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「わしらが王都に?」
アーノルドの提案に、ゼンさんとミネさんは顔を見合わせた
「はい、王都に来て頂いて、そこで緑茶や味噌や醤油の作り方をご教授願いたいのです」
「そう言われてもなぁ」
「私たちは、この近辺から移動したことがほとんどないのよ」
ゼンさんとミネさんは、心配そうにお互いの顔を見つめている
クレイマン商会では、緑茶や味噌、醤油を量産するための算段を整えているところだ
食品を加工する施設を用意し、品質の良い大豆を買い付ける手配もした
心配していた緑茶の茶葉は、製造工程が違うだけで紅茶と同じ種類の茶葉を使用しているらしく、こちらも品質の良い茶葉さえ手に入れば、量産は可能そうである
ただ、作り手の育成は簡単にはいかない
一応、製造工程は手紙で報告してはある
しかし、そんな紙に書かれたレシピを模倣したものが、商業ベースに乗せられるかと言うと微妙なところだった
きちんとした指導のもと、均一的な品質の物を作る必要がある
そうなると、ゼンさんとミネさんの監修は不可欠だった
「宿の手配や、移動の段取りもこちらで手配します。旅費と滞在費もこちらで負担します。なので、王都に来て頂いくわけにはいきませんか?」
どうか、と頭を下げたアーノルドを見て、ハルさんが助け船を出してくれた
「行ってきたらえぇだよ。王都なんて、そうそう行けるもんじゃなし。行ってついでに観光してくりゃえぇ」
「そうですよ。せっかくだし、気軽に楽しんできてください」
「そうだなぁ…。一回、行ってみる価値はあるかも知れんなぁ」
僕たちの言葉に、ゼンさんは少し乗り気になったようだ
「ありがとうございます。ぜひ、よろしくお願いします」
ゼンさんたちが監修してくれるなら、きちんとしたクオリティの商品ができるだろう
「製品化してクレイマン商会で販売するとして、当然ロイヤリティは払ってくれるんだよね?僕としては、純利の4%程度は頂きたいと思ってるんだけど」
「4%は、相場より少し高くないか?」
「特産品の製造販売権を回してあげるんだから、多少高くても問題ないだろ。あと、商品化するときは、商品名に『ヘンキョウ村』を入れて欲しい。そうすれば、村の宣伝にもなるし」
「…そういうところには知恵が回るよな」
「こっちだって、村おこしがかかってるからね」
黒い笑顔を浮かべて、僕はアーノルドを見やる
「商品名に名前を入れるのは了承した。ただ、ロイヤリティはすぐには返事できない。父さんにも相談しないと」
「父さんに、全権任されて来たんじゃないの?そこで相談する必要ある?4%以下なら、ゼンさんたちの王都行きは認められないよ。こっちだって、宿泊施設の準備で忙しいんだから」
「そこは、お前が許可するとこじゃないだろ?」
「そりゃまあそうだけどね。行かないでってお願いすることもできるんだよ」
「家族相手に腹黒い真似を」
アーノルドが僕を睨みつける
「弟相手だから緩い取引ができると思ってやって来たのが甘いんだよ」
僕は、カラカラと笑った
アーノルドは悔しそうに唇を結んでいたが、ふっと息を吐くと僕を見据えて言った
「…分かった。4%で手を打とう。ただし、支払い先はゼンさんとミネさんだ。それで了承してくれ」
「なるほど」
まぁ、妥当なところだ
支払い先がヘンキョウ村だとしたら、クレイマン商会は永遠にロイヤリティを支払い続けなければならない
しかし、支払い先がゼンさんとミネさんであれば、些か不謹慎だが支払いはいつか終わる
まぁ、それでも十分だろう
商品名にヘンキョウ村の名前が入っているので村の宣伝は継続されるし、ゼンさん夫婦は加齢により働くことが難しくなってもロイヤリティさえ入れば安心して暮らしていくことができる
「分かった、それでいいよ」
僕は、にっこり笑って手を出した
アーノルドは、ちょっと不満そうだったが、不承不承僕の手を握った
「その代わり、契約書はこちらで用意させてもらう。お前に任せたら、めんどくさい罠を仕込まれそうで安心できないからな」
「やだなぁ、家族相手に詐欺なんか働くはずないじゃないか」
微笑み合いながらも、お互いに目は笑ってない
こっちだって、兄に出し抜かれたことは一度や二度ではないのだ
「まぁ、うち相手に何かしたら、父さんが黙ってないだろうけどね」
