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  #07 斉明

 斉明は夏休み明けの二学期から、久篠乃の……もとい斉明の新しい家の近くにある小学校に転校した。

 当然ながら学校側には、詳しい経緯は伏せられたが『両親が交通事故で亡くなった』という表向きの話は伝わっていた。

 口が滑って、両親の死に何か疑念を抱かれても問題だ。そこで斉明には、学校では可能な限り人付き合いを抑えて、大人しくしていることが要求された。さらに問題児扱いされないためにも授業態度はいたって真面目な大人しい子……という優等生のような役柄だ。手を煩わせなければ、注意される事もなく、下手に教員の気を引くこともないだろう。

 人付き合いに関しては問題なかった。そもそも斉明は友達を多く作るタイプではなかったし、深く関わる事もなかった。

 せいぜい問題と言えば、斉明が器用に授業をサボるのに反感を抱く悪ガキだが、その点については根本的に問題が無かった。前の学校には、そういうタイプがクラスに四、五人はいたが、ここには全くいない。だがサボれるわけではない。

 皆の授業態度は真面目で、黙々と授業を受けていた。騒いでいる中なら目立たないのでサボりに没頭できる斉明も、さすがにこの中ではできず、仕方なく授業を受けるフリで誤魔化すしかなかった。

 久篠乃の話によると、ここは私立ではないが、そこそこに優秀な子が多い学校らしい。それでも極端な気がしたが、遊ぶよりも勉強しろと、親に言いつけられているのかもしれない。

 それにしたって、よくもまぁこれだけ言う事が聞けるなと思う。斉明からしてみれば、もし今のような状況になって……裁定委員会や久篠乃の説得を受けて……いなければ、二日足らずでサボっている。

 年頃は同じはずなのに、これだけ模範的な生徒が揃っている。そこに理由があるとすれば――それは、自分たちにしか興味が無いからなのか。

 まるで追求者だ――斉明は、そう思った。周りで異常が起こっていても、お構いなしに自分は自分のやりたい……やらねばならない事に取り組む姿勢は、少々不気味だった。

 篠原久篠乃が、斉明をこの小学校に入れたのは、この景色を見せつけるためだったのか?

 だとしたら――この景色を見せて、どう考えさせたいのだろうか?


 昼休みは、唯一彼らの個人的な側面が見れる時間だった。『勉強しろと言われているけど遊びたい』タイプか、『それでも勉強が大事』というタイプかが分かる。昼休みでも塾などの教材に向かっているのは後者だ。

 とはいえ前者も教室で騒いだりして教員に注意されるようなことは無く、ちゃんと外に出て遊んでいるのだから、模範的過ぎて、斉明からしてみれば逆に息苦しいほどだった。

 斉明は当然前者のタイプなので、昼休みに勉強のため机に向かってなどいられない。創作に励んでもいいのだが周囲の目が気になる。特に前の学校と違って、こちらのクラスメイトの方が、異常への察しは良い。

 そんなわけで昼休みの過ごし方は、もっぱら散歩か、教師や他の生徒の目が付かない場所での昼寝だった。昼寝の場所としては、生徒が寄りたがらない管理棟が使えた。灯台下暗し、教員の多い場所の方が、逆に教員の監視は少ないのだ。

 そして今日も管理棟の方に来ていたが、目的は昼寝ではなかった。

 斉明は職員室の前で立ち止まる。職員室前には掲示板があった。ここで行事予定表を確認することができる……という話を耳にしたからだった。教員たちが一年単位で大きなスケジュールを組んだ、その成果があった。

 運動会と一泊二日の自然教室は既に終わっている。唯一済んでいないのは文化祭だが、このくらいなら別にいい。しばらくは久篠乃の『授業』に集中できそうだなと思う。

「上宮くん」

 呼ばれた斉明は振り返る。後ろに立っている生徒を見て……たしか女子の学級委員だと思い出す。

「何?」

「文化祭の出し物なんだけど、何にするかアンケート取ってたの。上宮君はどれがいい?」

 そういって紙を差し出してくる。どうやら昼休みの教室で斉明の姿が見えなかったため、わざわざ探しに来たらしい。ご苦労な事だ。

「文化祭……」

 今しがた考えていたことだが、早速憂鬱になる。好きにしてくれと言いたい。流石にそんな我儘を口にすることはできずに、遠慮という形で遠ざける。

「皆が良いって言ったヤツでいいよ」

「ダメだってそういうの。ちゃんと決めて」

 取り付く島もない。

「じゃあ……これで」

 お化け屋敷やスーパーボールすくいなどの中から、斉明が選んだのはクイズ大会だった。これが一番物理的な準備が少なそうだなと思ったからだ。最悪の事態を考えて、もし自分が準備することになっても、多少は楽で済みそうなものを選んのだった。


