第52話
8月6日。
約束をしてから三日後、ついに外出できる日がやってきた。午前10時に車を出すという事なので、部屋で時間が来るのを待っているとコンコンとノックする音が聞こえた。
「はーい」
返事をすると村井が部屋に入ってきた。
「もうすぐ外出するんだよね?」
僕は時計を確認する。
「あと20分くらいで出発ですね。どうしたんですか?」
すると村井はポケットに手を突っ込み、一枚のカードを僕に差し出す。
「はいこれ」
受け取って確認すると、それは某都市銀行のキャッシュカードだった。村井の顔を見返す。
「お金持たずにどうするつもりだったの?」
「えっ……そういえば忘れてましたね……」
完全に忘れていた。この施設に軟禁されてから三ヶ月過ぎたが、使ったお金が前の事件の時の千円くらいしかないので忘れていたのも仕方がない気がする。
「それでこのカードは? 貸してくれるんですか?」
「違う違う、そのカードはキミのだよ。ここで働いてくれた給料と、元々キミが持ってた貯金もそこに纏めて入ってるから」
「そうですか」
纏めたと言われても貯金なんてほとんど無かったはずだ。入ったバイト代で家賃を払おうと思ってたぐらいだし……
「暗証番号は1111だから」
「ありがとうございます。忘れないよう気を付けます」
「ハハハッ。じゃあ楽しんできてね」
村井の用事はそれだけだったようで部屋を後にした。
村井の言うように今日は楽しもう。よしっと声に出して立ち上がり僕も部屋を出た。
「あっちー!」
建物から一歩外に出ると気分が悪くなりそうな程、日差しがきつかった。約束の時間まではあと10分あるので、僕は急いで建物の中に引き返す。目の前のアスファルトには陽炎が起こってユラユラして見えていた。
「前田さん、おはようございます」
外を眺めながら待っていると後ろから桃子に声を掛けられた。
「おはよう。今日も暑いね」
今日の桃子は白いワンピースに小さいバッグというカジュアルな格好だ。さすがに外に出るときはいつもの格好ではないらしい。ちなみにいつものここで生活しているときの格好は、上下ジャージというさらにカジュアルな格好だ。
普段見慣れない姿なのだがイメージ通りなので特に驚きも無い。化粧気もほとんど無いのでロリコン好きには堪らないんじゃないだろうか。むしろそういう風に見られるために、狙っているんじゃないかと疑ってしまうほどだ。
一方僕の今日の格好はジーパンにTシャツ、ポケットにキャッシュカード一枚というこちらもカジュアルな格好だ。ちなみに僕のここでの格好は、怪我ばっかりしているのでほとんど病院で着るような患者着だ。
二人が揃ったのを見計らったように、僕らの前に窓にスモークの入ったワゴン車が停車した。
「どうぞ」
運転手が僕らを促す。その声を聞き、ドアを開け後部座席に乗り込んだ。
ドアを閉め、桃子は運転席との仕切りをコンコンとノックする。すると緩やかな加速を体に感じさせ車は走り出した。
「桃子ちゃん、もう今日の行くところは決めてるの?」
「はい! 何とか二つにまで絞りました! コーヒーがオススメのお店と紅茶がオススメのお店があるんですけど前田さんはどっちが飲みたいですか?」
コーヒーと紅茶か。今日は暑いしアイスコーヒーの方がいいかな。
「どっちかっていうとコーヒーかなぁ」
「コーヒーですか……」
なんだ? 紅茶って答えた方が良かったのか?
「でもわざわざ店で飲むなら紅茶も良いね」
「紅茶ですか……」
なんだなんだ? 紅茶の方が良いってわけでもないのか?
桃子はバッグから四つ折にした紙を取り出した。その紙を広げ僕に見せてくる。
「ここのお店もオススメなんですよねー!」
外には通信機器を持ち出すことが禁止されているので、事前に調べてメモしてきたのだろう。そこには店名・住所などがいくつか書き込まれていた。さらに特徴、オススメメニュー、イラストなども書き込まれている。桃子も相当暇を持て余しているのだろうか。
「前田さん! 何処が良いと思いますか?」
文字も細かく全部読んでいると車酔いしそうだ。二つにまで絞ったと言っていたのは何だったのか……
二人で悩みながら時間は過ぎていき、結局店は決まらないまま車は指定された駅に着いたのだった。




