ディアブロ オラシオン
僕はまたあの場所にいた。宮本を『消した』あの場所に。皆の所にいるのが耐えられなかった。皆何もなかったかのように接してくれる。それがかえって辛かった。いっそ責めて、殴って、つらく当たってくれた方が良かった……
「それは君の罪悪感を消すためかい?」
後ろに人の気配を感じた。でも僕は他人に付き合っている気分じゃないんだ。ほっといてくれ……
「人は誰しも自分の罪の贖罪を求めている。君もまたそうだ。誰かに咎められることで罪の贖罪としようとしている」
それが何だよ……いいじゃないか……他にどうすればいいんだよ……僕はどうすればよかったんだよ……
「親友を殺す。それは大変重い罪だ。でも君はその贖罪をすることができる。その力を持っている」
その言葉に僕は思わず振り返った。根本から真っ白な髪、真っ白なコート。見るからに怪しい。でも僕は不思議とその男に魅かれていた。
「どうすれば……」
男は黙って近づいてくる。そして僕の頭に手を置いた。その手が心地よくて。温かくて。
「君はもう解放されてもいいんだ」
その言葉を最後に僕の意識は刈り取られた。
僕は部屋に心地よく響くピアノの音で目を覚ました。そこはどこかのホテルのスイートルームのような場所。当然僕の知らない場所だ。
「おや、起こしてしまったかい」
ピアノが止んでしまう。僕はその麻薬的なまでに心地のいい音色をもっと聴いていたかった。
「いえ……続けてください」
しかし男はピアノから離れ、僕が寝ているベッドの隣に座ってしまう。
「自己紹介をしよう。僕は不知火 龍一。僕もテイマーだ」
テイマー。その響きに僕は反射的に身構える。
「そんなに堅くならなくていいよ。僕は君に危害を加えるつもりはない。君の贖罪の手伝いをしようと思ってね」
「手伝い?どうして僕のために……」
「僕達テイマーと呼ばれる人間は悪魔によって人間の分を超えた力を与えられた、いわば全てのテイマーが咎人であり贖罪、救いを必要としている。それなのに君達、『アンチデビルズ』は同じ咎人の同胞を殺すというさらなる罪を重ねている」
「でもそれは自分の身を守るためで僕達は……」
不知火さんの言っていることは間違っている。頭ではそう理解していても心の奥底でどこか納得してしまっている自分がいた。不知火さんにはそんなカリスマがあった。
「自分の身を守る為?ならばなぜ夜神月は君に嘘をつく必要があった?」
「嘘?」
「そう。君の能力についてだ。君の持つ力は『消去』などという低俗なものじゃない。もっと崇高で絶対的な、そう。名付けるなら『再創造』とするのがふさわしい」
「再創造……?」
「今まで君が行ってきたのはあくまで手順の一環、君の真の力はその先にある。君は物質を『分解』していたんだ。それこそ素粒子レベルでね」
でもなぜ今まではそれができなかったんだ?能力だったら何らかの形で僕にわかるはずなのに……
「証拠を挙げるとするならば君、怪我の治りが異常に早くないか?それは君の体が損傷した器官を『再創造』で補填していたんだ。無意識のうちに『分解』した人間の肉体でね」
僕はぞっとした。確かにそうだ。骨折した時も、左手の傷も、さっきの銃創だって急激に治ったのは『消した』後だった。僕は他人の……宮本の体を使って……?そう考えただけで強烈な吐き気に見舞われて思わず口を押さえる。でもギリギリの所で踏みとどまった。
「君が今までに『再創造』が使えなかったのは単に『知らなかった』から。物質の構造を素粒子レベルで理解することができれば自由自在に分解し、組み立て直すことができるようになる」
そう言って不知火さんは傍の椅子を指差した。後ろに大きな機械が取り付けられたそれは高級そうな部屋の中で異様な雰囲気を放っていた。
「君はもう十分苦しんだ。だからもう罪から解放されてもいいんだ。君はその権利を持っている」
僕は促されるままにその椅子に腰掛ける。
「これは君の脳に直接情報を送り込む装置だ。君は何もしなくていい。ただ座っているだけで」
僕の頭に半球の内側がくりぬかれたような、例えるなら床屋でパーマをかけるときのあれだ。が、被せられる。
言いようのない不安感に包まれた。直接情報を送り込む?そんなことが本当にできるのか?
