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  #07 雅

 当然ながら雅は、邦明の言う事を鵜呑みにするつもりはなかった。

 雅は、偽名の海老谷未海の名義で、斉明作の参考資本を借りるという挙に出て、見事気づかれずに事を運んでいた。

 情報部と資材管理部の横の繋がりなどタカが知れている。何も問題を起こしていない雅の事まで情報が共有されているはずもない。

 まして三年たって、情報部の雅に対するマークはほとんど消えている。雅が裁定委員会に従順な態度を崩さなかったからだ。目立たないようにしていたのが、ここで()きてきた。裁定委員会は雅が追求者として活動していることなど、まるで知らない筈だ。過去に上宮の人間だった、高卒のフリーターという認識しか持ち合わせていない。

 つまり情報部が上宮雅の面を知っていようとも、同一人物が資材管理部に偽名で現れて、その事実に気づけるような道理は無かったのだ。

 斉明作の十九の参考資本――雅は、その一つ一つを検証していった。子は親に似るように、道具は作り主や持ち主に似るものである。

 その一つ一つを解析するのに、普通の追求者なら一週間近い期間を必要とするところだが、雅は長くて二日で成し遂げた。三年前、斉明の道具を使ったことのある雅は、斉明作の道具のノウハウを知悉している。その時の道具の性質と比較することで、検証にかかる時間を大きく短縮することが出来た。

 だが、あの頃に斉明が作っていた道具と、いま斉明が作ったとされる道具を比較していて、雅は疎外感を抱いた。物が違う。あの頃と今では、まるで別人のようだと。

 そして――雅は一つの結論を得た。

 ――今の斉明くんは、使う人間を考慮した作成に傾倒してる……。

 もちろん斉明が使う事を考慮した作成をしないとは言わない。夏休みの一件にしたって、斉明は雅が使う事を考えて、道具を作ってくれた。だが、それはあくまで親戚という関係があったし、利害の一致もあった。

 ――斉明くんの性格が変わった?

 もしそうだとするのならば、邦明の言う通り、原因は一つしかない。

「篠原久篠乃……!」

 あの女が関わったことで、斉明が使う方に傾倒したと考えるのが自然だ。雅は心の奥底で、ふつふつと湧き上がるものを感じ取った。

 国枝邦明の話は、それほど信じていない。仮に本当だったとしても、それについて斉明だけが悪いとは思えない節もあった。

 富之によって生まれる前から、人としての性質をいじくられ、上宮家や裁定委員会の揉め事に巻き込まれ、挙句の果てには他人によって、育ち方まで誰かの都合の良い方向に誘導された子だ。

 上宮の神童。だが周りは自分たちの利害と都合のために、好き勝手に彼を『(てい)の良い製造器』として使い続けるだろう。

 そんな事、許せるわけがない。逆にそのようにして歪められた斉明に、憐憫すら抱いた。そのために使う才能を手に入れたいという気持ちは、分からなくもない。

 理不尽な目に遭ってきたがために、適応するため使う才能を得ようと志した……それにしても明日香に手を出したのはやり過ぎだと思うが、それがいけない事かどうかは、後からいくらでも言える。

 邦明はどうやら、斉明を止めたいようだ。久篠乃もそこは同意見だ。斉明は、そもそも使う事を知る必要なんてなかったのだ。必要に迫られただけなのだから。

 もしかすれば斉明個人の野望ではなく、後見人の指示や誘導によるものかもしれない。そうさせる意図は、考えればすぐに分かる。斉明は道具を使う事にコンプレックスを抱いていたし、後見人からすれば、斉明が使う事を知ることで、彼に道具を作らせるのに、都合がよくなる。

 彼らは、斉明が作りたいものを作らせないつもりなのだ。

 それは上宮家の……作り手主義の在り方ではない。作ること、その行為にこそ自由を求めるのが上宮家だ。雅は上宮家なんてどうでもいい。だが、彼女は作り手主義の追求者になった。だがその追求は、ある一つの目的に集約される。

 すべては、斉明の為――。

 富之が斉明を欲したのは、あくまで『上宮家の理想的な作り手の存続』の為だ。孝治に至っては上宮家を存続させるためだけに党首になろうとした。どちらも起点となるのは上宮という家だった。それが作る事を重視するか、家を存続させることを重視するかという違いでしかない。

 だが雅は違う。そんな気はない。解創を追求する上で作ることを重要視するが、それはあくまで自由の追求のため。それも解創の繁栄ではなく、上宮斉明という、一人の少年にとって、より幸福な在り方でいてもらうために過ぎない。

 ふと網膜に浮かび上がる、幼い少年の顔――それが雅の心臓を抉った。あの子の為なら、たとえこの身が滅びようとも躊躇は無い。

 あの日――燃え上がる上宮邸の中で、斉明には気を遣わせた。ごめんと言って、謝罪したい。一緒にいてくれて、ありがとうと言いたい。その気持ちをこの三年間、ずっと持ち続けた。思い出さなかった日は一度もない。

 すべからく追求者とは、自分が自由になる為に解創を追求するだろう。雅もそれを否定はしない。上宮の事件以降、あの日の事を抱えたまま日常に戻れなくなった彼女は、そのために追求者となり、あの日の不条理を乗り越えて、自由を獲得するしかなかったが……自分の願いなど分からなかった。何を追求するべきか、その根幹となるものが雅には欠落していた。

 だが斉明への感謝を忘れなかった。解創を作ることにしか興味の無かった彼が、勤めで護衛に就いた自分を守ってくれた。

 苦悶に悩み、考え続けて――ある日、雅は追求者としての己の在り方を見出した。

 あの一連の事件が起こったのは、斉明の才覚を狙った大人たちの思惑が原因だと。だが利用しようとするものを全員消し去るのは現実的ではないし、斉明がそれを望んでいるとは思えない。彼はただ、己の才能を思うがままにふるい、作るという事をしたいだけだ。

 そうして彼が自由になれば、また雅自身もあの日の呪縛から解放される。あの日の惨劇は、もう繰り返すことはないと言い切れる。

 雅は決意した。上宮斉明という少年が、彼らしく解創を追求するために、私は解創を追求しようと。私の願いは、彼が彼らしくあることだと。そこに至るために、私は追求者をやろうと。

 そして雅は今まで以上に斉明を利用する人間を憎悪した。斉明は作っている間だけは、その束縛や疎外から解放される。それこそ、彼が真に幸福に感じるであろう解創(ねがい)の筈だ。

 だというのに、そんな彼の願いを都合の良い道具として利用しようとする裁定委員会や後見人……たとえ斉明が自発的にやっているつもりでも、彼らが多大な影響を与え、変質させたことに違いは無い。

 彼が、どれほど苦しんでいるか知らないくせに……いや、分かっていても無慈悲に自分の目的のために酷使する。

 大人の都合に振り回される斉明を止め、真に作り手の追求者としての道を歩んでもらうには……どうするべきか。

 国枝邦明……彼の計画に付き合う事だ。

 彼個人の目的に、斉明の殺害は含まれない。ならば互いに互いを利用する腹積もりでいればいい。少なくとも雅にデメリットは無い。

 斉明の追求を、元の彼らしい在り方に――その為に上宮雅は動き出す。たとえ一時的に斉明の敵となろうとも。

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