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  #13 ?(1)

 青年にとっての盗聴は、事後の確認程度の意味しかなかった――初めまでは。

 彼は、裁定委員会と篠原久篠乃が、上宮斉明についての定期報告会議をするという別荘を盗聴していた。

 周囲に建物が無く隠れられる箇所のないこの場所は、別荘自体の厳重な管理もあって、一見すると盗聴対策は万全のように思える。

 だが逆に――どちらか一つでもブレイクスルーできる要素があれば、すんなりと通り抜けることができる。

 通常の道具の対策として、電波暗室にもなっているこの場所だが、録音した機材を仕掛け、その機材を後から回収して聞くのであれば、何の問題もない。

 国枝家の子供である青年に、国枝家の屋敷や邦宗の自宅に入るのは造作もない。邦宗の着用するスーツに『聞き覚え』を仕込むことで、邦明は盗聴を簡単にやってのけた。まさか邦宗は、探している弟に罠を仕掛けられているとは思うまい。

 斉明の後見人に決まった久篠乃の担当が、実の兄であることは偶然以外の何物でもなかったが……それを利用しない手はなかった。


 今日の話は、上宮斉明の今後の教育方針のようだったが――その内容は、予想だにしないものだった。

 参考資本提供者――上宮斉明をそれに仕立て上げる為のプランが、すでに計画されていたとは、青年も度肝を抜かれた。

 参考資本提供者となった上宮斉明は、裁定委員会と良好な関係を築くだろう。それだけではない。上宮斉明に、さして脅威は無いと思っていたのは、あくまで作る才能だけしかないからだ。使う才能まで手に入れれば、上宮斉明は真の意味で追求者となりえる。解創を作り、使える者は、その自衛まで自分でこなせる。作る事しかできないときより、その攻略難度は、ぐんと高くなる。

 そして待っているのは、上宮の復興だ。

 ――『特別(トクベツ)()(ワラシ)(ツク)リタクバ犠牲(イケニエ)()テルベシ』。

 上宮富之が斉明や曾孫たちに行った儀式には見当がついたが……逆を返せば、これと同等の効果を得られる道具があれば、斉明から奪われた使う才能は、元に戻せるという事でもある。

 斉明に作る才能を与えながら、使う才能を奪った。つまりこれは、方向性を調整したという事に他ならない。

 斉明が『特別良キ童ヲ作リタクバ犠牲ヲ立テルベシ』と同等の道具を作り出せるかと言われれば、微妙なところだ。上宮の神童とはいえ、上宮家で何代にも渡って使われ続けた逸品に、匹敵するものが作れるのだろうか……?

 斉明は、富之の本意に沿っていないことは分かっているのだろうか?

 富之は上宮のために、斉明に使う才能が宿る事を否とした。だがその斉明は、上宮から解き放たれたからか、それとも上宮の為なのか……そのひれ(、 、 )を求めている。それが『追求者』という者なのだろう。

 無いものをねだる。そして手に入れ、(こいねが)う。

 ひれを奪ってしまったからこそ、より強烈に、上宮斉明は、ひれを手に入れることを望んでしまったのだ。

 あるいは……そこまで見越した富之の策略だったのか。

 どちらにしても、青年にとってはマズい事態だ。数か月前に終わらせたはずの復讐劇は、終わっていなかったのだから。

 さて、どうするべきか。

 今から家にでも出向いて斉明を殺してやりたいところだが、そういうわけにもいくまい。今は裁定委員会も警戒している。ここで動けば、上宮家の一件で自分がやった事すらもバレてしまうだろう。少し時間を置いた方がいい。

 彼の復讐は、ただ上宮が消えればいいというだけではない。上宮という家から全てを奪い、踏み台にすること……自分の人生のために、彼らを犠牲にし尽くすことに終始する。

 あの事件が風化するくらいの期間が必要だ……二年か? 三年か?

 そうなると上宮斉明に手を出せるのは、彼が使う才能を手に入れた後になるだろう。

 仕方がないが、同時に昂ぶりもあった。上宮最後の追求者の命を、自らの手で奪えるということに。

 上宮家を潰すには、個人としての力では足りなかった。そこでより大きな力……裁定委員会を誘導するという方法をとるしかなかった。

 だが上宮斉明一人なら? 後見人の篠原久篠乃を付けても、工夫次第で潰すことはできる。

 上宮の最後を奪い取れる。それだけではない。使う才能という力すらも、自分ならば奪い取ることができる。

 せいぜい使う才能を作って貰う事にしよう。上宮斉明が追求者である以上、それは道具という形で昇華される。そして形となった道具なら、奪うことができる。

 そう、すべてを奪うのだ。だからこそ上宮から、ほとんどの命を奪い尽くしたのだから。

 その中には、父親である上宮眞一すらも含まれていた。肉親であろうとも、どちらにせよ納得いかなかっただろう。父という役職は、青年にとっては憎むべきものでしかなかったのだから。

 彼にとっての本当の父は、それは憎悪の対象でしかなかった……いや、そもそも、本当の父というものも分からない。

 本当の父? 本当の母? 本当の親? そんな一般的な価値観は、彼という存在がこの世に誕生する前から、国枝家によって、上宮家によって、彼の認識から剥奪されていた。

 親は全て、家のために自分を利用しようとする存在……彼に追求者としての教育を施し、そうなるようにだけ育てていた。

 そんな中で彼が、家のために尽くす人間ではなく、個人のために家を利用し、復讐できる人間に育ったのは、自分の本質的なものがあるのだろう。

 つまり――他人による誘導によって手に入れたものではなく、主体的に望みを手に入れ、それを叶えたいという考え。

 そういう点では、自分は真の意味で追求者なのだろうなと青年は思った。

 自分は生まれる前から、追求者として生きることのみに限定され、それ以外の道を奪われた。普通に生きていく道も、国枝の追求者以外の、野良の追求者として生きていく事すらも。そのために幼児期を、青春を、すべて無駄に犠牲にされ、奪われた。

 そんな自分が、真っ当な人生を歩めないのは当然だ。それを嘆いても仕方がない。

 ならば――すべてを奪われたのだから、その清算として、自分から全てを奪った国枝から、上宮から、すべてを奪い返して何が悪いというのか?

 改めて彼は、決意を固める。復讐は終わっていなかった。ならば続けるまでだ。なぜならば……。

「俺の盗奪の復讐は、俺という追求者にとっての最大の解創(ねがい)だからね」

 青年は、静かに独りで呟いた。

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