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始まりの分岐点

二年程前だったか、僕はコンビニ強盗に遭ったことがある。その時店内にいたのはアルバイトらしき若い店員と店長。そして僕達三人、そして五歳くらいの小さな女の子を連れた母親。強盗は二人組で片方は銃を持っていた。

「全員動くな!」

突然狭い店内に太い声が響いた。

「両手を挙げてここに集まれ」

僕達はカウンターの前に集まった。その時にはもう女の子が人質に取られていた。銃を持った方が女の子に銃口を向けて、もう一人が電話で話していた。お金の要求をしているんだろう。

女の子が泣き出した。銃を持った方が苛立った舌打ちをする。

「黙れガキ!ぶっ殺すぞ!」

その大声で益々泣き声が大きくなる。

「やめて!どうか命だけは!」

お母さんが必死に命乞いをしている。僕も何か言わなければと思った。でも声が出なかった。体が動かなかった。心がそれを拒否した。このまま動かなければきっと無事に帰してくれる。目立ちたくない。でもあいつは……宮本は違った。

「やめろ!人質になら俺がなる。その子を放してやれ」

でも僕らはもう中学三年生。それに宮本はサッカーをしていて体格がいい。人質にするにはちょっと大き過ぎる。

「黙れ!てめぇなんて人質になるか!黙ってろ!」

銃口が宮本に向けられる。

「私がなる。私なら人質になるでしょ?」

今度は西尾が立ち上がった。強盗は西尾を値踏みするように見る。

「そいつに替えろ、ガキがピーピーうるさい」

今まで電話していた方の言葉で銃を持った方も納得したようで女の子を放して三好の頭に銃を向けた。

何分経ったろうか、いやその時は何時間にも感じられる時が流れる。銃を持った強盗の手が西尾の胸に伸びる。

「ガキにしてはいい発育いいじゃねえか」

それを見ているなんて僕にはできない。でも僕一人じゃどうしようもない。僕には目を閉じることしかできなかった。

「やめろ!」

宮本が銃を持った方に飛び掛った。銃を叩き落とす。それを皮切りにアルバイトと店長も飛びかかる。数はこっちの方が上。でも向こうには武器がある。電話をしていた方が店長を振りほどいて落ちていた銃を拾う。銃口が向けられた先は……僕だった。その時の光景を僕は一生忘れることはできないだろう。西尾が体当たりする。でも一瞬遅かった。放たれた弾丸が西尾の首筋を掠め、僕のすぐ横の商品棚にぶつかった。すかさず店長が強盗の両手を縛る。それから間もなくして警察がやってきて二人は逮捕された。でも西尾は首からの出血が止まらなくて救急車に運ばれていった。


突然そんなことを思い出したのは今も残る三好の首にある傷痕を見たからかもしれないし、あのコンビニの遭った所の前を通ったからかもしれない。

「痛って〜、あの監督、無茶なメニュー組むな〜」

こいつは宮本 翔伍。僕の唯一の親友であり幼馴染だ。サッカー部のエースでスポーツ万能だし頭もいい。顔もいいからモテる。そんな奴が僕の親友だなんて贅沢だと思う。

「もー、体は大事にしなきゃだめだよ?」

彼女は西尾 杏。彼女も僕と翔伍の幼馴染で翔伍の彼女だ。勉強は普通だし、運動は少し苦手な位だが面倒見がいいし料理が上手い。

とにかく僕は今この二人から離れたかった。何もできなかったのは僕だけだし、西尾には目立つ場所に傷までつけてしまった。

「僕はこっちから帰るよ」

と、言っても横断歩道を渡るか、歩道橋を使うかの小さな違い。

「おう、じゃあ俺も……」

「いいって、ちょっと寄りたい所があるんだ、それに彼女を一人にしていいの?」

嘘だ。本当は寄りたい所なんて無い。

「ちょっと、やめてよー」

結局宮本が折れて僕は一人で歩道橋の階段を昇る。横断歩道か歩道橋、そんな小さな違いが僕の人生を大きく変えることになるとも知らずに……

歩道橋の上から見る二人はとても楽しそうだった。完璧な彼氏に完璧な彼女。二人はこれで完成されている。そう、僕という『異物』がなければ……二人が曲がり角に消えた所で僕も足を進めた。そして丁度真ん中辺りに差し掛かった時、足元が揺れた。落ちている、そう気付いた時にはもう遅い。僕の意識は途切れた。


