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  #15 斉明

 最終的に、『作る人の事を考えた作成』ができるようになる為に、自分が何を作るべきかは決まった。

 まず『探り手』。触れたものの原因、目的、解創を解析する道具だ。斉明はこれを使って、既存の道具を理解し、その用途、意図――解創を叩きこむ。

 だが、これを『原本』で使うと、作る才能への影響が懸念される。つまり道具を使う経験による『原本』の『作る才能』の劣化を、回避する必要がある。

 斉明が至った結論は――劣化し続けないために、毎度毎度、少しだけ『使う事の理解』を経験(で劣化)する変わり身を用意すること。

 それは、名にして『使い「手」』……自分自身の人格を、寸分たがわず再現した模造品だ。これが、ある一つの道具についての『使う側の視点』を学び取って、それに適した道具を作り出すための人格。これなら斉明の主人格には影響……使う側への共感の蓄積による、作る才能への影響もなくなる。

 そしてこの『使い「手」』を作るための装置である『使い「手」作り』。毎回毎回、『使い「手」』を作るための準備をしなくてもいいように、それをコンスタントに生み出せる装置が必要だ。こちらこそ、今から本当に作らなければいけないものである。

『使い「手」作り』――上宮斉明という物を、可能な限り早く解析し、そして作り上げる専用の道具。

 おそらくの道具は、上宮斉明という人間の人生に、多大な影響を及ぼすだろう。使うことができるようになる反面、その代償は大きい。

 使う自分を自覚した自分のコピーは、果たして正気を保っていられるだろうか?

 使う自分を作り続け、物として扱い続けることに、原本である自分が耐えられるだろうか?

 この『使い「手」』を作り出すということは、所詮人は、物でしかないというようなものである。

 それでもやる――斉明は結論を曲げなかった。

 まず『探り手』の道具は、常に道具を持ってられるものがいい。物を理解するには、見て、持つのが一番良い。つまり斉明の『手』そのものを改造するのが一番いい。

 だが、常に『探り手』として機能していれば、作り手である斉明『原本』に影響する。そこで探り手は、『使い「手」』になったときだけ起動するよう、スイッチのオンオフが必要になる。

 最終的な斉明が『探り手』として作ることにした道具は……第三の腕、つまり人体としての両腕を改造するのではなく、それ専用の腕を作る事だった。

 即応性に欠けるなどのデメリットもあるが、第三の腕には大きなメリットがある。まず腕そのものが増えることによる、何かしら作業をする上での効率の上昇と、人体の改造と違い作成失敗のリスクを完全に回避できる点の二つだ。

 こちらについては、まだ比較的、簡単に済みそうだった――とはいえそれは、あくまで『使い「手」』を作る装置である『使い「手」作り』と比べたらの話だ。普通の追求者の枠で考えれば『探り手』だけでも、作れるかどうか分からない。初見の道具で予備知識なしに理解するためのこの道具は、道具から主観を逆算する、という出鱈目な真似をしなければいけない。


 それらの概要をひとしきり説明してから、斉明は具体的にどうやって作るかという話に移った。

「とりあえず『使い「手」』はコレで行こうと思います。『使い「手」作り』は、これに現在の僕を記録する機能だけ作ればいいかと」

 斉明が差し出したのは、中指ほどの長さのガラス棒だった。実際に触ってみると、それが単なる棒ではないと分かる。それは沢山のガラスの棒ならぬ『糸』の束。意図の表面には規則的な凹凸があり、さらに糸の束は、実際には、たった一本の『糸』をまとめたものである。

 文化祭で硯梢子のガラス細工を見た影響は、単に斉明に今回の計画の切っ掛けになるに留まらなかった。斉明は文化祭でガラス細工を見てから、ガラスという物質に興味を持って色々と調べていたのだった。

 『使い「手」』の解創の道具に、ガラスを採用したのも、それが理由だった。ガラスは無機物で化学変化しにくく、時間経過による劣化……分子構造の変化も、百年や千年程度では、ほとんどしない。物理的な衝撃などで簡単に破損する点では、確かにガラスは脆弱だが、耐久年数という点だけ見れば、ガラスは優秀な素材と言えた。

「耐久年数が高いガラスを選んだのは……あくまでこれは、可能性の話ですけど……いま僕が至った結論が、今後の人生で変わることもあると思います」

 可能性というより希望に近いな……と内心で斉明は自嘲した。使う事を想定した作成をしつつ、使う事による影響を残さないためには、分岐は不可欠――そう結論付けても、それを認めたくない気持ちもあった。

「分岐を生み出した後で、作る才能へ影響させないまま、使う才能を原本に統合する手段を思いつくかもしれません」

 数多に分岐した自分を、最終的に一つに統合することができれば、上宮斉明という人間を最終的に一人に……個人にすることができる。だが、記録した情報が失われては意味が無い。その為に記録が劣化しないよう、耐久年数を確保する必要があった。どちらかといえば精神衛生上の保険に近い。

