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   ◆ ◆ ◆




 アルカリア王国。西方大陸は東端、一年を通して温暖な気候に恵まれ、周辺諸国を圧倒する広大な国土を持つ西方大陸最大の国家。中立大国や魔導大国とも呼ばれており、魔術とそれに付随する学術においては、アルカリアの右に出る者はいないと賞賛される世界一の技術力を誇っている。

 王都であるグリムグランは、大陸一の交通の要所でもある。何故なら、魔力高速鉄道といわれる各主要都市を結ぶ交通機関の拠点駅グリムグラン・セントラル・ターミナルーー通称要塞ターミナルやら中央駅と呼ばれているーーがあるからだ。

 アルカリア最北部で生まれ育ったアズは、駅から魔力高速鉄道で三時間程の場所にあるアルカリア中央魔術学院に入学するため、王国中部にある王都まで荷馬車での長旅を強いられたのだ。

 アズの故郷は、ドが付くほどの田舎だ。アルカリア北部国境沿いを横断するように臨むエディカヤ山脈の山間にある小村から、この世に生を受けて十五年間、一度たりとも村の外に足を踏み出したことがなかった。

 集落から出ずとも山が庭と同然のアズにとって、特に生活に困窮することはなかった。山と川に囲まれた清涼な水と空気、山の幸や野生動物、そしてーー精霊の恩恵で、自分自身の食い扶持くらいは調達出来ていた。

 故郷から荷馬車で一日半。これでも、魔力石コアを備えた高性能の荷馬車だから二日以内で王都に到着出来たというのは、世間知らずのアズには知らぬ話だ。

「おじさん、ここまで送って下さってありがとうございます!」

 王都への出入りは国民の自由だ。しかし、全く土地勘のないアズにとって、王都など未知の世界と等しい。寧ろ、田舎育ちで世間を知らないアズが、いきなり王都内を迷子にならず中央駅まで辿り着けるほうがおかしい。

 ということで。アズは、駅まで送って貰ったのだった。

「いやぁ、逆にこっちこそ荷物のついでで乗せてすまんねぇ」

「いえ、助かりました! (ウチ)から最寄り駅まで行って列車に乗ったとしても、どのみちグリムグラン・セントラル・ターミナル経由で学院に行かなくちゃダメだったんで。ありがたいです」

 つまるところ、旅費という名の運賃をケチったということだ。

 魔力高速鉄道は、国が総力を上げて築いた国家プロジェクトだ。魔導大国の名に相応しく最新技術の粋を集めた、技術の象徴といえるべき代物だった。

 国営鉄道、また設備維持費、鉄道の普及と路線の拡大化計画のため、乗車運賃はかなり高い。下層階級の庶民には、気軽に交通手段として手が出せるほどの金額ではなかった。

「庶民には列車は高いからなぁ。それに、兄ちゃんちの村まで出入りする車は、ウチんとこくらいしかないだろ。グリムグランからの列車運賃分は学院側から出ているんだって?」

「あ、はい。そうなんです。運賃というよりは学院都市行きの列車に乗る時、入学許可証を見せたらタダになるみたいです」

 学院生の特権、その一。魔力高速鉄道学院都市線間においては、学院生は学生証を駅員に提示すれば無料となる。新入生の場合は、入学許可証が学生証と同じ効力と見做す。

 何て便利な特権だ、とアズは思う。この特権があるから、王都まで荷馬車で移動という荒技を使ったのだ。

 僻地山間部の隔絶された村に出入りする商人は、ただひとり。アズの前にいる人間のみだった。二ヶ月に一回の定期配送を終えて帰ろうとする商人に頼んで、自分を荷物として運んで貰う。

「荷馬車のお金です。あと、これもどうぞ」

 乗車賃と一緒に、腰のシザーバックに仕舞っていた拳くらいの大きさの容器を手渡した。

「丁度頂きます、まいど~って、これは?」

「そんな大した物じゃないですが、薬草を調合して作った痛み止めの薬です。おじさん、足を痛めているでしょ?」

「あー、あれだ。さっき、ウチの車を停めて降りた時だよ。気付いてたんだな」

「歩き方が不自然だったので。それ、炎症を抑えてくれる成分が入っているんで、腫れてる所に塗って下さい。多少はマシになりますよ」

「ありがとなー、帰ってから使わせて貰うよ。兄ちゃん、魔導医目指してんのか?」

 アズは野草に詳しい。野草だけではない。山育ちということもあって、幼い頃から《食べられる物》と《食べたら危ない物》に対しての知識は豊富だった。

 魔導医は、慢性的な人手不足だ。魔術に関わる大怪我は当然だが、呪いと云われる状態異常呪文の解復・・には魔導医でしか治療が出来ない。需要はあるのだが、魔術に適正がある魔力持ちの人間自体が少なかった。その中でも、回復呪文に対して相性の良い魔導師となると、人材は極めて限られる。何せ、魔導師の中でも魔導医師国家試験は最難関の資格なのだ。回復呪文の適正と魔導師養成学校での専門科目の履修、国家試験を合格、指定機関での三年間の実地研修という途轍もなく面倒なステップを踏まねばならなかった。

 将来安泰、エリートコースまっしぐら、それが魔導医。

 王都なら宮廷魔導医や貴族お抱えの専属魔導医はいるが、一般市民のために開業医をしている物好きは滅多にいない。

「いえ、調合師を。魔導医コースは特待生制度ないですし」

「調合師か! 珍しいなぁ……普通なら魔導医希望のところを調合師目指すとは」

「あはは。田舎育ちなので野草に詳しいだけですよ」

 調合師は、魔導医に比べてあまり目立つ仕事ではない。薬草を調合して処方する仕事のため、魔導医のように専門的な治療を行う職権は有していない。

 調合師の職業人口は魔導医と比べると極めて少なく、不人気職業だ。

 アズは、懐中時計に目をやる。

「では、時間迫ってるので……ここまで長旅ありがとうございました」

「トリス商会をご利用頂きましてありがとうございます。またのご利用をお待ちしています! あっちに帰る時はまた利用してくれよ! 通信待ってるからなー! 勉強頑張りなー!」

「ありがとうございます! それでは、また」

 お辞儀して、荷物を確認する。背嚢バックパックを背負い、手には麻布の手提げ鞄を持って、駅の中へと歩き始めた。




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