目覚めると見慣れぬ天井。病院かと思った。でも何かが違う。そうだ、窓が無い。起き上がろうと腕を動かすが右腕が動かない。見るとギプスをしていた。そして体はまるで映画の中のようにベッドに固定されていた。

「おや、目が覚めましたか」

不意にドアが開いて眼鏡の男が現れた。白衣を着ている。医者だろうか。

「戦いに巻き込まれるなんて災難でしたねー、ちょっと待っててください、今、夜神月さんを呼んできますから」

僕が質問する間もなく眼鏡の男は消え、程なくして戻ってきた。後ろには黒い髪を短いポニーテールにした男がいた。

「いろいろ聞きたいことはあるだろうが先ずは俺の話を聞いて貰おうか」

僕は黙って頷く。

「はじめに聞こう、お前はテイマーか?」

「テイマー?」

聞き覚えのない単語に首を傾げる。

「知らないか、ならば質問を変える。お前は悪魔を信じるか?」

今度は首を横に振る。僕ももう十七だ。いい加減そんな子供騙しを信じる歳じゃない。

「そうか、だが俺は断言しよう。悪魔はいる。確実に。そして俺たちは奴らのくだらないゲームに巻き込まれた。悪魔にとって最も価値のあるものは何だと思う?それは力だ。奴らはそれを奪い合う手段に俺たち人間を利用しているんだ。俺たち人間に力を『賭ける』そしてそれらを殺し合わせ、勝った奴は負けた奴に賭けられていた力を同じ人間に賭けていた仲間で当分する。つまりギャンブルだ」

僕はいい加減うんざりしていた。悪魔だなんだと訳の分からないことを言っている暇があったらさっさと家に帰して欲しかった。でも次の一瞬で僕はこの男の言葉を信じることになる。

「証拠を見せよう」

そう言って男はベッドの隣の椅子を持ち上げ、放り投げた。次の瞬間、その椅子がベキベキと音を立てて『縮み』始めた。数秒後、椅子は手の平に収まる程の鉄の塊となった。

「そして、このゲームには人間側への報酬も用意されている。それは……最後まで生き残ったものには何でも一つ、願いを叶える。というものだ」

「……それで、そのゲームと僕と、何の関係があるんですか」

この男の話を聞く限り、悪魔に力を与えられた人間が殺しあうゲームらしい。でも僕にはそんな力はない。

「君も、悪魔に『賭けられた』テイマーの一人なんだよ。そこでもう一つの質問だ。俺たちはそんなふざけたゲームに対抗する組織を作った。テイマー同士で協力してゲームを生き抜く、という組織をな。それに君も入らないか?」

勧誘、と言えば聞こえはいいがこれは実質脅迫だ。テイマーとかいう悪魔の力を持った人間が手を組んでゲームを生き残る、ということはそれ以外のテイマーは殺す、ということだ。ここでNOと言えば僕は即殺されるだろう。僕はさっきの椅子のように潰される自分を想像して身震いした。

「……入るよ」

だからこう言う外に僕に選択肢はなかった。

「そうか、よかった」

すると僕の拘束が解けた。

「俺は夜神月 隼人。組織『アンチデビルズ』のリーダーを務めている」

夜神月が僕に手を差し出す。

「僕は……北上 和人です」

僕が手を握り返すと夜神月は強張らせていた表情を少しだけ弛めた。

「君にはテイマー同士の戦いで怪我を負わせてしまった。だがこれからはこのような戦いが日常的に起こりうるということを忘れないでいてくれ。また明日、あの橋の前に来てくれ。他のメンバーにも紹介しよう」

それから曲がりくねった通路をいくつも通った。どうやらさっきの医務室らしき場所は地下にあったみたいだ。どうりで窓がないわけだ。外から見ると何の変哲もない建物。雑居ビルらしく、『テナント募集』の文字が見えた。


「どうしたんだよその腕!」

登校早々宮本に声をかけられた。

「うん、ちょっとね」

まさか『悪魔のギャンブルに巻き込まれて……』なんて言える訳がない。別に口止めされたわけじゃないけどそれが暗黙の了解なことくらい僕にも分かる。それに言ったとしても信じてもらえる訳がない。

