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戦闘員A  作者: 甲斐祐樹
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第56話

 左手が疼きだした。

 何だ? 連中の仲間が近くに居るのか?

 徐々に疼きが大きくなっていく。ここまで疼きが大きくなる事は初めてだ。汗が浮かぶほど今日の気温は高いのに、左手の不快な疼きのせいで腕に鳥肌が立つ。僕はその場に立ち止まってしまった。

 それに気付いた桃子も立ち止まり、横から僕の様子を窺う。

「どうしたんですか?」

 その問いには答えず僕は周りを探る。

 近づいてくる。だんだん近づいてくる。左手がその存在が近づく事を教えてくれている。


 ふと一人の男が目に留まる。前から歩いてくるその男は口元に薄く笑みを浮かべていた。

 あいつか……

 その男は危ない雰囲気を纏っていた。すれ違う人を避けようとせず真っ直ぐ歩いている。それでも人とぶつからずに歩けているのは、向かってくる人達が自然とその男の事を避けてしまっているからだろう。

 真っ直ぐこちらの方に歩いてきているので、このままだと僕達とぶつかってしまう。

 何も言わず桃子の体を押して一緒に横へ避ける。

「前田さん?」


 それとも僕に気付いたから近づいてきているのか? まもなくすれ違う。

 もはや周りから見ても分かるほど左手の疼きは大きくなり痙攣のようになっていた。持っている袋がカサカサと音を立てる。

 目を伏せその男の事を見ないようにしていたのだが、すれ違う一瞬だけ男の顔を見ると男もこちらを一瞥し目が合った。

 だが男の見せた反応はそれだけで、僕の横を通り過ぎていく。


 違った! 僕じゃなかった!

 男の背中を目で追いながら、僕は息が止まっていた事に気付きフーっと深く息を吐く。

 痙攣していた左手も収まり出した。僕の気持ちも同じように収まっていく。

「前田さん! 前田さん!」

 ようやく収まった左手を横からガッと掴まれ揺さぶられる。僕の気持ちも思い切り揺さぶられる。

「えっ!? 何!?」

 横に居る桃子の事が頭から飛んでいた。

「何ってこっちが聞きたいですよ! 突然どうしたんですか?」

「いや、さっきすれ違った男だけど……」

 その男を見ると20mくらい離れている。周りの音もあるし小声で話せば聞こえる事はないだろう。桃子も僕の視線を追って、その男の事を視界に捉えている。

「あの事件の関係者だなーって」

「えっ!? 本当ですか!?」

 桃子は驚いて大きな声を出し、こちらに振り向く。

「ちょっと声がデカイって!」

 良かった。男を見るが気付いてはいなさそうだ。

「すいません。それって間違いないんですか? 何で分かったんですか?」

「連中に近づくと左手が疼いて分かるようになってるから」

「今の男の人もそうだったんですか?」

「うん。今までにないぐらいに反応した」

 男は今もどんどんと僕達から離れていく。

「前田さん、私はあの男の跡をつけます!」

「えっ……僕はどうしたらいい?」

「前田さんは近づいたら分かっちゃうんですよね? 私一人で後を付けるんで前田さんは先に帰って村井さんか隊長に私の事を説明しておいてください」

 あの男は何か普通じゃない雰囲気だったので桃子の事が心配だが、一般人の自分が警察官の桃子を止めるのも違う気がする。

「うん。分かった」

「じゃあこの荷物だけお願いします」

 その場に持っていた荷物をドサッと置き、かなり離れてしまった男を見失わないように桃子は人混みに紛れるように行ってしまった。

「大丈夫かな」

 足元に置かれた荷物を見つつ、僕は桃子と自分の心配をしていた。




 もう駄目だ……

 指が千切れる……


 もう少しだ! 頑張れ頑張れ!

 必死に鼓舞する。滴る汗は止まらない。


 ようやく待ち合わせ場所に着いたときには、僕は汗だくになりながら顔を真っ赤にしていた。

 久々の外出、予想外の貯金残高という事もあり、僕は調子に乗って買い物をしすぎていた。自分の分だけでもギリギリだったのに、さらに桃子の分まで持って帰らなければいけなくなったので必死になって待ち合わせ場所まで帰ってきたのだ。

 暫く待っているとスモークの入ったワゴン車がやってきた。僕の横に停まる。助手席側の窓が開いた。

「キミ一人だけ?」

 僕は窓に顔を突っ込み小さめの声で運転手に話しかける。

「今日途中で例の事件の関係者を見つけたんで、尾行するために別々になったんです。それで僕だけ待ち合わせ場所に来たんで、今連絡取れるなら村井さんか赤井さんにその事を知らせてもらっていいですか?」

「本当か! 分かった、連絡するからキミは車に乗り込んでおいてくれ! 連絡したら直ぐ施設に向けて車を出す」

「はい、分かりました」

 後部座席のドアを開けドサドサと荷物を載せていき、最後に自分も乗り込んだ。皆がやっていたようにコンコンとノックした方が良いのかと思ったが、運転席で話し声がしているので暫く待っていると話し声が止むと同時に車が急発進する。

 油断していた僕は体を後ろに持っていかれながら、施設へ急ぐ車に揺られ続けた。




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