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リジッドの少年

『火の王と終末の世界』で火の王、『世界の終わりと始まりの世界』で風の王、なら地の王も必要じゃないかと書き始めたのがこの作品です。

どういう展開になるかはまだ決まっていませんが、男リョナ成分濃い目、薄めのBLっぽいものになると思います。

灼熱の炎―――


「誰か!!!誰かいないの!!?」


赤に照らされた世界で少年は叫んでいた。


「うわっ!!」


突如響き渡った轟音に少年は耳を塞ぎしゃがみこむ。


天を巨大な影がいくつも飛翔していく。


それがいったい何だったのか、少年はまだ理解できていなかった。



「せんせー!」

道のむこうから走ってくる子供たちに、ラウムは顔を上げた。

「どうした?」

「レンちゃんが熱出してるから先生呼んできてって」

「わかった」

採集した籠を背負って立ち上がったラウムの左右に子供たちがまとわりつく。

「今日は何採ったの?」

「リチャっていうキノコだ」

一つ取り出して見せると

「これがお薬になるの?」

「そうだ。痛み止めになるんだ。でもお前たちは勝手に採っちゃダメだぞ?」

「なんで?」

「これに良く似た毒キノコがある。うっかり口にしたら死ぬからな」

リチャは強い鎮痛作用があるキノコで、これを干して粉末にして用いる。

ヤムという良く似たキノコがあるのだが、そちらには強い神経毒が含まれていた。

とはいえヤムもその強毒を治療に用いることもあり、薬師にとってはどちらも貴重な材料だった。

「キノコはちゃんと大人に食べても大丈夫か確認してから食べること。わかったな?」

はーい、と大きな返事をして走り回る子供たちを見ながら、ラウムは昔の光景を思い出していた。


ラウムは物心ついたころにはリジッドの孤児院にいた。

似たような境遇の子供たちが数十人、集まって生活していた孤児院はナバル教教主でありシナルア公国公主である、リヒト様のお慈悲により設立されたもので、運営はナバル教の教会によってされていた。


「神父様!!」

会議があると本山に行っていた神父様が戻るなり、とびつくラウム。

「どうした?」

そう言いながらもラウムを抱え上げ、微笑む神父様。

神職にありながら、騎士としての資格も有するこの神父様がラウムは大好きだった。

ラウムの何倍も大きな体に、優しさを湛えた柔らかな表情。

親を知らないラウムにとって、庇護してくれる相手という以上に純粋な憧れだったのだ。

皆が神父様を好きだったので、こうして独り占めできる瞬間を狙っては会いに行っていた。

「あー!!ラウム、狡いぞ!!」

神父様が戻ってきたことをきいた他の子供たちが神父様の周りを取り囲む。

「ほら、みんな落ち着きなさい」

軽々と4人の子供を抱え上げて笑いかけるその姿を周囲の大人たちも微笑んで見ていた。

「今日、神父様のお背中流してもいい?」

とラウムが訊くと

「狡いって!!僕もやりたい!!!」

と他の子供たちも騒ぎ出した。

「よしよし、順番にな」

ラウムたちを下ろして他の子供たちを抱え上げても、ラウムは神父様の足元にしがみついていた。

その逞しい腕、大きな背中、慈愛に満ちた眼差し―――

ただ、そのすべてが大好きだった。


「えーっと、これが二つで・・・これが五つだから・・・」

子供たちが長机に並んで、目の前の紙に集中している。

毎日の礼拝の後に行われる学習の時間だ。

ラウムはすぐに終わってしまったので、年下の子供たちの勉強を見ていた。

「ラウム、お前少し上の勉強もやってみるか?」

いつも勉強を見てくれる先生が紙を手渡す。

「この前やった問題の応用だ。お前なら解けるだろ」

ラウムはざっと目を通すと

「92ですか?」

と答えた。

すると先生は

「やっぱお前は頭良いな。上の学校に通わせてやれたらいいんだが」

と苦笑した。

上の学校というのは一般人の子供が通う初等技能学舎ではなく、医者や魔法学者といった高級職人階級の子供が通う高等技能学舎のことだ。

だが、通うためには国に認められた高級職人の子息であることが条件なので、一般人で孤児であるラウムには無理な話だった。

「これは14歳が解く問題だ。8歳でこの問題を解ける奴なんてそうはいないんだがな」

ため息を吐く先生に

「どうかしましたか?」

と神父様が問いかけた。

「神父様。いや、ラウムのやつを高等技能学舎に入れてやれないものかと思いまして」

「高等技能学舎ですか・・・高級職人の養子にでもなれれば道は開けるのでしょうが。近いうちに司祭様に伺ってみましょう」

孤児院の子供たちが養子として引き取られていくことはままある。だが、身分を超えて引き取るということはまずあり得なかった。

だが、ラウムにとってはそれ以前にありえない話だ。

「嫌だ。神父様と離れるなんて絶対に嫌だ!」

そう言って神父様にしがみついたラウムを抱え上げると

「ラウム。君はこれから大きくなって、色々な人々と出会うでしょう。それと同時に色々な人々との別れも経験することになります。分かりますね?」

と告げた。

「でも・・・」

涙をこらえきれず、神父様の肩に顔をつけて嗚咽をこらえるラウムに

「いますぐ別れが訪れる、というわけではありませんよ。あなたがもっと大きくなって、十分に強くなってからの話です。だから、いまのあなたは安心して、ゆっくり過ごしなさい」