「そういえば歩道橋が倒壊したって聞いたよ?それに巻き込まれたんじゃ……」

西尾も心配そうに眉をひそめる。

「あ、そういえばカズ、寄り道するって言ってたな」

「いや、本当に大丈夫だから……」

二人の気持ちはありがたい。でもそれだけ迷惑でもある。僕は訳の分からないアンチデビルズとかいう組織に入らされて、襲われるかもとか、戦えとか、色々なことが一度に起きて頭がパンクしそうだ。一人で考える時間が欲しかった。だから昼休み、いつもは宮本と西尾と三人で教室で食べるところを断って屋上へ上がった。屋上は常時開放されているのだが春先の肌寒い時期。屋上でランチをとろうなんて物好きは僕くらいのものだった。幸いメニューはコンビニのサンドイッチにお茶。右手が使えなくても大した不便はない。ちょっとペットボトルを空けるのに苦労するくらいだ。ノートは西尾が二人分取ってくれた。


放課後、僕は夜神月との約束通りあの歩道橋に向かった。倒れた歩道橋の周りには『KEEP OUT』のテープがかかっていたが野次馬は多く、写真を撮ったり、思い思いに喋ったりしていた。そんな中で一人だけ浮いた人物がいることに気づいた。長い茶髪をポニーテールでまとめている少女だ。歳は僕と同じくらいだろうか、つまらなさそうにタブレットをいじっていた。先方も僕の視線に気づいたようで画面から顔を上げ、僕の顔をまじまじと見つめてくる。

「あんたね、新入りってのは」

どうやら彼女もアンチデビルズのメンバーらしい。僕は肯定の意を示した。

「ついて来て」

着いた先は昨日のビル。少女に連れられるままに地下に続く階段を下りる。何度も通路を曲がってドアを開けた先はサロンのような空間だった。テレビがあり、ソファーがあり、本棚やビリヤード台まであった。

「来たな」

ドアの正面には壁一面の巨大なスクリーン。その横に夜神月はいた。

「では皆、新たなメンバーを紹介しよう。彼は北村和人。昨日付けで同志となった」

わずかばかりの拍手が鳴る。僕はなんとなく居心地が悪くなった。

「よう」

突然肩を叩かれた先は振り返ると後ろに岩かと思うほどの大男がいた。身長は2メートルはあるだろうか、横幅は少なくとも僕の三倍はある。

「俺は権藤 篤、能力は『硬化』だ。そっちの眼鏡の女は伊原 涼子。ここのナンバーツー、まあ夜神月の次に偉いってこった。怒らせると怖いから気をつけろよ、それから……」

権藤さんの勝手な自己紹介、他己紹介を口火に今度は金髪の見るからにチャラそうな男が自己紹介を始めた。

「俺は貝原 周平、能力は『瞬間移動』。周平でいいよ」

最後は僕をここまで案内してくれた少女だ。明らかにしぶしぶといった感じで口を開く。

「三好 南。能力は『爆破』よろしく」

「それでさあ、和人?だっけ?の能力は何なのさ」

僕はその質問に言葉を詰まらせてしまった。そうだ。僕は自分がどんな能力を持っているのか知らない。夜神月からは『ある』と言われただけで具体的なことは何も言ってくれなかった。

「……分からない……です」

一瞬サロンが静まり返る。皆は『何を言っているのか分からない』そんな顔をしている。数秒の後、今まで黙っていたフチなし眼鏡の女の人、権藤さんの紹介によれば伊原、とかいう人が口を開いた。

「あなた、ふざけてるの?私達は互いに命を預け合って戦っているの。それに能力の把握は最低条件。夜神月さんが何故あなたを入れたのか知らないけど最低限の義務も果たせないようじゃここにいる資格はないわ」