「まぁ……それは良い判断なんじゃない? 今を願うのも追求者だけど、今の願いが将来的にどう活用できるかを考えるのも、また追求者よ。保険があった方が突っ走れるから、結果と解創を願う上での雑念も捨てられるしね…………それにしても、ずいぶん手が込んでるわね……糸の一つ一つに凹凸があるのは、表面積を広げるため?」

 久篠乃は糸の束を、矯めつ眇めつしていた。とはいえ物がガラスなので、その扱いも丁重だ。

「ええ。最小限の体積で情報を記録するには、そうするのがいいかと思いまして……」

 最小限の体積で、可能な限り広く表面積を確保するヒントには、理科の授業の教師の蘊蓄(ウンチク)が役に立った。人間の小腸は、栄養素を吸収するためヒダや絨毛が存在し、通常の円筒状に比較して約三十倍の表面積を持ち、さらに絨毛にも小さな糸があるため、更にその何十倍となり、結果として表面積はテニスコートの広さに匹敵するという。

 斉明は、この発想に着目した。糸に凹凸をつけ、さらにその糸に凹凸をつけ……という事を規則的に繰り返す。幾何学で言うところのフラクタル構造、再帰的な作りは、単純でありながら理想的と言えた。やっていることが単純なので、斉明という人格を記録した後になってから読みだす時に、複雑な作業が必要ない。単純な繰り返しなので、それほど手間や時間は掛からない。

「あとは記録する道具があればいいって事ね」

 記録する道具とは、すなわち『使い「手」作り』である。特に重要視するべきなのは書き込む速度と読み込む速度の二つだった。

「ええ。記録する道具は僕が使うわけじゃなくて、道具が勝手に処理するだけですから、そこで僕に、使うという手順は発生しません」

 これは斉明が四か月前の事件で、自身を守る道具として『消散』と『濾過』の解創による防壁を選んだのと同じ理由である。斉明自身が使うという行為をしなくても、その道具自体の機能が仕事をこなす、いわば使用者という装置すら不要なスタンドアローンで機能する自動装置だ。

「この糸に斉明を記録して読み出して生み出した……派生の斉明が、一時的に肉体の主導権を担う。派生の斉明が覚えたりしたことも、この糸に記録する。道具を使い終わったりすれば、この糸を『使い「手」作り』から出して、原本の斉明に肉体の主導権が戻る……っていうことでいいのよね?」

「ええ……そして『使い「手」』に使わせる『探り手』が、こっちです」

 作業台に乗せられているのは、黒い異形の物体だった。だが色を除けば、その輪郭は人間の右腕と同じである。右腕にしたのは、斉明の利き腕が右手のため、その方が使いやすいと思ったからだった。

 『探り手』の必要性は二か月前から確信していたので、『探り手』を製作する作業は、使う事を試す作業と並行して進めていた。だがまだ『使って』はいない

「これを試しに使うには……『使い「手」作り』を作って、派生を生み出せるようにならないといけないってことですね」

「そういう事ね。まぁ、調整は今は気にしなくていいわ。とりあえず出来てから必要か考えてみて」

「そうですね……」

 問題は、ガラスに記録する方法だろう。たとえば極細のレーザーによるものでもいいが、その場合、どのような構造、仕組みにするべきだろうか? 

 もっと単純、原始的な方法がいいだろうかと考え、ふと話を思い出す。

「ガラスって、理論上は金属より鋭くできるとって話がありましたよね?」

「あー……硯先輩が言ってたヤツね」

「それを使って、超極細の記録用の書き込み部品を作って、情報を記録します」

 CDやDVDであれば多層構造であっても問題はない。レーザーなら上層を透過して下層だけ読み込んだり書き込んだりできるからだ。だが原理的にはCDよりもレコードに近い『使い「手」は多層構造にできない。逆を返せば読み書きの手段はレーザーなどの光学的な方法にする必要もないという事だ。

 ガラスを使ってガラスを削る。記録する『使い「手」』より、書き込む『使い「手」作り』をより丈夫にする必要がある。

 作成する解創は多岐に渡る――斉明は、それから作るべき道具を一つずつ書き出していった。


 『使い「手」作り』を作成するには、更に二か月を要した。普通の道具であれば、それほど時間を掛けずに作れる斉明だが、事が事だけに……新しい自分を作り上げる道具となれば、作成も慎重に進めざるを得なかった。

 様々な工夫やリスクヘッジも行った。読み出したり書き込んだりする速度を上げるために、一気に読めるよう『使い「手」』という糸をできるだけ長く確保して一気に読めるようにした。読み込みや書き込みに失敗した場合に備えて『逆戻り』の解創を、『使い「手」作り』の解創の道具そのものを覆う形で『防備』の解創を。全て『使う』という手順を踏まずに機能させる必要があり、一つ一つならまだしも、数が増えると斉明といえども苦戦を強いられた。

 拭いきれないものも、一つあった。

 自身の肉体の主導権を、脳からこのガラスの糸に渡さなければいけないというのは、どれだけ自分の道具であろうとも、生理的な抵抗は払拭しきれない。

 大丈夫か――そう問う自分がいる。

 自己暗示なども必要かとも考えた。いざ『新しい自分』が出来たとしても、ガラスの糸が自分の本体(、 、 )などと言われて、果たして信じられるだろうか? その事実に耐えられず、壊して確認しようなどという凶暴な発想は生まれないだろうか?

