないのだ

彼らに怒りをぶつけられたり責任を追及される人間は、どこか別の本省のお役人であって、決して僕ではない


ただ、そう思うと同時に、僕は父が常に言っていた言葉を噛み締めていた


『自分の行為は会社の行為として見られるし、会社の行為は自分の行為として見られる』


誰か別の人が犯した失態であっても、組織の外の人から見ればその組織全体の失態であり、個人の失態とは見られないのである


だから、何らかの組織に属する以上は、自分の失態が組織全体に大きな影響を与える可能性を常に考えて、責任を持って行動するようにと


「ただ、今までこちらの村を蔑ろにした責任は、きちんと取らせていただきます。ご不便をおかけしてすみませんでした」


そう言った僕に、奥さんは少しだけ表情を和らげたが、旦那さんは相変わらず背を向けたままだ


「今日はご挨拶に伺っただけなので、これで失礼します。また改めてお邪魔させていただきますね」


玄関を出て頭を下げると、奥さんも軽く頭を下げ返してくれた


「あ、じゃあ、私もいったんお暇するよ。ミネさん、モルムに帰る前にまた寄るから」


「ごめんね、マルゴちゃん。ありがとうね」


そんなやり取りを交わして、僕とマルゴさんは老夫婦の家を後にした


「ごめんねぇ。ゼンさんもミネさんも、普段はもっと気さくな人なんだけど」


道を歩きながら、マルゴさんが申し訳なさそうに言う


「仕方ないですよ。この村を今まで放ったらかしにしていた、こちらの責任ですから」


「でも、あなた自身が悪いわけじゃないのに…。私がもう少し、上手に紹介してあげれば良かったねぇ」


肩を落とすマルゴさんに、こちらも申し訳ない気持ちでいっぱいになる


と、同時に、いきなりこんな難題を抱えた村の駐在を何の説明もせずに押し付けて、放ったらかしのフィリップ・ハミルトンに対して無性に怒りが込み上げてきた


あいつの脳天に鳥フンが命中しますように、両足が同時につりますように、全部の指に逆剥けができますように


あらん限りの呪いの言葉を頭の中でつぶやいていると、マルゴさんが隣で明るい声を出した


「あ、ハルさんだわ」


見ると、林の中で地面を掘り返している大柄な男性がいる


「おーい、ハルさーん!」


大声で呼びかけたマルゴさんに、彼は地面を掘り返していた手を止め、こちらを見て満面の笑顔を見せた

ゴツい風体に見合わず、その笑顔は善良で人懐っこい

深い笑い皺とよく日に焼けた顔は、少しマルゴさんとも雰囲気が似ていた


「おーマルゴちゃん!今、タケノコ掘ってたんだー!たくさん採れたから、何本か持ってけー」


「タケノコ!助かるわー、ありがとう」


男性の呼びかけに、マルゴさんは嬉しそうに応える


「ちょっと話してくるから、ここで待ってて。大丈夫、今度は文句なんて言わせないから」


そう言うと、マルゴさんは男性に近づいて行った

そのまま二人で何だかんだと話していたが、しばらくするとマルゴさんは僕を振り返って、大きく手招きした


「わざわざ王都から、こんな辺鄙なとこまで来てくれたんだってなー」


近づいた僕に、男性が大きな声で話しかけた


「あ、俺はハルだ。よろしくな」


「マクシミリヤン・クレイマンです。よろしくお願いします」


勢いよく肩を叩かれ、地面にめり込みそうになりながら、僕は応える


「それにしても駐在さんったって、住むところはあんのか?」


「上司からは、役場に住むように言われてるんですが」


「お館さまんとこか?」


ハルさんは、少し困ったように頭をかいた


「お館さまって?」


「領主さまだ。うちの村の役場は、領主さまのお屋敷の一階に作られてるんだよ」


「ローシュフォール辺境伯ですか?」


ローシュフォール辺境伯は、アズルーの国王の親戚筋にあたる人で、ヘンキョウ村の領主でもある

ただ、先の戦争で亡くなっていて、実質、この村の現在の領主は空っぽの状態である


「そう、ローシュフォールのお殿さまのお屋敷だで」


「いくら役場を兼ねているとはいえ、そんなところに寝泊まりするわけにはいきませんね」


僕はため息をついた

役場に泊まれと言ったフィリップ・ハミルトンに、毛根が死滅する呪いをこっそり追加する


「しかし、他に寝泊まりするようなところもないしなぁ。俺は、一人もんだで客を迎えられるような備えもないし」


「モルムから通うのも大変だしねぇ」


思案顔で考え込む二人に、僕も頭を抱える

結局、一階の公共スペースのみ使用して、領主のプライベートスペースに立ち入らないという条件で、役場に寝泊まりさせてもらえることになった


「ゼンさんたちには、俺から伝えとくだで」


背中をバシバシ叩きながら、ハルさんは豪快に笑う


「だーいじょうぶだ!心配すんなって!」


行商の品物を老夫婦に見せに行くついでに、僕のことをもう一度話してみると言うマルゴさんと別れ、僕とハルさんは役場に向かった



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