表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/30

  #05 ?(1)

 裁定委員会情報部に対して行った諜報活動により、青年は、上宮への復讐の具体的なプランを練り上げた。

 篠原久篠乃――国枝が契約を破る前、青年の許嫁とされていた女である。現在では裁定委員会に参考資本を提供する、参考資本提供者をやっている。

 この女が、上宮斉明の後見人になろうとは、夢にも思っていなかった。いっそのこと篠原久篠乃が上宮の血縁者であると裁定委員会にチクってやろうかと思ったが、その場合は自分の存在が露呈し、勘の良い者は、三年前の上宮家殲滅事件の真相に辿り着くかもしれない。そうなると本末転倒なので、邦明は黙って見守るしかなかった。

 もちろん、不意を打って仕掛けようとも考えたが、復讐を達成しても、その場で裁定委員会の人間に仕留められたら意味が無い。彼の復讐は、上宮を殲滅し、そして自分が生き残らなければ意味が無い。

 奪い取る――それが彼の復讐の方法だった。自分から親を、真っ当な人生を奪った上宮が、ただ死滅するだけでは意味が無い。それを奪い取り自分の追求の糧としなければ、真の意味での『復讐』にはなりえない。

 それに、いくら斉明が子供とはいえ、侮れる相手ではない。久篠乃と合わせて、場合によっては二対一の戦いになる。それは分が悪い。

 駒を揃える必要があるが、自分の目的が目的である以上、表立って動かせる人間は限られている。委員会に協力する追求者の篠原久篠乃や上宮斉明に手を出すという事は、すなわち裁定委員会に対して弓を引くのと同義である。解創の発展に貢献する参考資本提供者を害すれば、確実に裁定対象になるだろう。そんなリスクは、たとえ委員会に反抗的な追求者であろうとも負いたくない。

 そうなると、自分と同じくリスクを度外視する人間を選ぶ必要がある。そこで目を付けたのは――生き残った上宮家の子孫――富之の曾孫の中で、斉明以外で唯一、追求者としての才能を持つ、一人の女だった。

 当時十七で、三年後の今では二十歳になる――名前を、上宮雅という。


 連絡を付けるのは、それほど難しい話ではなかった。

 上宮の子供は情報部にて一覧化されているので簡単に盗めた。

 指定した場所は駅のホームだった。こういう開けた場所なら盗聴器のような道具を仕込むことは不可能だし、周囲の監視にも気付きやすい。自分に辿り着ける人間がいるとも思えないが、それでも念を入れるのが彼のやり方だった。

 次の電車の到達まで時間があるため、周囲に人は無い。公共な場所であっても、用が無ければ人がいる筈もない。人気(にんき)のない公共は人気(ひとけ)もなく、かといって人がいてもおかしくないため、こういうときに使うには便利だった。

 (くだん)の人影が階段から降りてくると、青年の前で立ち止まった。見返してくる視線の警戒心の強さに、青年は苦笑いした。

「国枝邦明です。どうぞよろしく」

「……どうも」

 青年――国枝邦明が右手を差し出すと、雅はその手を握り返した。温かみを感じない、乾燥した手だった。


 邦明は雅と同年齢である。

 何度も素性を隠して委員会と渡り合い、時に出し抜いてきた邦明にとって、同年代の人間との探り合いで、尻尾を出す気遣いはない。

 とはいえ、油断していい相手というわけでもない。

 腰まで伸ばした長髪は、昔は綺麗だったのかもしれないが、今では見る影もない。小さな鼻と落ち着いた目付きは、今でも大人びた印象を与えるが――目の下には、うっすらとクマがあり、頬も少しこけている。肌も乾燥し、古びた石膏像のような印象を受ける。

「それで、話というのは?」

 雅の暗鬱とした視線が、邦明を射すくめる。威圧的な女帝やヒステリックな老婆とは、また違った……嫌な感じがする。

 雅の頬や額が、時折ひくつき痙攣している。ストレス障害も併発しているのかもしれない。上宮家殲滅事件以来、ずっと悩まされ続けているのだろう。目の下のクマも、一日二日のものには見えない。まるでそこにあるのが当然というような馴染み具合で、ストレスこそが個性であると言わんばかりの痛々しさだ。

「まず最初に……追求者として動いているというのは、本当なのかい?」

 これは邦明も、調べていて意外に思ったことだった。あれだけの事件の後だ。追求者や解創とは一切関わりのない生活を送ろうと思うのが常人だろう。雅だって、当時までは追求者としての才覚を持っていても、所詮は一般人、自分の持ちうる超常の力に、さして興味も矜持もなかったに違いない。

 だが彼女は、この三年で変わった。

「ええ……何か?」

「調べさせてもらったよ……色々。三年前、上宮家殲滅事件に巻き込まれたこととか……あんな体験をした後なら、今まで以上に追求者や解創とは離れたいと思うだろうに」

「離れなかったのよ。だからいっそ、自分のものにしようとした……それだけよ」

 疲れ切り諦観した声は、掠れていた。若々しい女の艶やかな声とは縁の無いそれは、僅かに高く口調がハッキリているだけで、老人のそれと本質的に変わらない。むしろ老人のそれよりも覇気が無く、代わりに満ちている虚無感によって、不思議と人の鼓膜に吸い込まれていくものだから、聞いている人としては性質(たち)が悪いだろう。怖いもの見たさのように、つい聞いてしまう女の声は、聴いてしまうとそれだけで憂鬱になる。

