1話 異世界案内人
改訂版スタートです。
とにかく、その穴が見えるのはオレだけのようなので、これを商売にしても構わんと思った。行き先は知らないが、投棄したチンピラは行方不明になったし、何かに通じているのだろう。かくして異世界への案内人として、異世界ツアーを企画しブログに掲載し、オレの商売は始まったのである。
これを始めた数年前はまだ、半信半疑どころかインチキ、カタリ、その他色々書かれたものだ。それが1人2人と送るようになって後、噂が噂を呼んで真剣に相談する人が増えてきた。そしてある者は生命保険に入り、受取人との契約までして穴の中に消えた者すらいる。さすがにあの時は疑惑を呼んだが、本人が見つからない以上、疑惑は疑惑でしかない。だがその事が逆に、或いは真実ではという想いを強くした者達がいる。ファンタジーに染まった者達だ。彼らは大なり小なり、異世界への憧れを持っている。それは単なる興味から、命を賭した想いまで様々だ。彼らは異世界に行く為なら、全てを切り捨てても良いとさえ考えているらしい。そういう周りの迷惑を顧みず、何が何でも行きたいと熱望する者こそ、オレの商売相手となるのだ。集合場所に集まった頃はまだ、半信半疑の者も多い。そして移動しながらの説明でもそれは同じだ。しかし・・
当座の生活物資などを詰めたリュックを手渡し、意気揚々と穴の中に消えたその時、今までの空気は一変し、熱狂の渦に巻き込まれる。もうそうなると一種の信仰のようなものかも知れない。なので、こんな怪しい商売をする、オレの事を無条件に信じてしまうのだ。そしてそういう熱狂者が次のツアーの餌となる。そうしてツアーは途切れる事なく続いていくのだ。
それがまだ少年少女ならばまだ判らんでも無いが、いい年した大人が熱望するその気持ちは理解する事が出来ない。家族や親類、友人など全てを振り切ってまで行きたいとか、オレには理解が及ばない。それなのに異世界に目が眩んでいる者達は、残していく家族や親戚の事などを簡単に切り捨てる。そして未だ見ぬ新世界を信じて、穴の中に消えてしまうのだ。
今回のツアーもそうした流れのままに進行し、希望に満ちた者が穴の中に消え、周囲は熱狂の渦に包まれる。もう何回、いや何十回と見てきた光景だが、つくづく物好きだとしか思えない。確かに始めたばかりの頃は、見たのか、行って来たのかという質問や冷やかしが多かった。だがそれは見てのお楽しみ。ここで言えば楽しさ半減。推理小説の犯人を知りたいのか?って感じに誤魔化したものだ。
このツアーの決まりは簡単だ。次に送る者は移送費用を多く出した者が優先って事だけだ。なので今、私はこれぐらい出せる、ボクはこれぐらい出せると、オレの前で話し合いが始まっている。確かに信仰だな、こうなると。それは異世界教の如く、お布施の如くオレに貢ごうとしてくるようだ。そうして最大額の者が決まり、次の送りはそいつに決まる。そうなるとその次は誰かと、またしても金の話が止まらない。ラストの1人は次の餌なので、それまでは単独送致をしてやればいい。さて、煮詰まってきたようだな。周囲は木の葉の舞い散る、寒々とした山の中腹。なのにこの界隈だけは熱気に包まれている。
「私が次に決まりました」
「その次は俺だ、頼むぜ」
「その次はアタシ、お金は集めるよ」
「何とかギリギリその次になりました、お願いしますね」
「お金が無いから私は最後なんだけど、後で相談が・・」
「了解。ええと、次は酒田さんで、その次は三田さんで、木原さんに、野口さん、相談は三原さん、これで良いですね」
「はい、合ってます」
「都合が付きましたらメールで連絡をします。それまでに準備をしておいてください」
「分かりました」
相談ね。つまりは例のアレだ。ふむ、そうだな。最近、その手の相談も無かったし、ここはひとつ、楽しませてもらおうか。ツアーはそのまま帰宅になり、列車に乗って出発駅で解散になる。相談の三原さんは早速、オレの腕を引っ張って行く・・おいおい、気が早いな。相談場所は駅裏のラブホテルの中。
「これでも初めてなの。だから多めに換算してね」
「ふむ、そうだな。今日と、後何回かだな」
「どれぐらいかな、あんまり多いのは・・」
「その分、リュックの中身を充実させてやろう。金貨も欲しいだろ」
「え、金貨ってあっちの?」
「いや、国によって金貨は違うからな、カナダの金貨を多めに入れといてやる」
「あれって高いのよね」
「回数で賄えるさ」
「うん、じゃあ我慢する」
さて、これで送る日までの女の当ては付いた。通常は1枚の金貨を2枚にして、後は何か小物を足しておいてやるか。それにしても、国によって金貨は違うか、クククッ。そんなの知るかよ。初めてと言うのは本当のようで、かなり馴染ませたのに痛がった。また欲しくなったらメールで連絡するから、その時は楽しませてくれよ。
社会人なら貯金も財産もそれなりにあるだろうが、少年少女に自由になるお金は少ない。普通ならそこで諦めるものなんだろうが、手遅れな子達には諦めるという選択肢は無いらしい。どうやって金を作ったのか分からない奴や、どっかの家宝みたいな物を対価として持って来る奴。果てはまだ学生だと言うのに、娼婦のようにオレを誘う奴。今回初めての女だったがこれに近いか。それにしても、身体を投げ出しても行きたいと思うものなのか?オレには理解が及ばないな。挙句の果てにオレに相談を持ちかける少年に至っては、オレを両刀と勘違いしてんのかと思った。仕方が無いから裏社会の知人のショタな奴に紹介し、彼は1ヶ月の契約を満了させて戻ってきたが、やつれていて目が死んでいた。どうやら相当派手に遊ばれたらしい。表の無垢な奴を染めて遊んでんのか、あいつは。
そんな彼を見て異世界への憧れは、そこまで強いものなのだと改めて思った。だけど、本当はそんな特殊な趣味の者達の事情など無視して、ビジネスライクに送るべきだったかも知れない。金の無い奴を放置してやってれば、少なくとも将来は全く違ったものになっていたろうからだ。もっとも、それを後悔してはいないが。人生の選択を誤ったとしても、それなりに生きて行けば良いだけだ。自分の決定の結果など、後悔してもどうしようもないからだ。バツイチなオレは、離婚の承諾書にサインをした時に、後悔しないと決めたのだ。アレ以来、オレは他人の事がどうでも良いと思うようになったんだ。
恐らく人間を止めてしまったのだろう。
よほどショックだったようで、性格が歪んでしまったみたいです。