第22話
「おい、大丈夫だったか?」
いきなり力強く背中を叩かれ、前へつんのめった僕は干したばかりの洗濯物へ顔を突っ込む。
振り返ると赤井が立っていた。
「あ、おはようございます。顔見たら分かると思いますけど……」
軽い嫌味を言いつつジト目で赤井を見る。目蓋が腫れているのでジト目をするとほとんど目が塞がってしまった。
「やっぱりダメージはあるんだな。でもあれだけ殴って全く怯まないって言うのも怖いな。間違って殺してしまいかねんぞ」
赤井は真顔で、僕の腫れ上がった顔を見ながらつぶやく。
「いや、殺してって……」
その赤井の腕を見ると凄い痣になっていた。
「赤井さん、腕が」
「ああ、お前のパンチをガードしたらこんなんになったよ。おかげで何日か腕の筋トレできなくなったんだぞ」
「痛そうですね」
僕は腕を動かし、痛みに顔をしかめる。
「僕も肩から腕を痛めちゃったんですよね」
「それはスーツの力に耐えられなかったからか? お前、下の名前何ていうんだ?」
「えっ? 敦ですけど」
「よし敦! 今日からお前もトレーニングやりに来い。俺が見てやるから」
「トレーニングですか?」
赤井は僕の肩に右手を置き、突然誘ってきた。
手の重みで肩が痛い……
「後悔したくなかったらやっといた方がいいぞ」
「後悔って……何か危ないことやらされるんですか?」
「どうだろうな? とにかくやりに来い。あそこにあるトレーニングルーム分かるか?」
赤井は振り返り建物の上の方を見ながら聞いてくる。あそこは僕が全身肉離れになった所だ。
「分かります」
「俺は夕方5時頃にはあそこにいるから、またそれくらいの時間にな」
「はい」
僕は頷く。
バンバンと肩を叩いた後、赤井は本館の方へ歩いていった。肩が痛い……
昼まで掃除をして回り、そろそろしっかりしたものが食べたくなったので昼はサバ定食を食べる事にした。
午後も掃除と食堂の手伝いに時間を使い、午後5時にトレーニングルームへやってきた。
扉を開け、赤井の姿を探す。
室内にはウエイト用のマシンが30台くらいあるが使っている人間はほとんどいない。
入り口の側にあるマシンには見慣れた女の子が筋トレをしていた。入ってきた僕と目が合う。
「あれ? 桃子ちゃん筋トレしてるの?」
「一応私も警察官なんで」
話しながらもウエイトをガシャンガシャンと上げていく。
「隊長! 前田さん来ましたよ!」
僕が来る事は聞いていたらしく、赤井を呼んでくれる。
「おう。来たか」
奥から赤井がやってくる。少し前からトレーニングをやっていたのか、汗をかき軽く息も切れている。
筋肉がパンプアップしているのか、さらに体が大きく見える。
「まだ顔の腫れもあるから、これくらいのメニューからやっていこうか。激しい運動すると腫れが酷くなるかもしれないから、ゆっくりやればいいからな」
メニューの書かれた紙を手渡してくる。
紙は手書きで書かれていた。
「あの、なんで僕のトレーニングに付き合ってくれるんですか?」
「ん? まぁ保険のつもりだよ」
「保険?」
話が嫌な方向に向かっていく……
「今、俺は黒いスーツの団体の担当になってるからな。あいつらを逮捕するために、記憶を操られてない敦に協力してもらう事になるかもしれないだろ」
「協力ですか?」
「あいつらと接触してもらう事になるかもしれないし。そうなると複数に囲まれても逃げられるくらいには鍛えておかないとな」
「いやいや、さすがにそんな危ない事は嫌ですよ……」
「ハハハッ! まぁもしもの時の為にトレーニングはやっておいてくれ。この時間も給料出るようにしといてやるから」
さっきから保険とかもしもとか言ってるが、本気で危ない事をやらせるつもりなんじゃないだろうか……
自分の身を守るためにも真面目にやっておいた方がいいかもしれない。
それに給料も出るっていう事だし。
「分かりましたよ。でも危険な事は無いようにしてくださいよ」
笑って歩く赤井に、僕は続いて歩いていく。