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人を救う力


むすっとしたアデルを置いて部屋に戻ったラウムは、採集してきたリチャを笊に並べ始めた。乾燥させて粉末にしなければならないのだ。

思っていたより豊作だったので、十数枚になってしまった笊を3枚重ねて外の干し場に持っていく。

専用に設えた棚に並べていると背後から声がかかった。

「ラウム」

「ん?」

振り返った先にいたのはガンツだ。

すでに65なのだが、鍛えられた身体は60を過ぎているとは到底思えないほどに精気に満ち溢れている。

騎士団団長の座は後進に譲ったが、今は剣術の指南役として軍に在籍していた。

「おじいちゃん、帰ってきてたんだ」

「アデルの任命の儀があるから、その準備だ」

任命の儀とは官僚、もしくは軍人として誓約を立てる儀式で、一度誓約するといくつかの例外を除き定年まで一生官僚ならば官僚、軍人ならば軍人として生きることになる。様々な機密を扱う立場になるからだ。

誓約する相手は太陽神ナバルと大地の精霊なので、任命の儀はそれぞれが生まれた土地で行われる。

「薬の材料は集まってるのか?」

「8割がたは。ただやっぱり南方諸島から仕入れる必要はあるね」

大陸南方に広がる島国からなるウェリア諸島連邦。

小さな島国の集まりだが、ここでしか取れないものが多くあり、かつてはドラゴニアやラナサントといった北方の国々との交易が盛んだった。

アームネスタはその交易ルート上にあったため、交易が行われていた頃は様々なものであふれていたらしい。

国境が封鎖された今となっては商隊もほぼ絶え、ラナサントにほど近いこちらの方まで来るものは少ない。

「伝令士に声を掛けてみよう。リストをくれ」

「わかった。お願い」

「先生が悲鳴あげてたぞ?早く帰ってきてくれって」

医師として認められたラウムは、アームネスタにある医科教導院で働いている。

高等技能学舎の代替として各職能の専門学舎が各州に新設されたのだが、そのうち薬師と医師になる者のために用意されたのが医科教導院だ。アリアがその学長を務めている。

先生というのはラウムの直属の上長に当たるイリヤのことだ。

まだ三十半ばと若いのだが外科的な技術では右に出るものがおらず、教導院の理事も務めている優秀な人物だ。

「今って暇なはずなんだけどな」

ラウムは流行病の鎮まる時期になると不足しそうな薬の材料の採集に帰ってきている。

「最近内陸方面の警備に当たっている兵が動物に襲われて怪我をする事件が多発しているんだ。なにかが起こる予兆かもしれん」

「アガルタ、なのかな・・・」

「少なくともこの十年、連中はシナルアには姿を見せていない。アルガスの爺さん曰く、精霊たちが不自然に騒いでいるらしい」

アルガスの爺さんはこの地域では高名な魔術師だ。精霊術ではシナルア一とまで言われたらしいが、名誉や金といった類には全く興味がないそうで、世捨て人のような生活をしていた。

この村にもたまに現れては施しを受けてどこかへと去っていく。

「何が、起こってるのかな」

胸の奥をひやりとしたものが通り過ぎる。

あの日、突然訪れた厄災―――あの時は予兆も予感もなかったが、それでも不安になる。

「何かが起こるにしろ、準備はせねばならん。そのためにはお前の存在は不可欠だからな」

ガンツはラウムの肩を拳で突く。

「分かってる」

何も出来なかったあの日―――だが、今は人を救える力がある。


「あなた、医師にならない?」

そう、アリアが言ったのは初等技能学舎に入って半年過ぎたころだった。

薬師になりたい、という希望は伝えてあったので、アリアから薬師としての基礎的な知識、ラハン周辺で得ることが出来る薬の材料についての知識を初等技能学舎に入るまでみっちり教えてもらっていた。

「実は来年から薬師や医師を目指す子供たちのための学舎を立ち上げることになったの。あなたなら中等2年の授業でもついていけるし、初年度生として入舎してみない?」

“なぜ僕が?”と伝えると

「あなたが優秀だから。高等技能学舎の代わりとして、医科教導院がホムルズ州とリベア州に、魔道教導院がセーム州とキャンモア州に、法科教導院がレブルストーク州とカムループス州に置かれることになったの。まずは実績が必要だから、確実に医師になれそうな子をひとりでも多く集めないといけないのよ。あなたは私が見てきたんだし、問題はないわ」

