奏音-kanon-
小さな港町。
誰も通らないような場所で、あいつと音を奏でてる。
それが、当たり前になっているのがなんだか悔しくて、歯痒かった。
何度も夢見た。
大きな舞台で歌を唄う。
沢山の歓声に包まれ、拍手がなりやまない。
そんな夢を。でも、現実はそんなに甘くは無くて、裏切られた。
悔しくて泣いた夜。
叫びちらした。
もう、唄うのを辞めようと思った。
「ふざけんな。根性なし。」
あいつは私にそう言い放った。
普通は励ますものでしょ。でも、あいつらしくて、笑みが溢れた。
「ゆぅ〜や〜?」
「え?」
いきなり話しかけられて心臓が飛び上がった。
「練習…しねぇの?」
「するよ!考え事してただけ。」
あいつ…叶多はピアノの鍵盤をおした。
「今日の晩御飯は何かなぁ〜、ってか?」
「それは叶多でしょ。」
叶多は苦笑しながらアタリと言った。
「ねぇ、叶多はピアノを辞めようとは思わないの?」
「は?」
叶多は驚いた顔をして、『別れの曲』を弾きは始めた。
やっぱり叶多は上手い。
繊細で優雅ながらも、大胆で正確で…
天才と言う言葉がぴったりな演奏。
「俺はさ、ピアノを弾くの好き。時には嫌になるけど、思い通りに演奏出来ると嬉しいし。」
叶多と私は違う。
同じ音楽が好きでも、私は叶多みたいに純粋に唄う事はできないよ。
「いわゆる、中毒みたいに弾くのをやめられなくなる。お前もそうなんじゃねぇ?」
『中毒』
確かにそうなのかも知れない。なにかに取り付かれたように唄う。
だけどね、私は唄うのが好きなはずなのに唄うのが辛いんだ。
「私、帰る。」
「は!?由宇夜!なんで。」
「用事なの。」
さっさとカバンを持って、スタジオこと、音楽室を出た。
居たたまれない。
叶多と合わせるのは好き。でも、比べられるように見られるのが嫌い。
わがままで、どうしようもない私を叶多は見てくれる。私は叶多に甘えてちゃ駄目だ。
港を通る。
此所で初めて叶多と会った。
聴いた事もないメロディーを唄う変な人だった。
次に会ったのは音楽室。
別のクラスの転校生だった叶多は、やっぱりプロ並のピアノを弾いていた。
それに合わせ、私は唄った。
曲が終わると叶多は私に笑いかけた。
「いい声してるな。唄うの好き?名前は?」
それから私たちは音楽室で、叶多のピアノに合わせて演奏したね。
「ゆうや、カナタ君が呼んでるよ!」
叶多はドアにもたれるように立っていた。
「叶多。」私が呼ぶと満面の笑みを浮かべた。
「すげぇ良い曲作れた!」
半ば強制的に叶多に連れられ音楽室に…
放課後だから良いものの…
叶多は切ないメロディーを奏で始めた。
私は心臓が跳ね上がるのが分かった。
この曲を聴くのが辛い。
図星を指される感じ。
「やめて!」
叶多はびっくりして弾くのを止めた。
「どした?良い曲だろ?『ゆうや』」
やっぱり。
私の曲なんだ。
「唄えよ。」
「唄えない。」
私はこの曲みたいに綺麗じゃない。
何もしらないくせに、私の曲を作らないで。
私を分かろうとしないくせに。
「なんで。唄えって。」
「私はッ!叶多とは違う…」
「何が!何が違うんだよ!?」
叶多は私とは違うよね。
私は汚いもんね。
「叶多は才能があって良いよ!唄うも唄わないも私の勝手でしょ!叶多のために唄ってくれる人いっぱい居るでしょ?」
「俺は由宇夜が良い。」
「綺麗事言わないで。そんなに唄ってほしいならコンクールにでれば!?コンクールに出たら注目されて、私なんて忘れるくらい忙しくなるよ。絶対。」
「…分かった。」
こんな事言うつもりなかったのに。
今からでもごめんって言えば…
私に唄ってほしいって言ってくれて嬉しかった。
それから何時も聞こえていた叶多のピアノが聞こえなくなった。
ねぇ、叶多。
私の歌は貴方に少しでも幸せを与えられましたか?
