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戦闘員A  作者: 甲斐祐樹
正義と悪の戦い
36/73

第35話

 左手が疼く。

 店の前には何人か集まっており、近づくほどに疼きが大きくなる。どうやら今日こちらで事件が起こる事は間違いなさそうだ。

 僕が近づいていっても誰もこちらを見ず立ち竦んでいる。明らかに普通ではない。僕も数ヶ月前はこれが普通だと思い違和感を感じていなかったのかと考えると背筋が寒くなる。

 とりあえず不自然にならないように同じように立っていよう。ここに居る人達が既に不自然なので、周りと同じように不自然にすると言った方が正しいのか?


 周りには15人ほど集まった。そろそろか……

「はははは……」

 微かな笑い声が聞こえる中、煙が僕たちを包み込んだ。


 通りを挟んで斜め向かいに建つビル。その一室からこちらの様子を窺う影があった。

 手に持つ携帯で連絡を取る。

「こちらに来ました! ……はい、大丈夫です。被験者Aも連中の中にいます。……はい、分かりました。このまま監視を続けます」

 携帯を切り、再び視線を外に戻した。


 熱を感じる。

 一人じゃない、最近感じる事の無かった周りからの同じような熱を感じる。

 周りも自分と同じなんだという一体感、安心感を感じる事が出来る。

「ガハハハ……」

 笑い声が低く威圧感のあるものへ変わっていく。だがその声すらも頼もしく感じてしまう自分がいる。

 自然とその者を囲むように立ち位置が変わっていく。僕も自然とその輪の中へ加わっていた……


 煙が晴れる。

 中心に居る隊長は自分の体を確かめるように手を握ったり開いたりする。数度繰り返し、納得いったのか店の方を向きながら周りに声を掛ける。

「ヨシ! 行クゾ!」

「イーッ!」

「イイーッ!」

 周りに居る仲間たちは口々に叫び声を上げ、中に突入していった。


 まだ警察が来るまでは時間がある。今のうちに店内の様子を把握しておこう。

 周りに遅れないよう僕も店内に飛び込んだ。


「キャーー!!」

 逃げ惑う客達には構わず各々が奥の方へと入っていく。強盗団の知名度も相当上がっているのか、客も姿を見た瞬間に理解して我先に逃げていく。僕らが突入したメインの出入り口の他に左手にATMに繋がる出入り口があるようで、皆そちらの方に駈けていくのが見えた。


「キャーー!!」

 うるさいなあ!!

 声のする方を見るとおばさんがホールのソファーに座ったまま叫び続けている。1つ挟んだ隣には80歳くらいのお婆さんが震えている。杖を持っているので足が悪くて逃げられないのかもしれない。

 この後、警察が突入してくる事を考えると一般人は早くここから避難させたい。

 僕は出口方向を空け、逆サイドからおばさんに迫る。

「早くお婆さんを連れて逃げろ!(イイーッ!)」

「あ……あ……いやーー!!」

 おばさんは手足をもつれさせながら何とか立ち上がり逃げていってしまった。

「くそっ! あいつ、一人で逃げやがった!(イイーッ!)」

 お婆さんは目を瞑り両手を擦り合わせている。まったく逃げ出そうという気配は無い。

 僕がお婆さんを担いでいくというのは怪しまれるだろう。バレたらどうなるか分かったものではない。そんな勇気は僕にはない……


 もどかしい気持ちのまま辺りを見る。

 すると後ろの方の席に手と足を組み、悠然と座る二十歳くらいの男の姿が目に入った。

 何だ? 何であの男はあんなに余裕がある感じで座っているんだ?

 思わずその男の事を凝視してしまう。

「あぁ? 何だテメェ? 何見てんだよ!」

 何だ何だ? 立ち上がりこちらへ向かってくる。ものすごい至近距離で睨み合う形になってしまった。

「やんのかテメェ!」

 こいつの安っぽい喧嘩の売り文句にカチンと来る。ダメだ、この状態の時は感情が高まりやすくて直ぐにイライラしてしまう。

 こいつは今の状況を分かってないのだろうか?

「さっさとそこのお婆さん連れて逃げろよ!(イイーッ!)」

 手を振り払うようにその男をお婆さんの方へ突き飛ばした。男はヨロヨロと後ろへ数歩下がり尻餅をついてしまう。

「ってぇなぁ、この野郎!」

 立ち上がった男は拳を振り上げる。一歩後ろへ下がり男が放つスイングパンチを回避した。

 さらに男は一歩踏み込みパンチを放つ。今度は僕も一歩踏み込み、男のパンチを躱しつつボディーへ思い切りパンチを突き刺す。

「おらぁ!(イーッ)」

 拳は綺麗に突き刺さり男は悶絶してその場に倒れる。赤井との筋トレの合間にパンチの打ち方を教わっていたのが役に立った。ありがとう赤井さん!!


 ……いけない。一瞬男を倒した事に喜んでしまったが、よくよく考えると早く一般人を外へ逃がそうとしていたんだった。倒れた男の口の端からは泡が出てきている。お婆さんは相変わらず目を閉じ、両手をスリスリ擦り合わせていた。




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