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16話『根津パパ襲来』




 怪人レズボマーが現れた昨日は警備会社の人が、ボスである根津パパに言われたのか一晩中交代で外に簡易詰め所を作って警備してくれていた。

 まあ娘のオフィスが爆発物まで持ち込む過激派に襲われたのだから心配するのも当然である。

 ただ悪のレズ組織が攻めてきたといってもなかなか信じてくれず(当然である)、敵対組織(JA)の刺客だと勘違いしていたのだけれど。敵対組織(JA)は爆弾製造に必要な硝酸だとかアンモニアだとかトリニトロンとかトリメチレントリニトロアミンとか色々用意できるらしい。

 

 しかしながら今まで考えてこなかった、オフィスでの防衛手段が必要かもしれない。また悪のレズ組織が襲ってこないとも限らない。他にも過激派とか。押し込み石強盗とか。

 というわけで僕はその日、朝からドローンをいじっていた。

 以前にドローンを購入していたのだけれどオフィスに放置していたことを思い出したのだ。ドローンの兵器転用で有名なのはオバマ元大統領だ。彼は娘がファンのロックバンドやボーイフレンドの自宅へ殺戮ドローンを飛ばす宣言を公共の場でしてマスコミに叩かれまくったことで有名になった。

 まあ僕が買っている民間ドローンの重量では殺戮兵器なんて搭載できないけれど。ただ軽量で効果的で殺戮しない武器は沢山ある。痴漢対策の濃縮唐辛子ガス噴出器とか。

 遠隔操作でそれを相手にぶっかけられるようにしておこう。


 テスト飛行させて見る。おお、ちゃんと飛ぶ飛ぶ。

 いい感じに障害物や高速接近物をセンサーで感知してオートで避けるようにプログラミングしているので、適当に操作してもなにかにぶつかって落下することもない。

 肝心の撃退液噴出テストは怪人でも居ないとできないなあ。そこら辺でブシュッとやると大変なことになるかもしれない。唐辛子液だからといってバカにはできないものだ。


『ヴァアアアアアア!!』


 突然の叫びが外から聞こえた。咄嗟にipadで防犯カメラを確認。昨日のことで増設したカメラによると、オフィス外の百メートルほど先から一人の男がこちらに向かって突進してくるのが見えた!

 防犯カメラの映像を拡大、鮮明化。余談だけど、刑事ドラマとかでよく見かけるこの『ちょっとこの部分拡大してみて』ってやってウィーンって画面が引き伸ばされてキレイに映るやつ、あれは僕が開発したプログラムだ。AIによる処理でぼやけた画面に補正掛けている。ただ特許は取れなかったので儲けにはならなかった。日本だとソフトウェアの特許が認められなくてなあ……

 そんなことより謎の相手だ。

 その走ってくる相手は筋肉モリモリマッチョマンの変態だった! 上半身裸で鋼のような肉体を晒していて、下半身は作業ズボン! 頭には紺色の布を覆面のように巻き付けて顔の判別がつかない。身長は2mちょっとありそうだった。

 

 まごうことなく怪人だ。

 

 オフィス入り口近くに詰めている警備員の人たちも動揺しているようにカメラに映っていた。当然だ。プロレスラーみたいな男が暴走特急で突っ込んできて非常に危険な状況なのだ。

 

『ヴワアアアアアヴァラアアアアヴォオオオオオ!!』


 しかもこんな叫びが、朝っぱらから響かせて。

 ただでさえ昨日は爆発騒ぎがあってご近所さんは怯えているというのに。美月さんも、後輩もそうだ。

 僕は激怒した。必ずや邪智暴虐な怪人を倒さねばならない。


「いけ! ドロ子!」


 僕は窓からドローンのドロ子を発進させた。小さく連続した風切り音を立ててドロ子は高度を上げつつ敵へ向かう。

 おおよそ殆どの生物は上方からの攻撃に弱い。相手のなるべく真上から忍び寄って唐辛子を広範囲に噴霧するのが効果的だろうけど、こちらに急接近してくる相手なので、相手の進行方向斜め上から接近することになり、攻撃範囲前に察知されてしまった。


『ヴラアアアア!!』


 男が何かをドローンに投げた! 昨日のレズと同じく石だろうか? いや、ジャガイモだ!

