幸せのかたち
近寄ってきたウィスプをシェリエちゃんが箒で払うと、ウィスプは小さな悲鳴のようなものを上げて逃げて行ったのです。
三人で墓地の間を通りながらミギー君を探していると、彩萌の杖が落ちていたのです。
杖の周りには誰も居ません、なんの物音もしないのです。
「ミギー君……居ないの?」
彩萌が杖を拾うと、周囲を漂っていたウィスプが集まってきたのです。
シェリエちゃんと白仮君が頑張って払ってたけど、彩萌は二人に払うのをやめてもらったのです。
渋々シェリエちゃんが払うのをやめると、白仮君も嫌々ながらやめたのです。人にとって無害じゃないからね、うん……。
シェリエちゃんと白仮君には目もくれず、ウィスプの群れは彩萌のそばにフワフワと飛んできたのです。
攻撃をするわけでもなく、ウィスプは彩萌の周りをフワフワ飛んでいました。
彩萌が伝えたいことを考えながら杖を振ると、彼らは一斉に飛び去ったのです。ちょっとビックリしました。
というか意思疎通できるんだね、じゃあウィスプさんって呼ぼう。ゴーストさんと同じ感じなんだね。
ちなみに彩萌がウィスプさんたちに伝えたかったことは、ミギーという少年が今どこに居るか知りませんか? っていう質問です。
すぐにウィスプさんたちは戻ってきたのです、彩萌の周りをぐるぐるーってしてから大きな慰霊碑のところまで飛んで行ったのです。
彩萌がそれについて行くと、シェリエちゃんがため息をついていました。
「ウィスプは旅人を惑わせることもあるのにね……」
「ウェルサーと言えば死者の女王だから、悪意が無いものは敬意を示すって爺ちゃん言ってた」
白仮君が「凄いや」て言ったけど、今の彩萌は虎の威を借る狐状態だからぜんぜん凄くないですよ!
それに鬼の面のおかげでもあると思うのです。
ウィスプさんたちについて行くと、そこは大きな慰霊碑の後ろで、入り口部分からは見えづらい位置でした。
そして慰霊碑の裏にある小さな墓石の前で、何かがキラキラと光っているのが見えました。
少し近づくと何が光っているのかわかりました、地面に座り込んでいるミギー君が光っていたのです。弱い炎のように、燃えるように光を発していたのです。
ミギー君に何かが群がっているように見えて、彩萌は慌てて近づいたのです。
彩萌がミギー君のそばで思いっきり杖を振れば、少し大きなウィスプが何匹か離れたのです。
ミギー君少し食べられてた……! 敵意のあるウィスプ怖い、見た目は違うけどゴキブリみたい。
シェリエちゃんが何か魔法を使ったようで、強い風が起きたのです。大きいウィスプは風で飛ばされていったのです……シェリエちゃんナイスです。
地面に膝をついて、ミギー君の背に手をかざすと少し暖かい。苦しそうだけど、ちゃんと生きてた。
ミギー君は本来の姿をしていました、泣いてはいないようですが……辛そうです。
「どうして抵抗しなかったんですか……?」
「――分かんない、分かんないけど……いろいろ考えてたら、やる気が出なくなっちゃって」
「こんなところに埋められちゃって……」ってミギー君は小さく呟いたのです……。
ミギー君は泣きながら「こんなところじゃ誰も分からないよ、気付いてあげられない……見つけてあげられないじゃん」って言うのです。
誰にも気付かれないのは怖いことです、ミギー君はその気持ちがよく分かるから余計に辛くなっちゃったんだね……。
彩萌は背中をなでなでしてあげることしかできません、なんて言葉をかけてあげればいいんだろう……。
そう考えていると、白仮君が墓石に近づいたのです。
「――ちょっとごめん、傷つけるよ」
そう言うと白仮君は爪で墓石を抉ったのです、バターみたいに抉っちゃったけど……白仮君の爪は大丈夫なの?