そんなこと言っても知らないものは知らないし僕だって好きで入ったわけじゃ……

「まあまあ、どうせ夜神月のことだ、何か考えがあるんだろ。とりあえず今日は新入りに実戦を見せてやらないとな」

権藤さんが仲裁に入ってくれなければ僕はきっとこの場から逃げ出してしまっただろう。それだけ皆の視線が痛かった。

「いいですけど……今日の標的は?」

三好がポニーテールを揺らしながら聞いた。僕は特に嫌われているみたいだ。

「加賀見 健二、能力は『発火』、メンバーは俺と南、あと新人で行く」

「じゃーね、いってらっしゃい」

ドアに向かうのは権藤さんと三好だけ。そのまま行ってしまうようだったから僕は慌てて二人の後を追った。


ビルから出て暫く経った頃、とうとう堪えきれなくなった僕は権藤さんに聞いてみることにした。

「何で三人だけなんですか」

「なあ新入り、こうやって組織を作る最大のメリットって何だと思う?」

直接質問には答えて貰えず、代わりに訳のわからない問が帰ってきた。

「多対一の状況が作れるから」

僕の答えはこうだ。だからなぜ全員で行かないのか、そう質問した。

「五十点だな、確かにそうだが本質はもっと違うところにある。最大のメリットは各個の能力を補い合わせることができる、ってとこだ」

僕はいまいち理解できなかった。それが多分顔に出てたんだろう。権藤さんは説明を続けてくれた。

「例えばさっき見た敵の情報、あれは個人じゃとても集められない。涼子の『範囲探査』夜神月の『指定探査』周平の『瞬間移動』これらを駆使して集めた情報だ。これらがあって初めて俺たちは安全に戦いに行くことができる。あいつらの能力は戦闘向きじゃねーがこういうところでは何より役に立ってくれる」

各自に役割を分担して最大限チームに貢献する。だから皆はあれだけ能力について神経質になってたんだ、それがチームの、自分の生死を分けることになるから。と、そこで僕の頭に一つ疑問が浮かんだ。

「夜神月さんは能力を二つ持ってるんですか?」

確か病室で見せて貰ったのは物を縮める?能力だった筈だ。

「お前、ゲームのルールをちゃんと聞いたか?俺たちが使ってる力は元々悪魔共が『賭けた』ものなんだよ、だから複数の悪魔に『賭け』られりゃその数分の能力を得る、ってわけだ。そういう意味ではあいつは一番期待されてるってわけだよ」

じゃあ悪魔はなぜ僕なんかに賭けたんだろう、僕が勝ち残れるとでも思ったんだろうか。

「おい、着いたぞ、気合入れろ」

そこは何の変哲もないアパート。建てられてから相当な年月が経っているようであちこちに錆や傷んでいる箇所があった。

「俺が標的をおびき出す。南はいつも通り……」

「いつも通り罠を張って待ってろ、貼り終わったら物陰に隠れて合図があったら作動。わかってるわよ」

「そうかい、今日はそれに加えてもう一つ、新入りの面倒を見といてくれ」

権藤さんは親首を立て、静かに階段を上る。かなり古い筈なのに軋む音は一切しなかった。三好はというと地面や手摺、アパートの壁に至るまであちこちを手で触れているだけ。

「罠を張るんじゃなかったの?」

「今してるでしょ、あんたは黙ってて」

にべもない。こんな反応は慣れている。こんな時はこっちから何か話すべきじゃない。このまま黙っていれば早くこの戦いとやらも終わる……この時の僕はまだ甘かった。この後、平和というぬるま湯に浸かりきったまま鮮血飛び交う『殺し合い』を僕は体験することになった。


突然アパートのドアが吹き飛び、中から三十くらいの若い男と、右腕が岩のように変形した権藤さんが飛び出してきた。男はズボンのポケットから市販のライターを取り出すと火を付けた。それと同時にあたり一面が炎に包まれる。もちろん僕の周りにも。

「うわぁぁぁぁぁぁ」

何が起きたのかわからなかった。とにかく熱くて、息ができなくて、怖くて。堪らず走り出した。どっちに向かっているのかもわからず。

「南!」

突然耳元で怒号が飛ぶ。振り向くとすぐ横に権藤さんがいた。


次の瞬間、足元で爆発が起きた。それにつられるように次々と爆発が起こる。手摺から、地面から。

「くそっ!」

体が何か硬いものに包まれる感触がした。それが権藤さんの体だということに気づいたのは土煙が収まった後だった。

「な、なんだよこれ!僕を殺す気か?」

僕の顔は煤で真っ黒になり、制服や髪にはまだ火が燻っていた。

「あんたこそ死ぬ気!?何で罠のど真ん中に走って行くのよ!」

「まあまあ落ち着け、それよりも、こいつまだ生きてるな……しぶといやつだ」

権藤さんは足元に転がっている男を足で仰向けにする。男も気がついたみたいで顔を真っ青にしてポケットをまさぐる。でもライターは全部権藤さんが取り上げた後だった。

「もういいだろ?早く僕を帰してくれよ」

「あー、そうだな、でもちょっと待ってろ」

権藤さんの腕がみるみる岩のような鎧を纏ってゆく。

「や……やめてくれ!そうだ、俺もお前達の組織に入る、俺は使えるぞ、俺の能力は……」

権藤さんは無機質に拳を振り下ろしす。グチャッと嫌な音がした。

「な……つっ」

慌てて口を押さえる。でももう手遅れだった。こみ上げてきたものは止める術を失い、僕は胃の中が空になるまで吐き続けた。


恐る恐るあの男いた場所を見てみる。でもそこにあるべき物は影も形も見つからなかった。

「これが悪魔に力を与えられた者の末路だ。死んでもその肉体どころか記憶にすら残らない。もう俺たち以外こいつの親も兄弟も、こいつの事を覚えちゃいないよ、いや、元から居なかったことになってる、全く、胸糞悪い」