初等技能学舎は10歳から2年間を初等、12歳から2年間を中等、14歳から2年間を高等として、座学で一般教養を身に着けつつ職人としての適性を測り、16からの2年間で職人としての実地を積む。軍人になる者は16で士官学校へと進学するのが通例だ。

官僚を目指す者は例外で、上等学舎に進むために初等の2年間で6年分の一般教養科目を履修し修習しなければならないので特進学級として設定されていた。とはいえ、6年かけて教わる知識を2年で詰め込むなど出来るはずもなく、家庭教師による指導は不可欠だった。

ラウムはアリアの勧めもあり特進学級に入っていたが、来年からとなると中等1年の内容までしか学習が出来ない。

そのことを伝えると

「元々高等技能学舎はあなたの年齢で入るものだし、最初は一般教養からよ。専門教育も同時に受けることになるけれど、あなたは薬学に関して覚えるべきことはすべて教えてあるし、今年3年分一般教養科目を修習するんだから、有利なことはあっても不利になることはないわよ」

アリアはそう言うが、特進コースでついていけるという自信はラウムにはない。

「答えは急がなくてもいいの。あなたが納得できる道に進むのが一番なんだから。でも、あなたには他の子供たちよりより大きな可能性がある。そのことだけは覚えておいて」


「医師に?スゲェじゃん!!!」

アリアに誘われたことをアデルに伝えると、アデルは自分のことのように喜んでくれた。

だが、アリアの話を受けるとアデルと別々の学校になってしまう。

さすがに村とは違って露骨に差別を受けることもなく、新たな友人関係は築いていたが、アデルの勝気な性格は様々なところで軋轢も生んでいた。

「お前なら絶対なれるって。頑張れよ」

“アデルは大丈夫?”

「何が?」

不思議そうな顔をするアデルにはラウムの心配は伝わっていないようだ。

とはいえそれをありのままに伝えることはさすがに憚られた。

それから半月後。ラウムはアリアの申し出を受けるとアリアに伝えた。

将来を考えるならば、これ以上の機会は望めないだろう。庶民であるラウムには本来、医師になれる資格がないのだ。

医師になることが出来れば薬師以上に軍との関係も密接になる。軍人になるアデルのことを考えるとそれが最善だったのだ。

「そう。なら、あなたにはこれを渡しておくわね」

そう言ってアリアが取り出したのは、以前、アリアの元で見た医学書だった。

「私たちにとっての最大の武器は知識よ。良い医師になるためにはどれだけ多くの知識を得ることが出来るかにかかっているわ。もちろん、得た知識から知恵を得ることも大切だけど、その下地になるのは知識だから。あなたならそこに書かれていることの意味を教わらなくてもある程度は理解できるはずね」

頷いたラウムを見てほほ笑んだアリアはラウムを抱き締めると耳元で囁く。

「あなたは本当に聡明な子。そしてとても優しい子。あなたならきっと多くの人々を救えるわ。私の息子みたいに」

身体を離したアリアはラウムに座るよう促した。

「私はね、西の大国、ルーニエと虚無の砂漠に挟まれたロクシルという小国に生まれた。ロクシルは薬学が進んだ国でね、私は薬師として研究をつづけながら、伴侶を得て・・・そして子供が生まれた。あなたのように、とても純粋な目を持った聡明な子だったわ」

アリアの瞳の向こうには、誰かを想っているような光があった。

「伴侶はロクシルにあった『火の神殿』の神官だったの。この世界を創ったという創世の神々、風の神『フィエルテ』、水の神『フォルテ』、地の神『バアル』、そして火の神『マルク』。四柱の内の一柱を祀る聖なる神殿。そこに使える神官だったのだけれど、とても逞しい人でね、私は一目ぼれだった。ロクシルで神官位は貴族と同等のものだったのだけれど、私もロクシルの薬師の筆頭の家に生まれたから、身分の違いはなかった。だからすぐに求婚して、私も神殿を守る神官の里で暮らすようになって、でも・・・」

