第62話
話し合いは赤井と村井を中心に進んでいく。
「これが周辺の地図です」
研究員の一人が持ってきた地図を広げ、全員が囲むように覗き込む。
研究員の説明によると敷地面積は4000坪、サッカーのフィールド2枚分はあるらしい。中には大部分を占めている工場、それに駐車場・事務所がある。入り口は2ヶ所で正門・通用門それぞれに守衛が常駐しているという事だ。
「でかいな。この人数でどうするか」
「二手に分けますか?」
「……いや、相手の隊長とか言う奴には纏めてかかった方がいいからな。分かれるのは危険だろう。集まってくる奴等は何も聞いてない筈だから、おそらく皆正門に集まるだろう。俺たちは人数の少なくなる裏口の方から先に叩いていった方がいいんじゃないかと思うんだが」
「なるほど、そうですね」
皆が頷く。
「じゃあ俺等は裏口から。村井の部下二人が正門と裏門を見張り、相手の戦力の確認。連絡を取り合い、いけそうなら相手を強襲する。そういう事だから敦、お前は正門側から混じって入ってくれ」
皆と一緒に頷いていたら、突然僕が正門に行く事になっていた。
「えっ!? 僕、正門なんですか!?」
「俺たちが裏から、敦が正面に行き、そうすれば最悪倒せなくても奴等が今回何をやろうとしているのかが分かるだろ」
「まぁそうですけど、さっき安全優先って……」
「前回、敦が怪我をしたのは俺達がお前の事を知らなかったからだろ」
思わず桃子の方に視線がいってしまう。桃子もこちらを見ており、申し訳なさそうに俯いてしまった。 責めるようなつもりは無かったのだが……
「目印なり合図なりを決めておけば大丈夫だ」
「僕が相手にバレてるっていう事はないですか?」
今度は村井が話し出して僕を追い込む。
「このタイミングで通信をする事は、内通者がいるって言ってるようなもんだからね。今のボク達みたいに対策を練られる危険をわざわざ冒すくらいなら、数日前には査察に入る事は決まってたから、他の方法で仲間を集めるんじゃないかな」
村井の言葉には説得力がある様な気がする。
それとも僕を騙そうとしているのか。村井に対する信頼感の無さが僕を疑心暗鬼にさせる。
二人の言葉で、この場には僕が断る事を良しとしない空気が充満してしまった。
もし断って警察と一緒に行動したとしても、奴等から裏切り者として襲われる可能性は大いにある。どちらにしても危険なら皆の望むように行動した方が良いか。
「分かりました。僕は正門から相手に混ざって行動しますんで、絶対僕の事を攻撃しないでくださいよ!」
話しながら絶対に見てはいけないと思っていた筈なのに、その思いが強すぎて反射的に桃子の事を見てしまった。攻撃しないでって言った辺りで見てしまったので、まるで桃子に言った様になってしまい、少しビクッってなった後にまた俯いてしまう。
本当に責めるようなつもりは無かったのだが……
この後、スーツの男性と研究員二人は現場の下見、赤井のチームと村井は装備の確認などを、僕は極力自室待機という事で一旦解散となった。もう一度、最終確認の為に集まる時に呼びに行くという事なので、僕は部屋で大人しくしている事にした。
部屋に戻り先程気になっていた漫画を手に取るが、全く集中できずに気付けば読み終わっていた。
落ち着かない……
諦めて本を脇に置き、ナイフを手に取る。現場に行けば頼れるのはこいつだけだ。裏門・正門に思った以上の戦力が居れば誰も来てくれないので、バレたら自力で脱出しなくてはならなくなる。
一度大きく深呼吸をしナイフを構え、黒いスーツの連中を思い浮かべる。
そんな事はしないと思っていたが、いきなりナイフでの対人戦をやらなくてはいけないかもしれない。
赤井はこうなる事が分かっていたみたいに丁寧に教えてくれていた。できるだけ急所は外すように攻撃したいが、何かあったら赤井のせいにしてやる……
夕方まで集中して素振りを繰り返した。
冷房を入れていなかったので蒸し暑くなった部屋の中、汗だくになった僕は一息つきナイフを納める。自分から人へナイフを刺していくのは気が引けるとは思うが、シミュレーションを繰り返した事でいざとなった時に自然と体が動いてくれる事を祈ろう。
服を脱ぎシャワーを浴びる。その後、晩ご飯を食べに行った。アスリートは大会前に炭水化物を食べると聞いたので、うどんとおにぎり、それに焼き魚を注文して食べた。いざ食べようと思った時に気付いたのだが、これが最後の食事になるかもしれないんだった。そう思うとなんだか悲しくなってきた。やはり肉にしておくべきだっただろうか……
黙々と食事を続け完食し、部屋に戻る。
じっくり体を解そうとストレッチを開始する。だが10分もしない内に徐々に睡魔が襲い掛かってきた。最近は規則正しい生活を続けていたので、22時には就寝していた。まだ21時前なのだがご飯を食べた事で眠たくなってきた。まさかここにきて規則正しい生活が裏目に出るとは……
まだ事件が終わるまでは時間が掛かる。せっかくストレッチをしていたのだが、少し仮眠を取っておいた方が良いだろうか。
そう思い布団に入ったのだが、いざ寝ようとするといつ呼びに来るか分からないという事が気になってなかなか眠れない。
布団に入りかなりの時間が過ぎ、ようやくウトウトし始めた時にコンコンと扉をノックする音が聞こえた。
何なんだこのタイミングの悪さは……
先程よりも増した睡魔を何とか抑えて立ち上がり、返事をして扉を開く。
ああ、僕はもうダメかもしれない……