「じゃあね、北村和人君」
何かのスイッチを入れる音がした……と同時に僕の頭に激痛が走った。慌てて被さっているものを取ろうとするけど腕が、足が動かない。金属製の枷で椅子に固定されている。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
呻けども叫べども助けは来ない。自分ではどうすることもできずに頭が内側から破裂するような痛みに耐えるしかない。何だよ、僕を助けてくれるんじゃなかったのかよ……誰か、助けてよ……
「もう嗅ぎつけて来のか、流石夜神月隼人だ」
「殺しますか?」
頭の機械が取り外され、僕は苦痛から解放された。
「そうだね、でも夜神月は厄介だ。僕も手伝おう」
「ーー君、彼は枷 真也、彼もまた『同志』だ。さあ、選別を始めよう」
僕は頷いた。
「和人がいなくなった!?」
北村からの連絡が途絶えた地点に私は今いる。でもそこにはタブレットがあるきり。宮本くんの姿はおろか北村の姿すら影も形もなかった。そこで本部に電話をかけて今に至る。
「そりゃちょっとヤバイかもな……とりあえず夜神月さんに伝えとく。三好、気をつけろよ」
電話が切れてからわずか数分後、私と北村を除く全メンバーが現れた。
「三好、状況は?」
私は大阪に着いてからのことを掻い摘んで話した。すると全員を包む空気が諦めを含んだ重苦しいものへと変わっていくのを肌で感じることになった。テイマーとの戦闘があったならここで殺されている可能性が最も高い。もし殺されていたなら死体すら残らないから確かめようがない。けどそんなことは考えたくもなかった。
「伊原」
伊原さんは無言で頷き、地面に手を当てて目を閉じた。伊原さんの『範囲探査』なら自身を中心とした円範囲にいるテイマーを補足できる。その伊原さんの顔が徐々に険しく、辛そうなものへとなっていき、額には油汗が滲んでいた。これも貝原くんの能力と同じで範囲を広げるほど負担は大きくなる。そしてある瞬間、目を開いて地図のある一点に印をつける。
「この地点にテイマーが三人。移動はしていないようです」
地図を見てみるとそこは全国に展開している大手ホテル。そんなところに北村がいるとはとても思えなかったが行ってみるほかない。
「手がかりがそれしかない以上、行ってみるしかないだろう」
夜神月さんが先頭を切って歩き出す。私もその後に続いた。
三十分ほど歩いたところでホテルに到着した。見上げるほど高く、上の方は太陽の光を反射して白く光っている。ホテルの前は広大な駐車場になっていてそのほとんどが車で埋まっていた。
「本当にこんなとこに北村がいるのか?」
権藤さんがそう言うのも無理はない。とても学生一人で入れるような場所じゃないからだ。
「とにかくここにテイマーがいることは間違いない。当たってみる価値はあるだろう」
ここにいないとすればもう手がかりが潰えてしまう。私は祈るようにホテルの扉に手をかけようとした。するとそれに気付いたドアマンがドアを開けてくれた……その時だった。
ドアマンの腕が、飛んだ。
「下がれ!」
そう夜神月さんが叫んだのと権藤さんが私を抱えたのはほぼ同時だった。その直後、権藤さんの体に銀色の刃が当たり、私の首に血が飛び散る。『硬化』が一瞬遅れて左腕に深い一筋の傷が刻まれる。
「権藤、大丈夫か」
「ま……あな、これくらいならまだいける。三好はどうだ?」
権藤さんはシャツを破いて傷口の上を縛る。滝のように溢れていた鮮血の勢いが少し衰えたようだったけど気休めに過ぎない。でもそのおかげで私は傷一つない。
「流石に嗅ぎつけるのが早いね、流石と言っておこうか」
「御託はいらん、うちの仲間を返してもらおうか」
ホテルの正面口から悠々と一人の男が出てきた。真っ白な頭髪に真っ白なコート。ズボンまで白い。不敵な笑みを浮かべてゆっくりとこちらに向かってくる。
「仲間?君は彼の苦しみを少しでも理解しようとしたかい?それができない君に彼の『仲間』を名乗る資格はないよ」
「貴様は違うのか?貴様に他人の苦しみなどわかるはずがない。あの時も同じ……」
「夜神月、世界は君の意思とは無関係に動いている。変わっていく。いつまでも過去を引きずっていては君の罪の贖罪すらできない。それができないうちは君は僕には勝てないよ」
「……わかりたくもないな」
白髪の男に夜神月さんの圧縮空気弾が飛ぶ。夜神月さんの能力の一つ、『圧縮』水も、空気すら超圧縮で音速を超える速度で打ち出せば銃の弾丸など比にならない破壊力を生み出すことができる。でもその空気弾は白髪に当たる直前で霧散した。
「そして、決定権は彼にある」
白髪の男の後ろから現れたのは……北村だ。でもどこか様子がおかしい。目が……虚だ。
北村が右手を前に突き出す。紅い光で付近の地面が大きくえぐれた。何をしているの?私達のところに戻るんじゃないの?
そして次の瞬間、空中に巨大な大砲のような物体が現れた。SF映画に出てくるような無骨で鈍色に光る砲身がしっかりと私達を捉えていた。
「き、北村?何してるの?帰ろう?それは……」
ふらふらと北村の方へ歩く私の肩を権藤さんの大きな手が止めた。
「夜神月……こりゃ色々と聞かにゃならんことがあるようだな」
「……全てを話そう。だがそれはこいつらを片付けてからだ。伊原、貝原、下がっていろ」
「北村……っ、わかりました」
権藤さんは両腕と体を『硬化』させて臨戦態勢をとり、伊原さんと貝原はその場から離れた。
「見たか!この美しき力!彼の『再創造』をもってすれば現実では理論上の兵器ですら形にできる!夜神月、これが彼の、北村和人の選択だ。これを止める権利は君には無い。それでもまだ戦うつもりかい?」
夜神月さんは一切表情を崩さない。それは無言の肯定。白髪の男はふっと笑って口角をわずかに上げた。
「チッ!」
夜神月さんの圧縮空気の壁ができるかできないかのうちに北村の脇の大砲から青白い閃光が迸った。息つく間もなく今度は分厚い空気の壁を切り裂いて人間が進入してきた。さっき権藤さんを切った奴だ。小柄で年は私より幼い。でも目が異様にギラギラと鋭く光っていて髪は真っ白、両手には剣を持っている。
「俺は不知火を抑える、権藤、三好、そいつと北村、いけるか?」
珍しく夜神月さんの声に焦りが混ざっている。私と権藤さんは素早くアイコンタクトをし、頷いた。
次の瞬間、目の前に青い閃光が走り、足元が爆発を起こす。北村の大砲だ。原理はわからないけど一撃で道路が十メートルは抉れたところをみると破壊力は計り知れない。北村……本気なの?