アリアの瞳が憂いの陰を帯びる。

「ある日、突然ルーニエの侵攻が始まって、あっという間に国は滅びたわ。里にまで侵攻してきた軍に対して、話し合いに向かった神官は皆殺された。私の夫もね。もうすべてが滅びてしまう―――そう思った。そうしたら、息子が夫の愛刀を持って家に飛び込んできたの。村の者を連れて逃げろって。私は近辺の山々で薬の材料の採集をしていたし、山道には詳しい。私なら里の者たちを逃がせるはずだからって。そのための時間は自分が稼ぐからと―――」

ラウムが声が詰まったアリアの背に手を回すと、アリアはその手を握った。

「―――私は里の者を連れて山道をシナルアへと走ったわ。真っ暗な山道、山道に不慣れな者たちを連れていくのだから急がねばならないと、そう思っていたから。そうしたらね、突然道を照らすように火が灯っていったの。何もない場所に次々と。そのおかげで私たちは無事にシナルアに抜けることが出来て・・・きっと『マルク』が守ってくれたんだと、私はそう思う。息子が無事かどうかは分からないけれど、きっと『マルク』が守ってくれたと、私はそう信じてるの」

そしてアリアは再びラウムを抱き締めた。

「あなたには私の得てきたもののすべてを継いでほしい。あなたなら、私以上に多くの人を救い出すことが出来るわ」

その声には失ってしまったものを渇望するかのような響きがあった。


翌年、医科教導院へと入院したラウムは、特に成績が優秀なものとして中等二級に編入された。元々新たに設置された教導院ということもあり、各学年に20名程度とあまり生徒は多くなかったのだがラウム以外は皆14歳以上、さらに高等技能学舎に入舎予定者ばかりということもあり、庶民出身はラウム一人だけだった。

「あれがそうなのか?」

「アリア学長の推薦だってさ。どんなコネを使ったんだか」

高等技能学舎に準じる形で設置された教導院は、入院の資格として成績だけではなく人柄も重視されるので表立って嫌がらせを受けたりすることはなかったが、異質な存在であるラウムを見る目は好奇と侮蔑にあふれていた。

とはいえラウムが成さねばならないのは医師になることだ。

リジッド壊滅から3年が経ち、高等技能学舎に入舎予定だった同級生は皆、家庭教師の指導を受けてここにやってきていたが、ラウムのように特進コースの授業をこなしてきているわけではないので、知識レベルはラウムとなんら変わらない。

さらにアリアの指導を受けている分、薬学の成績は断トツで、一般科目も全教科において1位2位を争うほどだったので半年もするとラウムに対するやっかみの声は消えていった。

「しかし君は学長推薦だけあって本当に優秀だな。一度で覚えるから、教えるのが楽しくて仕方がないよ」

外科の実技を担当する教師であるイリヤはそう言って笑った。

「君の生い立ちは聞いているが、君がそうも記憶力が良いのは君が声を出せなくなったことと何か関わりがあるのかもしれない。一度確かめてみたいんだが」

外科の医師であるイリヤが確かめたいというのならば、それは手術だろう。

ラウムが首と手を振って拒絶の意思を示すとイリヤは苦笑した。

「冗談だよ。しかし、君ならシナルア史上最年少の医師になれるだろう。薬学は学長直伝でオボロ先生ですら君に教えるようなことはないと言ってるし、医学は面白いように吸収してくれるし」

オボロは教導院で薬学を担当している40過ぎの教師だ。

「一般科目はもう、基礎は終わってるわけだから、これからは蛇足だしな。君はあとは実技をひたすら磨いていくべきだろう。実習課程を早めに用意できないか、今度の理事会の議題として挙げてもらえるよう学長にお願いしておこう」

イリヤは書類をまとめると立ち上がる。

「今度の休暇は村に帰るのかい?」

もうじき収穫祭前の長期休暇に入る。

頷いたラウムに

「学長が薬の材料を採ってきて欲しいそうだから、休暇の前に学長室に寄ってくれ。私も診療所がなければ同行したいんだがな。ラハンは近いというのに一度も行ったことが無いんだ。医師不足は深刻だな」

と一つため息を吐く。

そしてラウムの頭に手を置くと

「お前が医師になってくれれば、私も少しは余裕が出来るだろう。しっかり頼むぞ」

と髪をぐしゃぐしゃにして去っていった。


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