 ジャガイモとはいえ余人の投げた物ではない。

 軽く時速150kmは超えて投げつけられた投射物をセンサーがキャッチすると同時に自動で回避した! いいぞドロ子! 反応速度的に僕の操作じゃ全然避けれないけど!

 ドロ子は相対距離を測って空中に急停止。男が飛びかかっても逃げられる、高さ3メートル距離2メートルの地点で並走飛行。

 

『なんだァこいつゥ!?』

「発射!」


 唐辛子液を広範囲ではなく水鉄砲のように絞った射出口から、高速で相手の目を狙って打ち込んだ。覆面をマスクみたいにかぶってるので霧状だと効果が薄そうに見えたからだ。


『ヴァカめ! 効かんわ!』


 だが怪人は顔を手でガードして唐辛子液を弾く。僕は次の目標として、股間めがけて噴射した。


『アヒン!?』


 突然の股間を濡らす攻撃にガードの手が下がり、今度こそ目に打ち込む。


『ヴァアアアアアア!?』


 いい感じに直撃。いくら鍛えていても、粘膜への反応は止められない。というか唐辛子液が目についても過剰に涙が分泌されたりしない場合は逆に病気が疑われる。


『ヌアアアア!! 俺様のティム・(バートン)がマーズイアタックの餌食にィィィ』


 悲鳴を上げて男はもんどり打つ。どうやら股間に打ち込んだ唐辛子液が染み込んで、ティム・棒に刺激を与えているらしい。

 悶絶するような痛みとかゆみと熱さが二十分は取れないだろう。その間に警備の人が、電気ショックか何かで撃退してくれるはずだ。


「悪は滅びた……」

「成次くん!? どっかで聞いた叫び声が上がってたけど……」


 二階から美月さんと後輩が様子を見に降りてきた。

 僕はipadをかざし倒れた怪人を見せながら二人に言う。


「大丈夫ですよ。怪人がまた襲ってきましたけど、この通り僕のドローンで倒しておきましたから」

「……お、お父さんだよこれ!? 成次くん! うちのお父さん!」

「えっ?」


 根津パパさんの特徴。身長2mの超マッチョで覆面をつけている。よく裸になる。

 この怪人の特徴。身長2mの超マッチョで覆面をつけている。上半身裸。


「た……確かに、一致する部分はありますが……」


 気づかなかった……偶然似ているだけでは?

 

「っていうかこんな怪人、うちのお父さんしか居ないよ!」

「これが美月さんのパパさん……うっ、好きな人の父親だけど、レズには受け入れがたい吐き気が……」


 まあ確かに。

 自称「生まれも育ちも男根崇拝の残る村」とか言ってるぐらい根津パパさんは少々アレだけどさ。チンコネタ大好きだし。というか根津さんの先祖だかが、本気で実家のあたりに男根崇拝の祭りとか始めようとしたこともあるらしい。キービジュアルとして、天狗面で鼻のところがオティムティムになってる卑猥なグッズを作ったところ、天狗の怒りに触れて危うく滅ぼされかけた話を聞かされたことがある。

 ただし同性愛者──というかレズ──に対しての理解というか、そういうのも持っている。レズップルの間に入ろうとする男は死刑にしてもいいと常日頃から口にしていた。

 そんな彼だが、眼球に直撃した唐辛子液の影響で悶え苦しんでブリッジとかしたり、エビが脱皮する際のモーションのように暴れまわっている。警備員の人も、自分のところのボスなので対処に困っていた。

 どうしよ。


「……通り魔的なドローンはどこかに飛び去っていったということでいいですか?」

「う、うーん……そういう嘘をつくのおばちゃんちょっとどうかと思うけど、まあお父さんだからいっか」

「とりあえず服を着るように言ってくださいよあの人に……」


 僕は自分の犯行をなかったことにして、さも心配そうに根津パパさんを助け起こしに向かった。




 ****




「いやぁー近頃はこの辺も物騒になったもんだよなァおい! 昨日は怪人、今日は殺戮ドローンと来たもんだ。AIが人類抹殺プログラムによって反乱でも起こしたのか?」


 オフィスのソファーに座った根津パパさんはとりあえずそのような世間話みたいなことを言い出した。ちなみに配慮によって、僕のTシャツを上に着た。筋肉でパツンパツンになり今にも生地が裂けそうだけれど。フロントに『日本語が通じない』と書かれているだけのシンプルなデザインシャツである。

