ランタンを持って
クレメニスまでちょっぴり遠かったけど、みんなで歩いて向かったのです。
何故なら白仮君の手が限界を迎えちゃって……筋肉痛になっちゃったからです。白仮君は龍でもなく獣人でもないから……龍の姿をして走り続けるのはちょっと肉体的に無理らしい。
豪華な龍のお面を外して、いつもの狐面に戻ったのです。
ちなみにミギー君は誰かの姿に化けることはなく、本来の姿のままです。青紫色の髪に青白い肌で赤い目をした、幽霊の姿です。
この姿が良いのだそうです、人間に怖がられるかもしれないけど……これがミギー・アーティノス・カノティシアの姿だから良いんだってさ。
森の中は暗かったけど……ランタンのおかげで明るくて、それに魔物も襲ってはこなかったのです。
森を抜けると、街道が見えたのです。クレメニスとフェーニシアの里を繋ぐ道です。
街道を辿り、歩いているとクレメニスが見えたのです。
少々古くなって痛んだ塀と立派な門が見えたのです。門の扉は閉ざされています。
クレメニスには素晴らしい結界が貼ってある所為か、ちょっと警備がザルなようです。ちょっと高かったから苦労したけど、塀をよじ登って侵入できちゃったのです。
まあ、彩萌たちは結界に登録してあるからって理由もあるんだろうけど……もうちょっと工夫した方が良いと思います。
というか……慰霊碑の周りからもクレメニスに簡単に入れるよね、これって大丈夫なのかな。
でも結界に登録してなかったら、すぐに侵入したのがバレるのかな?
もしかしたらレニ様には彩萌たちが出入りしたのが分かってるのかもしれないね、じゃあ早く別の場所に行かないとだね!
周りを警戒しながら、彩萌を先頭にして前に進むのです。黒いもやもやが示す先は大通り付近ではない様子です。
「ミギー君は孤児院に来る前の記憶は何にもないの?」
「よく覚えてないけど……どこかの家に居たのは覚えてて、でもそこに居るのが苦しくって……いつの間にかその辺をウロウロしてた」
「僕と同じくらいの年の子がいっぱい居たから、孤児院に居座っちゃった感じ」ってミギー君は答えたのです。
そうだったのか……どこかの家に居たのは覚えてるのかぁ。でもそれ以外のことはよく覚えてないみたい。
どうして苦しいと思ったのか、何故ウロウロしていたのかとか……そういうのは全然覚えてないんだって、ただ……夜中にクーリーちゃんと目が合ったのはよく覚えているらしいです。
ミギー君にとって、それが始めて“人間”と目が合った瞬間だったらしい。ミギー君はその時に初めて、自分も“人間”だったことを認識したらしいです。
そして自分が“ドッペルゲンガー”であり、“幽霊”でもあることに気付いたらしい。
自分の存在を理解した時に、ミギー君は始めて他人に気付いてほしいって思いが芽生えたんだって。
だからミギー君にとっては、孤児院が生まれ故郷だって言うのは強ち間違いではないらしい。
しばらく歩いていると、住宅が増えてきたのです。でも……みんな空き家で、長いこと誰も住んでいないような家ばかりでした。
恐らく第七地区の端の方だと思います、黒いモヤモヤはもっと先を示しています。
そして、ミギー君は周りをキョロキョロ見回していたのです。
「この辺……見覚えがある、かも」
「えっ、この辺りに見覚えがあるんですか?」
「でも、僕が知ってるのとちょっと違う……もっと、もっときれいで……もっと、人がいた」
ミギー君がそう言うと、黙って聞いていたシェリエちゃんが「もしかしたら、この辺りに建物が建てられたばかりの時かもね」って言うのです。
もともと第七地区は、観光客が利用できるような商店や飲食店を中心にした繁華街を作る予定だったらしいのです。港から大聖堂に繋がる通りを信者がもっと利用しやすいように改善し、それ以外の観光客がアムシェクアーノの教えとは関係なく楽しめるような地区にする予定だったらしいのです。
でもお金の都合やらいろいろな問題が起きたため、その計画は中断されてしまったのです。しかし、ギルドが投資をしてくれることになったため、ギルドを中心にして繁華街を作るように変更されて再開したのです……だから第七地区を繁華街にする計画は無かったことになったのです。その結果、第七地区には空き家ばっかりになってしまったらしい。