「クソぉッ!三好!北村を何とかできないか?このままじゃジリ貧だ!」
珍しく権藤さんが押されている。いや、相手の剣も権藤さんの岩のような鎧に当たると砕け散っている。でも動きが素早く、権藤さんの攻撃も当たらない。それに加え、北村の砲撃だ。夜神月さんは白髪の男……不知火とかいうのの相手で手一杯。今圧倒的に戦闘要員不足だった。北村は私が何とかするしかない……。
「北村!聞こえてる?私よ!三好!ねえ、目を覚まして!」
そう語りかけながら北村に近づく。その私の足元に青白い光が一閃、横一直線に地面を抉った。それはまるで『これ以上近づくと当てる』そんな北村の意思表示のようだった。
「どうしちゃったのよ……」
私は悟った。手を抜いていたらこっちがやられる。本気で……殺すしかないの?
アスファルトの破片を握る。
「目を……」
『爆破』で爆弾に変える。
「……覚ましなさいよ!」
北村に向かって投げる。空中で爆発させて北村の視界を覆う。これでいい。北村を傷つけたくない……私はあのタブレットに記録されていたビデオファイルを見た。北村はもう十分心に傷を負ってる。これ以上追い詰めたら本当に潰れてしまう。
私が一瞬警戒を解いた瞬間、北村の方とは逆、右側から白髪の少年が剣を振りかざした。あまりの速さに私は全く反応できない。
「三好!油断すんな!」
権藤さんが右腕で剣を受け止める。少年は剣を握ったまま権藤さんの腕を蹴って後ろに飛んだ。
「北村の目を覚まさせてやれ!お前ならできる!」
そう背中を押されて私は決意した。絶対に北村を取り戻してみせる。北村は……臆病で、弱くて……でも優しくて、そして誰より強い。私は誰よりも知ってる。だからそれは私の役目。いいや、私がやらなきゃいけない。
私はまっすぐ北村を見据えた。そして少しずつ距離を縮めていく。少しずつ。北村のビームが私の頬を掠める。何度も、何度も。でも当たらない。北村も心の中で揺れてるんだ、私にはわかった。それでも北村には訳がわからないようで顔を歪ませた。何故当たらないのかわからない、といった感じだ。
私は右の手首、何重ものリストカット痕を握りしめた。
「北村、あなたがどれだけ苦しんだか私にはわからない。でも……でもね、これだけは言わせて」
北村との距離はもう一メートルもない。腕を伸ばせば触れることのできる距離。後ずさろうとする北村を私は抱きしめようと腕を伸ばした。
「あのね……宮本くんはあの時……」
「させるか」
「三好!」
怒号はもう遅く、権藤さんを振り切った白髪の少年の剣が銀色の弧を描いて私の前を舞った。赤い、ぬるりとした液体が溢れる。それが自分の血であることに気づくのに少し時間がかかった。不思議と痛みは感じなかった。寧ろ不思議な、右腕があった場所が軽い。飛び散った血が私と、そして北村の顔を濡らした。
私はね……あなたが羨ましかった。最初は夜神月さんに直接スカウトされたあなたが。そして守りたいものがあるあなたが。転校ね……私からお願いしたの。前の学校から逃げるいい理由になると思ったから。あんたがクラスで浮いてるのを見て自分と同じ人間がいたんだ、って安心した。でも違った。あなたには親友がいて……守りたい人がいた。たぶん……嫉妬混じりの尊敬。でも……そんなあなたに惹かれたの。
「な……あ……」
北村が息をのんだ音が聞こえた。
重心がずれて前のめりに体が傾いていく。そのまま左腕を北村の首にかける。そして囁いた。
「あの時……『ありがと』って……」
三好のその言葉を聞いた瞬間、僕は『僕』を取り戻した。その直後、体に重い何かが倒れかかってきた。反射的に受け止める。すると左腕にべっとりと赤い液体がついた。
「み……三……好?」
それは確かに三好だった。温かくて、柔らかくて、少しだけいいにおいがして……でも左側にあるはずの、腕の感触が無い。それが何を示すかなんて考えなくともわかる。三好の腕が……右腕が二の腕の中ほどから完全に切断されていた。
「きた……む……ら?」
僕の顔を見ると三好は弱々しい笑みを浮かべた。儚く、今にも消えてしまいそうな笑みを。
「北村か!すまん、俺のミスで三好が負傷した。今は夜神月も俺も手一杯だ。三好を……安全な場所へ連れて……ゴフッ」
権藤さんが派手を吐血した。見ると硬い鎧に覆われた体にいくつもの剣が突き刺さっている。権藤さんは僕と三好を守るために剣を全て受けていたんだ……
「な……に心配すんな、ちょっとドジッちまっただけだ……でも急いでくれ、もう……保たねえ」
この人も僕に笑みを向けた。立ち上がろうとするけど足が動かない。血まみれの三好を膝の上に乗せて、一歩も動けなかった。そうこうしている間にもまた一本、権藤さんの体に剣が突き刺さる。
「北……村……」
権藤さんがついに膝をついた。すがるような目を僕に向けてくる。その背中に銀色の剣が迫る。
「やめろぉぉっ!」
力を振り絞って紅い光を周りに展開、それに触れた剣が粉々に『分解』された。
「ふん、完全に意識が戻ったか。だが……それ、いつまでもつかな?」
この少年のいう通りだ。既に僕の疲労はピークに達していた。多分意識を失ってた間によっぽど無茶に能力を使ったんだろう。その上少年は休みなく剣をぶつけてくる。もう目が霞んできた。三好は大量の出血で意識を失ってるし、権藤さんも『硬化』が解けてしまっている。今二人を守れるのは僕しかいないんだ、ここで倒れるわけにはいかない。でもそんな気持ちとは裏腹に紅い光がどんどん薄くなっていくのを感じた。もうだめだ……意識が……