そしてミギー君は白仮君が墓石をえぐっても何も言いませんでした。
「ほら、これで誰が見ても分かる。気付いてあげられる」
墓石には“カノティシア”って書かれていたのです。白仮君の優しさに感動しました……。
白仮君はすぐに手を下して隠しちゃったけど、血が出ていたのがはっきり見えたのです。絶対に痛かったはずです。
でも今ここでそれを指摘するのは野暮だと思うのです、終わったらちゃんと治療しようね。
「じゃあご両親が寂しくないようにお墓の掃除でもして彩萌に慰霊の儀式でもしてもらおう、ウェルサーに慰霊してもらえる機会なんて滅多にないよ」
「あぁ……それって凄いね、グアリエ先生が聞いたらぶっ倒れちゃうかも」
「ジェジア先生もだよ、あの人も一応は信者だから」
「えっ、でも……彩萌は慰霊の儀式なんてやったことないです、やり方も分からないです」
お経とかあげるの? でもこっちの世界はお経じゃないよね……そもそもお経すら分かんないです。
彩萌がそんなちっぽけなことを悩んでいると、彩萌たちの周りにウィスプさんたちがすっごく寄ってきていました。さっきみたいな敵意のあるウィスプは居なさそうです。
ウィスプさんを見上げていると、その中の一つに黒いモヤがまとわりついているのが見えたのです。
彩萌が立ち上がってそのウィスプさんに近づいて手を伸ばすと、ウィスプさんは彩萌の手の中に飛んできたのです。
ミギー君の方を振り返ると、シェリエちゃんと白仮君が彩萌の方をじーっと見ていました。
ウィスプさんに杖をかざしたら消滅してしまいそうなので、彩萌は墓石に近づいたのです。墓石を杖で優しく叩くと、ポーンと高い音が響いたのです。
彩萌が見つけたウィスプさんは手の中から飛び出し、ふわふわと宙を舞いながらミギー君に近づいたのです。
ミギー君の周りをしばらくフワフワと飛んで、ウィスプさんは消滅してしまったのです。
消滅する前にこしょこしょと内緒話をするような囁き声が聞こえたのですが……彩萌には何を言っているのかわかりませんでした。
ミギー君はしばらく何も言わずにうつむいていたのですが、突然バッと顔を上げたのです。
「友達なんかじゃない!」
えっ、どういうことですか。おそらくウィスプさんの囁き声に対する発言だと思うんですけど、どういうことですか!?
彩萌が動揺していると、ミギー君は大きく口を開けたのです。
「――僕の家族と親友だから、僕は今すっごく幸せだからそこんとこよく覚えておけよ!」
あっ、良かった。そうだよね、うん……ネガティブな意味じゃないよね。よかった安心した。
お別れの挨拶とかしなくていいの? って聞いたら、ミギー君は「言った方が良いのかと思ったけど、特に思い入れもないから他に思い浮かばなかった」らしいです。
確かに思い入れはないかもしれないけどさ……一応は親が成仏? した訳だし、バイバイくらい言ったほうが良いんじゃないかな?
まあでもミギー君がそれで良いって言うなら、これで良いのかな?
「あのさ、両親の墓だったよね? ……なんで一つしかいなかったの?」
白仮君が不思議そうにミギー君に問いかけたのです……確かに、お母さんとお父さんだったら二人分必要だよね!?
その質問に、ミギー君はちょっぴり悲しそうな表情になったのです。
「さっきのは父親だった、母親はまだ見つかってないっぽい……」
「えっ……!? お母さんまだ見つかってないの……?」
そんなぁ……それはショックです、お父さんは成仏できたけど……お母さんはまだこの世をさまよっているのかもしれません……。
そして少し湿っぽい雰囲気が漂う中、彩萌はこっそりと白仮君の背後に回り込んで杖で手をツンツンしたのです。白仮君はめっちゃびっくりしてたけど、手先の怪我が治ってるのに気づいて「……ありがとう」ってちょっと照れたように言ったのです。どういたしまして。
なんかよく分からないけど、シェリエちゃんが墓石に絡んだツタをむしり取り始めたので……流れでお墓を掃除することになったのです。
夜中に子供たちが墓を掃除するって……なんだかシュールだね! 目撃されたらちょっとしたホラーだよ!
でもなんか楽しいです、この辺りはスケルトンが何度も土の中から出てくる所為か土が柔らかくって草が抜きやすいです!
するする抜けるから、ちょっと爽快です。ミギー君が「もうこのままキャンプファイヤーでもしようぜ!」とか言うのです、子供だけで火を使うのは危険ですよ。
というか早く帰らないとクーリーちゃんが心配で倒れちゃうからね、ミギー君はもうちょっと反省しようね。
元気になったミギー君を見て、白仮君が「……あの子が可哀想だったから迎えに来てやったけど、やっぱり迎えに来ない方がよかったかな」って呟いていました。
そんなこと言うなよ白仮君、ミギー君だってちゃんと悲しんでたんだよ。今はわだかまりっていうのが解消して元気になっただけだよ。
そう思ってると、シェリエちゃんが「うわぁ」って悲鳴を上げたのです。
シェリエちゃんの驚く声なんて珍しいです、何かあったのかな?
そばに近寄ると、シェリエちゃんは箒の柄でツンツンと何かを突いていました。
「どうしたの?」
「……墓石の裏の草を抜こうと思ったら、コレが居たんだよ」
箒の先を見ると、ちょっと濁った水たまりみたいなものがあったのです。
シェリエちゃんが箒でつつくと、それはプルプル震えながら、体をよじらせて逃げようとするのです。
かの有名なスライムってやつなんですかね? 彩萌が「へぇー」って言ってそれを見てると、ミギー君とかも寄ってきたのです。
「クレメニスにスライムなんて珍しいじゃん!」
「でも最近だと土壌改良とか水質浄化に使われる場合があるってリク……リーディア先生が言ってたし、どっかの畑から逃げ出してきたのかも」
ミミズとか牡蠣みたいな感じなのかな……? でも逃げ出してたら生態系に影響が出ちゃうんじゃないの? 日本でも外来生物が大変だってニュースでやってたよ?