それ以前の第七地区は何にもなかったらしい、小さな家や畑がちらほらあった程度らしい。
「その計画が完全に無かったことになって、ちょうど十四年か十六年らしいから……ミギーがウロウロしてる頃はまだ綺麗だったのかもね」
その計画がなくなり、失業して生活に困ってしまう人間さんが多くいたらしいです。スラム街化した理由ですね。
もともとはクレメニスのスラム街は第八地区の中にあったらしいです、でも徐々に空き家が多い第七地区に人が移ってきたって感じらしいですよ。
第七地区を歩いていると、少しずつではありますが人の気配というか……生活感を感じるようになってきたのです。
ゴミがその辺に落ちていたり、物音が聞こえるようになってきたのです。
そして白仮君が何かを気にし始めたのです、ソワソワしているのです。
シェリエちゃんは周囲を警戒していて、ミギー君は懐かしさを感じているのか周りをキョロキョロ見ています。
周りには人らしい影はありません、誰も居ません……でも、なんか……誰かがいるような気がするのです。すぐ近くに誰かがいるような気がするのです。
妙な気分です。誰かが近くにいるなって感じるけど、不快な気分では無いのです。なんだか懐かしさすら覚えるのです。
彩萌が足を止めると、三人とも足を止めたのです。彩萌が導いているから、当たり前のことなんですけどね……。
「どうした? もしかして黒いモヤはこの辺で止まってる感じ?」
「そうじゃないんです……誰かが見てる気がして」
彩萌の発言を聞いて、シェリエちゃんと白仮君がめっちゃ警戒を強めたのです。
ミギー君はちょっと不思議そうな表情をしています。彩萌の顔を見たからかもしれません、ぜんぜん怖がっている様子がないからかもしれません。
彩萌が周囲を見回すと、建物と建物の狭い空間に誰かが立っているのが見えたのです。
その人は暗がりに居る所為か、顔はよく見えません。でも……背の高い男性であることは分かります。
彩萌がランタンを掲げて照らそうとしても、その人の顔はよく見えませんでした。
でもその人を見たとき、彩萌はその人が何者なのか分かったのです。そして懐かしさを感じた理由も理解したのです。
「――こんばんは、おじさんはクレガルニの王族の人ですよね?」
彩萌がそう聞くと、その男性は肩をわずかに揺らして笑ったのです。
そして彩萌が声をかけてようやくそこに人がいることに気がついたらしく、三人とも驚いていました。
「どうしてクレガルニの王族の人が幻想世界に居るんですか?」
「あぁ……私は――許されたからさ、ここに居ることを」
微かではありますが……暗闇の向こうに赤黒い髪が見えたような気がしました。
白仮君がコソコソと「誰?」って聞いてきたのですが……うーん、誰だろう? 分かんない……でもクレガルニの王族の人だっていうのはなんか分かる、直感で分かるのです。
おじさんはクツクツと喉を鳴らすように笑って、壁に寄りかかって腕を組んだのです。
「私の息子が迷惑をかけたらしい、すまないな。きつく叱って置くから、神罰を与えないでほしいんだ」
「……神罰を与えられなくても、罪は償うべきだと思いますよ」
「はははっ、女神は本当に人らしい感性を持つようになったようだね、最初の聖女様なら私の謝罪一つで許しただろうに」
「やはり回数を重ねた分、魂が人に近づいたようだね」って、おじさんは言うのです。
この人……ミグ・カノティシアって名乗った変質者が言ってた“お父さん”かもしれません。だとしたら、ファンタジーマフィアの人かもしれない。
彩萌が警戒したからか、白仮君とミギー君も緊張した面持ちです。でもシェリエちゃんは最初からずーっとおじさんを睨み付けてます。
「私のことは気軽に“ジャック”と呼んでくれると嬉しいな、あなたが望むなら……私は何でもしよう」
「彩萌に媚びを売っても何も許されませんよ……」
「媚なんて売ってないさ、ソレが私がこの世に居られる理由だからね」とおじさんは言ったのです。絶対にジャックさんとは呼ばないよ。
つまり、ウェルサーに危害を加えないこととウェルサーのために行動することを条件に幻想世界に留まれたってことですか?