 ついでに唐辛子液の染み込んだズボンも僕がジャージ下を貸したのだけれど、二度と僕が履けないぐらいパツンパツンだ。アラフィフで孫まで居るのに肉体年齢が異様に若い。

 近くに座ると体格の差からなおさら圧迫感を感じる。美月さんの兄弟もでかいので親戚の集まりはラガーマンの集いのようである。しかも顔覆面の。

 怪人レズボンバーの翌日は怪人雄叫び半裸男だと思うが、世間様的には危なく見えるのは同意である。

 

「あの……お茶です」


 おずおずと汝鳥がお盆に載せた茶を差し出す。


「おう、ありがとうなお嬢さァん」

「ところで私はレズです娘さんを幸せにします」

「いきなりのカミングアウト!? そして交渉!?」


 思わず僕が叫んだ。速攻すぎる。

 唖然とする美月さん。根津パパさんはおもむろにズボンのポケットからカメラを取り出して、


「なるほどねィ……ちょっと写真撮っていい? はい美月と並んでパシャー☆ 手を繋いで見つめ合ってパシャー☆ 次はお互いの良いところを褒めあってみようかパシャー☆」

「美月さんのアラサーなのに可愛いところとか引き締まったお腹とか優しすぎて一緒に堕落してくれそうなところとかしゅきでしゅうううう!」

「え? え? えーと、汝鳥ちゃんは素直なところと、素直になれないところのギャップが可愛いよね?」


 二人の百合百合しいシーンを撮影し始めた。


「撮っとる場合かァー! 根津パパさーん! お宅の娘が毒牙に掛かりますよ!」

「やかましい! 望むところだわい! 可愛ければ勝利じゃボケ!」

「あいつ腹の中がウンコレベルで真っ黒ですから!」

「お釈迦様も人はウンコ詰まった袋とか言ってたじゃろがい! はい俺様超応援しまーす。頑張ってネ汝鳥チャン」

「お、お義父さん……!」

「じーん……」

「感極まってるこのオッサン!」


 駄目だ。普段から女の子がワイワイしてるアニメばっかり見ているので(他の仕事しながら専用ゴーグルに投影してアニメ鑑賞している)現実のレズにも躊躇いがない。

 根津パパさんは咳払いしておもむろに、僕の肩を掴んで後ろを向かせて声を潜めて言ってきた。


「つー感じでェ。どっかの誰かが美月を貰おうとしないなら俺様はあっちを応援しようとしまーす」

「そ、そんな……根津さん! どっかの誰かなんて言わないで、もっと積極的に探しましょうよ美月さんの相手! 僕も手伝いますよ!」

「ぶっ殺すぞてめえ! ちゃんと手伝えや!」

「なんで!?」


 ひそひそとやり取りをするけど理不尽に怒られた。なんやねん……

 ビシッと根津パパさんの背中にチョップが当たる。美月さんだ。僕らは振り向くと、腰に手を当てた美月さんが問いを発した。


「それで? お父さん、なんの用事なの?」

「なんの用事っておめえ、娘のところに怪人が現れて窓ガラス全部割られて警備員一人病院送りってなったら、そりゃあパパ心配で見に来るっつーの! 今朝採り立てのアスパラガスも持ってきたっつーの!」

「ん? どこに?」


 根津パパさんは上半身裸で手ぶら(手をブラジャー代わりにすることではない)のままやってきていたけど……

 そういえばドローンを迎撃したジャガイモもどっから取り出したんだ?

 おもむろに彼はジャージの社会ウィンドウズを下ろし始めた。


「ジッパーマン! ニョキニョキ!」

 

 海外版のブチャラティのスタンド名みたいな叫びと共に(レズ後輩は卒倒した)、股間のジッパーからにょきにょきと新聞紙で包んだアスパラの束が……!

