32話 良かったのか?
佐代子は青い顔をしたままベンチに座っている。オレは久しぶりの娯楽を思い返している。そしてミカは何事も無かったかのように、催し物のパンフレットを見ている。我ら世界人口調整委員会の仕事は完了しましたってか。5つの魂は送り届けましたと。それは良いんだが、あんまり暑いからつい、またしても杖を掲げて宣言するかのように【クールダウン】おお、心地よい風、うんうん、やっぱり夏はこれだな。
「ああ、気持ち良いわ、これ」
「ううう・・きついわ・・あれは」
「生まれた赤子には備わってないもので、親からの洗脳で植え付けられたものだ。そして世界変われば常識も変わる。環境を変えるならその常識も変えないとな」
「うん・・そう思って、ちゃんと・・見たんだけど・・ううっ」
「お前、有利なのに活用しろよな、ミカみたいに」
「あは、バレた?」
「どんなロールで殺ってんだ」
「そこはもう、快楽系のヤバい奴よ」
「もしかして、くっくっくっ、って笑う奴か」
「うげ・・何でよ」
「女版の前島さんとはな」
「あれが一番楽なのよ」
「そっか、成り切りって手があったのよね」
気付いたようだから次からは何とかなりそうだな。殺さないと殺される世界を望むなら、殺せるようにならないと殺されるだけだ。それが嫌なら異世界なんてスッパリと忘れて、こっちで平和に暮らせばいい。この広い会場に集まった面々のうち、殺しの経験がある者などどれだけ居る?・・あちらじゃこの数が居たとしても、少なくとも半数は経験あるぞ。そしてこちら程に殺しが忌避されてない。盗賊を見逃して揶揄される事があっても、殺して忌避される者は居ないのだ。殺さなければ殺される事を、誰もが知っているからに他ならない。別に相手が人間に限定する必要もなく、人間を害する魔物に対し、情けをかけて見逃せば、他の人間達に害が出る。だからこそ魔物は殺される運命を背負っているのだが、こちらの人間が向こうに行けば、魔物擁護団体とか作りかねない。つまりそれだけ意識の違いがある訳で、順応出来ないのなら早々に破綻してしまうだろう。団体員が魔物に襲われて殺されたり、住民に奇異な目で見られたり、権力者には反逆と言われたり、まあロクな事にはなるまい。つまりそれだけ生きる事に余裕が無いとも言えるのだが、余裕があった世界から行った者は、その意識を変えない限り周囲から浮く事になるだろう。奴隷反対を叫んで自ら反逆者となって殺されたり・・
現行の常識を変えるのには努力が必要だ。それは他人の基盤の上で騒いで変わるものでは決して無い。同調と見せて、周囲に溶け込み、その実牙を研ぎ、計画を練ってひたすら準備をする。そして自らを高め、それを実行出来る環境を掴む。そのうえでようやく理想の政策が行えるのであり、単純に騒いで変わるなど、どんな御伽噺だ。今はまだ領地も無い身だが、将来的な構想は練りつつある。それは実現に至るまで沈めておくタイプのものであり、安易に漏らして良いものでは決して無い。それでもその下地は既に撒いてある。それは心の奥底に静かに沈み、事が成すその時まで眠ったままになるだろう。しかし、将来的にそうなった時、あいつはそういう者だったなと、まるで最初からそれを知っていたかのように納得され事になるはずだ。今はまだ例外、特殊、特別と言った枠組みの中にしか存在しないが、それが機会が無かっただけとは誰も考えない。別の存在と思っている彼らが実は、同じなのだと認められないのだ。それこそがあの世界の常識であり、いつか変えてやろうと企むオレの計画でもあるのだ。
それを実現させるには、彼らを愛する者達が必要だ。それこそ盲目的に、一方的に愛する存在達。どんなに虐げられた者でも、献身的な愛を受けて果たして無視出来るだろうが。罵倒しても軽蔑してもただ単に自らを慈しんでくる存在。そんな者達に囲まれての憎しみを維持出来るだろうか。そしてそんな環境に対し、偽善だと叫んで共感が得られると思うだろうか。思うのならそいつのほうが浮いてしまうだろう。それ程に彼らを愛する存在は盲目的なのであり、見返りを求めぬ無償の愛でもあるのだ。まあ、見返りを求めない訳でもあるまいが、しばらくの間、もふもふさせてやるだけで忠実な下僕になるかも知れないよな・・頑張れ、ケモナー、オレの計画の為に・・