権藤さんは僕の肩に手を置いた。

「今日は初めてだったからな、まあ仕方ないさ、ただ……」

肩に手を置いたまま表情を厳しくする。

「早く慣れておかないといつか取り返しのつかないことになる。それだけは心に留めておけ」


その夜は一睡もできなかった。当然だ。あんなものを見た後なんだから。眠ろうと目を閉じるとまぶたの裏にあの光景と、肉を押し潰す音が蘇る。

「何なんだ……何なんだ……」

狂ってる。何の疑いもなく人を殺せるなんて、おかしい。あの夜神月って男も、『アンチデビルズ』も。何で僕はこんなことに巻き込まれたんだ……


今日もあのビルに足を運ぶ。こうしなければ今度『標的』になるのは僕の方だ。それがただ怖くて、その一心だった。

「……どうも」

サロンに入る。中にはゲームにあけくれる明彦、タブレットを弄っている伊原、そしてテーブルに参考書を広げる三好。皆僕には目もくれない。相変わらず居心地の悪い空間だ。権藤さんがいればまだましだったけど今はその姿は無い。

「皆揃ったか、連日で悪いが今日の標的はこいつだ」

昨日と同じように名前、能力、特徴が説明される。スクリーンに映し出された落ち窪んだ目の男の能力は『形状変化:硬化』権藤さんと同じ系統らしい。

「これで全部だ。質問は?」

「あの、権藤さんは?」

あの人がいないととてもじゃないけどこんな空気には耐えられない。

「権藤は別件で今は不在だ。今日は代わりに俺が入る」

隣で三好が、目を輝かせたのが目の端に映った。


道すがら、僕は夜神月にタブレットを一つ渡された。

「これは組織の連絡用だ。GPSで居場所も分かるようになっている」

よく見れば伊原や三好が使ってたのと同じ型だ。いよいよ本格的に僕にも監視をつけるつもりか。

「ここだな」

夜神月が立ち止まったのはそこそこ広い豪邸の前。確か今日の『標的』は金持ちだったか。

「俺が入って始末をつける。三好は正面と裏口で起爆用意を」

軽い身のこなしで門を飛び越え、敷地の中に進入する。三好はというとこれまた昨日と同じに門や地面をペタペタ触っている。僕がそれをぼんやり見ていると突然目を向けてきた。

「役に立たないのはまだいいわ、でも絶対に夜神月さんの足手まといにはならないで」

こっちだって昨日みたいに死ぬ思いをするのはもうごめんだ。僕は裏口に向かう三好を正門で見送ることにした。まさか正門から逃げるなんてことはないだろ。


三好が裏口に向かって一分も経たないうちに状況は動いた。屋敷の窓から煙が上がる。そこから男が飛び降りた。窓の位置は三階。しかし軽い動きで着地直後、走り出した。向かう先は……正門だ。僕は逃げ出した。裏口に向かおうと角を曲がる。しかしその先に男は待ち構えていた。男は手には鋭い鉤爪。思わず後ずさろうとする。しかし腰が抜けて動けない。鉤爪が光る。嫌だ。こんな無様に尻餅をついた格好で死ぬのは……目を閉じる。しかしいくら待っても来るべき痛みも、死も訪れない。その代わりに僕の顔に生暖かい液体が滴った。ドサリと体に重みを感じる。そうでなければいいと思いながらも目を開けた。しかしそんな時ばかり僕の想像は当たってしまう。倒れこんだ夜神月の前身には大きな爪痕が。抱えた僕の手にべっとりとその血がついた。

