異世界スピード狂想曲
ジェイルの抗議をよそに、無事に森を抜ける事ができたようである。
本来、負傷者を伴っての移動には、緊張と疲労をともなうモノなのであろうが、身長が人の二倍近くあり、見た目が完全に魔物であるオーガな俺が居るからだろう、野生の獣など怯えて姿を見せるはずもない。
薄暗かった視界が、太陽からの光が刺すように広がり、視界の眩しさに目蓋が自然と薄目になってしまう。
「朝から狩りに来て、何にも収穫が無かったなんて久々だけど、恥を忍んで街に堂々と凱旋するわよ。」
「「「「「おおぉーッ!」」」」」
リズの陽気な宣言に、皆ほうほうのていで勝鬨をあげる。
俺だけは目を、眩しい光に馴染ませながら、徐々にはっきりとしてきた視界に、映る光景を映し出していた。
わかってはいたが、見たことの無い世界に落胆してしまう。
目の前には、なだらかな丘陵が幾重にも続く草原地帯、ポツポツと五メートル弱の木立が疎らに生えているだけで、人気すら感じる事の無い長閑な草原が続いていたのだ。
草の無い道らしき部分も、長年踏み固められただけの土が、むき出しになっただけで、それが丘と丘の傾斜のなだらかな所を、うねるように続いている。
現実逃避だとはわかっていても、馴染みのあるアスファルトで舗装された道路を、期待してしまうのは仕方ないだろう。
「マサ、この道を真っ直ぐ行けば、街にたどり着くから。それまで、悪いんだけど怪我人を載せた荷車を牽いてもらえないかしら?」
突っ立って景色を眺めていた俺に、リズがこれからの行動予定と、俺への役割分担を説明してきた。
「私達の歩く早さで、だいたい半日の距離かな。道もしばらく行けば、少し大きな街道に当たるわ、丁度そこら辺に夜営の出来る場所があるから、今日はそこで、一夜を明かして、明日の朝に街に入る予定よ。」
何処に置いてあったのか、中々大きめの木製平台の荷車が鎮座しており。
本来ならば、狩った獲物を積み込む予定のスペースに、今は脂汗を浮かべ痛みに耐えているジェイルと、打撲のダメージを負ったまま、徒歩で森を歩いて来たダンカンが、干された干物よろしく転がっている。
「ああ、俺に出来る事なら何なりと言ってくれ。因みに、あの荷車、かなりデカいが何を運ぶつもりで、ここに持って来たんだ?」
明らかに、一人二人じゃ荷台の積載量を満たした後、重量的に引ききれないだろう大きさの荷車なのだ。
「食肉になる鹿や猪あたりを、それなりにって予定だったんだけども。運が良ければ、大型の魔獣、魔物も視野に入れてたの。」
「魔獣と野生の獣とは、何か違いがあるのか?」
俺は、リズと荷車へと歩みながら疑問を問てみた。
「んん~……。ここら辺に生息している種類に限って言えば、単純に食肉に適しているか、いないかかな。勿論、例外はあるけど。後は、魔獣や魔物には心臓の近くに、魔核とか魔石と呼ばれる、独特の模様のある石があるのよ。」
「もし、魔獣を狩ることが出来たら、その魔石ってヤツを抉り出すのか?」
俺は、死骸から魔石を取り出す様子を、想像してひきつりながら答えをもとめる。
「そうよ。魔石って、結構いい稼ぎになるのよ。」
俺は立ち止まり、当たり前かの如く、残虐な事を笑顔で話すリズに、恐れおののく。
「あと、オーガは魔物とか言われてるけど、魔石は無いのよ。大柄な猿、人型の獣扱いだから。」
リズは、さらに追い討ちをかける。
この世界は、魔物の俺に、あまり優しく無いらしい……………。
