そしてラムネ色
11/16 改稿
その日は、普段と変わらない何でもない日常のはずだった。
何となく始めたトラックドライバー、13年間休みもほとんど取らずに、まさに馬車馬の如く道を走りつづけた。当然の如く他人との接点は仕事がらみであり、少なからずいた友達とも疎遠になって久しい。
手に入れたものと言えば、関東一円の道と荷台に積み込む荷物の知識ばかり。
「オレは、何をやってんだろう。」
配達帰りのトラックの中で、最近同じような台詞が口から出る。
学生時代はそれなりで、勉強もスポーツも広く浅く良くもなく悪くもなく、こなせていた方だと思う。
何時からだろうか、世界の喧騒のなかに埋もれる様になったのは?昔はもっと楽しんで生きていたはず。
ぶち当たる壁を、無理にでも叩き壊そうとしていた俺だったはずなのに。
「こんなザマねぇ俺じゃ、鏡子に泣かれちまう。」
自分自身に愚痴をはく時いつも思い浮かぶのは、突然俺の前から居なくなった恋人の鏡子だった。しかし俺は満たされていた日常を記憶に呼び起こす度に、胸の奥底にある黒い奈落の様な場所へ、捩じ伏せる様に落とし蓋をする。
「少し飛ばすか。」
そう言うと、俺はアクセルペダルを踏みしめた。
流れてい深夜の街並み。信号のタイミングに合わせて、トルクを最大限に駆け抜ける環状線。身体に伝わるエンジンの躍動と高揚感。現実逃避でしかないのはわかっているが、抗う自分を解放へと昇りつめたい感情を抑える事が出来るんじゃないかと、沸々と涌き出る暗き炎を、叫ぶ様にトラックを走らせた‥‥‥
『サメジマさ~ん。起きてくださ~い。』
少し久具持った声が、まとわり着くような感じに俺を呼ぶ。
「誰だ?」
ん?何だこれは?呼びかけに答えた瞬間、何故か自身の中に違和感を感じ、気持ちがざわめく。
俺は、いったい‥‥‥
『鮫島正義さん、ごめんねぇ~寝てる?ところごめんねぇ~』
んん?俺は、寝てたのか?
俺は、起き上がろうとしたが、何故だか身体の感覚が無いのに混乱する。
目の前がラムネ瓶の様な仄かに透き通る水色な空間が広がっている。
『ああ~。体を動かす感覚じぁなくってぇ~。何かこう、イメージするような感じ?』
俺は混乱しながらも相手の言葉を先ずは措いておき、自身の感覚に意識をむける。
「何だ?俺の身体が無いじゃないか!!」
俺は理解出来ない現状と、焦りの中で混乱が加速していく。
『気にしたら負けですよぉ~』
そこに相手からの能天気な言葉に、一瞬呆ける。
コイツ何かムカつく。
一時の心の静寂の隙に、何か圧迫感のある手の様なモノが俺の中に差し込まれた。その手の様なモノが、俺の中心部分撫でる様に触れた後、霧散するかの様に圧迫感と共に消えた。
「おいっ、何をしたんだ?」
『時間があまり無いので、此方から強制的に鮫島さんの無意識領域の中へ、デフォルトを刻みました。ではでは、サメジマさんに今の状況を説明しますねぇ』
コイツの言った通り、ざわついていた意識が凪いだ水辺の様に落ち着いている。
改めて俺は、声の主を探し見回すがみつからない。
「ちょっとまて、それにオマエは何処にいる?」
声は聞こえど、周りを見渡しても、ラムネ色しか見えない。
『おおっ、そうだねぇ~。何と言うかぁ~、このラムネ色がワタシだよぉ』
「何ぃッ!!」
思わず叫んだが、何じゃそりゃ、意味わかんねぇよ‥‥
『たはは‥。今回は因果率を、ぶっこわしちゃったヒトがいてさぁ~、けっこうぶっつけ本番な強引でグダグダな感じでみたいなぁ~(笑)。』
おいおいっ‥‥
よくわからない事を飄々と言ってくれてるが、それって凄いけど酷い様に聞こえるのだが‥‥
『話もどすよぉ~、聞いてねぇ~。うんと、サメジマさんはトラックの運転中に、たまたま近くを通りすがったワタシに、ヒョィッと連れて来られたちゃったんだよ(笑)。‥‥‥‥ここツッコムとこだよ?』
おいおいっ、どんだけはしょるんだよ。ツッコムも何も起承転結の起と結じゃねぇかよ。時間も無いとか言ってて、実は面倒臭くてノリで押し通すつもりじゃねぇのか?何だか、扱いがわかってきたよ。
「わかっから、取り敢えず全部説明しちゃってみ?ツッコミは後でまとめてすっから。」
俺はこの時から、コイツが面白いヤツだと思うようになり、ラムネ色な愉快な気持ちにつつまれた。