 ひどい。色んな意味で。

 そしてドヤ顔で言う。


「俺様のアスパラはギンギンだぜ……!」

「お父さァァァん!! 食べ物使ってシモネタしないって家の決まりでしょおおおお!!」

「ぐああああ! ケツにツルハシがァァァァ!!」


 自分のとこで収穫した作物をあんまりな扱いする根津パパさんの肛門に、美月さんの採掘用具がねじ込まれた。

 基本的に小学生メンタルが多い美月さんのところの男衆なので、悪乗りして遊びが過ぎないように様々な決まりがある。

 規格外品とかではあるのだが、作物で遊んだりする(ちゃんと後でスタッフが食べる)ことはあってもシモネタは厳禁だった。


「でぇじょうぶだって! 見ろよちゃんと新聞紙で包んでるぅー!」

「少なくとも人前でやらないでよ! お父さんのバカ! 異常者!」

「娘に罵られるワードで地味につらいのが『異常者』なんだよ瀬尾クゥン……」

「いや僕にそんなこと言われても……」


 ダメージを食らっているように、覆面の上から目頭を抑えている根津パパさん。


「とにかく! 美月に瀬尾クゥン、それにこのぶっ倒れた子に怪我はねえの?」

「まあなんとか。犯人も逮捕されましたし。こいつは色んな意味でビョーキですが」


 ニュースによれば逮捕時に抵抗しまくりで、警官が五発は発砲したらしいけれど。

 部屋には投石用の石のみならず、旧日本軍も使っていたハンドメイド感ありまくりの兵器、陶器製手榴弾などが押収されたらしい。本格的なテロリストかよ。自宅を特定して通報した僕は社会的に正しい行為をした。


「それにしても危ねえなあ……やっぱ警備員常駐させるべきか……」

「お父さん、それやりすぎだって。普通のオフィスなんだから」

「はァーン? ここ警備させる分も仕事の一つですがァー? 瀬尾クゥンが空手十三段とか殺人ライセンスとかそういうパワー持ってれば安心できるんだけどよォ」

「十三段て」


 しかしながらこう、僕が全然頼りにならないって根津パパさんに思われているのは少し心苦しいというか。

 僕だっていざとなれば、美月さんを守るために爆弾を抱えて火山に飛び込んだりできるんだ! まあそんな状況になったらドローン使うけど。

 っていうか自己防衛力で言ったら美月さんが普通に強いし。僕のパワーを0.5TPとすると(TP=チンピラポイント。そこらのチンピラ一人分基準)美月さんは10TPぐらいありそうだ。野球チームぐらいなら倒せる。


「だ、大丈夫ですよ根津さん! ちゃんと僕だって防備を考えていますから!」


 そう僕は告げる。警備員を常駐させる。それに関して問題がある。警備員がずっとここらに居たとして、女性の家に居候している僕へ向ける感情はどうなるだろうか。少なくとも僕が警備員の立場ならとんでもない、細長くて物を縛るアレみたいな野郎だと思うに違いない。

 細長くて物を縛るアレ。僕は決して、そういうふうに思われたくない! 事実無根だしね!

 だからできれば、あまり第三者が生活を監視みたいなことにはなって欲しくなかった。

 根津パパさんは腕を組みながら渋い声を出す。


「防備ったってどうすんだよ」

「ドローンで迎撃とか」

「やっぱりさっきのお前の仕業じゃねえかァー!」

「ぎゃああああ!!」


 つい白状した僕をヘッドロックで締め付ける根津パパさん! 痛い! 

 プログラマーの殆どはヘッドロックに弱い。これは統計を見ても明らかだ。当然僕も弱い!


「お、お父さん! 落ち着いて!」

「これが落ち着いていられるか! 男同士の喧嘩でなァ、他の場所はともかく股間を狙ったやつは殺されても文句は言えねえんだ!」

「……お父さん、昔成次くんの股間を執拗に突いてなかった?」

「……」


 あっ外れた。


「ま、まあこれでイーブンってところで許してやらァ!」

「いたた……」


 ふらついて離れる。僕のショタティムティムの犠牲を先に支払っていたのでなんとか許されたようだ。

 