私は貴方の奏でる音楽に、時には追い詰められ、
時には救われたよ。
家で歌詞を書こうと、歌詞ノートを開いた。
一ページ目には慣れない歌詞が書いてある。
ページが増えるにつれ、私の書く詞は上達していた。私でも、少しは変われていた。
私は少し安心した。
ノートの半分くらいから詞は書いていない。
でも、最後のページにはぎっしりと詞が書いてあった。
題名は『奏音&歌音』
この曲は…
私は知らず知らずにこの歌を唄っていた。
【小さな不安は夢に埋もれた。優しい貴方の言葉に溺れて行った。もう大丈夫だよ。貴方は音を奏でて。私は声が枯れるまで唄い続けるから。】
私の誕生日に名前もないこの曲を叶多は弾いた。
静かで美しくて、
私は一度聞いたときからこの曲が大好きになった。
「ね、名前付けないの?」
叶多は小さく笑った。
「名前は…奏音。音を奏でて、周りの奴等を幸せに。って」
「イメージに合わないよ!なんか奏音って叶多みたい。」
「良い名前だろ?俺にもお前にもぴったりだし。」
叶多は嬉しそうに笑った。
「私は奏音より歌音だよ。奏でられないし、歌で音を出す。」
「んじゃ、奏音&歌音で良くね?叶多&由宇夜って意味で。」
「私達のテーマソング?」
【私達は苦しい思い出をノートに閉じ込める。だから前を向こう。辛い事は誰にも話す事は出来ないから。音楽にのせて、理想を生み出すんだ。】
私の理想は…
「由宇夜、俺再来週の土曜日、コンクールに出るから。良かったら見に来て。俺はお前とは確かに違うかも知れない。でも、音楽が好きだから。」
「…本当にコンクールに出るの?私の言うことなんて気にしないで。」
「お前と会う前はずっと練習してコンクールに出ての繰り返しだったし、前までの生活に戻るだけ。」
叶多は哀しそうに笑っていた。
コンクール会場に私は走った。
出場者はやっぱり上手くて、魅了された。
叶多は真顔で舞台に上がった。
叶多は教本通りの演奏をした。
違う。
これは叶多の音じゃない。ただのコピー。
私の好きな叶多の音じゃない。
審査員は叶多の音を聞くと目をつぶり聞き入った。
「凄い、上手いな。」
確かに上手い。
でも、叶多、違うでしょ?
叶多は急に弾くのを止めた。次の瞬間、指定された曲じゃない曲を弾き始めた。
『奏音&歌音』
叶多は叶多の音を奏で始めた。気持ちのこもった、叶多だけの音楽を…
一人の審査員が叶多を止めようとしたが、他の審査員がそれを止めた。
皆が叶多の音楽を聞き入る。演奏が終わると大きな歓声が叶多を包んだ。
「叶多!何してるの!あの曲演奏して。」
「由宇夜、来てたんだ…。だってさ、途中で俺の音じゃない!って思ってさ、俺の音は…って考えたらあの曲が浮かんだんだよなぁ。結果。見に行くぞ。」
やっぱり叶多は最下位で。叶多もそりゃそうだと笑った。
「初めのまま弾いてたら一位だったのに。」
叶多は私の頭をポンポンと叩いた。
「ねぇ、叶多。私、音楽が好きだよ。叶多みたいに才能ないし、やっぱり叶多とは違う。でも、叶多が私で良いって言ってくれるなら私は唄いたい。」
「よく言えました〜。」
「私は『ゆうや』ほど綺麗な人間じゃない。けど、イメージに合うようなゆうやになる。」
「『ゆうや』は由宇夜じゃない。でも、由宇夜が俺を越える、『ゆうや』に合う由宇夜になるなら協力してやる。」
音楽は幸せを運ぶ。
私は辛くて歌を辞めようと何度もも思った。
でも、惹き付けられる。
だって好きだから。
ちょっと俺様で、
能天気な叶多のピアノが私は好き。
愛しい音楽を
愛しい歌を
愛しいあの音を
現実は厳しいけれど
音楽を奏でよう。
それは、私の在り方、存在理由だから。
【小さな小鳥は大空へ飛び立つ。綺麗な声でないて。綺麗な声で音を奏でて。私が傍にいるから。】
音楽は時には心を落ち着かせます。そんな音楽を奏でる二人は輝いていると思います。この小説を呼んで頂いて有り難うございます。どうだったでしょうか?