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1話 カップ焼きそば



「あれはもう老害の域ですよ!」

「いやいや、それは流石に言い過ぎだから……先輩はまだ400歳とちょっとくらいだよ?」

「でも理不尽だと思いませんか!? モグさん!」


 勢いよく顔を上げる後輩の顔からは悔しさが滲みだしており、まさしく憤懣遣ふんまんやかたないと言わんばかりの顔。尖った耳の先まで真っ赤だ。

 あまりに強い目の力を避けつつ溜め息をつく。


 後輩の気持ちは分からないでもない。

 特にこの後輩に関しては人間と深く関わっている世代。物心ついた頃から周りに人間が居て、その人達と一緒に育った。

 だからこそ老いていく友人を目の当たりにして、それを助けることができる薬があるにも関わらず秘匿されていることに納得できないのだ。


「う~ん、まぁ難しい判断が求められるところだし、決定は決定だからね……『若返りの薬』はさ。」

「僕らエルフが自然のあるがままを尊崇するのは分かりますよ! 僕もエルフだから! そして年を取るからこそ人間だって言うのも分かる!

 でも、だからといって助けられる力があるのにそれを隠すなんておかしくないですか!」


 鼻息荒く捲し立てられる持論を右から左に流しながら、その流れの中で残った微かな残渣を検分する。

 この後輩は、私よりも上の役職にいる先輩に対して自身の友人に対する若返りの薬の使用許可を求めたのだが、それをにべもなく却下された事に怒っているのだ。

 圧倒的な熱量をもった後輩の言葉に私は思う。



 『あぁもう、面倒くさい――』




 ――私達は現在、日本に住んでいる。

 おおよそ100年程前に我々エルフは別の世界での絶滅の危機から逃れる為、エルフの総力を結集して、この地、日本に難民として避難してきたのだ。

 避難したエルフの数は20万人。


 この世界の人類は、ほとんどの人間が友好的であり、また当時から非常に文化的で、きちんとした倫理観なども備わっており、我々は難民として受け入れてもらえることができた。本当に素晴らしい人間達だった。


 私達は安住の地を見つけたこと、そして素晴らしい友人に恵まれた事に感謝し、色々あったが、この世界で日々を過ごしてきた。

 この世界の人類の英知は誠に素晴らしく、我々にとって未知の文明・文化ばかりだった。


 その日を生き抜くという危機に生きていたことで忘れていた知的好奇心が大いに刺激され、我々エルフは貪欲にこの世界の知恵、知識、文化をあらゆる方面から吸収し学んだ。

 人類もまたエルフの知恵と技術を吸収し、我々は相互に理解し合い共存共栄できる良きパートナーの関係を築く事が出来た。


 ただ……我々エルフと人類の間には大きな差があった。


 『寿命』だ。


 我々がやってきて50年程から、エルフが各方面で最古参の人材となる事が多くなり、それにともなって顔役や頭役として主導権を持たされる事が多くなってきた。現在に至っては、国や企業、宗教団体に至るまで、ありとあらゆる場所のトップにエルフが立っている。

 我々エルフとしては権力がエルフに集中してしまうアンバランスさを危惧しているのだが、人類がそれを当然のように受け入れてしまったのだ。


 どうにも、エルフは人類に比べて欲深い者が少なく指導者として優れているという認識があるらしい。

 貧困の解消や大地の緑化、不正の撤廃など指導者の地位を得てからの事実を鑑みるに認識は間違いではないし、それに各国の首脳がエルフであり戦争になることもないから、個人的には正しい選択だと思っている。


 私が所属している財団法人革新技術開発機構も、かつては人類とエルフの共同での技術融合による新技術の開発が主な目的だったが、現在では職員に人間が居ても根幹部分をエルフが握ってしまっている為、エルフによる新技術の開発となってしまっている。

 ぶっちゃけ人間の職員に研究を教えても、色々理解してモノになる頃に引退する事になるからエルフが研究するしかない事だともう諦めている。


 まぁ私は、元々前の世界でも研究者であり、この財団法人が設立された時から研究者として勤めている。

 現在はそれなりの地位も与えられているのだが、この財団法人革新技術開発機構で開発される技術は、我々が元居た世界とこの世界の技術のハイブリッドだったり、また別の世界の発見をさらに加えたりしてトップシークレットにならざるをえない技術も多い。

