18 成人のお祝い
久しぶりの抱き枕なのに、何だか逆に抱き枕にされているような感覚を覚えた。どうやら獣人なのが発覚したのだが、魔法が使える獣人と言う事で、学院の中でも珍しいと評判になっているとか。そのせいか、苛めや冷遇と言った事もなく、ミクリアとクラリエにはクラスメイトでも仲の良い子が出来たらしい。それでもボーイフレンドには至らず、女の子同士で楽しく学んでいるようで何よりだ。フェンリルは魔法戦士の道に進み、身体強化魔法や魔法剣の習熟に余念がないとか。武器の良いのが中々無くてと言われ、手慰みに造ったミスリルの剣を渡しておいた。凄く喜んでいたけど、全然本気じゃない剣なので、そのうち本気の1本を造ろうと思っている。ミカとは久しぶりにたっぷりと・・まあ、それは言わぬが花と言う事で、ミカも喜んでいたので良しとしよう。
どうやらミカのスキモノは、政略結婚からのストレスだったらしく、今はそこまでがっついている事も無いとか。研究に熱中する事で発散になるらしく、たまに欲しいな、ぐらいだそうだ。後2年と言う事で、その研究の成就の目処を付ける事が今の目標となっていて、まだまだ先が見えないので少し焦っているとか。念の為にどんな研究なのかと聞いてみると、勇者召喚についてとか、変な課題をやっていた。少し詳しく聞いてみたのだが、召喚をする為には、天然の水晶を64個並べる必要があるとかで、その必要量は推定で320万にも及ぶらしく、超大型の人工水晶での代替は無理なのかとか、限界の大きさは何処までなのかとか、方向性は違うがオレと似たような事をしていたと知った。
「そこでこれですよ、奥さん」
「え、何、この水晶・・なんか膨大な力を感じるんだけど」
「人工水晶さ」
「嘘でしょ、この大きさでこんな・・どうやったらこんなのが造れたのよ」
「推定容量380万」
「凄い・・これがあれば、召喚出来るって事じゃない」
「召喚はするなよ」
「うん、それは分かってるわ。あれは希望者だけじゃないと、色々厳しいもんね」
「まあいい、入手先秘密で研究用にやるよ」
「え、良いの?こんなのがあれば、研究が一気に進みそうなんだけど」
「構わんさ」
「ありがと、助かるわ」
「まあ、成人のお祝いって事で」
「あはっ、それじゃありがたく」
ミカもそれで気を良くしたのか、ご機嫌なままに再度の・・まあ、なんだ。そんな訳で数日の間滞在して、お互いにのんびりと過ごした。そしてまた激励をして工房の主になったのである。それにしても残り27個あるとか、言わないほうが良さそうだな。それから半年後、いよいよ試作品が完成した。内蔵しているのは例の380万容量の超高純度人工水晶1個。かつてはエンジンの設計にも携わっていたお陰で、何とかなった魔導エンジンだが、完成するまでには何基潰したか分からない。現在、当たりの良い魔導エンジンが5基倉庫に眠っていて、その数はそのうち増やしていこうと思っている。超高純度水晶の数もあれから少し増え、現在は40個になっている。MP38万を越えたので10日で充填が可能となり、年間36個の充填がいけるようになる。このままだとミカ達が卒業の頃には100個ぐらいになっていそうだ。さて、試運転といきますか。
「ローさん、配達の用事は無い?」
「どうしたの?唐突に・・まあ、無い事もないけど」
「何処まで?」
「隣町になるんだけど、乗合馬車が明日なんだよね」
「荷物は?」
「別便で送る事になりそうだよ。乗合馬車にはあんまり載せられないからね」
「ローさんも行くの?」
「ボクが行かないとどうしようもないよ」
「よし、決まりだ。ローさんと荷物を載せて、試運転の開始、決定な」
「え、馬車を造ったのかい?」
「荷物持ってうちの工房にいらっしゃい」
「どれぐらい積めるの?」
「そうだな、オークだと詰め込んで50匹ぐらい」
「それはまた多いね。それならありがたいよ」
「道は分かるよな」
「手綱はボクが取るよ」
「馬いない」
「え、馬無しでどうやって」
「来れば分かるって」
「どうにも心配だけど、ちゃんと動くんだよね」
「そりゃ動かないと飾りだろ」
心配そうに店員に荷物を運ばせてやって来るローさん。工房の奥から転がして来る乗り物に、ますます変な顔になる。どうにも心配そうだな。後部の扉を開けて荷物を運ばせるが、半分も入らないうちに荷物が無くなった。もう無いのかと聞くと、それならと売り物になりそうな物品を入れていく。かなり収まって扉を閉め、ロックをして助手席の扉を開けてローさんを誘う。おっかなびっくりで乗ったローさん。扉を閉めてロックして、運転席に乗り込んでドアをロック。さて、魔導エンジン始動。マナ使用量は火魔法1回でMP2使用する。なので3000回転なら1分間に6000消費するという事になる。アイドリングは500で、最大で4500rpmになる。最大で走ったとして、連続航続時間は7時間といったところか。相当に燃費が悪いが、水晶のお代わりはまだまだある。それよりもっと魔法の消費量を減らさないと、このままでは使い物にならないな。それでも試運転という事でこのままでやろうと思った訳だ。まだまだ課題たっぷりの魔導馬車だけど、それは今後に考えるとして、いざ・・
「さあ、動くよ」
「馬無しで本当に?・・わわわ、これは、凄いね」
「プップー・・さあ、どいたどいた、新型馬車の邪魔だぞー・・プープップー」
「くすくす、これは面白いね」