だが、いつか必ず離別の時が訪れるのだという事実は、確かな不安となってラウムの心にこびりついてしまった。


「ラウムー!降参だから出て来―い!!」

という声が聞こえ、物置小屋の屋根から飛び降りるラウム。

「そんなとこ見つかるはずないだろ!!もっとわかりやすいところに隠れてよ!」

「分かったよ」

「じゃ、次はジョージが鬼ね」

「えー!!しょうがないな~。じゃ、数えるよ!!」

ジョージが壁に額を当て数えはじめると、子供たちは一斉に思い思いの方向に散らばっていく。

ラウムは礼拝堂の前に積まれていた木箱の隙間に身を潜めた。

同世代に比べるとやや小柄で身軽だったラウムはかくれんぼが大好きだった。

他の子供たちが入り込めないようなところにも入り込んで、最後まで隠れ続けることが出来るからだ。

この木箱の間なら、少し離れたところから見れば一目瞭然だし、文句を言われることもない。

そのまま息を潜めていると、突然轟音と共に木箱が吹き飛ばされ、積み重なった木箱の隙間に落ちたラウムは意識を失った。


「う・・・・」

ラウムが目覚めた時には辺りはすっかり暗くなり、周囲は焦げ臭い臭いが充満していた。

木箱の下を潜り抜けて外に出ると、そこにはいつもの中庭があるはずだった。が―――

そこには何もなかった。

礼拝堂も、物置小屋も、ラウムたちの部屋も、食堂も、あるはずのものはすべて形を失い瓦礫と化していた。

炎が辺り一帯を包み、雲が低く垂れこめた空は不気味に赤に染まっている。

ラウムは誰かいないかと声の限り叫んだ。 

「誰か!!!誰かいないの!!?」

だが低く響く轟音と、パチパチと火が爆ぜる音しか聞こえない。

その時、巨大な唸り声が響き渡り、ラウムは「うわっ!!」としゃがみ込んだ。

空を見上げると巨大な翼を持った影が無数に北へと飛んでいく。

本能的な恐怖を感じ、瓦礫の陰に入りひたすら願った。


神様!!お助けください!!!―――


と。

やがてすべての影がはるか北の空へと消えていき、息を吐いたラウムは瓦礫から出ようと足下に手を突いた。

ビチャ、という感触に手をひっこめる。

そしてラウムは手のひらを見た。

炎の赤に照らされ、良く分からないが、水より少し粘り気があるような液体が手を染めている。

足下を見ると、その液体が水たまりを作っていた。

その流れてきた方を見た瞬間―――

「ひっ!!」

ラウムの息は止まった。

巨大な瓦礫の下―――仰向けの神父様の身体が半分だけ、はみ出している。

その大きな手でいつも撫でてくれた優しい神父様。

いつも慈愛を浮かべた優しい表情だった神父様の表情は苦悶に歪み、目から、鼻から、口から、耳から、血を流していた。

そのあといったいどうしたのか―――気付くとリジッドへつながる街道にいた。

疲れ果て、道端の木の下に横たわったラウムは「おい!」という声で意識を取り戻した。

心配そうな表情でラウムの顔を覗く男。

「しっかりしろ!!!」

ラウムは何かを答えようとしたが、声が出なかった。

男に抱え上げられ、馬車に乗せられると

「俺はこいつを医者に連れていく。お前らはリジッドに」

という声を聴いて、ラウムはまた眠りに落ちた。


ラウムが目覚めると清潔に整えられたベッドの上にいた。

かちゃかちゃという音に顔を向けると、中年の女性が小さな壺のようなものに何かを入ればちの様なものでそれをかき混ぜている。

「あら、起きた?」

女性はラウムに気付くと壺を置き、ラウムの傍に座った。

「怪我もしていないようだし、もう、大丈夫でしょ。あなた、お名前は?」

声を出そうとするが、声が出ない。

いったいどうしてしまったのか―――

わけのわからない恐怖に駆られ、自然と涙が溢れた。

「どうしたの?大丈夫よ?」

そっと抱き締められたラウムは音にならない声を挙げて泣いた。


「私はアリア。あなた、字は書ける?」

頷くと紙と黒墨を渡された。

「声を出せないようだから筆談でお話ししましょう。あなたのお名前は?」

ラウムと書いて見せると

「ラウム、ね。今お幾つ?」

8と書くと

「8歳なの?それにしては字が綺麗ね。あなた、リジッドの近くで保護されたそうだけど、リジッドに住んでたのかしら?」

ラウムは孤児院にいたこと、突然何かが起きたことまでは伝えたが、あの手についた血の感触を思い出すと手が震えて、何も書けなくなった。

