11
ダーナは、ヘンキョウ村やモルムとは、また趣の違った村だった
豪雪地帯のため、急勾配の大きな三角屋根になっているのは他と同じだが、屋根に芝生状の草が生えているのである
屋根が重いせいか、ガッチリとした太い丸太の柱が家の四隅を支え、その間をカラフルな赤や緑の板壁が覆っている
形状も真四角のシンプルな形で、二階がある家はなさそうだ
ただ、積雪時の対策のためなのか、屋根の上に出入り口と思しきドアが付けられていた
ダーナもヘンキョウ村もモルムも、立地的にはそれほど離れていないのに、これほどまでに建物に違いがあるのはなんとも興味深い
食事にも違いがあるのだろうかと考えていると、マーカスさんの家に着いたようだ
案内された家は、真ん中で大きな柱が屋根を支えている一部屋だけのシンプルな作りだった
家の奥には大きな暖炉があり、その前にはチューブラグが敷かれている
部屋の隅には玉ねぎやらジャガイモやら干した肉やらがたくさん吊るされていた
柱に作りつけられたテーブルにつくように勧められ、僕とリックが座っていると、マーカスさんは入口脇にある台所でお茶の用意を始めた
「ヘンキョウ村って、今どうなってんの?」
隣に座ったリックが、砕けた口調で尋ねてくる
「今住んでいるのは、僕も含めて4人だよ。ゼンさんとミネさんとハルさん。あと、週に二回マルゴさんって人が行商に来てくれてる」
「懐かしいなぁ。みんな元気にしてんの?俺、よく遊びに行ってたんだよ」
「元気だよ。僕がこっちに来られることになって、すごく喜んでくれた。手紙も何通か預かってきたんだ」
そう言って、僕は下げてきた肩掛けバッグから手紙を取り出した
リックは、その宛名をしげしげと見やる
「こっちはマーカスさん宛てだな。これはミネさんの茶飲み友達のサラさんとアニーさん、これはゼンさんの釣り友達のヨーゼフさん。この4通は村の人だからすぐに届けられるけど、ゼンさんたちの息子さん夫婦は隣町に住んでるから、行って返事もらって帰ってくるまでには少し時間がかかるよ」
「お前、ひとっ走り行って返事もらって来てくれるんだろ?」
お茶の準備を済ませたマーカスさんが、僕たちの前にお茶を並べながら尋ねる
「そりゃ、もちろん。あ、マーカスさんお茶請けは?」
「俺はハルちゃんからの手紙を読んでるから、勝手に出して食え」
マーカスさんはそう言って、ハルさんからの手紙を開いた
リックは戸棚をゴソゴソ漁って、缶に入ったクッキーを取り出すと一つ取り出して食べ、僕にも缶を突きつけてくる
「ほら、うまいよ」
「ありがとう」
僕たちがクッキーを摘んでいる間に手紙を読み終えたマーカスさんは、目をギュッと閉じて天を仰いだ
「なんて書いてあったの?」
クッキーを頬張りながらリックが尋ねる
「元気でやっとると。隣のモルムともぼちぼち交流があって、行商のマルゴさんて人にすごくお世話になっとるそうだ。あと、このにいちゃんが来てから、生活に安心感が出てきたんだと。それから…」
そこまで言って、マーカスさんは言葉を詰まらせた
「ローシュフォールの奥方さまとお嬢さまのことを聞かれたよ」
「…エヴァか」
マーカスさんがそう言ったとたん、リックの顔が暗く歪む
「…エヴァンジェリンさまを呼び捨てにするなって、いつも言っとろうが」
「いいんだよ、あいつだって俺のこと呼び捨てにしてるんだから」
「お前はただの平民なんだから、呼び捨てにされて当たり前だろう」
マーカスさんが呆れたように言う
「お二人は、どうされているんですか?」
僕の問いかけに、一瞬緩んだ二人の空気がまた暗くなった
「伯爵が亡くなったという知らせが来て、慌てて王都に出かけられてからこちらには一切連絡がない。王都にいらっしゃるとは思うんだが、どうされているのやら…」
「監禁されてるのかもしれない」
リックの穏やかではないセリフにギョッとする
「滅多なこと言うもんじゃねぇ!」
マーカスさんが声を荒げたが、リックは怒りで顔を赤くしながら、なおも続けた
「エヴァはヘンキョウ村が大好きだった!奥方さまだって、領地を放ったらかして平気でいられるような無責任な人じゃない!帰って来られないんじゃなくて、帰してもらえないんだ、きっと。だいたい、伯爵が亡くなったのはグラースなのに、なんでご遺体を王都に運んだんだ!?こっちの方が絶対に近いのに」
「分かったから落ち着け、リック」
マーカスさんが困ったように、リックを諌める
「…落ち着いてるよ。手紙届けてくる。返事もらってくるから、俺が戻るまで待ってて」
僕にそう告げると、お茶ごっそさんと呟いてリックは手紙を掴んでマーカスさんの家から飛び出して行った