……その結果がファンタジーマフィアですか? このおじさん……かなーりねじ曲がった性格をしていそうです。
暗い所に居るから分かんないけど、おじさんはニヤニヤ笑っていそう。
「余裕かましてるとこ悪いんだけど、もし僕たちがギルドの人を呼んだらおじさんすっごく困るんじゃないの? もうちょっと誠心誠意こめて謝罪してよ、あと一番迷惑かぶってるの僕なんだけど!」
「困るのは君も一緒だろう、母親を探しているんだから……呼んだら探せないだろう」
「なんでおじさんがそんなことを知ってるんですか?」
彩萌が聞くと、おじさんは「私は常に君を見ているからだよ」と答えたのです!
いつの間にかストーカーされてたみたいです……ファンタジーマフィア怖い、常に見てるとか嫌なんですけど。
おじさんは寄りかかっていた壁から体を起こし、腕を伸ばしたのです。ちょっとポキポキって音がしていました。
「縁を見れるのも、縁を手繰り寄せられるのも君だけではないよ。忘れてしまったのかもしれないが、君が私たちに与えたんだよ」
「おじさんは黒い魔力を操れるってことですか……」
「実の息子もその才能はあったんだが……どうも上手く行かなくてね、姿を真似させてみたんだが……そこまでは流石に真似られないようでね」
「もし会ったのなら、ファジーの帰りを待ってるって伝えてくれると嬉しいんだけどね」っておじさんは言うのです、絶対に嫌です。
というかファジーって誰ですか? 話の内容的にドッペルゲンガーのお兄さんじゃないっぽいです。
「それじゃあ」って言っておじさんは暗がりに消えて行ったのです……怖いから追いかけません、それに今はミギー君のお母さんを探しているんですからね。
嫌なことは忘れて、早く探しに行こうって言おうとしたらシェリエちゃんがすっごい険しい表情で黙り込んでいたのです。
「――あの人、ケレンのお父さんかもしれない」
シェリエちゃんがボソッと呟いたのです……! もしそれが事実だとしたら衝撃的ですね!
ミギー君もめっちゃ驚いていました、白仮君はなんだか反応が悪かったけど……ケレンさんと仲が良いから……なのかな? それか変質者さんに会ったことがないから?
あの変質者が化けているのがケレンのお兄さんだったら、確実にケレンの父親だねってシェリエちゃんが言うのです。
そっか……確かに、ケレンさんそっくりだねーお兄さんに化けてるのかなーって話してたもんね……!?
それを聞いたミギー君はため息をついたのです。
「親が変だと子は苦労するんだなー、ケレンちょっと幸薄そうな顔してるもんな」
そうなのかも……というか、ケレンさんはクレガルニの王族の魂を持つ人の子供かもしれないのか……これって彩萌はなんか恩恵とか与えた方が良いのかな……? 与え方なんて彩萌には分かんないけど、そもそも今の彩萌に与えられるものじゃないと思うけど……なんとなく。
彩萌がケレンさんに心が惹かれてしまうのも、それが関係してるのかも……まあ、実際は髪がキラキラしてるからだと思いますけどね!
黙り込んじゃった白仮君に大丈夫? って聞くと、白仮君は「ちょっとね……」って後ろめたそうな雰囲気で答えたのです。
……ケレンさん関係の話は止めた方が良いのでしょうか? まあプライバシー保護は大切だもんね。
だからこの話はやめて、黒いモヤを辿ることにしたのです。
そしてすぐに黒いモヤが示した場所が分かったのです、かなーり古そうなお家です。窓は割れて、壁にはヒビが入ってます。
ちょっと雰囲気のある素敵なお家ですね……幽霊付き物件というものがイギリスにはあるって聞いたことがあるよ!
そんなボロボロなお家を見て怖気づいている彩萌を他所に、シェリエちゃんとミギー君は入る気満々だったの。
ちなみに白仮君も入るのはちょっと……って雰囲気だったよ。
「なんかこの家……出そう、怨霊というか悪霊というか……ゾンビというか」
「他のお家とはかなり雰囲気が違いますよ……! 彩萌たちを歓迎していない雰囲気です、入るのはやめよう?」
「でもアヤメ、もし悪霊が出たとしても僕のお母さんだぞ」
そうだった、でも……お父さんはちゃんと供養されてたけど、お母さんはちゃんと供養されてないんだよね?
