第36話
足元に男が転がっている。これで逃がさなければいけない人間が2人になってしまった……
顔を上げる。
あれ?
視界の端にこちらの様子を窺っている30歳くらいのサラリーマンの男性が目に入った。顔をそちらに向けないように仮面の中から視線を動かし見つめる。
この男は正義感が強そうだ!
僕はその男性に背を向けお婆さん達から一歩二歩と離れる。
するとその男性はゆっくりとこちらの方に動き出す気配が伝わる。
「そうだ! 来い来い!(イーッ!)」
後ろの動きが止まってしまった。叫んだから警戒してしまったのかもしれない……
さらに後ろの人達から離れる。すると男性は二人の下に駆け寄った。小声で話しかけている。
「お婆さん大丈夫ですか? 早く逃げましょう!」
転がっている男にも話しかける。
「君、大丈夫か! しっかりしろ! 立てるか?」
僕は少し離れた場所で背中を見せながら、そちらの方に仲間の連中が行かないか見張る。連中は皆、奥の方に行っているようでこちらの方に来る者はいなかった。
急げ急げ!
どういう様子か我慢できず、チラリと視線を向ける。
お婆さんは何とか立ち上がり杖を突いて歩き出していた。男の方は未だうずくまり、サラリーマンの男性が肩を貸して起こそうとしていた。
「くそっ! あの野郎! 邪魔ばっかりしやがって!(イイーッ!)」
思わず声を上げてしまう。顔を正面に戻した後だったので様子を窺っていたのはバレてはいないだろう。
イーイーと叫びまくっている僕の後ろでようやく二人が立ち上がった。
「よしっ! 頑張れ! 行くぞ!」
男性が励ましながら一緒に歩いていき途中でお婆さんに合流し、空いた方の腕でお婆さんを支え三人一緒になって出口の方に向かって行った。
ふうっ。とりあえず一般人が全員脱出できた事に安心して一息つく。
「ドウダァ。金庫ハ見ツカッタカ?」
低く響く声の主が入り口の方からズシンズシンと足音をさせて歩いてくる。その声に反応して、窓口の奥に入っていた仲間がイイーッと声を上げ、ここに金庫があるという事を知らせる。
「オオッ、ソッチカ!」
隊長は窓口の方へ向かっていく。
ダンッ!
軽い身のこなしであっさり窓口を飛び越える。
ガシャーーン!!
着地地点にあったデスクが隊長の重みに耐えられずにグシャグシャになってしまった。そのまま進むのに邪魔になっているデスクや椅子なども太い腕でなぎ払いながら進んでいく。
「すげーな(イー)」
改めて見た隊長の迫力に感心する。何気に右手がナイフの柄を掴んで、その感触を確認していた。
「ダメだなこりゃ(イー)」
とてもこんなナイフで抵抗する気にはなれない。本当に殺されてしまう。
どうするか? もうすぐ警察が到着する頃だ。隊長の近くにいては危ないだろう。警察の皆には申し訳ないが援護できそうに無い。あの隊長の姿を見ては、一般人を逃がした事で役割は十分にしたと自分を納得させる事しかできなかった……
僕は窓口とは離れたATMの方へ行き、様子を窺う事にした。こちらにも何人か仲間が居てATMを壊そうと暴れているので、そこに混ざる。
さてどうなるか?
遠くからサイレンが徐々に近づいてくる。店の前が騒がしさを増していく。ようやく来た!
周りに居た連中も気付いたようで、手を止め入り口の方に視線を送っている。
一瞬の静けさの後、隊長が入ってくるときに壊されて開きっぱなしになっていた自動ドアから店内に入ってくる影がある。
「そこまでだ! おまえらは強盗罪で逮捕する! 抵抗する奴は容赦しない!」
「イイーッ!」
「イーッ!」
この声を聞き、僕の側に居た仲間達は殺気立ち口々に叫び声を上げていた。