 そんな技術を生み出す機関だからこそ、私の上にも何人もの年上の有能なエルフたちが控えていて学ぶことは多い。


 私をモグさんと呼んだ後輩が話題にした若返りの薬も、私も開発に関わっていたから、完成した当初に先輩と話をした。

 あの時の会話もきちんと覚えている。



「――モグくん……君はこの薬については、どう考えるかね?」

「そうですね。これまでの例から考えても、とりあえず公表できない部類ですね。」


「うむ、その通りだな。

 では慣例だとかつまらない理由は無しにして、君がなぜ公表しない方が良いと考えたかを聞きたい。」

「はぁ……まぁ若返る事が出来るとかを人が知ればパニックが起きるでしょうからね。

 人間の生は短いし、死を避けたいと感じているのは皆同じ。だからこそ薬を求めて醜い争いも起きるかもしれません。

 そんな厄介の種になりそうな物は隠しておく方が良いんじゃないでしょうか。」


「ふむ。現実的だな。」

「現実ですから。

 この考えはまずいでしょうか?」


「いや、大事なことだろう。

 本来あるべき形を歪める薬であるし、歪みはその先でいずれ大きな問題となる。

 それに……終わりがあるからこその人生だと私は思うのだ。」

「そうですね。」


「……ふっ。」

「? なにか?」

「いや、なんでもない。では薬については君の判断の通りに処置を。」

「分かりました――」



 ――きっと後輩に対しても先輩は同じような答弁で秘匿しておけと言ったのだろう。

 今の後輩の立場上、先輩の決定を覆すことは不可能だ。

 なにより私も秘匿しておいた方が良いと思っている。



 そんな事を思い出しながら後輩の声に耳を傾け続ける。

 怒りを言葉に出させてなだめ、後輩のささくれ立った心を和らげてから家に帰すと、もう外は真っ暗になっていた。



「あ~……腹が減った。」



 ようやく面倒から解放された事で感情の赴くままに言葉を出してみると、声に呼応するように腹が鳴った。


 ぐうぐうとなった腹は、食べ物を欲してやまない。

 この腹の感覚は『今すぐ何か食べたい』と訴えっている。さもなくば腹痛に変わってやるぞと言わんばかりだ。


 もうどっぷりと夜になってしまっては食堂はやっていない。

 近場の店やコンビニに行けば食べる物を買えるが、そこに行くまでの時間ももどかしい。

 それに後輩の愚痴を聞いてモヤモヤの溜まった腹には、なにかこう、ガツンとパンチの効いた何かを入れたい。


 そう。破壊力。

 今食べたいのはモヤモヤを壊す破壊力だ。

 そんな破壊力を食べたい。

 そしてそれを可能な限り早く食べたい。


 その考えに至った私は閃いた。



 『カップ焼きそば』



 ガツンとくるソースの香り、そして口に入れたら襲ってくるソースの味。

 あのジャンクフードの暴力的な香りと強い味。この破壊力だ。

 そして3分待てば食べることができる早さ。

 電気ポットにはお湯が常備されているから、すぐだ。

 全ての回路が繋がった。


 今、私は『カップ焼きそば』を食べたい!


 居ても立ってもいられず競歩のように歩き出す。

 向かうは施設内に与えらえた自分の部屋。

 自分の家はもちろん別にあるが、込み入った研究をした際の為に施設内でも寝泊りが出来るように最低限の設備が与えられているのだ。


 急ぎ足で自室に向かい、ドアの取っ手を握る。

 取っ手を握った事で静脈認証で鍵が開き、すぐに中へと競歩のまま飛び込む。

 向かうは保存食をストックしてある棚。


 棚の下段を開き、その中に積んであるストックの中からカップ焼きそばを取り出す。


「これこれ……今日は『いか焼きそば』だよな。」


 お目当ての品を見つけ言葉と笑みが漏れる。

 カップ焼きそばには多種多様な種類がある。

 味、香り、麺の種類に添付のトッピング小袋、それは千変万化。


 今、いか焼きそばを選んだ理由は……量だ。


 カップ麺系統を食べたい時というのは、ちょっとだけ小腹がすいたかな? という時と 腹減った!! という時がある。この両者では食べたいカップ焼きそばの種類が違うのだ。今は断然後者だ。