 あらゆる可能性を考慮し、斉明は様々な対策を講じていった。


 計画から作成まで、実に七か月に及んだ。

 二〇一一年、三月二十四日。斉明は自宅の作業部屋で、ついに念願の道具を完成させた。

「こんなもんでしょうかね……」

 出来上がった道具を久篠乃に見せる。一見するとそれは、首輪のような代物だ。

 我ながら悪趣味だと自虐したが、とはいえ腕輪などにせず、あえて首輪を選んだのは無意味な選択ではない。

『使い「手」作り』によって作られた派生の斉明が肉体を支配するためには、『使い「手」』が脳の代わりとなる必要がある。

 解創という概念は、他人に催眠術や幻覚を催したりするのに向かない。解創というのは『願いを現実に叶える』事に終始するためだ。例えば『睡眠』という解創があったとして、それを他人に対して行っても、その人物に眠る気が無ければ、少しは眠気を催すかもしれないが、さしたる効果は得られない。それは対象となった人物が『睡眠』という願いを抱いていないためだ。

 逆に言えば『眠りたい』と思っている人物などには、ある程度の効果が見込めるし、解創を用いる追求者や解創者本人ならば、当然、覿面である。

 それは『使い「手」作り』についても同じだ。「『使い「手」』によって肉体の主導権を握られていい」と考えている人物には効果があるが、そう考えていない人間には効果が無い。だが斉明自身は望んでいるので、『使い「手」作り』は、斉明自身に対して有効となる。斉明が、自分自身を解創の影響の対象として容認しているからだ。上宮斉明が望んでいる限りは、脳より『使い「手」作り』とその中の『使い「手」』が、彼の脳の代わりとなる。

 様々な感覚器から得られる信号は、一度脊髄に入ってから大脳に送られる。『使い「手」作り』は、この脊髄から大脳に送られる信号をカットして『使い「手」』へと送り直す、ということをやっている。

 そのため首輪とする必要があったのだが――それ以外にも『使い「手」』である派生した斉明は、原本としての斉明の所有物であると示す、記号的な意味を含んでいる。

 首輪は合皮製。ビジュアルバンドが付けるような見た目で、正面には金属製のタグのようなものが付いている。実際にはタグではなくフタになっており、開けて束状の『使い「手」』を入れる。束状の『使い「手」』を一本の糸に戻しながら、その表面をガラス針が走ることで表面に情報を刻んだり、また刻まれた溝の上を走る事で読み込む。

 もちろん『探り手』も完成していた。黒い腕は、以前よりも華奢になっている。普通の腕では人の腕一本分と大きく嵩張るためだった。細くすることによる腕力の低下が問題視されたが、そこは改良を重ねることで補った。だが満足したわけではなかったので、今後も改良する余地はある。

 この『探り手』は信号的……解創的にも『使い「手」作り』を介して『使い「手」』と接続される。『使い「手」』は三本目の腕としてこれを認識することができる。つまり……。

「まだ一度も試せてないけど、ちゃんと動くかしらね?」

 そこが最大の問題だった。『使い「手」作り』が完成した今日まで、一度も『試験』を行っていないのだ。

「とりあえず試してみますか……」

 斉明はさっそく首輪をつけて、『使い「手」作り』を試そうかと思ったが、久篠乃は首輪を斉明に渡さず、カレンダーを眺める。

「いや……試すのは、明後日……土曜日にしましょう」

 斉明としても、わざわざ急がなくてもいいとはいえ、逆にわざわざ時間を置く理由もなかった。使い勝手を試して、問題があれば早めに改良をしておきたい。

「なんでですか?」

「その日いっぱい、時間がある方がいいしね。次の日も休日だし、何かあっても予備日に使えるし」

 少し釈然としないものがあったが、この七か月で斉明は、久篠乃の言う事には素直に従う姿勢が身についていた。年長者というだけでなく、作り手として、そして何より使い手の先輩として、久篠乃は斉明にとって尊敬に値する人物であると認めたからだった。

「そうですか……分かりました」

 了承して、斉明は久篠乃の白く細長い指に掴まれた首輪を見つめる。

 これから生まれる派生人格は『探り手』で解析した目的に沿って、道具を使うための思恵、修恵を手に入れるのだろう……。

 嫉妬を禁じ得なかった。だが同時に楽しみでもあった。多分原本である自分は、何一つ覚えていないのだろうが、派生である自分は、それを覚えていられるのだから。

 ――土曜日か……。

 時間を置くのも悪くないかもしれない。あまり熱が入り過ぎて空回りしても格好が悪い。ここは小休止とばかりに、斉明は小さくため息をついた。

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