「兄さんは、いい加減父さんの威光を振りかざすのは止めるべきだね」
「使えるものはなんでも使うさ。プライドよりも利益が大切なんでね」
「…あんたら、なんかすげぇな」
牽制し合っていると、すっかり蚊帳の外だったハルさんがぽつんと呟いた
うっかりして、村の人たちに腹黒い面を見られてしまったことに気づく
こちらの損になるような取引は避けなければならないので、まぁ仕方ないだろう
「と、とりあえず、食品の件はこれで片付いたとして、この村の特産品としてこちらで量産して販売できるものがないのは問題かなと思います。ぼくとしては、村の収益に繋がる商品が欲しい」
「…量産できる特産品ったってなぁ」
ハルさんが腕を組んで考え込んだ
「ロイヤリティとやらを、村の収益にしてもらっても構わんのだぞ」
「いえ、それはゼンさんたちのものです。監修者が受け取るべき権利なので。それに、ロイヤリティとしてではなく、きちんと販売収入として入ってくる商品を開発したいんです」
それに、ロイヤリティだと入って来ても4%だ
ある程度の利益が見込めるものがないと、収入は伸びないだろう
「独自のものなら、他にもちょこちょこあるけどね」
思案顔でマルゴさんが発言する
「量産はできんけんども、鹿茸とかな」
「鹿茸ってなんですか?」
聞きなれない言葉に目を丸くすると、ハルさんが説明してくれる
鹿茸とは、生え変わり直後の柔らかい鹿の角を使った漢方薬らしい
里に降りてきた鹿を駆除した時に、時期が合えば採取して加工しているそうだ
健康マニアの貴族には喜ばれそうだが、確かに量産するとなると難しいだろう
「私がヘンキョウ村から仕入れて、他所で売ってたものは他にもあってね。ハルさんが掘ってくれるタケノコとか、あとミネさんの作る梅干しや梅酒なんかも好評だったね」
「タケノコは足が早いで、王都まで輸送するのには向かんだろうな。梅の加工品は、梅林の梅を加工すりゃある程度は作れるだろうけど人手が足らん」
ゼンさんの言葉に、僕は考えを巡らせる
足が早いタケノコは、王都まで売りに行く必要はない
マルゴさんのお陰で知名度と消費のある、近隣の町や村で売ればいい
近隣の町村の商店や食堂にタケノコを卸してもらえば、需要もだんだんと増えるだろう
梅の加工品も、とりあえずは作れる分だけ作って販売すればいい
実は、ヘンキョウ村では、以前は梅の加工品を作ることが盛んだったらしく、村の一角がわりと広々した梅林になっているのだ
ただ、過疎の影響で作り手が年々減少し、現在では村の人が自分たちで消費する分しか作られていない
梅林は荒れ果て、その実は猿が食べ放題、鳥が突き放題という状況になっているらしい
人を雇えば量産できるポテンシャルはあるが、先立つものがないというのが、なんとももどかしい
あとは、両方とも季節物なので、オールシーズン通じて販売できるわけではないというのも、ネックの一つではある
僕がそう言うと、みんなは考え込んだ
「オールシーズン販売できるものなぁ」
「そう考えると、なかなか難しいわね。私らは、季節ごとに旬の物を頂いて生活してきたから」
「そう言えば、ここに来る前にちらっと本で読んだんですが、モルムではモルム杉を使った炭を作っているらしいですね。ヘンキョウ村では炭窯とかないんですか?」
「うーん、炭窯はあるし俺も炭焼きは心得はあるけんども」
「モルム杉の炭は、もう作り手はほとんどいないねぇ。昔は建材として需要があって、柱にする過程でできた端材や間伐材なんかを炭にして売ってたみたいなんだけどね。最近は、外国から入ってくる建材の方が安くて需要があるらしくて、杉の伐採自体が減ってきてるんだよ。炭のためだけに木を伐るわけにもいかないしね」
マルゴさんの説明に、僕はがっかりした
せっかくの特産品が、需要の低下や作り手の減少で無くなっていくのは本当にもったいないと思ったのだ
「杉がダメなら、ハルさんが竹を伐って作ればえぇだよ」
僕の隣で、オレンジ頭の人物がそう声を上げる
「竹なら、人がたくさんいなくても伐り倒しやすいし、炭のサイズに加工するのも簡単だで」
「おぉ、なるほど…って、なんで君がいるんだ!?」
思わず声を出した僕に向かって、にかっと笑って見せたのは、ダーナにいるはずのリックだった
※鹿茸は医薬品なので、日本では無許可で販売すると罰せられます