「ロイ、マサ、荷物はしっかり固定したよッ!」
「があぁ。俺は荷物じゃねぇって言ってるだろうッ!」
ネルの冗談に、荷台脇の金具に、頭を後ろに寝かされ、ロープで固定されてるジェイルが、抗議の叫びをあげる。
「当分、言われ続けるんだから諦めろ」
こちらは、ジェイルの隣に胡座で座っているダンカンの、自虐も込めた捨て台詞のようだ。
荷車の前の引き役は俺で、ロイが荷車を後ろから押し役を受け持ち、リズ、ネル、ゾーラは、それぞれ徒歩で後を着いてくる隊列に決まった。
俺は準備が出来たのを、皆に目で確認を取り、荷車の持ち手をしっかり握る。
『中型荷車と車輌リンク出来ます。』
また頭の中に、ジェイルを抱えた時と同じように、メッセージが浮かぶ。
俺は、アクティブスキル一覧の表示を意識し、車輌リンクスキルの有効化を選択する。
『中型荷車とリンクしました。』との、メッセージとともに、荷車が俺と一体化した感覚を得る。
「全員、荷台に載れ。」
俺の言葉に、皆きょとんとする。
「全員のせても、俺一人で十分だ。」
そんな俺の台詞に、皆、嬉々として荷台へあがる。
俺は、皆が乗り込んだのを確認して、ゆっくりと荷車を前進させる。
エアーサスペンションスキルも、ジェイルを抱えた時に有効化したままだ。滑らかに進む荷車に、ジェイルを除く皆が驚きをしめす。
「マジかぁ~。貴族様の馬車でも、こんなに快適じゃないぞぉ。」
「それに、装備を着込んだ人間が六人も載って、車輪から何の音も聞こえて来ない。」
「マサの大きな身体が、風による疲労を抑えてくれてるようね。」
「凄いな、凄いよマサッ!」
風の抵抗はそれなりにあるが、今の俺の肉体にどうこうなる程の抵抗ではない。
皆の評価も上々のようで、俺は自慢気に速度を上げていく。
「モットダ。モットダ、マサ。」
ゾーラが荷台で立ち上がり、俺を煽る。
「しっかりと捕まっておけぇ~。」
俺は、調子にのってさらに加速する。
なだらかなアップダウンを、流れるように走り抜ける。
道の脇に生えてる草々が、速度線を引く程に舗装もされてない道を、魔物に引かれて、荷車が激走する。
「「「「「ひえぇぇ~~ッッ!!」」」」」
今まで、体験した事の無い荷車の速さに、ゾーラ以外の面々が悲鳴をあげ出す。
「アハハハハ……。モット、モットォーッ!!」
それらが面白いのか、ゾーラらがさらに俺を煽る。
「ゾーラ、途中で泣きをいれるなよッ!」
「★#£▽☆∵*ッッ!!!」
何を言ってるかわからないゾーラの雄叫びを、背中に残して俺は、全力で大地を蹴り駆ける。
「マサ、ストップッ!ストップッ!!」
「殺す気かコノヤロォーッ!!」
「★#£▽☆∵*ッッ!!!」
リズとロイが、慌てて何か叫んでいるが、俺には聞こえているが聞こえてないいていで。
ゾーラはこのスピードの中、狂ったように叫びながら、荷台で跳び跳ねていようだ。
少しして街道に入った事を確認した俺は、走り続けながら後ろを振り向き、皆の様子を確認してしてみる。
リズは、鬼の形相で俺に、何かをわめき散らし。
ロイとネルは顔を青くしたまま、目を見開き固まってる。
ゾーラは、まだまだ覚醒中。
ダンカンは胡座をかいたまま……………瞑想中かな?
ジェイルは……………悟りをひらいていらっしゃる?
どうしよう……今更ながらに、ふざけ過ぎた事に冷や汗を垂らす。
まぁ…………行けるところまで、行っちゃってから、後で怒られようと、俺は更にさらに速度を上げていくのであった。