プロローグ
2156年・日本。
2000年初頭の不景気・少子高齢化・財政赤字、世界規模では温暖化・食糧危機・戦争……。
すべて大して問題にはならず、今日も平和な日々が続いている。毎日同じ日々が続いている。
ウィーン、ピポピポーン。
いつもの時間、いつもの顔が、いつもの物を持って僕の前にやってくる。
「いらっしゃいませ」
ピッ、ピッ、ピッ。新聞、缶コーヒー、おにぎり。今日は昆布か。
値段を言う前にカウンターへ360円を置き、袋に入れた品物を持って帰っていく。
「ありがとうございました」
はぁ……。あと少し。
バイトの交代まであと15分。レジから反対側の壁に掛かる時計を見上げながら、今日一日のカウントダウンを開始する。
ウィーン、ピポピポーン。
入り口の方を見やると、少し小柄な女性が開いた扉からすぐには入ってこず、一度止まって軽く店内を見回し、店内に客がいないのを確認してからこちらに向かってきた。
「おはようございまーす!」
「おはよー」
朝から元気だなぁ。交代で6時からシフトに入る田中亜紀だ。
「前田さん、来る途中に雪降ってきましたよ!」
朝から声がデカイなぁ……。言われて外を見ると、確かに店から洩れた蛍光灯の光の中をチラチラと舞う雪が見える。
「ホントやね」
「今年降るの初めてですね! 帰る時、傘持って帰った方がいいですよ!」
「大して降ってないから大丈夫ちゃうかな。それより時間ギリギリやで」
「あ、やばっ」
奥のスタッフルームへ向かう彼女の後ろ姿を見て、また壁に掛かる時計に目を戻す。
6時まではあと3分。今日も一日が始まり、僕の一日はあと3分で終わる……。
「お疲れ様でーす」
着替え終わり外に出ても雪は止んでおらず、ヒラヒラと舞っていた。
とぼとぼと歩く。
寝て、起きて、バイトして、毎日同じ事の繰り返し……。
はぁ、雪かぁ……。
暫くして立ち止まり空を見上げる。まだ朝日は昇らず、空は暗い。
静かな街中。いつもと同じ帰り道。街頭に照らされた今年最初の雪だけが動き続ける。
空は黒、降る雪は白、目の前の白い布。
白い……布?。
上からフワリと舞った白い布が眼前を下へ通り過ぎていく。一瞬だけ鎖骨に当たったその布は、強烈な敵意を持って僕の首へ絡み付く。
「ぐぇ!」
何が起こったのか分からぬまま、必死に抵抗しようと首を掻き毟る。
だが、抵抗したのも一瞬で僕の意識は街中の闇に溶けていった……。
闇の色は黒だった……。




