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僕は僻地管理局駐在員  作者: さくらもち
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ー辞令ー

マクシミリアン・クレイマンにヘンキョウ村駐在勤務を任ずる


そう書かれた質の悪い紙を手に、僕は自分の思い描いていた未来が、足元からガラガラと音を立てて崩れ去るのを感じていた





僕の名前は、マクシミリアン・クレイマン


王都では中堅どころの、クレイマン商会という卸問屋の息子である

商業系の学校で基本を学び、卒業後は実家もしくは関連取引会社などで修行をし、将来的には跡取りとして運営に携わっていく

商家の息子として生まれた者には、だいたいそんな似たり寄ったりの未来が用意されていた

僕にもそういう未来が用意されていたに違いない、本来であれば


しかし、幸か不幸か、僕は七男だったのだ


娘が諦められなかった両親が、頑張った結果の7男

クレイマン家の打ち止め息子が僕である


物心ついた時には、長男次男である兄二人は学校で経営について学んでおり、僕が上級学校に入学する年には、すでに父の懐刀として商会の運営に携わっていた


念のためにと上級学校では商業コースを選択したものの、入学の日に苦渋に満ちた顔の父から告げられた言葉は、弱冠15歳の僕にとってはあまりに無慈悲だった


「お前の席、用意できないかも知れん」


要するに、卒業してもクレイマン商会の一員として働けないかも知れないということだった

いずれクレイマン商会で働くという未来がないのであれば、修行という名目での関連取引会社へのお客様待遇の就職も難しい

将来の経営者を一時的に預かるのであれば、彼が実家を継いだ暁には懇意な関係を築いていけるというメリットがある

しかし、親族をコネで就職させるだけであれば、格段にメリットは下がる

多少の融通は利かせてもらえるだろうが、賃金を払ったり使える人材として育てる手間暇や、取引会社の親戚という立場の相手への接し方に対する気苦労とか、育てるだけ育てていざ育ったら使えそうだから返してとか言われるかも知れない恐怖とか、諸々考えると明らかにデメリットの方が大きかった


そんなわけで、僕の進路は商家に生まれたにもかかわらず宙ぶらりんだったのである


「それでもお前はやる時はやる子だから、父さんはお前の将来を心配しているわけではないぞ」


そう言って、僕の肩に置いた父の手は暖かい


「学校は出してやる、望むなら院にも行かせてやる。在学中に自分の進路の方向性を決めて、悔いのない選択をしてもらいたい」


15歳の僕には、些か重すぎる餞の言葉ではあったが、父が僕を見放したわけではないこと、自分の人生の選択肢を広げよと背中を押してくれたことを感じられて、むしろ僕は嬉しかった