 すぐに包装を破る。


 蓋を開き、かやく、ソース、そしてふりかけの袋を取り出す。

 この瞬間がカップ焼きそばで最もワクワクする瞬間だ。


 かやくの袋を開き、麺を少し持ち上げて、かやくを麺の下に滑り込ませるように投入する。

 こうすることで『湯きり』の時に具が蓋にくっつき難くなるのだ。


 ポットの湯量と温度を確認する。

 湯が足りない時の絶望感は中々だ。今回はまったくもって問題ない。良かった。


 カップ焼きそばに湯を注ぐ。

 すぐに蓋をして開く事のないようにソースを重し代わりに乗せる。

 ソースの袋を乗せる事で液体のソースが温まって風味が立ち、尚且つ蓋も開かない。一石二鳥だ。


「2分45秒だな。」


 チラリと時計を見て、時間を確認する。

 研究者として作り方に記載のある3分を守らない事は心苦しい。

 3分での仕上がりをベストにする為の企業努力を無にする行為だからだ。

 だが私は『少しの固さ』という、より一層カップ焼きそばのジャンクさを高めるエッセンスがどうしても欲しいのだ。


 割り箸、そして冷えたお茶を準備すると、すぐに1分が経過した。

 鼻にはフライ麺が湯にほぐれてゆく独特の香りが感じられ腹が鳴る。

 この時間が狂おしいほどに待ち遠しい。

 麺をつつきほぐしたい衝動に駆られるが、お茶で口を濡らす事で誤魔化しながら時計を眺める。


「……5、……4、3……はいオッケー!」


 すぐに蓋の湯きりゾーンを開いて湯を流す。

 少し油で濁った白色の混じった湯が流れてゆく。


「よいしょお。」


 全ての湯を流しきらず、敢えて少し湯を残して湯きりを切り上げる。


 ここからは時間との勝負だ。

 なぜなら温度の支持体であるお湯を捨てたのだ。麺はすぐに冷えはじめている。麺類は熱いにしろ冷えているにしろ、温度もまた御馳走なのだ。


 蓋を捨て、右手で持ったソースを口を使って開封し回しかける。

 温まったソースが密封された袋から解放された事で、その豊潤な香りを発揮し始めた。ソースの袋に残った油も残らないようにふりかけて、箸でかき混ぜると一気にソースの香りが拡散する。


「おぉ……コレコレ……」


 一気に広がった焼きそばソースの香り。

 まるで脳天を貫く矢のような強さ。


「いただきます!」


 香りにつられ、かき混ぜていた箸を動かし麺を掴み、2度程バウンドさせ、すぐさま口へと運ぶ。



 ずぞっ!


 すばぞぞぞっ!



 口の中に広がるソースの香り、そして甘辛い複雑な味わい。

 目を閉じその次々に生まれる衝撃をしっかりと味わう。


 口を動かせば若干固めの麺が、ブツブツと良い歯ごたえを感じさせる。

 フライ麺独特のボソボソとした食感。これはカップ麺でしか味わえないジャンクな食感。ジャンクだからこその美味さだ。これが無ければカップ麺とは言えない。ボソボソだからこそ美味しいのだ。


 口内で暴れる快感に酔いしれる。


 これはもう暴力だ。

 カップ焼きそばという暴力だ。


 うまい。

 うますぎる。


 カップ焼きそばの、この最初の一口程美味い物は無い。


 飲みこんで、感嘆の息を漏らす。

 簡単の息とともに鼻からソースの風味が抜け、まだまだ食べたくなった。


 進みたがる箸を押さえつけつつ、ふりかけの小袋に手を伸ばし開封してふりかける。

 ふりかけの袋が空になると、茶一色だった麺の上に緑色が散らばっていた。


 青のりだけではないふりかけだが、やはり焼きそばにはこの緑色が欠かせない。様式美だ。美しさなのだ。

 おでんにからし、カレーに福神漬け、ラッキョウのように、ことカップ焼きそばにおいて青のりはなくてはならないパートナーだ。


 軽くかき混ぜて二口目を口へと放り込む。


 ずず、ぞぞぞっ!


