第24話
煙に包まれ僕は姿を変える。
村井が声を掛ける。
「じゃあ始めようか」
青野は体育館の中央で、木刀を帯刀した姿勢のまま僕が来るのを待っている。
近くの研究員に渡された緩衝材付きの棒をブンブンと素振りしながら、体育館の中央へ歩いていく。
棒はプラスチックバットのような重さに感じ、片手で軽々と振り回せる。
片手で棒を持ったまま歩いていき、ある程度の距離で一旦止まり見つめ合う。
青野は帯刀していた木刀を抜き中段に構える。オーソドックスな剣道の構えだ。
僕は高校のときに授業で少しやった程度なので、同じように構えた方がいいのか迷ったが、この軽さの棒をわざわざ両手で構えるのもおかしいので、右手で持ち体の前で構えゆっくりと近づいていく。
青野もすり足で近づいてくる。
切っ先があと少しで触れ合うというところで、僕は棒を振りかぶり上段に構える。
おそらく青野は剣道経験者なので相手の間合いで戦うのは不味いだろう。この振りかぶった状態から思い切り叩きつけてやる。
僕は一歩踏み込み、右からの袈裟斬りで襲い掛かる。
ブンッ!
青野はあっさりと僕の右側へ避け、棒が空を切る。
避けられた僕は間合いを取ろうと下がろうとしたところへ、青野が木刀を真っ直ぐ顔面へ突き出してきた。
必死に顔を傾け躱そうとする。こめかみを掠り、木刀が後ろへ突き抜けた。
急いでバックステップをし、間合いを取る。
「あぶねー!(イイー!)」
青野はこのスーツの防御力をどれくらいに思っているのだろう。
全力で木刀振るわれたら骨折ぐらいするんじゃないだろうか……
掠られた所を左手で触りながら青野を見ると、中段の構えに戻し無表情でこちらを真っ直ぐに捕らえている。
どうせ僕の棒は叩いても相手を倒せないんだし、防御に専念した方がいいのかもしれない。
攻撃速度の速い突きに警戒しつつ、左手も前へ持って行き防御に使う。
相手の動きに集中する。ジリジリと間合いが詰まる。
来たっ!
青野は僕の喉に向かって突きを繰り出す。
パシッ!
弾いてやろうと出した左手は、意識せず木刀を鷲掴みにしていた。
一瞬この後どうしたらいいのか分からなくなり相手の顔を見る。
青野も一瞬驚いた顔をしたが、すぐに掴まれた木刀から僕の手を外すために引っ張る。
僕もすぐには手を離さず木刀は膠着状態になり、空いた右手の棒でポコッと青野の頭を一回叩いた後、木刀を開放した。
青野に一撃入れた事で、僕はマスクの中でニヤニヤしていた。
さっきのやり取りで分かったがこのスーツを着ているときは、相当反射神経も良くなっているらしい。
怪我せず今日を乗り切るには、防御に専念すれば大丈夫かもしれない。
さらに隙があればポコポコと殴ってやろう。
それからは基本待ちの姿勢で、相手の攻撃を避け、弾き、たまに掴んで反撃も加えてやった。
マスクの中では相変わらずニヤニヤしながら、青野を翻弄する。
だが青野は淡々と表情を変えることなく、色々な攻撃方法を試していく。
お互い肩で息をして、睨み合う。
青野は不意に全身の力を抜き、村井へ話しかけた。
「大体分かりました。大丈夫です」
「そう? じゃあ今日はこれくらいで終わりにしようか」
青野は両手で持っていた木刀を納めこちらに一礼する。
「ありがとうございました」
そのまま背を向け村井の方へ歩いていってしまった。
僕は青野を翻弄して調子に乗っていたのに、あんなに淡々とした様子で去っていかれると、やるせない気持ちになってしまう……
仕方なく僕も同じように棒を納め、青野の背中に一礼した。
「イー」