「何だよ……何なんだよこれ……」

鉤爪の男の姿はもう無かった。夜神月が殺したのかもしれないし、逃げたのかもしれない。遠くに三好の姿が見えた。


それから三好の連絡で伊原や明彦が来て夜神月を連れ帰った。


「何で」

病室の前、三好の声は暗かった。

「足手まといにはならないでって、言ったのに……」

「違う。僕のせいじゃない……僕は違うんだ……」

パンッ……暗い廊下に乾いた音が響く。一瞬何が起きたのかわからなかった。僕がそれに気付けたのは熱く熱をもつ頬の痛みと、伏せた顔から落ちる三好の涙を見たから。

「違う……僕はもともとこんな所に来たくなんて無かったんだ……そうだよ、僕はあいつに脅されて仕方なく入ったんだ。それであいつが怪我して……自業自得だ」

パンッッ……もう一度。

「もう……帰って。二度と私の前に現れないで」

そんなことこっちから願い下げだ。夜神月がこうなったのは僕のせいじゃない。こんないつ死ぬか分からない所に居るのは僕だってゴメンだ。


夜が明けた。今日も眠れなかった。あのタブレットにメールが来ていたが見る気は起きない。僕はもう関係無いんだ。いつものように着替えをして、朝ごはんを食べて、学校に行く。相変わらず西尾と宮本は楽しそうだし、クラスの皆も何も変わってはいない。つまらない授業を受けて、昼ごはんを食べて、宮本は部活に、西尾は生徒会に向かう。何も変わらない。でも僕だけは変わってしまった。あの事故に遭ってから、狂った奴らの殺し合いに巻き込まれて、人が死ぬのを見て、傷つくのを見て……殴られて。どうして僕だけ。どうして僕なんだ。他の誰でもよかったはずなのに。

夕刻、チャイムが鳴った。僕達は下駄箱を抜けて校門へ向かう。

校門前に見覚えのある人影が見えた。

「どうしたんだ?」

「早く帰ろ」

二人の厚意はありがたい。

「うん、でももうちょっとここにいるよ」

「どうしたんだ?最近お前、何か変だぞ?」

「僕は大丈夫だよ。でもやり残したことがあってさ」

「何?私達も手伝うよ?」

僕なんかを気遣って、話しかけてくれるのは二人くらいだ。

「少し時間がかかりそうなんだ、だから先に帰っててよ」

「そうか?わかった、杏、行こう」

だからこそ二人を、二人だけは絶対に巻き込みたくない。


校門の脇から見覚えのある人影がこっちに向かってくる。その横を宮本と西尾が通り過ぎて行った。昨日夜神月は取り逃がしてたんだ。

「まずは一人目」

タブレットの顔写真と同じ、落ち窪んだ目でギロリと僕を睨む。男の右手が鉤爪へと変わった。僕と男の距離は十メートル。僕から下駄箱までの距離は一メートル。僕は全速力で下駄箱に走った。恐怖で足が震える。でも今はこの男と宮本達を遠ざけるのが目的だ。

下駄箱を回って階段を駆け上がる。途中何度も足を踏み外しそうになった。その度に背中を鉤爪が掠る。

もう息が苦しい。でもあと少し。二階の渡り廊下の先、化学実験室。

「このちょこまかと……」

ドアを開けて転がり込むように中に入る。そして液体の入ったビンを男に投げつけた。しかし男はそれを容易く鉤爪で受け止める。ビンが割れて中に入っていた液体が飛び散った。

「このっ」

火をつけた雑巾を男に投げる。その瞬間、男の体が激しく燃え上がった。

「てめえ……何を浴びせやがった!」

答えは簡単、小学生でも知ってる。メチルアルコールだ。アルコールランプの中身。

「このクソガキ!」

でもあの鉤爪には火は効かない。それは権藤さんが火の中で僕を守ったことで分かっていた。僕は足止めさえできればいい。あの二人を守れればそれで……鉤爪が僕の目の前に迫る。それでも怖い。痛いのは嫌だ……

「このバカ!」

不意に横から聞き覚えのある声と爆発で男が反対側に吹き飛ぶ。

「三好……何で……」

そう。あれだけ僕を嫌って、憎んでいたのに。どうして。このまま見殺しにすれば良かった。そうすれば僕は死ぬ。その後に応援を呼ぶなりこいつを殺すなりすれば良かった。

「あんたね、そのタブレットのGPSが何のために付いてると思ってるの。それに……」

三好は言葉を濁らせる。

「夜神月さんが守ろうとした人を私が見殺しにできるわけないじゃない」

まるで僕の心の問いを読んだみたいな答えだった。

「ほら、何ボケっとしてんの、走るわよ」

そう言って化学実験室を抜ける。でもその後を物凄い速さで男が追ってくるのを感じた。

「どうすんだよ!追いつかれるぞ!」

「うるさいわね、黙ってなさい!」

逃げながら三好は壁や地面を触る。そして男が通る瞬間に起爆させていく。でも三好の能力は白兵戦向きじゃない。それに能力を使いながらだとどうしてもスピードが落ちる。僕の背中に鉤爪が何度も僕の背中を掠める。そしてついに鉤爪が僕の肩を捉えた。激しい痛みが走り、シャツが血に染まる。