 すする事によって膨らむソースと青のりの香り。

 それはまるでソシアルダンスのような優雅さすらあるベストパートナーの織りなすハーモニー。

 踊り出したダンサーのステップは止まらない。


 ずっ! ずっ! ずぞぞっ!


 ずぞぞぞっ!


「あ~……うまい……」


 『すする』というのは麺を味わう上での麺に対する礼儀だ。

 もちろんパスタなどの啜らずに味わう事を計算された麺を啜るのは逆に礼に反するが、こと日本の麺料理においてはすする事こそが麺に対する感謝の現れなのだ。

 だからこそ容赦なくすする。



 ずぞぞぞぞぞっ!


 食べ進めていると、気が付けば大盛りにも関わらず半分が無くなっていた。


 大分カップ焼きそばの感動も薄れてきたが、ここからだ。

 ここからがカップ焼きそばの峠なのだ。


 カップ焼きそばは強い攻撃力・破壊力を持つが故に飽きやすい。

 冷めやすいから香りも落ちてくるし、口の中も刺激にたいして慣れが見えてくる。

 『カップ麺って、一口、二口でいいよな』と言われてしまう事が多いのは、カップ焼きそばの強すぎる味にあるのだと思う。


 だが私に言わせれば、それは食べる側の工夫次第でどうにでもなる事。


 冷たいお茶に手をのばす。

 まずは一旦ソースに慣れ過ぎた口をリセットする。

 一口二口ではなく、三口四口とお茶を口に含み、ソースを口内から洗い流す。


「……やるか。」


 私はカップ焼きそばに、再度お湯を注ぐ(・・・・・・・)


 カップ焼きそばの味は強すぎるからこそ、薄めてもその主張は強い。

 だからこそお湯を注ぐのだ。


 お湯を追加すると、あれほど麺に付いていた茶色が一気に洗い落され、薄茶色の麺へと変わる。

 まるで衣服を一枚脱ぎ捨てたかのような変化。

 エロティシズムがある。


 その麺を、執拗なまでにつけ麺のスープのように変わった湯にくぐらせてから口へと運ぶ。


 ずぞぞぞっ!


 スープ化した汁が啜る事によって口に運ばれる為、味が足りないなどという事はない。

 お湯の追加によりカップ焼きそばのトゲトゲしさが消えて優しさが増し、なにより温もりが復活する。


「うん。丁度いいな。」


 完璧な湯量に思わず笑みが零れる。


 麺が減ったことで存在を主張し始めた具を箸でつまむ。

 ペラッペラのいかだ。


 口に運べば薄さにも関わらず強い弾力で、良いアクセントを演出してくれる。

 キャベツは甘みとじゃっきりとした歯ごたえで、そのバランスが素晴らしい。


 ずっ! ずぞぞっ!


 ずぞぞぞっ!



「あ゛~……」



 ずっ! ずぞっ!


 ずぞぞっ!



 気が付けば、大盛りだったカップ焼きそばも、もうかけら程しか残っていなかった。

 すべてを綺麗にさらう。


 そして手を合わせる。


「ごちそうさまでした。」



 満足。

 ジャンクだからこその満足感。


 高級な料理では味わえない満足がここにある。


 大きく息を吐きだしながら、前のめりで食べていた戦闘態勢を解く。

 背もたれをゆらし、目を閉じ、その至福の満足感に酔いしれる。



 その時、ふと思った。



 そう言えば先輩は『薬については君の判断の通りに処置を』と言っていた。

 あの時は『封印し秘匿する』ということだと思ったが、その言葉だけを見れば『どんな判断でも私の判断に任せる』というようにも取れる。


 満腹による満足感につつまれながら、私は緩く考えを巡らせる。



「公表は無しにしろ……一部での実験的な使用はアリってのもアリなのかもなぁ……

 使う場合の制約はいるだろうけど……一度先輩に聞いてみるかな。」



 ゆっくりと先輩への提案内容を考え始めるのだった。

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