「大した人だね、アンタ。普通の人ならあの日の事だけで、参って終わってるだろうに」

「参ってるし、人としては終わってるわ」

 自嘲でも謙遜でもなく、その言い分は的を射ているだろう。今の彼女から追求者の肩書を取れば、後には何も残らない。

「まぁ、無駄話は良い。生産的な話をしよう」

「そうね」

 雅は頷いた。

「追求者であるアンタには、興味の持てる話とは思う。上宮斉明のことだ」

 雅の目に――ほんの僅かな光が宿ったのを、邦明は見逃さなかった。

「彼に――何か?」

「上宮家殲滅事件――その裏に、彼と富之の策謀があった……と言って信じるかい?」

 雅は予想通り、眉をひそめて見せた。こんな話、聞かされても疑わないのは当然だろう。ここからが本番だ。

「なに言ってるの? 富之大爺様が死んでから……」

「その富之が、自身の死の可能性を考えて、保険を掛けていたとしたら?」

 自分で殺しておきながら、邦明はまるで真実のように、その毒蛇のような口から虚構を紡ぎ出す。

「どういうこと?」

「そのままの意味さ。その保険を斉明だけは知っていた。アンタには教えなかった……それだけさ」

 自分が知らなかったという事が、彼女の癪に障ったようだ。

「当時、護衛に就いていた私に、彼が教えなかったの?」

「斉明が信じていたのは富之だ。アンタに漏らさなかったのは仕方のないじゃないかい?」

 雅は押し黙る。当時の自分の境遇を考えれば、そういう対応をされるのは当然だと考えているのだろう。

 単純に性格の点で言うなら、利口で生真面目な人間ほど騙しやすい――雅は完全にその性質に一致していた。問題はそういう人間が持ちやすい部分、すなわち疑いだが、それも自身の考えや知識との裏付けによってなされる。なら、彼らの考えを読んで、自分がつきたい嘘と合致する情報を出してやれば、後は勝手に納得してくれる。

「上宮が潰されても、斉明が後を引き継げるように、事前に準備をしていたのさ」

「正直なところ、斉明くんに上宮家当主が務められるかは微妙だわ」

「ふぅん……というと?」

 あえて邦明は、相手に言いたいことを言わせてやる。気になる事を一つずつ丁寧に対応してやった方が、相手も納得する。

「斉明くんには使う才能が無かった……だからこそ、次期党首の座にふさわしくないと他の次期党首候補が言ってきたんだから……」

 それで終わりなら、こちらの用意している言い訳で十分である。邦明は、本来なら雅の知りえない真実を言う。

「その使う才能が、後から復元可能だとしたら?」

「復元……ですって?」

 予想外の言葉に、雅は驚く。邦明は雅が驚いたことに驚いた。雅が復元について知らなかったことにではない。最初は一笑に付されるものと思っていたからだ。最初から真に受けて……いや、こちらが言わんとしていることを察してくれる辺り、やはりこの女は、追求者に向いているのかもしれない。

「ああ……上宮斉明には、もともと使う才能があったんだよ」

 先ほどから真面目ではあったが、雅の表情に真剣さが増す。それをしいて言うなら活気だろうか……思考とともに、少し人間味を取り戻している気がした。

「それが無くなった……いや、消したのね」

「もっと正確に言うなら奪ったのさ。上宮富之がね」

 あの曽祖父の名前を言うとき、たとえすでに死んだものとしても、憎悪の感情が言葉に籠ってしまう。まだまだ自分も人間が出来ていないなと思いつつ、邦明は先を続けた。

「少し話が逸れるけど……追求者の正体を知ってるかい?」

 ここは話してもいい真実だ。全てを偽ると全体的に話が嘘くさくなる。そこで真実を小出しにすることで、全体的にも真実味を帯びさせる……嘘をつく上では、邦明でなくても使う常套手段であろう。

「正体?」

 しいてこの話から邦明『らしさ』を上げるなら、その真実に、衝撃的な印象を与えることに尽きる。衝撃的な真実は、その裏にある嘘を隠す良い目くらましになるというのが、邦明の持論だった。

「これはあくまで俺の考えだけど――追求者ってのは、追求者(、 、 、 )という《、 、 、 》解創者(、 、 、 )なのさ」

 あまりに突飛な発言に、雅は戸惑いを見せる。

「……何かを使い、作るのが追求者でしょう? 己に解創を刻んだ解創者とは別物の筈じゃない?」

「そう。追求者は解創を我に刻まず、道具という形にするわけだ。他の追求の邪魔になるから……だけど、厳密には違う。我に刻まない(、 、 、 )んじゃない。刻めない(、 、 、 )んだ。己には既に『追求者』という解創があるからね」

