#14 斉明
斉明の『使う才能』の解析は、実際に道具を使う事によって行われた。
実際に道具を使ってみる。その結果がどうなっているかを確認する。そして考察する。基本的には、この三段階。これを延々と繰り返す。
道具を使う段階では、前回の考察と結果を反映させる……そうして何が原因なのかを、少しずつ突き止めていく。
自分は道具を使えない――自覚していながらも、斉明は原因を突き止めるために、これを何度も繰り返した。使えるようになりたいと、一心に願いながら。
使用と考察の繰り返し、そしてどうやって使えるようになるか――それは実に四か月に及んだ。
長い長い実験の中で、分かってきたことがあった。それは「斉明が使うイメージと、実際の道具の機能のズレである。
まず、何かしら道具を作る。この段階での斉明は、そのイメージを現実の物体に反映させているだけだ。これが『作成』や『創造』……つまり斉明の優れている分野である。
これで実際に道具は完成する。だがこれを、いざ使う段階になると、話は変わってくる。
作る段階での斉明のイメージ、主観は、いざ使う段階になると大きくズレているのだ。それは時間の経過とともに大きくなっていく。逆に言えば、作ってすぐ使う場合は、普通の人が使うほどではないにせよ、時間が経過してから使うよりは比較の上ではマシだった。
時間の経過、思いの劣化、それが斉明が解創を使えない理由の一端であることが分かってきた。
他人が作った道具については論外だ。斉明はそもそも作ることを意図する段階を逸している。
つまり他人が作った道具にせよ、自分が作った道具にせよ、使う段階で、作る時と同じように願えること……道具の機能を見るだけでなく、意図や願い……解創を、自分のものにする必要が出てくる。
ここまで分かったことで、『使う』為の道具の手法は二つに絞られた。
一つ目は、斉明が使うイメージを再現するために、使用するイメージを道具に反映する段階で『現実に行えるように』変換し直す変換装置である。
二つ目は、本来の道具を使うイメージを、斉明が理解するための補助装置。これの場合、斉明は一度、自分が持っていた使うイメージを捨てて、普通の人が使っているのと同じイメージを共有することになる。
変換装置と理解補助装置。それぞれに一長一短がある。
まず変換装置のメリットは、斉明がもともと持つ使うイメージを捨てる必要が無い点、それに伴い、斉明が持つイメージのままに使えるという点である。つまり普通の人が思うのとは違う使用のイメージを現実化できる。たとえば刀で『人斬り』ではなく『鎧通し』ができる、というような事だ。その方が解創を成す段階では手間が減る。
理解補助装置のメリットは、普通の人が使うのと同じイメージを共有できるという点だ。使う道具を作るために、使う人間の気持ちを理解する……という目的である以上、こちらの方が、本来の目的には合っている。
当然ながら最初は、後者を選ぼうとした。しかし気持ちの問題としては、どうしても前者が捨てきれなかった。他人を理解するという事が、自己を捨てることに繋がりそうで恐ろしかったからだ。
そして熟考するうちに気づいた。今はあくまで、作るために使う気持ちを理解するのだ。なら他人を理解していくにつれて、作る才能が衰えては意味が無いと。
現在は斉明の異常なまでの作る才能が、うまい具合にかみ合っているから、彼の作った道具が『傑作』として評価されている。だが斉明の異常性が無くなれば、ただの凡人に成り下がってしまうという。
凡庸さを理解するためには、異常性を捨て去らなければいけない。
使う才能と作る際のは別物だ。なら凡庸な使う才能を手に入れたところで、異常な作る才能が失われる道理はないのではないか? だが、凡庸な使う才能を手に入れることによって得る共感が、繋がるはずのない二つの才能をつなぎ合わせてしまわないか……。
だが共感できなければ、使うための道具を作ることはできずじまいだ。
共感――この問題におけるキーワードだった。この共感が作る段階での配慮にだけ及べばいいが、作る才能にまで波及させるわけにはいかない。
一度や二度の共感では、作る才能に影響はないだろう。だが二年と三年と経過すれば、少しずつ、異常な作る才能は、衰えていくのではないか?