昼になり、大多数が食堂に詰め掛ける頃、オレ達は人が少なくなった、食堂から離れた位置でのんびりと昼食を採っていた。佐代子も妙に気に入ったマイタンだが、こちらに来る前にも大量に仕入れた為、いくら食っても減った気のしない、倉庫内で一番多いアイテムになっている。あの膨大な量の薬草の数を数倍、いや数十倍しているかも知れないぐらいに。軽い食事と食後のマイタンですっかり元気になった佐代子。今はまだ納得出来なくても、慣れていけば何とかなるものだ。もっとも、ミカが早々に慣れたのは、盗賊に拉致されて辛い監禁生活を送ったせいもあるだろう。身をもって盗賊の事を知ったが為に、一般民間人としては異例の早さで殺しに慣れたのだろう。そうでなければ花も恥らう16の乙女が、どうして殺して何事も無かったのように平然としていられたか。当時、淡々と殺したオレに対し、多少の怯えはあったものの、拒絶はついぞなかった。そんなの普通じゃあり得ない。つまり普通じゃ無い環境に追い込まれていたという事だ。そんな経験の無い佐代子には厳しいかも知れないが、何とか乗り切って欲しいと思っている。
「何ぼんやりしてんのよ」
「ああ、暑いなと思ってな」
「頭が沸騰したのかしら」
【エリアクール】
「はぁぁ、これも良いわね。アンタ、便利な魔法ばかり作ってくれるからありがたいわ」
「クリエイトは進まないのか」
「普通は無理みたい。研究して研究してそうしてやっと開発に至るみたいでね、イメージのままにとかどんな妄想だって言われたわ」
「チーターだしな、クククッ」
「ホントそうよね。けど、それだけじゃ無いのが何だけど。アンタ、白鳥だもんね」
「そんなに白い顔か」
「違うわよ。誰にも見せないじゃない。優雅に進むその足の動きをさ。表向きの姿だけを見て、それをチートと言うのは簡単よ。けどその実、アンタはきっとかなり努力してると思うのよね」
「そうでもないと思うがなぁ。ふぁぁぁぁ、暑さが引いたら眠くなってきたな」
「ほいほい」
「何だ、太ももをペシペシ叩いたりして」
「膝枕、カモン」
「おお、男の夢だな。では、遠慮無く」
「どうにも夫婦って言うよりは、仲の良い姉弟って感じなのよね」
「あははっ」
この【エリアクール】はそこら中一帯の大気から水分を除去して、そして周囲の環境を乾冷に留める、言わばクールドライの状態を作り出す魔法なのだ。従来の【クールダウン】は身体の周囲だけの乾冷だったが為に、僅か1時間で効果を失っていた。だがこれなら強風さえ吹かなければ数時間、いやもっと保つかも知れない。完全に無風の状態で24時間耐える事を目標に開発した、長時間型の冷房魔法と言っていい。だがこれはまだ小規模に過ぎない。オールラウンドタイプの強化魔法である【バースト】をプラスすれば、この数倍、いやもっと広範囲での効果が期待出来る・・そういう風に拵えてある。どれぐらい未来になるかは知らないが、我が領地全ての環境において、酷暑の対策や寒冷の対策が魔法でやれたら・・それを最終目的にしている。そしてそれを使えば、二毛作や二期作すらも容易に可能になるかも知れない。そうして生産量を上げて税金を下げると・・国に収める量さえ確保出来れば、後は領地の余力としていくらかあればいい。後は領民の儲けにしてしかるべき物であり、その余裕が次の年の収穫へと繋がっていく。その支援に使えそうな魔法の開発、これもオレの今の楽しみでもある。
何も工房でクリエイトばかりを楽しんでいる訳でもない。そういう未来の事も考えて、あると便利な様々な事を、暇なうちに考えておこうと思っているだけなのだ。もちろんやるのはオレ以外。オレは昼行灯のように、日がな一日工房で何かしら作っている暇人で構わない。縁の下などと驕るつもりは毛頭無い。オレは基本的に表が嫌いなのだ。物陰で何かしらやるのは好きでも、表に立って人を指揮するとか、勘弁してくれと言いたくなる。だからこそ向いている者達を集め、彼らに委ねてしまうのだ。君臨すれども統治せず・・これはオレの理想だ。何かの時には死んでやるから、心配せずに好きに動け・・こういうのって良いよな。だからオレは暇人で構わないのさ。ぼんやりと考えていたらどうやら眠っていたらしい。ミカの太ももは意外と心地良かったという事だろう。起き上がってつんつんてやる・・
「うひゃぁぁ、止めてよね」
「オレの頭で痺れたか、どんだけ寝ていた」
「うーん、さあ、どれぐらいかなぁ」
「佐代子はどうした」
「色々見てくるって」
「良かったのか?」
「良いのよ、アタシはこういう時間も好きだから」
「よし、またあれやるぞ。ほら、立って、人の多い場所でさ」
「あはは、気に入ったみたいね」
「周囲が引く程に、熱烈なのをかましてやろうぜ」
「うんうん」
ホント、過ぎた女だよな・・
こっそり惚気ている彼でした。