そこらの民が慌てて避けていく。そして馬無し馬車を奇異な目で見ている。門で身分証明を見せるが、これは何だという目で見ている。新型馬車だとだけ言い、何とか通行が許可された。そして門を抜けると人通りも少なく、いよいよ速度を上げる時が来た。アクセルを踏みたいが、アクセルは右手だ。つまり、バイクのハンドルのようになっている。丸いハンドルはちょっと難易度が高く、今はこれが精一杯なのだ。その代わり、前輪は2本ある。そしてなんとパワステがあるのだ。水に圧力をかける魔法の開発に成功し、水魔法【メルト】の水圧で補助をやっている。そのお陰でブレーキもそこまで重くはない。ギアの調整は無理だったので、ゴーカートのような感じになっている。てか、ギア自体が無いので、まだそんな部品など作れる環境にない以上、簡素化した試作品になった。ひとまず動けば良いと思っての事なので、今後の発展が楽しみな乗り物となっている。構想半年製造2年半、水晶に充填しながらも何とかここまで来た。これからもこれの進化をやりたいと思っているが、他にも構想はいくつも出て来ている。オレは1生こんな事をして過ごしたいと思うようになってきた。魔法と科学のコラボがこんなに楽しいなんてな。向こうじゃ味わえない作る喜びってやつだ。さてさて、道は荒いが思ったより揺れないな。4輪独立懸架の恩恵だけど、これだけはかなり携わったから自信あるかも。だけど、他の部品に弱ったんだよな。何とかなって良かったけど、試行錯誤の日々だったなぁ・・
「どうかな、乗り心地は」
「驚きで一杯だよ。こんなに早く、なのに揺れなくて」
「隣町まで馬車でどれぐらいかな」
「3時間ぐらいかな」
「これだと1時間で着きそうだな」
「うん、かなり速いね」
「お、乗り合いかな。抜くぞー・・プップー」
「あはは、本当に面白い乗り物だね」
「おっと馬さん驚いたか、悪かったな」
「こういう乗り物が多くなると、もっと便利になりそうだね」
「事故も増えるとは思うけどね」
「それは馬車でも同じだよ」
【ウィンドカッター】
「え、それは?」
「ゴブリン粉砕」
「凄いね、乗ったまま退治出来るなんて」
「普通は追い付けないけど、まだ速度上げてないから」
「え、まだ速くなるの?」
「よーし、直線に入った。加速いきまーす」
「わわわ、何と言う速さ」
ナーガの皮のタイヤの調子も良く、ミスリルの車輪にも歪みは出てない。振動は相変わらず最小限で、風魔法を応用したサスペンションも良い仕事をしてくれている。この試運転で全てのテストがやりたかったが、生憎と天気は良い。風魔法を使った撥水ワイパーもどきのテストもやりたかったが、次回のお楽しみになりそうだ。1時間そこそこで隣町に到着し、荷物を降ろしている間に周囲を取り囲まれる。興味津々の大衆にベタベタ触られて少しキレそうになったが、さすがにこんなところで殲滅する訳にもいかず、揺さぶったバカを殴り倒してけん制した。
「やれやれ、やってくれたな。新品の馬車の外殻を指紋だらけにしちまってよ」
「これは何だ」
「馬車だが」
「馬が居らぬではないか」
「居ないといけないのか」
「それでどうして動く」
「魔法だから」
「分かるように説明をせぬか」
「理解が及べば良いが」
「何だと、貴様」
「4輪独立懸架から説明しようか?」
「なんだ・・その、よんにんどくいつえんか、と言うのは」
「4輪独立懸架」
「だからそれは何だと聞いておる」
「前後左右の車輪が独立していて、他の車輪の影響を受けないし与えない方式だ」
「どういう意味だ、それは」
「どうと言われても、それが説明だろ」
「わざと難しく言って煙に巻こうとしておるな」
「あのな、これは基本的な技術だぞ。それの説明をしたのにもっと分かり易く言えと言われてもな。例えて言うなら、錬金術師が素人に錬金術を分かり易く噛み砕いて説明しろと言っているようなものだ。そこまでする義理はあるのかよ、アンタに」
「ワシはここの領主だ。全てを知る義務がある」
「なら理解する下地を持ってから来てくれよ。基礎知識から全て説明して理解させるとか、10年掛かるぞ」
「生意気な事を言いおって。おぬしのような子供に理解出来る事が、ワシに出来ないはずがあるまい」
「ほお、大きく出たな。なら、オレがやれる事は全てやれると言うんだな」
「当たり前だ」
「あそこに木が生えているだろ」
「それがどうしたのだ」
「今から切り倒すから、真似してくれるか」
「それぐらいの事、誰でもやれよう」
「行くぞ・・【ウィンドカッター】」
「ななな、なんだ、今のは」
「見て分からんか、魔法だが。ほれ、やって見せてくれよ」
「それしか使えぬのだな。だからわざとあのような」
「やれやれ、もういい、さようならだ」
「何だと貴様」
もうストレスが限界だ。これ以上問答してたら殺してしまう。さすがに領主を殺したら殺人が付くだろうし、残念だけど殺しはやれない。だけどこのままと言うのも嫌だな。さてどうしてくれようか。片手で腹のベルトを掴んだまま、歩いて持って行く。何か騒いでいるが聞こえないよ。そして遠くの池目掛けて思いっ切り投げ飛ばす。大の男が荷物のように飛ぶ様は、中々に見物のようで、彼は注目の的になっていた。まあ、水切りの要領で投げたから、すりむくかも知れんが死ぬ事はあるまい。さて、帰るとするか・・試しに馬車に【クリーン】・・お、意外や意外、効果があるとは思わなかったぞ。ラッキーだな。
基礎知識の無い領主さんに、理解させるのは無理でした。