その後、上級学校に入学して三年、院に進んでさらに二年、必死に勉強した僕は見事中央省庁への就職を果たしたのである


「まさか、うちの家からお役人さまが現れるなんてねぇ」


合格通知を受け取った母は、通知を手に涙ぐんだ

望んだ娘ではなかったものの、末っ子で身体が弱かった僕を、母はとても可愛がってくれた

今となっては見る影もないが、華奢でよく女の子に間違えられるような容貌をしていたのも、理由のひとつだったのかも知れない


長男から三男までがクレイマン商会に在籍し、四男は関連取引会社ではない商会に実力で就職

五男はその強靭な体力を活かして銃士隊に入隊

五人目まではなんとかなったと喜んでいたら、六男が「自分探しの旅に出るわー」と、ふらっと行方不明になってしまい、それと相まって母は僕のことも随分と案じていたらしい


「中央省庁のエリート官僚さんが息子だなんて、母さん本当に誇らしいよ。あとはトリスタンさえ帰ってきてくれれば、何も言うことはないんだけど」


僕の就職を喜びつつも、行方不明の六男に対して心配の言葉を滲ませる


「兄さんは、もともと神出鬼没で飄々とした人だったから、心配しなくても大丈夫だよ。なんたって『モルトの枝』だからね」


モルトの枝というのは、六男トリスタンにつけられたあだ名だ

モルトという木の枝は、水分が多いためか大変柔らかく、どんなに折ろうとしてもぐにゃぐにゃと曲がるだけなのである

見た目も枝というよりは蔓に近く、だらんと幹の根元まで垂れ下がっているという様相だ

風に吹かれるとゆらゆらとカーテンのように揺れ、かと言ってどんな大風でも折れたり吹き飛ばされたりしない

そんなモルトの枝は、どこか掴み所がなく、しかしどんなピンチに陥っても飄々とそれを躱してしまうトリスタンにそっくりだった

そんなわけで、トリスタンは、我が家ではモルトの枝と呼ばれていたのである


「そうだね、あの子はモルトの枝だものね」


そう言って、母はにっこり笑った

トリスタンであれば、どんな局面でもうまくやる

それはもう疑いようのない事実だった


「ところで、マックはどこに配属されたんだ?」


僕と母の会話に、三男のアーノルドが加わる


「地方管理局って書いてあるね」


合格通知を見ながら答えた母の声に、僕は若干の失望を感じた


商業コースを選択して、院でも経営学や会計学を勉強した僕である

できることなら、金融局とか貿易局とか、経済に関係する部署で働きたかった

しかし、そういう花形部署は明確な規定があるわけではないが貴族の子弟専用であると言ってもいい

僕のように、貴族の中にも兄弟が多いために爵位を継げず、かと言ってその辺の会社に就職するわけにも行かないような人々がいて、花形部署はその受け皿のような役回りも兼ねているのだ

そのため、中央省庁でも格別にエリート意識が強く、煌びやかな部署でもあった

だからと言って、有能な人材の集まりかと言うとそうでもないわけで、院をトップクラスの成績で卒業した僕ならもしかしてチャンスがあるのではと、ほんの僅かに期待していたのだ


しかし、現実は厳しい

わりと裕福な商家の出身とはいえ、平民の身である僕が入れるわけがなかったのである


とはいえ中央省庁に就職できたのだ

不満があるなどと、そんな贅沢なことが言えるわけがない


「地方管理局と言えば、最近できた新しい局だな」


顎鬚を撫でながら、父がそう言った


「できたばかりなのに30人から成る大所帯で、局長は非常に有能な男らしい。戦争で増えたり減ったりした領地の調査をして、領主が不在だったり曖昧だったりするような土地を戦争功労者に割り振ったりしているそうだ」

「となると、出張も多そうね」

心配げな母に、父が穏やかに答える

「そうだな。だが、戦争が終わってもう7年経つ。国境の整備や報奨金の支給をするには、遅すぎるくらいだよ」

確かに遅すぎると言わざるを得ない


我が国、タラスティンと隣国のアズルー、パーシモルトの間で起こった戦争は、12年の時を経て7年前に終結した

むろん、ずっと戦争状態だったわけではなく、途中幾度かの停戦や協議があり、再び戦闘がありでずるずると12年かかったのだ


7年前にようやく終戦を迎えたものの、どこが勝ったとかどこが負けたとか、勝敗が決したわけでもなく、たんにどこの国も幾多りかの領地を手に入れて、幾多りかの領地を失った

ただ、それだけの戦争だった


僕たちは王都在住だっため、著しい戦火の影響はなかった

しかし国境付近では、領民が殺されたり、家が焼かれたり、領主が戦死したような町や村も存在したのである


そんな町や村が、つい最近まで蔑ろにされていたことには驚きを禁じ得ない

国境付近で生活していた人々は、一番の被害者であると共に、一番の功労者でもあるはずだ

蔑ろにされていいわけがない


僕は、軽い憤りを感じると共に、仕事に対する意気込みをひしと感じた


そういった地方に対して税収優遇制度を提唱したり遺族年金の見直しをしたりして、少しでも彼らが暮らしやすいような環境を整えるんだ


政策が軌道に乗ったら、それらの地方を見て回ったりもしたい

そこに暮らす人々の声を聞いて、それを改革に取り入れるのもいいだろう

珍しい特産品や、面白いものがあればクレイマン商会で取引してもらってもいいしな


そんなことを考えていると、次第に僕の胸は高鳴っていくのであった

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