表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/30

  #02 大船

篠原(しのはら)久篠乃(くしの)。変な名前だろう? 若い追求者の名前は変わってるって、相場が決まってるのかね?」

 大船は斉明を見ながら言ったが、久篠乃の資料に目を落とす、変な名前の当の本人は無反応だった。

「この人……若すぎませんか?」

「ああ。年は十七だから……君の親戚で言えば、(みやび)ちゃんが同じくらいかな?」

「多分ぴったりです」

 斉明の言い方には、何か確信があるようだった。

「? 知ってるのかい?」

「いえ。生年月日の西暦が一緒だったから……」

 何かありそうだが、ここで言っても隠し通されるだけだろう。胸中に留めておくだけにした。

「若いと言ったけど、若い追求者ってのは大切だよ。上宮だって、大半は爺さんばっかりだっただろ?」

「指導力に問題があるんじゃないですか? 何かと年食ってる方が、経験則とか教えられていいと思いますけど」

「情報部の人格テストは良好だ。作り手主義にも使い手主義にも偏らない、我々に都合の良い

人物だ。指導力は二の次だよ。たとえ追求者として優れていても、裁定委員会に歯向かうようでは無意味だ」

「なるほど」

 斉明は納得したようだ。歯に物着せぬ物言いこそ、斉明にとっては楽なものらしい。変に相手の言葉の裏を読まなくて済むからだろう。

「ところで……」

 斉明は、一度窓の外を見る。

「こんな高速道路ぶっとばして、どこに向かってるんです?」

「篠原久篠乃のところだよ」

「そんなことは分かってますよ」

 斉明は持っていた資料をペラペラと振る。

「住所だけじゃ、どんなところか分からないんですけど」

「行ってみれば分かるさ」

「先に教えてくれてもいいじゃないですか」

「ぶっちゃけ、俺も知らない」

「……は?」

 斉明の目が点になった。

「おじさんが何でも知ってるわけじゃないのよ~斉明くん」

 緩いカーブに差し掛かり、大船はステアリングを切る。

「迷わず辿り着けるんですよね……?」

「大丈夫。カーナビって便利な道具があるんだ。知ってるかい?」

「知ってますよそのくらい」

 斉明は吐き捨てて、窓の外に視線を移した。


 辿り着いたのは、地方都市のマンション密集地帯、その中の一つだった。三十階建てのマンションは、同一の構造が三十ほど繰り返されているわけだが、その繰り返しに歪みや違いは一切ない。その整列だけで、妙な美しさがある。

「こんな都会に追求者がいるんですね」

 車から降りた斉明が、マンションを見上げながら言った。晴れの日の青空に映える白い塔は、周囲の雑音さえなければ、神聖な建築物にすら見える。

「意外かい? 都会というか地方だけどね……」

「はい。追求者って、自分の望みだけに意識を傾けたいから、俗世から離れたがると思ってたので」

 純粋に、知識欲を満たそうとする眼差しと表情――子供らしいとは言えないが、彼らしい、健康的なものである。

「自分の家を隔離してしまえば、それを一つの郷に出来るんじゃないかな」

「まるで、結界ですね……」

 斉明が嘯いた。どう返したものか……とりあえずボケてみる。

「ダムが崩れることかい?」

「聖なる領域と俗なる領域を分けて区域を区切る……たしか仏教用語です。個人のエゴの世界と、生活のための社会を区切るのであれば、ソレもある種の結界でしょう?」

 ボケは無視されたが気にせず、大船は別のところに反応する。

「詳しいね~。仏教なんて、追求者とは無関係な事だろうに」

「別に。両極端は相通ずるってだけです。解脱であれ解創であれ、自由を望むと、到達点に近づくにつれて、その二つは似通ってくる」

 流石は上宮の党首として教育を施されただけあり、解創に造詣が深い。彼の活躍で自分の株が上がるかと思うと嬉しいが、子供の純粋な気持ちを裏切っているようで気が滅入る。まったく嫌なものだ。大人になると、素直に喜べるものが少ない。

 エントランスで部屋番号を入力すると、スピーカーから「篠原ですが」と声がした。「大船です」と応じると、ガラス製の自動ドアが開いた。

 二人はエレベーターに乗る。大船は『24』のボタンを押した。上に行くほど見晴らしがいいのだろうが、天変地異でビルが崩落するのを考えると不安でもある。

 エレベーターが上昇しきり、扉が開くと大船は先に出た。斉明が付いてくるのを確認して、それなりの幅のある通路を歩く。同じような扉、同じような壁が繰り返すように続いている。部屋番号のプレートが無ければ、そこに差異は無い。

 目的の部屋番号のプレートを見つけた。部屋の前の呼び鈴を押すと、間もなく扉が開いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