 広まっている風説とは一線を画す逆説を聞き、雅は目を伏せた。あまりの話の素っ頓狂さに、参っているのかもしれないが、邦明は躊躇なく続けた。

「そして『追求者』という解創は、解創であると同時に集合(、 、 )だ。追求の方法は色々ある。大きく分けて二つ。使うと作るだ」

「待って。それじゃ『作る追求者』……作り手と、『使う追求者』……使い手……斉明くんのように片方に、思想ではなく性能的に極端に傾いているなら別だけど、普通の追求者はどちらともできるわ。二つの解創を追求者は持ってるってこと?」

「微妙なところだけど、違うと思うね。追求者の解創が実体、使う作るは、その実体を象る要素の一つ一つでしかない。一人の人間にとっての右手か左手かっていう程度の違いさ。右手が無くても、その人物はその人物として生きていける……そうだね、そういう点では追求者の解創っていうのは、ひとえに『追求者』としていいとは限らないかな。作り手主義か使い手主義か、それとも中立か。そういう細かい点で『追求者』という解創は、家や個人によって微妙に異なっている」

「その要素である使う才能を、富之大爺様は奪い取ったという事ね……つまり解創の変質?」

「複数の要素によって構成されている解創をから、一つの要素を取れば変質させられるし、また全ての要素を奪い取れば、解創そのものを奪い取れる……そんなところだろうね」

 それが上宮伝来の解創――『特別良キ童ヲ作リタクバ犠牲ヲ立テルベシ』なのだが、そこまで言う気はない。それを言っては、富之殺害の真犯人であると自白するも同然だ。

「けど、大爺様は、どうしてそんなことを?」

「鯉が泳ぐのに必要なのが尾びれだけなら、両のひれ(、 、 )はいらないだろう? 上宮富之は斉明から使う才能は不要だと判断して、奪い取ったんだ」

 それが上宮斉明という異物の正体――富之に都合のいい上宮の次期党首候補、上宮の神童。

 なるほどね、と雅は小さく頷いてから、一つの疑問を呈す。

「しかし……あなた、なんでそんなことを知ってるの? いくら上宮の血を引いてるからって……」

 邦明は自嘲的な微笑みを浮かべて、肩をすくめる。そこまで買いかぶられると困る、とでも言うかのように。

「あくまで予測だよ。その辻褄が合うというだけさ。明日香が襲撃された理由に合点がいくだろう?」

 明日香が襲撃された事については既知らしく、雅は両腕を組んで深く考え込む。

「要素として奪われた使う才能は……鳩子たちに分配されてるって事? 襲撃したのが斉明くんだとしたら、それを取り戻すために……」

「ああ。とはいっても斉明一人分の使う才能をいくつかに分割してあるから、一般的な追求者ほどの使う才能は得られないだろうけどね」

「彼が使うことに執着を持つのは……分からなくもないけど……」

 釈然としないらしく、雅は疑いの視線を邦明に向ける。邦明が犯人とまでは思っていなくても、言ってる事は疑っているのだろう。

「裏付けと言っては(なん)だけど、道具の使う意図を読み込む『探り手』と、それを記憶するための『使い「手」』――そして『使い「手」作り』。知ってるかい? どちらも裁定委員会すら、隙があれば取ろうとしてる逸品だ」

「それを斉明くんが作ったっていうの?」

「ああ。実際に使ってる……いや、使ってると言っていいかは微妙だけど……まぁ、そういうことだよ。使う事を求めてるのは疑う余地は無い」

「けど、なんでこんな……」

 三年前の斉明と、邦明の口から語られる斉明の食い違いに、雅は納得ができないようだ。当然と言えば当然なのだが、邦明は出鱈目――といってもあながち間違ってもいないソレ――を吐く。

「たぶん彼女の影響だろう」

「彼女?」

「参考資本提供者、篠原久篠乃。斉明の後見人だ」

「篠原……」

 雅の反応は聞き覚えのあるものだったので、邦明は答えを言ってやる。

「そう。俺と同じ三家交配の関係者だ」

「その久篠乃って人の影響で、斉明くんが使う事に興味を持つようになったってこと?」

「まぁ、確証があるわけじゃないけどね」

「明日香ちゃんを襲撃したのが斉明くんだとして……その目的は、自身の使う才能を取り戻すため……そういう考えになったのは、篠原久篠乃という人物の影響……か。正直、信用しかねるわ」

「そうだと思ったよ。確認はそっちに任せる。なんなら、斉明くんに直接尋ねてみるのはどうだろう?」

 疑っている相手からの意見など下策だ――という建前で、その方針はとらないはずだ。邦明は、自分自身が疑われている事すらも想定済みで、自分の思う方向に事を動かす術を身に着けていた。

「とりあえず確認するとして……もしそれが取れたら、あなたの計画、付き合ってあげるわ」

「そりゃどうも。じゃ、また連絡待ってるから、いつでもどうぞ、上宮雅さん」

「分かったわ」

 雅は踵を返すと、階段の方へと戻っていく。一応これで話は通った。あとは雅の確認を待つだけだ。

 ――結局、俺のウソは見破られることは無かったか……。

 それが本意の筈だというのに、邦明は冷めた目で、立ち去る雅の後ろ姿を見届けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