銀色の光が僕に迫る。薄れゆく意識の中で僕が死を覚悟した時、眼前に大きな壁が現れた。その壁が無数の剣を一手に受け止める。鈍い、肉が破れる吐き気を催す音が聞こえた。
「権藤……さん?」
権藤さんが僕と、そして三好に覆い被さるようにして……剣を防いでいた。既にこと切れていた。僕はそのまま意識を失った。
目にどこか懐かしい光を感じてまだ閉じていようとする瞼をこじ開けた。見覚えのある天井。ここで夜神月さんと会って、『アンチデビルズ』に入って、全てが始まった天井。
「おう、北村、無事……じゃあないみたいだけど、気分はどうだ?」
修平がベッドの上から僕をのぞき込んでいた。
「皆は……」
起き上がろうとする。他のメンバーの安否が心配だった。でも身体中の痛みで起き上がることもままならない。
「おいおい、まだ寝とけって、他のメンバーは……本当は全員無事……って言いたかったけどな、お前もそんな気休めいらねえだろ、率直に事実だけ言う。三好、右腕切断、権藤さん……死亡、夜神月さん、行方不明」
ある程度予想はしていた。でも現実は僕の予想など比較にならない程重く、辛かった。僕のせいだ。僕が捕まったりしなければ……
そんな僕の気持ちを察したのか修平は僕の肩に手を置いて、
「気にするな……とは言えないけどさ、少なくともお前は助けられた。それもこれも悪いのは全部悪魔共だ。こんなのがゲームだって?冗談じゃねえよ」
もう一方の手で壁を殴りつけた。壁に赤い染みが広がる。
「……三好」
そうだ、僕は三好に謝らなくちゃいけない。僕を救ってくれて、腕まで失って……そう考えたら居ても立っても居られない。僕のおもむろにベッドから起き上がった。瞬間、足元がふらつく。
「おいおい寝とけって、三好は大丈夫だよ。隣の病室に寝てる」
そう言ってまた僕をベッドに押し戻そうとする。それでも諦めなかった僕を見て修平もとうとう折れてくれた。
「わかったよ、俺の肩に捕まれ、ったく、お前がこんなに強情とは思わなかったよ……」
ぶつくさ言う修平の肩に体重をかけながら隣の病室まで、ほんの十数歩、でも僕にはそれが永遠の道のりに感じた。
「北村、よかった、目、覚めたのね」
読んでいた雑誌を側の棚に置いて顔を上げた。長袖のパジャマの右腕が間の抜けたようにだらんと垂れ下がっていた。その姿を見て僕は胸が張り裂けそうになった。言おうと思っていた謝罪や感謝の言葉が全部、吹き飛んだ。
「どうしたの?……あぁ、これね」
三好は自分の右腕に目をやる。そしてふっと笑った。
「気にしないで、私の力が足りなかった、それだけのことだから」
僕は……僕は悪くないって言うのか?おかしい、納得できない。でもそんな三好の言葉に安堵している自分がいた。それがたまらなく嫌だった。
『そう。名付けるとするなら再創造』とするのがふさわしい』
突如そんな不知火よ言葉が頭をよぎった。僕の『再創造』ならあるいは……知識はあった。あのわけのわからない機械で無理やり脳に刻みつけられた莫大な量の知識。僕は一度だけ、ほんの一瞬だけ不知火に感謝した。
「修平、離れててもらっていい?」
「お、おう……」
近くにあったパイプ椅子を二つ、『分解』した。素材はこれで十分だ。目を閉じる。記憶の底から腕の構造を呼び出す。
『再構築』
上腕骨、橈骨、尺骨、手根骨、中手骨、指骨……生成。
三角筋の一部、上腕二頭筋、上腕三頭筋、手筋……生成。
神経系、血管、血液……A型、皮膚……生成、
全てを連結
三好の肩と接続
血管、神経系の同期……確認。
傷は……無し。
僕は目を開ける。そこには五体満足の三好が唖然として右腕を見つめていた。
「北村……これは……」
「僕の本当の能力は『再創造』、物質を素粒子レベルで分解して再構築する……そんな能力なんだよ。不知火から聞いた」
「じゃああの時の大砲も……」
うん、と僕は頷いた。僕の記憶にはないけど。
「すげぇじゃん!これで権藤さんを生き返らせることも……」
修平が興奮気味にまくし立てる。
「多分それはできない。やったとしても多分……」
綺麗な死体ができるだけだよ、なんて口が裂けても言えない。でも修平は僕の意図を察してくれた。
「そうか……そうだよな、ごめん、無理言って」
乾いた笑いを漏らす。三好の表情にも元気がない。皆、疲れ切っていた。
その夜は家に帰らなかった。僕だけじゃない。残った四人のメンバー全員だ。今はここが一番安全だろう、との伊原さんの指示だった。帰っても誰もいない家。そんな所よりはこの、みんながいる本部の方が居心地がいい、僕はそう感じるようになっていた。
僕は今、学校にいる。朝起きるなり三好に引っ張ってこられた。本当は行きたくない。学校は『違い』を一番感じてしまう場所だから。この世界は僕の知ってる世界とはよく似ているけど決定的に違う。ピースが一つ足りない状態で完成した世界。でも僕がここまで来たのは三好の気遣いを感じたから。僕を元気付けようと必死なのをひしひしと感じる。三好だって辛いはずなのに。
「カズくん、どうしたの?」