「それにしても……俺様がぶん投げた芋避けてたよなあのドローン……瀬尾クゥンはドローン操作が得意なのかネ?」

「いやあ、殆どプログラムしたオート操作ですよあれ」

「ドローンのプログラムもできるのか?」

「プログラマーですから」


 プログラマーならば大抵のプログラミングは可能だ。何なら旅行の計画表だって作れる。  

 なにやら根津パパさんは考え込むように腕を組んでいて、


「うーむ……うちの会社で今、畑を荒らす害獣対策用に音やら光やら出すドローンを使えないかやってるんだけど、自動で動物の方へあれこれ動き回らせるのが難しくて開発部が困ってるみてえなんだが。畑つってもあちこちの場所で千差万別の形してるからよ」

「ああ、それなら周囲の地形を画像認識で学習させ木とか柵とかに当たらないように飛ぶプログラムを組みましょうか。センサーに連動して充電ステーションから飛び立って目標へ向かう感じで」

「できるの?」

「まあそれぐらいなら。センサーも複数使って無線で連動させれば結構な範囲がカバーできますし。音や光に慣れた動物や泥棒用に自動攻撃プログラムもつけますよ」


 索敵範囲の動く目標に向かって飛んでいき、ガスなどで攻撃してくるドローン。

 完全に軍用兵器みたいな感じだけど、まあ民生品と軍用品のドローンに大きな違いはない。米軍のドローンはステルス性が高くて軽い素材を使い、搭載容量も大きかったりするが。

 ちなみに唐辛子スプレーなど催涙ガスを人間に使用すると下手すれば傷害罪、過剰防衛などになるので注意しよう! 泥棒のことも考えて合法的なガスにするべきだろう。


「それどれ位で出来る?」

「まあチョロチョロっと片手間に──」

「ちょっと先輩!」


 適当に応えようとしたら、卒倒から復活した後輩が僕を後ろから引っ張って根津パパさんから少し離れさせた。


「なんだよ」

「雑に仕事受けようとしないでくださいよ先輩! 今幾つソフト開発並行してやってるんですか!」

「四つだけど、二つは明日ぐらいには終わりそうだし……」

「先輩の希望で仕事受けると納期も予算も雑になるんですから仕事の交渉は私を挟んでください!」

「うーん……」


 確かに僕は交渉事にイマイチ長けていない。なんというか、最低限の納期とそれに掛かる費用を算出するのはできるのだけれど、それでは逆に業界に迷惑になるという。安い早いが基準になるからだ。

 なので後輩が明らかに余分にそういったものを取ってくるようになっている。


「っていうか先輩の場合、普通に二ヶ月は掛かる仕事を一週間で終わらせるのが異常なんですけどね……」

「別に特別なことじゃないぞ。ひたすら補助AI使って並行作業させてるだけだから。ガンプラ組み立てるのに手が多ければ早いみたいなもんで」

「そのうち先輩の存在も必要なくなりそう」

「痛いところを突くな」


 AIの発展によってプログラマーは死にゆく種族なんだ。僕らは錬金術師に似ている。本当に金を無尽蔵に生み出すことに成功した時点で、金の価値はだだ下がりになり儲けはなくなる。滅びに向かい突き進む定めの職業だ。

 僕らが話し合っていると、美月さんが根津パパさんに告げていた。


「お父さん。成次くんに頼むのはいいけど、成次くんはプロのグラマーなんだよ? なあなあでやらせるんじゃなくて、ちゃんとお仕事としてやってもらわないと」

「プロのグラマー!?」


 思わず僕がツッコんだ。根津パパさんはなだめるように手を広げて、


「わかってるわかってる。俺様は身内だからってケチらねえって。むしろ身内で金回す分はジャンジャン出すぜ」

「まあ……根津パパさんの身内だと大抵の業種揃ってますからねえ」


 根津ファームグループは農畜産業を基礎にしつつ非常に手広くやっているので、『根津王国』とまで揶揄されることもある。ちょっとした小国よりも産業は整っていて金も稼いでいるはずだ。皮肉で、成功した共産主義社会とも言われたりする。

 

「っていうかついでにゲームのプログラムも頼むつもりだったしよ」

「ゲームですか? はっ! もしかして僕は憧れのゲームプログラマーに!?」


 男子小学生の憧れ! ゲームプログラマー!

