第43話
今日は大変な一日だった。
早く風呂に入りたい。いや、先にご飯の方がいいか。肉があるって言ってたからガッツリ食べよう。
早く帰りたい……
纏っていた煙が晴れて元の姿が現れる。
「ううっ……」
油断していた! 呑気にご飯の事なんか考えてないで心構えしておくんだった!
呼吸するたびに背中と脇腹に激痛が走る。あまりの痛みに蹲ってしまう。
「ハァ……ハァ……」
駄目だ。蹲っていても痛みに変わりはない。いつまでもここに居るわけにもいかないと思い、気合を入れて立ち上がる。
階段を下りるが一段降りるたびに衝撃が背中まで響くので、仕方なく手すりを持ちながらソロソロと降りる。
あと少しで階段が終わりという所でナイフの事を思い出した。
危なかった。苦痛に顔を歪めながらナイフを持ち歩いているのがバレたら、何か犯罪を犯した後と思われても仕方がないだろう。
ナイフホルダーから取り外し服の下へ隠す。できるだけ判り難いようにするためにお腹を凹ますが、これによって痛みがさらに増してしまう。
これをあと一時間も我慢できるだろうか……
不安に思いながらも止まっていてもどうにもならないので、とりあえず駅に向かう。
表の通りでは人だかりができていた。警官達が建物に近づかないように仕切っているので、丁度マンションの前辺りに人だかりがくるようになっている。駅には遠回りになるが、仕方なく煙の上がる建物とは反対の方向に向かって人だかりを避けながら歩いた。
途中に消防車や救急車とすれ違った。僕もナイフなんて持っていなければ救急車で病院まで運んでほしいところなのに。だがこんな凶悪なナイフをそこら辺に捨てるのも、さすがに気が引ける。
本当に忌々しいナイフだ……
何とか駅までたどり着いた。
次の電車は14時過ぎにあるのでそれに乗ろう。ホームにあった自販機の前で立ち止まる。ポケットの中を探り硬貨を取り出すと、先程切符を買ったのでお金が330円しかない……
命がけで戦いボロボロになった体に哀愁が漂ってしまう。
水を買った。
150円分、さらに哀愁が深くなる。
ベンチに座って水を一口含む。喉を通った水が体に染み渡っていく。
美味しい。だか飲み込む度に体を激痛が襲う。三口飲んだところで痛みに耐え切れず飲むのを諦めた。
『まもなく3番線に電車が参ります。白線の内側でお待ちください』
アナウンスを聞き、ヨロヨロと立ち上がって電車に乗り込む。
先程、ふたをしたペットボトルをお腹の前で弄る事によりお腹のナイフを隠す事ができるという事に気付いたので、遠慮なく座る事にする。
流れていく外の景色を眺める。
今朝、久々の外出に少し心を躍らせていた時が懐かしい。こんなに今与えられている質素な部屋が恋しくなるなんて……
最初に車から降ろされた駅に帰ってきた。駅から出てロータリーにあった時計で現在の時刻を確認すると、約束の時間まで30分以上はある。
あまりウロウロする元気は無いので何処か待つのに都合の良さそうな場所があればいいが。キョロキョロとしていると、窓にスモークの入ったワゴン車が目に入った。側に白衣を着た男性が立っている。
微妙に目立っているが大丈夫なのだろうか?
疑問に思いながらも、とりあえず近づいていく。
あっ、村井さんがこっちに気付いた。
「前田くーーん!!」
大声を上げながら走ってこちらに近づいてくる。
凄く目立っているが大丈夫なのだろうか?
「いったい何があったの!?」
随分興奮しているようで声が大きい。お腹のナイフが気になる……
「とりあえず車に乗りませんか?」
「えっ? うん、そうだね。行こうか」
村井は先に行きかけたが僕がノロノロ歩くのに気付いて、隣に立ち背中に手を回してグイグイ押してくる。
「痛い、痛い!」
「何? 何処か痛めてるの?」
そう言いながらも押す手を止めようとしない。
「背中痛いんです」
「そうなの? でも、もう少し急ごう!」
結局押す手を止めない村井にイラッとしながらも促され、僕は車に乗り込んだ。