第47話
さて、どうするか。
世話を頼まれたが何かした方がいいのだろうか。点滴はまだ十分に中身が有り、あとどのくらいで無くなるのかは分からないがすぐには必要ないだろう。
青野の方を見ると顔を正面に戻して天井を見ている。
赤井さんは寝ているのだろうか?
僕はベッドを降り、様子を見るために赤井のベッドの脇にそっと忍び寄る。
赤井は目を閉じているが一応小さな声で話しかけてみる。
「赤井さん、大丈夫ですか?」
かなり小さな声だったが赤井の目がスーっと開き、視線だけこちらに向けてゆっくり頷いた。
良かった。意識はしっかりしているみたいだ。
普段エネルギーに溢れる人がこのような状態でベッドに寝かされているのは見ていて辛い。
頷く赤井を見て涙ぐみそうになってしまった。
「お昼はお疲れ様でした。今日は近くに居てるんで何かあったら言ってくださいね」
赤井は頷く。そしてもぞもぞと右腕が動き出した。ゆっくりゆっくり動き、ようやく布団から出てきた右手が僕の方に近づく。僕は出てきたその右手を握り締めた。
「どうしました? 何かありますか?」
赤井は頷く。何だろう?
「何か飲みますか?」
赤井はゆっくり首を左右に振る。
「うー……あ……」
か細い声で伝えようとするが何が言いたいか分からない。
どうしよう? 考えながら辺りを見回すとゴチャゴチャと設置された機器の脇にテーブルがあり、その上にある道具が置かれていた。
それを手に取り、赤井の視界に入る位置に持ち上げる。
「これですか?」
赤井は頷く。
良かった! 正解は尿瓶だったようだ!
「自分で出来ますか?」
赤井は頷く。
布団を捲り、出ていた右手を体の脇に戻して尿瓶を側に置く。震える赤井の右手が尿瓶を探る。
頑張れ! 心からの声援を送る。
赤井の指が取っ手に触れるが上手く力が入らない。
頑張れ頑張れ!! 人の事を心から素直に応援したのなんていつ以来だろう。
だが赤井は尿瓶を握る事すらできない。我慢強く待ってみるが時間だけが過ぎていく。
まぁ分かってはいた……
無理だというのは分かってはいたが、僕の心の準備をするのに時間が掛かってしまった。
村井の言う世話の意味を完全に理解する。
僕も大人だ。命がけで戦ってきた男に対して嫌そうな顔を見せるわけにはいかない。
グッと気持ちを押し殺す。軽く笑顔さえ浮かべてみせる。
「赤井さん、僕がやるんでちょっと待ってくださいね」
赤井の手をずらし尿瓶を奪い取る。見てもどういう向きで使うのが正解かよく分からないが、とりあえず赤井の患者衣を開け下着をずらす。尿瓶を装着する。
「赤井さん、どうぞ!」
「じゃあ捨ててきます」
何とか無事に終え、痛むわき腹に顔を歪めながらトイレへ向かう。
中身を捨て軽く濯いでから部屋に帰り、元の位置に尿瓶を戻す。
「他に何かありますか?」
赤井は首を横に振る。
「また何かあったら声出してくださいね」
赤井は頷き、人工呼吸器のマスクの中で「ありがとう」と口を動かす。
また涙ぐみそうになってしまった。先程嫌だなーと思ってしまった自分が情けない!
赤井の元を離れ、次は青野のベッドへ向かう。
「青野さん、大丈夫ですか?」
青野は閉じていた目を開き、視線だけを動かし僕を視界に収める
「お昼はお疲れ様でした。青野さんも何かあったら言ってくださいね」
青野は頷き、もぞもぞと右腕を動かして布団から出す。その手を僕は握り締めた。
「うー……あ……」
こちらも何を言いたいのか分からない。
いや、本当は分かっている……
「何か飲みますか?」
青野は首を振る。
違うのは分かっていた。少し心の準備をするために時間を稼いだだけだ。
青野の側にもそれは置いてある。
「これですか?」
青野は頷く。
二回目は一回目と違いもたもたしない。布団を剥ぎ取り下着をずらす。
「青野さん、どうぞ!」
「じゃあ捨ててきます」
何とか無事に終え、痛むわき腹に顔を歪めながらトイレへ向かう。
今日は何て長い一日なのだろう。
僕の濃密な一日はまだ終わらない……