 意外に思うか納得するかはともかく、実は日本全国の小学生にやるアンケートの『将来なりたい仕事』ではゲームプログラマーというかゲーム制作関係は地味に上位の常連なのだ。男子の間では。

 最近はユーチューバーが上がったことが報じられたけれど、十年以上も男子小学生の間ではトップ五以内にゲーム制作関係職がランクインしている。

 かくいう僕もゲームプログラマーに憧れていた。というか、地味な個人制作ゲームなら幾らか作ったことはある。ただシナリオや絵なんかできないのでミニゲームのようなものだけど。


「おう。うちでネトゲというかソシャゲというか、そんな感じのやつに参入することになってよ。で、ゲーム会社に居たプログラマーが突然失踪して、どうにか急いでカバーしねえといけねえんだが身内で一番腕のいいプログラマーだと瀬尾クゥンだって満場一致で決まってな。まあ多分ゲームも作れるだろっていつもの気軽なノリで」

「そうなんですか?」


 首を傾げる。僕は確かに超優秀プログラマーだけど、根津ファームグループの人材はめちゃくちゃ多いのでそのトップとは思えないけれど。

 はっ! もしかして娘の家に居候している元無職の僕に遠慮して、仕事を回してくれるためにそう言ってるのでは……

 何故か根津パパさんと営業交渉担当の後輩が二人並び、僕に背を向けてヒソヒソなにやら言い合っている。


「瀬尾クゥンを普通に雇うと他のプログラマーが五十人ぐらいは仕事無くなって困るからやめろって言われてるからうちのソフト開発部門にはスカウトしてねえんだが……」

「先輩ちょっと気持ち悪いぐらい仕事早いですからね」

「でも今回うちの連中ソシャゲ展開は未経験ばっかりだから、外部からゲームプログラマー引っこ抜いてくるか瀬尾クゥン使うかしかねえし……」

 

 ちなみに根津ファームグループのゲーム会社では、基本的にギャルゲーばっかり出してるレーベルだった。あと脱衣麻雀とか。

 まあ、ソシャゲとギャルゲーって相性いいのかもしれない。僕もソシャゲのプログラミングとかやったことないけど、なんとかなるだろ。

 そんなこんなでレズ後輩が仕様書やら企画書やら確認してあれこれ注文を受け、再来年ぐらいまで黒字になりそうな報酬をぶん取って来た。ちょっと引く。そんなにお金貰える仕事なの。

 聞いてみるとソシャゲの場合は売り切りじゃなくてその後の追加コンテンツや仕様変更まで面倒を見るので、言ってみれば年間契約で取ったようなもんらしい。ついでに僕に任せる仕事の幅も広いのでバンバン加算したとか。


「と、とにかくこの仕事はさっさとサービス開始できりゃそれだけ良いから、なる早で頼むぜ」

「了解です」


 一応はちゃんと仕事として依頼してきたとはいえ、身内のことなので優先してタスク振っておこう。他のソフト開発はまあ片手間でも納期までには余裕でなんとかなる。

 そうこう朝っぱらから暴漢を撃退したり、就業前だというのに仕事の話をしていて時間が過ぎ去るのを忘れていると、


「ヒビッ!!」


 妙ちくりんな叫びと共にレズ後輩が感電したように震えた。

 時計を見る。八時! 抱きつき時間になっていた!


「久しぶりに来たー! 私の体の中でパワーゲイザーを延々打たれているような痛み!! くっあー! こっのー!」

「な、汝鳥ちゃん! 急いで急いで!」


 美月さんに手を引かれてレズ後輩は僕の近くに来て、ひしっと僕の脇腹あたりに抱きついた。

 

「……ぷう。ところで餓狼MOWから出たテリーの必殺技バスターウルフって、ボンボン版餓狼伝説のパワーゲイザースペシャルから来たと思うんですけどどう思います先輩」

「まずサニーパンチを導入するのが先だと思う」


 冷静に僕が返すと、ふと目の前にいるゴリラのような圧迫感に気づいた。

 根津パパさんが意味不明なものを見ているように、無言で佇んでいる。

 彼からすれば朝一番で訪ねてきた、娘のところに居候している親戚の男が、その同僚に急に抱きつかれた形である。

 気まずい。僕らは無言になった。


「くっ! 男根崇拝への屈服シーンを、美月さんのお父さんとはいえ他人に見られるとは……!」


 こいつはブツブツと文句を言っていたが。


「お父さん、お父さん、こっちこっち」

「ん? おお……」


 美月さんがヒソヒソと根津パパさんに話しかける。多分、抱きつき症候群について詳しく説明しているのだろうか。

 一応は僕らが泊まり込むことを告げていたけれど、『病気の治療』とか言って詳細には告げていなかったのかもしれない。

 わからないでもない。そもそもこの抱きつき症候群という病気自体、マイナーな上に治療法が馬鹿げているので口頭ではあまり信じられない可能性が高い。

 美月さんから話を聞いた根津パパさんは難しそうな顔(覆面で隠れているのでよくわからないが、多分)をして腕を組んで「うーん」と唸った。


「美月はこっち側に」

 