「そう・・・怖かったわね。ここはリジッドのはるか東にあるアームネスタという街よ。もう怖い思いをする心配はないわ」

落ち着いたラウムが何が起きたのかを訊くと

「アガルタは知っているわよね?この世界、シャングリラと対をなす世界に住まう者たち。彼らが突然攻めてきたの」

ラウムたちの住まう世界、シャングリラ。

その世界の裏側にはもう一つの世界があるのだという。

それがアガルタ。そこには人よりはるかに強大な力と、長大な寿命を持つ種族が住んでいるのだという。

これをその世界の名と同じくアガルタと呼んでいた。

知識としては知っていたが、実際に見たことはなく、御伽噺の中にだけいるものだと思っていた異形の存在。

あの時、天を覆い尽くしていたのがアガルタだったのだ。

理由を訊くと

「理由は分からないわ。こんなこと記録にないもの。本来、互いの世界には干渉してはならないと言われているし、アガルタがこちらで活動できる時間は一昼夜程度と言われてるの。それなのにこちらに攻め込んでくるなんて、余程切羽詰まった理由でもなければやらないでしょうし」

アリアはため息を吐く。

「あなたはしばらくここで暮らすことになるの。ここの領主様からあなたのことを頼まれてるからね。なにかあったらすぐに言いなさい。良いわね?」

頷いたラウムを見てアリアは微笑むと壺を持って部屋を出ていった。


それから数日後。

あまりにも暇だったラウムはこっそりと部屋を抜け出すと隣に部屋に潜り込んだ。

小さな窓が一つだけで薄暗いその部屋は何とも言えない不思議な匂いが立ち込め、見たことのない色々な器具が置かれていた。

壁際には立派な書架があり、分厚い本がぎっしりと詰め込まれている。

ラウムは一冊取り出し、開いてみると、聞いたこともないような難しい言葉が並んでいる。

挿絵から、医学書であろうことは推測できたが、その時のラウムには完全に未知の存在だった。

その挿絵に引き込まれたラウムが夢中でページをめくっていると

「ラウム?何してるの?」

突然アリアが顔を出した。

怒られるかと思い俯いたラウムに

「あなた、この本の内容、判るの?」

と訊くアリア。

ラウムが首を振ると

「そうよねぇ・・・医学書だし。ずいぶん夢中で読んでたように見えたから。ちょっとこちにいらっしゃい」

本をそのままにアリアはラウムの手を引くと、違う部屋へと連れていかれた。

「お入りなさい」

背を押され、中に入ると背の高い、厳つい、としか表現しようのない壮年の男性がいた。

銀髪に、よく日に焼け、深くしわが刻まれた精悍な顔。良く鍛え上げられた分厚い胸板が印象に残った。

「おぉ、元気になったみたいだな」

相好を崩すと途端に若く見えるその男性は、ラウムを軽々抱き上げる。

「俺のこと、覚えてるか?」

記憶を探ってみるが覚えがないので首を振ると

「そうか。お前が倒れていたところを見つけたのは俺なんだが」

と言われて思い出した。

あの時ラウムを拾ってくれた人だと。

「俺はホムルズ州の騎士団団長でガンツという。よろしくな、坊主」

そういってラウムの頭をガシガシと撫でるガンツは

「声を出せないんだってな。強いショックを受けた時に、そうなることがあるらしいが、元に戻ることも多いそうだから安心しろ。もう少し体力が回復したらうちに連れてってやるからな」

ラウムが首をひねっていると

「この街の近くにラハンという村があるの。緑が多くて、とても美しい場所よ。イルダ卿のご家族がラハンにいらっしゃるから、あなたの療養のためにそちらに移ることになったの」

とアリアが答えた。

「ちょうどお前と同じ年頃の孫がいるからな。遊び相手にも困らんし、先生も頻繁に来られるから、診察もしてもらえる。まずは元気にならないとな」

そう言ってガンツはラウムを下ろすと

「それじゃ、先生。後はよろしくお願いします。坊主、また、今度な」

とガンツは広い歩幅で部屋から出ていった。

「そういうことだから、あなたの体調に問題がないようだったらラハンに移るわ。その前に服とか用意しておかないとね」

ラウムはリジッドから身一つで来たのだから何も持っていない。

頷くと、アリアは嬉しそうにラウムの手を引いて街に出た。


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