年も明けて一月。その頃には大方の結論は出ていたが、逆に精神的には不安だった。自分が導き出した結論に、果たして間違いはないだろうか――と。
作ることに関して人一倍優れている斉明だが、その作るものが、自身が誰よりも苦手とする『使うため』の道具になると、やはり自信が無かった。
以前のように、使う事を考慮した作成ができるだろうかと――そういう不安があった。同じ轍を踏んでしまわないか、実用に程遠いものになってしまわないかと。
「どうかしたの? 色々悩んでるみたいだけど」
そんな斉明の心境を察したらしく、リビングで熟考に耽っていた斉明に、久篠乃が声をかけてきた。
「まぁ……そりゃ悩みくらい、ありますけど……」
「道具を使えない自分に、違和感がある?」
傍から聞いていれば何のことか分からないであろう久篠乃のセリフも、今の斉明には、すぐに理解が追い付いた。
「ええ……なんていうか……突拍子もない話ですけど、誰かの意図を感じるというか……」
まるで使えない才能が無いことに言い訳をしているようだったが、しかし実感として、自分の使う才能の無さは異常だと思った。
「富之大爺様の事……疑ってる感じね」
「それ……僕が気付いてなかったら、どうしたんですか?」
斉明が一番尊敬していた人物を疑ってかかったら、久篠乃といえど許せない――そういう想像が久篠乃ならできた筈だ。なら久篠乃は、既に斉明が持つ富之への信頼は、失われたものと気づいていたらしい。
「気づいてないわけないわよ、その顔見てたらね」
久篠乃がそこまで分かっているなら、いっそ今思っていること全部を話してしまった方がいいと、斉明は堰を切ったように喋りだす。
「……今まで、道具が使えないことが嫌でした。けど実際に使う事を試していると、本当に自分が使おうと思えてるのか不安です……どれだけ使おうと道具の事を考えていても、いつの間にか作ることが基準になってる。ちゃんと使うことを見れてない……自分が作り手だってことを意識させられます」
久篠乃と衝突した日の事――剪定バサミの時の事を思い出す。あの日、どうして自分は、ああも久篠乃に対して反感を抱いたのか……。
自分は、作る側の人間に立って考えている。使う人よりも、それに用いる道具……要ネジの質を見て、作る方針を決めていたような気がしてならない。
作るうえで必要な部品に共感し、それを考慮した設計をして――使う事を度外視した結論に至った。自分の未熟さもあるだろうが、作る方向に縛られること……自分が作ることだけに突出しているのは、果たして自然なものだろうかと考えると、まるっきり肯定することは不可能だった。
「久篠乃さん……別に僕は、大爺様を嫌っているわけでもありません。けど、上宮に疑念を抱いてはいます。だからこれは、あくまで僕の想像でしかないんですけど……僕には使う才能が宿らなったというより、大爺様が意図して宿らせなかったのかなと思います」
それだけ聞けば妄想が過ぎるところだが、久篠乃は頷いた。どうやら彼女も、以前から同じことを考えていたらしい。
「そんなところでしょうね……。けど、使いたいって気持ちが本当なら、作れない道理はないわよ、斉明。私たち追求者が物を作る第一歩は、何かを作りたいと願う事なんだから」
久篠乃の言葉は気休めではなく、解創の本質だった。斉明は追求者だからこそ、それを理解できたのだろう。願う事は出来ている……問題は、そこに技術が伴うか否か。それだけだ。思いは、技術に至るまでの体力でしかない。
「それで、どう? 使う事に共感しながら、作る才能に影響させない方法の結論は出た?」
話は変わって、今までにもされた何度目かの質問。だが今までと違い、今回は具体的な答え……つまり技術や手法の目途が立っていた。
「はい……まず大まかな結論ですけど、凡庸な使う才能への影響は、必要な要素だと思いました」
「けど……受け続ければ、おそらく作る才能にも影響が出る。物を見るとき、作る事でなく使う事が基準になれば、今とは逆で、使う事でしかものを考えられなくなる……そこは、どうするの?」
もちろん斉明も、そこまで考えている。
「それはあくまで影響を受け続ければです。一度や二度くらいなら問題ない。才能……あえて機械的な事を言えば……性能の劣化っていうのは、突然起こるものじゃありません。機械だって、突発的な事故は別として、突然に大きな故障するんじゃなくて、段々と調子が悪くなって、最後に故障します」
「つまりだんだんと調子が悪くなるのを、毎回巻き戻してしまえばいいわけね?」
意味深な久篠乃の言い分は、斉明の考えと一致していた。
使う事に共感して作るたびに『作る才能』が劣化し、調子が悪くなってしまうなら――劣化する前に戻ってしまえばいい。
「そうです。まず『使う才能』の視点から『どんな道具が欲しいか』という要求を、単なる情報ではなく、僕自身に実感として発生させます。そして『作る才能』で、実感に従って作成します。そして作成した道具を『使う才能』で試してみて、要求を満たしているか確認する」
そこまで言って、斉明は唇を舐める。自分が相当に突飛な事を考えているという自覚はあった。
「この『要求』『作成』『確認』。この三つを総称して『作業』とします。この『作業』の前に……僕自身のバックアップを取ります」
これが、斉明が至った結論――凡庸な使う才能に共感するであろう自分を、ただの道具として扱えばいい。
「つまり斉明、ようはキミは、何か一つを作るたびに、使ったことも作ったことも忘れようってことね」
「――そうです。まぁ、使う事に共感する必要のある道具を作る場合は、ですけど」
久篠乃の表情に、真剣さが増す。斉明の言っていることは冗談ではないと分かっているし、斉明の場合は、それがただの冗談ではなく、現実に出来るだけの作る才能がある。
「けど、一度作ったものを、また作り直してって言われたら、どうするの? またそのたびに忘れて、要求からやり始めてたらキリないと思うけど」
「それなんですけど、別に保存しておいて、また任意に読み込めるようにするのはどうかなって思ってます」
ようは戻る必要があれば、『確認』の後の段階の記憶を戻そうという算段である。その場合は元に比べて全体的な作る才能こそ劣化しているが、逆に言えば『ある特定の道具を作る事だけに研ぎ澄まされた上宮斉明』が一つ出来上がるだけである。
「問題は保存する手段ね。記憶でいいの?」
「そうですね……自分の人格を、丸ごと保存して、そっちに使うことを体験させる必要があると思います」
さて、その手段はどうするべきか……斉明は、より明確に、自ら課している命題を悟った。