屋上で三好とお弁当を食べていると不意に扉が開き、西尾が現れた。僕と三好を交互に見つめ、僕の手の中のお弁当を見やる。そういえば僕と西尾は付き合っているってことになってたんだった。と、なると僕が三好と二人きりでランチをしているのは不自然なわけで。なんとも言い難い空気が流れる。
「何、してたの?」
西尾が僕と三好の間に割り込んで座った。
「こ……ここでたまたま会ってさ……」
我ながら苦しい。じゃあ何でお弁当持ってるの、なんて聞かれたら言い逃れできない。でも西尾は目を細めただけで自分のお弁当の包みを開けた。その中にお弁当箱が二つ入ってるのを見て僕は申し訳なくなった。おそらく一つは僕の為に作ってたやつだろう。多分、僕が休んでた数日も休まず作ってくれてたと思う。そこでもうすぐ西尾の誕生日が近いことを思い出した。ご機嫌取りじゃないけど何か買っておこう。宮本の分も。
「で、私はプレゼント選びの参考人ってわけ」
放課後、三好と街のショッピングモールに足を運んだ。
「だって女の子は何が喜ぶのかわからないし」
僕が選ぶとシャーペンとか本とか実用的なのばかりになりそうだし。
「まったく……あんたが選んだ物なら何でも喜ぶわよ」
何故か三好は不機嫌だ。唇を尖らせて適当なことを言っている。
「真剣に相談にのってくれよ」
「……本当に何でも喜ぶよ」
「え?」
ショッピングモールの中は絶えず騒がしい。平日とはいえ家族連れやカップルでかなり賑わっている。それに僕達の後ろで何かトラブルがあったみたいだ。怒鳴り声もちらほら聞こえる。そんな中で三好が何か言ったようだったけど多分また適当な答えだろう。
「しょうがないわね、まずは……えーっと……アクセサリーとか?」
その意見を参考に僕達はアクセサリーショップに向かった。この大きいモールの中だ。アクセサリーショップだけでも十店舗はあると思う。その中の一つだった。
「これはどう?」
確か今年は巳年だ。だからそれに因んで僕が手に取ったのは蛇のキーホルダー。
「だめ」
即却下された。
「じゃあこれは?」
西尾は牡牛座だ。というわけで牛のイヤリングをつまむ。
「だめにきまってるでしょ!」
またもや却下。
「こ、これならどう?」
西尾の血液型、Aの文字が目立つ腕輪。
「あんた……真面目に選んでる?」
細めた目を向けられた。僕としては大いに真面目だ。寧ろなぜ却下なのかがわからない。
「あ」
「ん?」
僕は星のプレートの付いたネックレスを掲げた。
「ん、それいいじゃ……」
「これ、三好に似合うと思うんだけど」
僕を優しく照らす光。そんな意味を込めて。すると三好らリンゴみたいに顔を真っ赤にしてネックレスをひったくった。
「カズ……くん?」
聞き覚えのある、いや、どう聞いても間違えようのない声。後ろを振り向かずともそこに誰がいるかなんてわかる。空気が凍った。
「三好さんと……何してるの?」
「違うの……これは……」
「カズくん!」
三好には耳も貸さず西尾は目に涙を溜めながら僕の目を見つめる。僕は答えに困った。正直に西尾のプレゼントを選んでたなんて言えばわざわざ三好に選ぶのを手伝ってもらった意味がないし嘘をつけば西尾が傷ついてしまう。でもそういう悩みの沈黙を西尾は別の捉え方をしたみたいだ。
「私のこと……嫌いになっちゃったの?」
今にも涙がこぼれそうにしながら言う。そんなことを言われても僕にとっての西尾の恋人は宮本なのだ。それが突然『彼女です』なんて実感が湧くわけがない。そんなことはこの西尾には関係ないってことくらいわかってる。でも……宮本に悪い気がする。
そんな時、三好のタブレットのコールが鳴るのとモールの放送がかかるのはほぼ同時だった。
『お客様にお知らせします。お客様にお知らせします。げ、現在当モール内で火災が……』
ここまで聞くだけで相当切羽詰まっているのがわかる。その放送が終わらないうちに遠くで火柱が上がった。
このモールはカマボコ型の建物が一階と二階に分かれていて内壁に沿うよう店が立ち並んでいる構造だ。だから中央の通路からは遠くまで見渡せる。火が吹き上がったのは僕達の位置からは大分離れていたがそれでも火柱の大きさはかなりのものだった。多分十メートルはあると思う。こんなショッピングモールに大量の爆発物なんてあるわけがない。となると一番に頭に浮かんできたのは『テイマー』という単語だった。三好を見るとさっきまでの買い物を楽しむ顔から今ではテイマーのそれになっていた。それだけでさっきの電話がどんな内容だったかは容易に想像することができる。
「急いでこの場から離れよう」
僕は西尾の手を掴み、モールの出口まで走った。
「待ってよ!カズくん、また何か危ないことしようとしてない?あのテイマーっていうのと関係があるの?」
モールから出たところで西尾に手を振りほどかれた。その目は真剣だ。できることなら『アンチデビルズ』のことも、宮本のことも話してやりたい。でも今は何より時間がなかった。ここから雑居ビルまで電車で二駅ある。三好の様子だとかなり切羽詰った連絡だったみたいだし早く戻りたい。
「後で全部話すから。約束する」
それだけ言って僕は再び走り出した。
「いいニュースと悪いニュース、どっちから聞きたい?」
地下サロンに着くなりいきなり修平にそう聞かれた。そこには伊原さん、瀬名先生、そして修平既に全メンバーが集結していた。