「うわぁぁぁっ」

思わず肩を押さえてうずくまる。膝は笑いっぱなしで使い物にならない。痛い。苦しい。もう死んでしまいたい……そんな僕に鉤爪が振り下ろされる。もう死んでもいいのかもしれない。そうすれば楽になれるのかも……そう思った矢先、僕の目の前にポニーテールが踊った。

「何でだよ……何でそこまでするんだよ……」

戦いは嫌だ。痛いのは嫌だ。怖いのは嫌だ。もう目の前で誰がが死ぬのも、傷つくのも嫌なんだ。でも……

僕のために身を投げ出す三好の姿が銃弾から僕を庇った西尾の姿と重なった。

僕を守った夜神月の姿と重なった。

でも、

何もできない自分は、

何もしない自分は、

もっと、ずっと嫌いなんだ……!

「やめろぁぉぉぉっ!」

三好を突き飛ばす。何をすればいいかなんて分からない。何ができるかなんて分からない。でも、何もせずに見ているだけなのは、もう嫌だから。

僕と男との間に紅い光の壁が現れる。その壁に触れた男の右腕は鉤爪もろとも『消えた』。

「何だ……これは……」

男は肘から先が無くなって鮮血が溢れる右腕を押さえて一歩距離をとる。

今僕にできることがあるとすれば、やるべきことがあるとすれば……

右腕を固定していたギプスが『消し飛』んだ。腕を伸ばして男の顔を掴む。右腕をに痣のような、刺青のような紅い、不思議な紋様が浮かび上がり、身体の奥から力が湧き上がってくる感覚がした。

「うわぁぁぁぁぁっ」

自分の中の『力』が腕を通じて男に流れ込んでゆくのを感じた。掌から漏れた紅い閃光に男の体が包まれる。そして掌の抵抗が『無くなった』。

息が苦しい。新しい空気が欲しい。僕は地面に倒れこむ。今までに感じたことのない疲労と倦怠感が僕の全身を襲っていた。

「ちょっと?あんたどうしたの?」

遠くで三好の声が聞こえた。うるさいな……もうほっといてくれ。僕は眠いんだ……溢れる衝動に身を任せ、僕は目を閉じた。


目を開ける。真上には見覚えのある天井。医務室だった。隣には夜神月が眠っている。命は助かったようだ。

「おや、目が覚めましたか」

これもまた聞き覚えのある声。白衣に茶色の縁の眼鏡。僕が最初に会った人だ。

「紹介が遅れましたね、私は瀬名 明彦。皆からは『先生』何て呼ばれていますがそんな大したものじゃありません」

「あの……夜神月さんは……」

恐る恐る聞いてみる。もしも後遺症でも残ったら僕はどう責任を取ればいいのか分からない。

「ああ、夜神月さんでしたらバイタルは安定しています。出血に比べて傷は浅かったですしね、和人君が気にしているようなことにはならないと思います」

「そう……ですか」

ほっと胸をなでおろす。それを見ていた瀬名先生が眼鏡の奥で笑ったのが見えた。僕が目で抗議すると瀬名先生はさらに目尻を下げてこう言った。

「いえ、南さんも同じ反応をしたな、と思いまして」

見ると三好は夜神月のベッドに突っ伏して眠っていた。どうやら一晩中側にいたらしい。

「それで、今何時ですか」

僕は長くても半日程度だと思っていた。しかし瀬名先生の言葉に僕は耳を疑った。

「そうですね、和人君が運び込まれてから丁度四十時間位ですから……今は午前四時、ってところですか」

と、いうことは僕はかれこれ丸一日半は眠っていたことになる。宮本達に心配かけちゃったな。


どうも!お久しぶりです。はい。一ヶ月投稿をサボってこの調整をしておりました。楽しんで読んでいただければ幸いです。

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