04
「隣大丈夫だよ」
「おっ! どーぞどーぞ!」
二人揃ってほぼ息が合うように同時に返答した。
「ありがとう。じゃ……こっちにお邪魔します」
遠慮がちに、アズの隣に少年が席に座る。
不思議な少年だった。鴇色の髪も珍しいが、アルカリアでは珍しい黒色の瞳。何よりも特筆するのは、男物の服を着ていなかったら女の子にしか見えない、綺麗な顔立ちの容姿。また少年の手荷物が少ないことも、不思議さに拍車をかけていた。ぎりぎり書類が入りそうなサイズの、飴色に輝く鞣し革のクラッチバッグしか持っていなかった。しかも誰が見ても仕立ての良い品と分かる真っ白な襟付きシャツと、細身の黒スラックス、白と黒がベースのシェパードチェックのダブルジャケットという出で立ち。かなり洒落た服装で身を包んでいる。出自が良いのは間違いないだろう。
『本日はアルカリア魔力高速鉄道をご利用頂きまして誠にありがとうございます。まもなく学院都市線アルカリア中央魔術学院行き特急列車が発車ーー』
学院都市行きの旨を告げる車内放送が流れる。
程なくして、列車のドアが閉まる音がした。ゆっくりと列車の動き始める感覚に、アズは背凭れに身を委ねる。荷馬車とは真逆の心地に、内心驚く。
「この列車ってことは中央魔術学院の新入生同士だよね?」
遠慮がちに少年は、二人に尋ねる。
「うん。僕はアズーーアズ=アルテリアス。同級生同士よろしくね」
「オレはシュラク。よろしくなー!」
「俺は、ルイス=クラウス。ルイスって呼んで貰えると嬉しいかな」
ふわり、とルイスは笑みを浮かべる。
「ちなみに……専攻科目は希望あんの? 俺は実践魔術。将来護衛士になりたいんだよなー」
「自分は薬草学。調合師希望かな」
「魔導法規……ごめん、まだ……」
ルイスは困り顔で言葉を濁す。
護衛士は、貴族階級の家に雇われる仕事だ。主人に命をかけて忠義を尽くす、護衛が専門業務。主人を守るため、予め実践的な魔術を身に付けておかねばならない必要がある職業だ。
「あ、ごめん」
「すまん! 会ったばかりなのに、突っ込んだ話をしてしまったな。ほんっとごめん!」
二人は慌てて謝罪の言葉を口にする。言葉数少ないアズと直球な発言のシュラクの台詞に、ルイスはくすりと笑う。
「あははっ……二人は長い付き合い?」
「いや。さっき助けて貰ったんだよね……」
黒歴史だ。そう思いたいと、アズは初対面のシュラクに迷惑かけたことを悔いていた。なのにーー。
「んにゃ、さっき駅のど真ん中でゲリンチョした少年を助けただけ! 俺は紳士だ!」
「ちょ……それ酷くないっ! 迷惑かけたのは事実だけど! ってか、やっぱ吐き散らかしたの!?」
「やっぱ助けるなら……グラマーなボンキュッボンの美女助けたかったなー」
「ただの願望じゃん! あんたの欲望訊いてない!」
アズは、手でツッコミを入れるポーズを取った。
「二人とも息合いすぎって!……あーおもしろっ!」
ルイスは本格的に笑い出した。
笑い声をBGMに、アズは車窓越し映る風景を見る。列車が動き出してから然程時間は経っていない。魔力高速鉄道でも最上位の優等列車ということもあって、あっという間に王都の華やかな風景から長閑な田園風景に切り替わる。魔術でなければ出ない速度で動いているのに、乗車客に一切の不快感を与えぬ快適な乗り心地だった。
足元に置いていた荷物のうち手提げ鞄から本を一冊引っ張り出す。
「んーーあれ? そういや……」
時間潰しに本でも読もうと思って鞄から出した本だが、アズは本を見てふと何か大事なことを忘れていたことに気付く。意識を失った後ーー荷物を誰が運んだ? 答え合わせにもならない疑問をぶつける。
「シュラク、僕が意識ない間荷物って……」
「寝てるお前をベンチまで運ぶときに、一緒に運んだけど?」
「まさか、一気に……?」
「二人とも何の話を……?」
「えっとね……僕の荷物の話なんだけどーー」
アズはルイスに説明した。
「お前身体軽いし、背負い鞄と手提げを一緒に持っても全然運べたぞ」
「はぁ!?」
「ねえねえ、アズのバッグ持ってみてもいい?」
「うん! 持ってみて!……えいしょっと」
手で持つにはかなり重く、背負わなくては長時間運べそうにない重量の背嚢を持ち上げて、隣に座っているルイスに渡す。長旅と当面の新生活に耐えうる必要な物を詰め込んで、ざっと十五キロスという重さ。
「ちょっとお借りします……って、な……おっも!」
アズとまではいかないが、小柄なルイスの力では無理があったようだ。どこから見ても育ちの良さそうなルイスには、この荷物は経験したことのない重さのはずだ。
「ね、重いでしょ」
「……よくこれ背負ってきたね」
「こんなの重いうちにゃならんよ。今までずっと体力仕事してたから、オレ力だけは絶対自信あんだよな」
「そ、そうなんだ……これ十五キロスくらいあるんだけど……」
「そんなに!? こんなに重い物持ったの初めて……」
呆然と、ルイスは呟いた。
ルイスから返された背嚢を、アズは再び足元に置く。
「ほんとに何から何までありがとね。大事な本も一緒に持って来たから助かった」
「気にすんなって。もう友達なんだからそんなに硬くなんなよ」
にかっと嫌味のない笑顔を、シュラクは浮かべた。
友達というワードに、アズは心の中で喜ぶ。
「本といえば……入学前課題のレポート、二人は指定書の中からどれ選んだ? 自分は《魔導師の薬草箱》選択したけど」
「俺は《魔術国際法と魔術の社会通念》を選んだよ。面白い内容だったよ。シュラクは?」
「…………」
瞬く間にシュラクの顔色が悪くなっていた。
アズとルイスは、すぐに状況を察する。やらかしたな、と。
「…………や、ばい……わすれてた……」
「忘れてたの?」
ルイスは呆れ気味の声で訊ねる。シュラクはコクリと頷いた。
アズは無言だった。
「……かんっぜんに忘れてた……どうしよ」
学生の本分は、勉学に尽きる。入学式前から課題忘れなど幸先不安だーーアズは溜め息を吐いた。入学前課題ということあって、そこまで難しい内容を求めるレポートではなかった。
それ以前に、どうしよう、と訊かれてもやることはひとつしかないのだ。
「ーーとりあえず、学院に着いて入寮手続きが終わり次第、急いでやろっか」
アズはそんな言葉しか思い付かず、にっこりと、けれども失敗してひきつり気味の笑顔を浮かべたのだった。
誤字・脱字にはかなり気を付けていますが、人の目で判断しているため、漏れがあると思います。
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また、言い回しに不適切な表現がある場合も、ご指導頂けたら幸いです。
(誹謗中傷は勘弁して下さい……)