「って言いたいトコなんだけど残念ながら悪いニュースしかないんだよね」
伊原さんが頷いて前方のスクリーンに大きく地図を表示した。
「これはこの柏木町の全体図です」
そしてその地図にびっしりと赤い点が広がる。まるで地図を赤い絵の具で塗りつぶしたみたいに。
「その点ってまさか……」
三好が息を呑む。僕にも大体の想像はついた。絶対に外れて欲しい想像が。
「これが全てテイマーです。約四百人。ほぼ東京エリア全てのテイマーがこの町に集まって来ています」
当たってしまった。さっきのモールの炎もやっぱりテイマーが原因だったんだ。でも明らかに不自然だ。普通に考えてこんなに都合よくテイマーが全員集合するなんてありえない。
「現実的にありえないのはわかっています。しかし現にテイマー同士の衝突も起きています。町や一般人に被害が出始めるのも時間の問題でしょう」
そこで伊原さんは瞳を閉じた。僕は……いや多分皆もう答えを出している。
「夜神月さんの目的は『ゲームの妨害、決して勝者が出ないようにする』です。私は夜神月さんの信念を守りたいと思います。皆さんは……」
僕らは目を見合わせた。皆の考えは同じだ。伊原さんにもそれは伝わったみたいで軽く頷いた。
「にしてもこの数、まともに相手するのは無理だな……」
修平がスクリーンを眺めながらぼやいた。これは絶対に偶然じゃない。そんな確信に近い直感があった。多分この輪の中心にいるのは……不知火龍一。
「この騒動は明らかに人為的に引き起こされています。それもかなり強力なテイマーによって」
「北村?まさかその中央にいるのって……」
僕は頷いた。
「多分、不知火」
「でも仮に北村の話を信じるとして不知火はどこにいるんだ?こんなにテイマーがいたんじゃ探しようがないぜ?」
確かにそうだ。葉を隠すなら森の中、テイマーを隠すならテイマーの……そうだ。あいつはこんなにテイマーを集めて何をするつもりなんだ?あいつは僕に何て言った?思い出せ、思い出せ……
「ねえ、そのマップ、もう少し拡大できない?」
僕の隣で三好がそんなことを言った。伊原さんがパソコンをいじる。マップが広がり、縮尺がどんどん小さくなっていく。そしてマップがこの町の全域を映すようになった時、全員が気づいた。
「これは……」
伊原さんのパソコンにかかっていた手が止まった。地図の全域にテイマーを示す赤い点がひしめいている。そしてその形は、不自然なほど綺麗な円になっていた。
「伊原さんの能力も円範囲でしょ?夜神月さんのもそうだったし……不知火が能力を使っているならきっと同じになるかなって思ったんだけど……ここまで綺麗に当たると、気持ち悪いわね……」
三好は苦笑いをする。これで不知火の居場所はわかったも同然だ。
「伊原さん!」
「わかってます。この位置は……東京スカイヒルズです!」
心なしか伊原さんの声が上ずって聞こえた。彼女も緊張しているんだろう。
スカイヒルズは東京屈指の三百メートルを誇る大型ビルだ。ここからなら走った方が早い。
「では東京スカイヒルズに向かいます。不知火と接触の可能性がある以上、戦闘は極力避けてください」
そして僕達は地下から飛び出した。外に出ると宙を舞う土埃と空高くまで舞い上がる煙の臭いが鼻をついた。既に外はテイマー同士の大規模な戦闘によって甚大な被害が出ていた。それに都会の真っ只中だ。一般人の死者も十人や二十人じゃ済まないだろう。でも今はそれに構っている暇はない。一刻も早く不知火よ元に行かなきゃ……
「貴様らも死ねェ!」
巨大な火柱が僕達の行く手を塞いだ。
「このっ!」
反射的に前方に壁を作り出して防ぐ。すぐ横を通った火柱で目がしぱしぱする。炎が止んだ頃を見計らって壁から飛び出し、テイマーの頭を掴んだ。
守りたいものがあるから、僕はもう、迷わない!
右腕に不思議な痣が浮かび上がる。右腕を伝って力が右手に集まり、敵を『分解』する。
「ひぇー、奴ら無差別に襲ってくるのかよ……」
また少し走ると二人のテイマーが交戦中の現場に鉢合わせしてしまった。二人の視線がこちらを向く。
「このぉっ!」
両手から紅い光を飛ばし、二人同時に『分解』した。
「凄いですね、その力……」
でも今のはかなり体力を消耗してしまった。光を飛ばすのは控えた方がいいのかもしれない。
それからは伊原さんがテイマーの位置を逐一報告しながら進んで無事他のテイマーと鉢合わせせずに東京スカイヒルズに辿り着くことができた。
「この近くにはテイマーはいません。早く不知火の所に……」
そこまで言った所で僕達のすぐ後ろで銃声が響いた。
「くっ……皆、早くビルの中に!」
僕の光の壁で何とか弾丸を防ぎながらビルの中に入った。よく見ると銃を撃っているのは警官、それも重武装をした特殊部隊だ。
「何で警察が俺たちを撃ってくるんだ!?」
警官隊はジリジリと包囲円を狭めている。
盲点だった。完全に索敵を伊原さんに依存してた。伊原さんの能力は『範囲探査』自信を中心とする円範囲の『テイマー』を見つける能力だ。逆を言えばテイマー以外なら見つけられない。例えばこの警官隊のような。多分この警官隊も操られているんだろう。だからヒルズの前でピンポイントで待機できたんだ。
「どうするの?このままじゃ……」
