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「ー国境舐めてた
目の前の雑草をかき分けながら、僕はため息をついた
王都に暮らしていた僕にとって、国境は身近なものではない
漠然と抱いていたイメージは、平原に国と国とを隔てる柵があって、両側をそれぞれの国の兵士が見張っているといった感じだった
もちろん、ここヘンキョウ村の国境は、そんな感じではないことは分かっていた
分かってはいたものの、この状況は少し予想外だったのだ
村からダーナ村に続く道は、背丈の二倍くらいある板で封鎖されていた
その一枚をなんとか引っぺがしてみると、そこには背丈くらいの草が一面に生い茂っていたのだ
考えてみれば7年間使われなかった道が、道の状態で残っているはずがなかったのである
草をかき分けながら足を踏み入れたものの、小さな羽虫やバッタのような虫がいたるところから飛び上がり、鋭い葉は僕の手や顔に小さな擦り傷を作り、エノコログサのような草は身体中をちくちく刺した
トゲのある草がなかったのは幸いだったが、それでも不快なことには変わりない
視界も悪く、道の両側に設置されていた柵がなければ、森の方まで迷い込んでいたかも知れない
僕は、体の右側を柵に触れるようにしながら、雑草の中を進んで行った
そして、30分くらい歩き続けて封鎖されたどん詰まりにたどり着いたのである
目の前の壁を見上げながら、僕は途方にくれた
さすがにアズルー側の封鎖を壊すわけにはいかないだろう
いくら入国許可証を持っているとはいえ、国境の封鎖をぶっ壊して入ったりしたら、それはもう紛れもなく不審者だ
「すみませーん!誰かいませんかー?」
どんどんと壁をたたきながら、僕は大声で叫んだ
「そこに誰かいるのかー?」
数十分そこで叫び続けていると、壁の向こうからのんびりとした不思議そうな声がした
「ヘンキョウ村から来たマクシマリヤン・クレイマンと言います。ダーナ村に入りたいので、村長のマーカスさんに取次ぎをお願いしても良いですか?アズルーへの特別入国許可も持っています」
「マーカスさんに用があるんだなー。ちょっと待ってろよ」
ほっとして応えた僕にそう告げると、声の主の足音は遠ざかっていった
そしてしばらくすると、複数の足音とともに戻って来た
「マーカスさん、ここだよ。おーい、マクなんとかさんいるかい?」
「ここにいます」
「ヘンキョウ村から来たんだってなぁ?なんて名前だって?」
もう一人の人物が声をかける
「マクシマリヤン・クレイマンです」
「ヘンキョウ村には、そんな名前のやつはおらんはずだが」
「この春から赴任してきた駐在員なんです。あなたはマーカスさんでよろしいですか?ハルさんから、ダーナに行くなら自分の親友のマーカスさんを頼れと言われて、失礼かとは思いましたが…」
言い終わる前に、めりめりと目の前の壁が音を立てて引きはがされ、開いた隙間から熊のような大男が潤んだ瞳でこちらを覗き込んできた
「ハルちゃんの知り合いだって!?元気なのかハルちゃんは!?ゼンさんやミネさんは!?」
大男はそう言いながら、隙間から僕に手を伸ばし、そのまま僕を壁の向こうへ引っ張り込んだ
「げ、元気です。みなさん宛の手紙も預かってきました」
肩を思い切り揺さぶられて、頭をガクガクさせながらもなんとか答えると、大男は僕をガシッと抱きしめておいおいと泣き出した
「もう一生会うことも様子を知ることもできんと思っとった。元気でほんまに良かった。ありがとうありがとう」
熊のようなおっさんに全力で抱きつかれて息もできずジタバタしていると、少し離れたところで気の毒そうに僕を見ている少年と目が合った
年の頃は16、7才だろうか
少し長めのオレンジ色の髪を後ろで無造作に一つに束ねた、そばかすだらけの顔をした背の高い少年だ
「マーカスさん、その辺にしとかんとマクなんとかさん潰れっちまうよ」
彼の言葉に、マーカスさんは慌てて僕から手を離す
「あぁ、すまんすまん。つい興奮しちまって」
すまなそうに小さくなるマーカスさんを見て、なんとなくこの人がハルさんの親友だというのが納得できた
「大丈夫ですよ。喜んでもらえて何よりです」
「まぁなんだ、こんなところで立ち話もあれだし、うちに来てくれ。茶でも淹れるだでな」
「おっ、ゴチになりまーす」
そう言ったのは、僕ではなく少年である
「リック。お前、郵便配達の仕事はどうした?また局長にどやされるぞ」
「夕方までに終わらせれば大丈夫だって。それに、俺が気付かなけりゃマーカスさんはこの人と会えなかったかも知れないんだぜ。それを考えたら、俺に茶の一杯くらい飲ませてくれても、バチは当たらねぇさ」
リックが大げさな調子で言うと、マーカスさんは呆れたように笑った
「ったく、相変わらずの調子もんだな。まぁいい。一緒に来い。客人も一緒にもてなそう」
そう言って、僕の肩に手を回し、バシバシ叩きながら歩き出した
それにしても、僕の周りの人はなぜ人の肩をバシバシ叩くのか
痛さに顔をしかめながら、僕はマーカスさんに連れられて、彼の家へと向かったのである