敵意あるウィスプみたいな感じになってたらどうしよう……!? さまよっているうちに魂が穢れちゃってたら……そういう時のためのウェルサーなのか!?
彩萌が白仮君を盾にしてビビっていると、家を見上げていたシェリエちゃんが振り返ったのです。
「歓迎はされてるみたいだけど、ほら……扉開けてくれたし」
「じゃあ……怖いなら僕が先に入ってみる、同じ幽霊だしー大丈夫でしょー」
そう言うとミギー君はゆっくり開いた扉からお家の中に入ったのです、そして扉はゆっくりしまったのです。
こういう時、どういう反応をしたら良いんだろう。扉が閉まっちゃったんだけど……なんでですかね。
シェリエちゃんがガチャガチャ扉を引っ張ったり押したりするんだけど、開く様子がないです。
「母親の執念ってやつなんだね、息子に会いたかったんだ……もう離さないよって事なのかも」
「これがジャパニーズホラーなのかな、ミギー君だったから優しかったんですよ。彩萌たちが許可なく入ってたら、かなり激しく扉が閉まったのかもしれませんね……」
「まあ、ミギーも幽霊だしね。家族水入らずで幸せに暮らせるといいよね、黙祷黙祷」
三人で好き勝手に言ってると、バーンっと大きな音を立てて扉が開いたのです。そしてミギー君が顔を出し「勝手に殺すなよ! たしかに死んでるけど!」って言ったのです。ミギー君は元気そうでした。
良かったーミギー君無事だった、まあ母親だもんね……。大丈夫だよね。
どうやらミギー君だけが扉を開け閉めできるようです、何度かシェリエちゃんと試してみたけど……ミギー君しか開け閉めできませんでした。
彩萌は怖いから遠くから見てた、白仮君も彩萌と一緒に見てたよ。
でもミギー君には優しいのかもしれないけど……なんか、彩萌たちのことは歓迎してないように思うんですよね。
シェリエちゃんは意外と男前なところがあるから……大丈夫なのかもしれないけど、彩萌はなんか怖い。
そう思いながらシェリエちゃんと話しているミギー君をぼんやり見ていると、家の奥に女性が立っているのが見えたのです。
その女性は中々に恐ろしい見た目をしていました、髪の毛はボサボサでガリガリにやせ細ってて……やつれている感じ。……やっぱりお母さん悪霊化してた。絶対ミギー君以外には優しくないお母さんだよ、これ。
彩萌は見なかったふりをして視線を外しました、外から浄化できる方法を考えた方が良さそうです。
「白仮君は今の見ましたか、ヤバいですよ」
「見た見た、ヤバいよね……完全に狂った人の顔してた」
「顔まで見ちゃったんですか! 彩萌にはそんな勇気無いですよ!」
恐れおののく彩萌に、白仮君は「家の中から出てこられなさそうだし、大丈夫だと思うよ」って言ったのです。
そっか、家の中に引きこもってるんだね。じゃあ大丈夫かなって思った彩萌は、白仮君を引っ張って家の近くに寄ったのです。だって一人じゃ怖いもん。
扉の方じゃなくって家の壁に近づいたのです、そして彩萌は浄化されろ浄化されろ浄化されろって必死に願いながら何度も杖で家を叩いたのです。
気付いたらカラフルだったはずの杖の色が透明になってました。
家の正面に戻って、お家の全貌を見ると……なんか新品同様なお家になってました。
「……アヤメ、なにしてんの?」
「浄化されるように願いながら杖で叩いたのです、それにしてもきれいなお家になりましたね!」
ミギー君が不思議そうな顔をしていました、ミギー君には悪霊なお母さんが見えていなかったからね。
こっそりと家の奥を見てみると、ニコニコと笑顔を浮かべた穏やかそうな女性が立っていました。彩萌が見ていることに気が付くと、手を振ってくれたのです。
杖の力ってすごい! でも色なくなっちゃったから、しばらく何にもできないね!
ちなみに浄化されたからなのか、ミギー君以外も扉を開け閉めできるようになっていました。
――あやめとアヤメの交換日記、九十八頁