一瞬、沈黙が流れる。
「俺が足止めする」
僕は修平の言葉に耳を疑った。修平の能力は戦闘向きじゃないし、銃で武装した警官相手にまともに戦えるとは思えない。
「私も残ります。私がどれくらいの戦力になるかはわかりませんがいないよりはマシでしょう」
「ち、ちょっと待ってよそれじゃ……」
「おいおい、お前が残る何て言うなよ?不知火はどう考えても俺たちじゃ太刀打ちできない。どれくらいの足止めになるかはわからねぇが何とかしてみせる。お前ならいけるよ」
そう言って背中を押された。
「北村、行こう」
三好に手を引かれてエレベーターに向かう。
「北村……大丈夫?」
三好が心配そうな目を向けてきた。それを見て僕は自分を恥じた。三好だって辛いんだ。権藤さんの時だって、夜神月さんの時だって、今もそうだ。彼女の方がよっぽど辛いのに一度も涙を見せたことはなかった。立ち止まったことはなかった。僕は頭を振って余計な考えを追い出した。あの二人ならきっと上手くやる。生きていてくれる。幸い電力はまだ生きていたようでエレベーターが使えた。それに乗って迷わず屋上のボタンを押す。不知火はきっとそこにいる。そんな確信があった。
エレベーターのランプが丁度二十階を指した時、エレベーターが大きく揺れた。
そして次の瞬間、エレベーターが急降下し始めた。恐らく垂直方向に自由落下している。気持ちの悪い無重力が僕と三好を襲う。僕は咄嗟に天井を『分解』し、近くの扉に三好を抱えて飛び込んだ。
「大丈夫?」
「な、何とか」
僕は軋む体を引き起こした。僕が下になったから多分三好は無傷のはずだ。
「あいつがいるね」
僕達は背中合わせで辺りを見回した。その時、開ききったエレベーターの扉から銀色の光が光ったのを僕は見逃さなかった。
「三好!扉!」
二本の剣を持った少年が剣を振るう。僕は三好を横に突き飛ばし、剣を『分解』した。
「こいつは……」
そう。僕と三好の目の前で権藤さんを殺した張本人。そしてこいつがいるということは近くに不知火もいるということにに他ならない。
「『剣製』……硬度3、刃渡り6、鋭度8……」
僕が追撃する前に少年は空から二本の剣を作り出した。
「このっ!」
三好が近くの観葉植物を鉢ごと投げた。おそらく『爆破』を仕込んである。しかし三好が爆発させる前に少年は鉢を真っ二つに切り裂いた。少年の後ろで派手な爆発が起こる。そしてその爆風を追い風にして一気に間合いを詰めてきた。
「くそ……」
僕達の前に壁を作り出して何とか突進を防ごうとする。でもそれは同時に僕達の視界を大きく塞ぐことでもあった。
「後ろ!」
後ろで三好の声が響く。振り向いた時にはもう既に僕の喉元まで剣が迫っていた。もう避けるのも間に合わない。背中にある壁を『分解』、そして床を『分解』して足元に大穴をあける。穴に落ちたことによって剣は何とか躱すことができたけど三好と離れ離れになってしまった。慌てて向かおうとすると上から三好の声が聞こえた。
「北村、ここには来なくていいよ、先に行って」
まさか一人で相手をするつもりなのか?無茶だ。権藤さんも敵わなかった相手をだぞ?
「あんたが何を言いたいか何てわかるよ。でも大丈夫。私を信じて」
床に阻まれて三好の顔を伺うことはできない。でも三好の気持ちは痛いほど伝わった。
「……三好も、無事でいて」
「不知火を止められるのはあんただけなんだから!負けたりなんかしたら承知しないわよ!北……和人!あんたは強い!」
その言葉を背中に僕は反対側のエレベーターに向かった。
「北村君、君がここに来た、ということは贖罪を終えたと思ってもいいのかな?」
東京スカイヒルズの屋上に奴はいた。真っ白な髪を風に揺らしながら街を見下ろしている。
「終わってないよ」
「ほう?」
「僕は宮本を殺した。その罪は消しちゃいけない。消すことなんてできない。ずっと背負って行かなきゃいけないんだ。それが……僕の答えだよ」
それを聞くと不知火はまるで可笑しくてたまらないといった風に笑いだした。
「はっはっはっは!やはり僕の見込んだ通りだったよ。北村君」
そして僕の方に体を向けた。そして……
「これは何だと思う?」
不知火の腕が……無骨な岩のような鎧に覆われた。これはまるで……いや権藤さんの能力そのものだ。
「そう。これは権藤篤の能力、『硬化』だよ。これが何を意味するか、君ならばわかるだろう?」
この男、不知火龍一の能力は他のテイマーの能力を奪う能力だって言うのか?
「そう。僕の能力は『略奪』。テイマーの能力を奪える能力。そしてこれを使えば全てのテイマー……罪人の罪を晴らすことができる。そう。僕が全ての能力を一つにまとめ、全ての罪を背負う。これはこの能力を受けた僕の使命なのだよ」
でもだとしたら腑に落ちない点が一つある。
「なぜ僕が君の能力を奪わなかったか、気にはならないかい?」
そうだ。あの時、僕の能力を奪うことはいつでもできたはずだ。それをしなかったのは何故なんだ?
「それはね……僕は君に期待したんだよ。君が親友を殺した時、この『試練』を仕組んだ悪魔でも、彼を操ったテイマーでもなく、他でもない自分自身を呪った君に、ね。わざわざ手駒の一つを送り込んだ甲斐があったというものだよ」
手駒?じゃああのテイマーは不知火が送り込んだってことなのか?