 昼休みが終わって、授業が進む。教員は張りのある大きな声で授業を進めていた。休み時間に聞くクラスメイトの話からすると、この教師の授業はウケがいいそうだが、斉明にとっては『どう教えるか』よりも『何を言っているか』の方が重要で、その『何を言っているか』は、勉強ではなく、斉明の興味をそそるか否かが基準だった。つまり斉明からしてみれば、普通に人気の教員も他の有象無象の教員と変わらない一人でしかなかった。

 プリントを職員室に忘れたと言った教員が教室から出たのを確認すると、斉明は、ぼぅ、と空を見る。青い空は眩しくて、夏の名残りを感じさせる。

 眩しい青い空と、白い雲を見て、海岸を思い出した。端子島(はしこじま)で、シーグラスを取りに行った、あの海を――雅がいた、明日香がいた……その親は……。

 突如脳をよぎったのは、闇の中、不気味なほど赤く燃え上がる上宮邸だった。燃えた人が、次々に火の海となった邸内に投げ飛ばされる……。

 フラッシュバックの衝撃で身体の力が抜けて、斉明は椅子から転げ落ちた。ばくばくと心臓が不整脈を引き起こしていた。額からは嫌な汗が噴き出している

「大丈夫?」

 周囲のクラスメイトが、何事かと斉明のことをのぞき込んでいた。何十人が(まどか)を描いて、取り囲むようにして見下ろしている光景に、斉明はぎょっとし、思わず立ち上がった。

「ごめん……なんでもない……」

 たぶん今、自分は土気色(つちけいろ)の顔で、頼りないことを言っているんだろうなと自覚しながらも、斉明は誤魔化した。

 気を抜けない。そう思った。このクラスで擬態するには、どんな些事でも目立ってはいけない。

 教員に知られて、何か感づかれたら面倒だ。子供の騒ぎは、大人の注意を過敏にする。一人一人は問題なくとも、連鎖することで面倒ごとを引き起こしかねない。おちおち、ぼうっとしていられないと、斉明は気を引き締めた。


「お帰り、斉明」

「ただいま」

 しばらく生活していると、このやり取りも気恥ずかしくなくなっていた。人間、最初は気恥ずかしいことでも、数をこなすと慣れてくるらしい。

「どう? 学校は慣れた?」

 こちらも数だ。数日も経つと当たり前になってくる。斉明は自室にランドセルを置いて、リビングに戻ってくる。

「ええ、まぁ……特別面白くもありませんけど」

 言いながらゆっくりとソファに座る斉明。久篠乃はその後ろを取った。

「まーたそういう事を言う……この生ガキ!」

 見え透いた叩打(こうだ)を、斉明はひょいっと避わす。

「というか、久篠乃さんは高校に行ってるんですか?」

「そりゃ行ってるけど?」

 雅と年齢が同じというだけあって、久篠乃は現役の女子高校生だった。今年で二年だから、来年は大学受験だろうか? だが裁定委員会が学歴を気にするとは思えないから、久篠乃が大学や専門学校に行くとは、斉明には思えなかった。

「その割には僕より早く帰ってますよね。部活とか入ってないんですか?」

「残念ながら入ってないわね……こっちがあるし」

 そう言って久篠乃は仕事部屋を指差す。

「久篠乃さんって、友達いるんですか? 前に僕に友達いるか訊いてきましたけど」

「そりゃいるわよ……それなりにね」

 まぁ、久篠乃のようなタイプなら、追求者であっても人付き合いは普通に出来そうなので、疑いはしない。実際に友達を見たことはないので、実感は湧かないが。

「……そろそろやりましょう」

 斉明は立ち上がって、仕事部屋の扉を開ける。

「急がなくていいのに……」

 久篠乃の声が聞こえたが、斉明はあえて無視した。自分がしないといけない事は、日常会話よりも、こっちの方なのだから。

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