 そう言って美月さんを、レズが抱きついている反対側の僕の隣へ配置。

 

「はい抱きついて」

「え? えーと?」

 

 よくわからない指示に戸惑いつつ、美月さんは若干躊躇してから僕に抱きついてきた。

 なんで!?


「はいパシャー☆ パシャー☆」

「なんで撮影までしてるんですか!?」

「うるせええ! 証拠写真じゃわい! パパ突然のことでビビってるんだからな!」


 彼は錯乱している! 

 とりあえず僕らは立ったままなのもなんだからソファーに座って、三人くっついてるところを様々な角度から撮影されまくった。


「う、ううう……男根に負けてるところを写真に残された……」

「男根崇拝から男根になってるぞ!? それだともうハメ撮……いやなんでもない!」

「あ、あはは。自分でやってたことだけど、撮られると恥ずかしいね」


 そして抱きつきタイムを終えて離れた後で、根津パパさんは僕を手招きして二人からやや離れたところへ連れていき、何故かしげしげと僕のズボンを見てから小声で言ってきた。


「瀬尾クゥン……君には実に悪いことをした」

「な、なんです?」

「まさか幼少時に股間を突っついてたことで、エンドオブ男性器略してEDになっていたとは……! すまん小僧……! ワシの判断ミスじゃ……!」

「はじめの一歩の会長みたいな謝り方しないでくださいよ!?」

「くっ……我が家に二百年伝わる超貴重な秘薬、『天狗蛇酒』の封印を解いて瀬尾クゥンにやろう……! もうあとちょっぴりしか残っていないが、とんでもないパワーで不能や不妊が治る再現不可能の神酒だ……!」

「だから別に不能とかじゃないですって!?」

「女二人に抱きつかれて平然としている男は完全に死んでますゥー! なめてんのかてめえ!」

「片方は馬鹿でレズですし、もう片方の美月さんで反応したら暗殺されるでしょ僕!」


 プログラマーは理性的なのだ。まあ美月さんぐらい素敵な人が相手になると、もう理性と戦うの疲れちゃったになりかけるけど。

 でもね、他の誰ならぬ殺害を匂わせてくるの根津パパさんだからね!

 なにやら彼が僕に向ける視線が、とんでもないバカを見るような呆れた色が混じってるように感じた。なぜだろう。


「これで瀬尾クゥンがどこぞの馬の骨だったら俺様も容赦なくぶちのめせるのになまじっか割といいヤツだって知ってるからなあ……」

「なんか怖いこと言ってる!」

「とにかく瀬尾クゥン……一つだけ言っておくが」


 ガシッと筋肉質な腕で肩を組まれると、こう熊にホールドされたような命の危機を覚える。

 

「美月にしろ汝鳥チャンにしろ、泣かせたらおじさん飛んできて制裁しちゃうからなァ……!」

「ひっ!?」

「じゃっ俺様今から入院したサメ子ちゃんのお見舞い行ってくらァ!」


 早々とオフィスを去っていく根津パパさん。

 恐ろしい脅しに、何故か、本当にどういうわけか不明なのだが、後輩もその理由に加わっていた。

 後輩を泣かせたらってどういう状況だ……! どっちかっていうと口喧嘩してやり込めて泣かせてやりたいと日々思っているというのに……!


 大きな仕事とゲームプログラマーの称号を得た僕だったが、そのかわりに根津パパさんから刺された釘が、なんか増えた感じになったのであった。

 と、とにかくプログラミングの仕事をしよう。プログラマーだから。





ちなみに鮫島さんの参考図

https://twitter.com/sadakareyama/status/1091611248276336640

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