「テイマーは皆少なからず己の中に業を背負った者が選ばれる。君にもあるだろう?過去の罪が。これはその罪を乗り越えられるかどうか、それを我々人間は試されているのだよ」
「僕の……罪」
頭に西尾の首筋の傷がちらと浮かんだ。
「でも……それなら殺しあう必要はなかった。その能力で能力を奪い続ければ……」
不知火は急に顔つきを厳しくした。
「君は分かっていない。試練を潜り抜けるに値する人間とそうでない人間はふるいにかけなければいけない。そして僕は人を操る能力なんて使っていない。僕が使ったのは『深層解放』人間の深層心理の欲望を解放しただけだ。それを乗り越えた君達はもう条件をクリアしていると言える」
この……これが……この惨状が人間の本当の姿だっていうのか?殺して、壊して……それが……人、なのか?……でも。
「それはお前のエゴだ。お前に人を振り分ける資格なんてない。誰にだってありはしないんだ。同じ人間なんだから」
それが宮本が……皆が死ぬ理由になっていいはずがない。僕は右手を不知火に向けた。
「君もその道を歩む、か。夜神月の二の舞にだけはしたくなかったが……仕方ない。相手をしてあげよう」
四方八方から空気の弾丸が飛んでくる。今の不知火は殆どのテイマーの能力を兼ね備えている。僕が勝てる可能性は限りなくゼロに近い。でも……負けるわけにはいかない。
屋上の床を『分解』
銃身、生成
加速器、生成
行程を反復
結合。
荷電粒子砲。加速器の小型化と莫大な電力がネックで現代科学では実現不能と言われた兵器。それすらも『再創造』なら可能にする。
荷電粒子砲が青い光を放つ。床が無くなってバランスを崩した不知火になら当たる……と思ったけど違った。浮いている。空を足場に体勢を崩していない。そしてそのまま滑るようにあっけなく躱された。
「くそっ!」
直後、白いガスが僕の周りに充満する。今更気づいてももう遅い。不知火の手から小さな火球が放たれた、と思ったら大爆発が起きる。僕は紅い光で身を守ったけど足元までは覆えない。足場が更に崩れて下の階に落下する。背中に鈍い痛みが走った。丁度天井を支えている鉄骨に当たったらしい。痛みで動けない僕に不知火は容赦なく空気の弾丸を浴びせてくる。でも僕にはある作戦があった。
「威勢が良かったのは最初だけかい?その知識は僕が教えたんだ。弱点がわからないはずがないだろう?」
荷電粒子砲を放つ。それもあっけなく躱されてしまう。
「お前は自分が常に選別人であることで自分が選別『される』側になることを恐れたんだ。そんなお前が一番の咎人だとは思わないか?他人に自分のエゴを押し付けておきながら自分はそのエゴから逃げる。滑稽じゃないか!」
ビル内を走り回る。それで何とか不知火の狙いを撹乱しようとした。
「ふん、自分が裁かれるのは嫌、そう思わない人間がこの世界に一人でもいるとでも?それを隠して私を貶める、君こそおかしいと僕は思うがね」
こう反論してくるってことはそれなりに効いてるってことだ。僕は荷電粒子砲を放ちながら叫んだ。
「じゃあなぜお前は高い場所を好む?大阪の時も、今も!能力が円範囲に広がるなら地上にいた方が負担は少なくて済むはずだろ?なぜそれをしないんだ?それは同じ場所に立つと自分が今外で暴れてる奴らと同じだということを感じずにはいられないからだ、だから物理的に高い場所に立って何とか精神的優位を保とうとしたんだ!違うか?」
「っ……貴様……」
見えなくとも不知火のこめかみに青筋が立っているのがありありと想像できた。ここまで煽れば恐らく……
「よほど死に急ぎたいようだね」
僕の横の壁が盛大に壊れた。巨大な空気塊が雨あられと飛んでくる。僕の横から。この時を待っていた。一度しか使えない。秘策の条件が揃うのを。
周囲の柱に荷電粒子砲を撃ちまくる。すると当然自重に耐えきれなくなった建物は崩れる。僕達のいる階から上が崩れ、大量の土埃が舞い上がる。不知火はそれを避けるためビルの外に飛び出した。当然浮いている状態だ。
「こんな小細工、本当に通じると思っているのかい?」
再び不知火の表情に余裕が戻る。そして上空に向けて空気の弾丸を飛ばした。視界を塞いだ上で上空からの奇襲を掛ける僕の体を無数の弾丸が貫き、大量の風穴をあける。
「そんなの、通じるなんて思ってるわけないだろ!」
今不知火が穴を開けたのは偽物。『再創造』によって創り出した僕の体。魂のない只の肉の塊だ。本物は下。不知火の空気の弾丸のおかげで不知火の姿がよく見える。
「これで……」
僕の周りの計十機の荷電粒子砲が唸る。
「な……っ!」
「終わりだぁぁぁぁァ!」
一斉に青い閃光が不知火を襲う。しかしギリギリで致命傷を避け、二射目に入る前に荷電粒子砲を全部空気塊で潰された。でももう不知火も限界だ。あと一息で勝てる……そこまで考えてはっとした。材料がない。『再創造』の元になる分解する物質がない。この距離を直接紅い閃光を飛ばすのは無理だ。それにこのまま落ちていけば僕を待つのは死のみだ。もう時間がない。何か、何か……しかしいくら腕を振れども振れども掴むのは空気ばかりだ。そんな時、自分の腕が僕の目に入った。こうなれば覚悟を決めるしかない。
僕は……自分の左腕を、『分解』、激痛の中頭に真っ先に浮かんできた武器は、あの少年が使っていた、権藤さんに止めを刺した剣。僕は痛みに耐えながら、剣を飛ばした。
「痛って〜、あの監督、無茶なメニュー組むな〜」
「もー、体は大事にしなきゃだめだよ?」
不知火の考えはある意味で正しかった。戦いの中で己の罪を認めた時、悪魔は僕達の願いを叶える。僕の願いはたった一つだった。
「どうした?」
横断歩道の真ん中で宮本が振り返った。
「ん、何でもない」
まだ初春の寒さの抜けない春空の下、僕は宮本と西尾の後を追って駆け出した。あの痣は、もう二度と浮かぶことはなかった。
どうも!完結です。自分の拙い文章にお付き合い頂き誠にありがとうございます。所でタイトルのディアブロオラシオンですがこれは悪魔に祈りをという意味らしいです。この小説に悪魔なんて出てきませんでしたけどね!
最近めっきり冷え込んできました。私の家でもストーブにお世話になってもらっています。こたつが欲しいけどあれ買うと二度と出られなそうで怖い……
それではまた!