そんな感じでスライムを突っつきまわしていると、どこからか声をかけられたのです。
ちょっと小さめな声で「こんな夜中になにしてるの?」って聞こえてくるのです、どこから聞こえるのかは分かりません。
辺りを見回すと、隣の墓石の上にとっても小さな女の子が立っていたのです。
おぉー小人さんだ、この慰霊碑周辺って魔物さんにとっては住みやすい環境なのかな……?
「クッキー売りの小人じゃん」
「今日はクッキーは売ってないの、だからタダの小人なの」
「でも見てぇ、クッキーがちゃんと売れたからお洋服が新しいのぉ」って女の子の小人さんは言うのです。たしかに可愛い服ですね!
女の子の小人さんが墓石の上でクルクルしてると、ツタをよじ登って小人さんが続々と現れたのです。
彩萌たちの様子を見にきたっぽい、物珍しいっぽい。
さっきまで悲しかったし、焦ってたから周りをよく見てなかったけど……よく見るとこの慰霊碑の周りには多くの生き物がいそうな痕跡がありますね。
悲しい雰囲気は確かにあるけど、命で溢れています。命が眠りにつく場所でもあるけど、命が溢れる場所でもあるんですね。
そしてスライムさんは隣の墓石のツタの下に隠れていました、体が半分出てるけど落ち着いてます。
「――こんなところって言っちゃったけど、まあ悪くはない場所かな……名前も書いてくれたし」
彩萌と同じように辺りを見回したミギー君は、ポツリと呟いたのです。
そうかもしれないねーってちょっと和んでいると、入り口の方から物音が聞こえてきたのです。
結構な人がいるようでザワザワしています、聞き覚えのある声もちらほらと聞こえたのです。
やばいなー、彩萌たちお説教されちゃうなって思ってると、ミギー君が慌てて彩萌の方を見たのです。
「アヤメ、もうちょっと杖貸して! 母親を見つけたいから……だから、帰りたくない!」
「えっ……!? ここはギルドの人に託して見つけてもらおうよ!?」
「ヤダよ! まだ黒いモヤは見えてるよね?」
彩萌が確認してから「見えてるけど……」って答えると、ミギー君は「お願いします!」って頼むのです。
いや、待ってくださいよ。たしかに見つけ出したいって気持ちも分かるけど……でも、やっぱり危険だと思うんです! それにクーリーちゃんに絶対に連れて帰ってくるねって約束しちゃったから、ミギー君を置いて帰れないよ!?
シェリエちゃんの方を見ると「彩萌の判断に任せる」って言うんです! 白仮君も頷いちゃってるし!
ミギー君は「貸してくださいよぉ、お願いしますよぉ~」って泣きついてくるのです……! 彩萌はどうすればいいの!?
彩萌が迷っていると、明かりが見え始めたのです。
「あーもうしょうがないな!」
焦ったミギー君の声が聞こえて、気が付くと彩萌の足は地面から離れていたのです。
見上げるとディーテさんに化けたミギー君に抱きかかえられていたのです、ミギー君はそのまま明かりが見える方向とは逆の方向に走り出したのです。
しばらくすると箒に乗ったシェリエちゃんと、四つん這いで走る白仮君が追いかけてきたのです。
近くで見ると白仮君……ちょっと腕の長さとか、骨格が微妙に変わってない?
そしてシェリエちゃんは涼しげな表情でちょっと笑ったのです。
「とってもスリリングだね、若気の至りってこういう事を言うんだろうね」
そう言うとシェリエちゃんは指ぱっちんをしたのです……そしたら、後ろからちょっとした爆発音みたいなのが聞こえてきたのです。
その音を聞いて、ミギー君が面白そうに「シェリエちょー過激じゃーん」って言うのです。
……喜んでる場合じゃないよ!? シェリエちゃんは「誰も傷つけてないから大丈夫」って言ったけど、そういう問題でもないよ!?
もーこれが海外のノリなの!? 彩萌にはちょっとついて行けないよ!
シェリエちゃんと白仮君の方が速いと思ったのか、ミギー君は一旦立ち止まって、彩萌を下してから姿を変えたのです。
ミギー君は馬のような魔物に変身したのです。彩萌は少し戸惑ったけど……もうここまで来たら乗り掛かった舟です、死なば諸共、毒を食らわば皿までだー!
人はこれを開き直りというのです、やけくそでも良いです。
彩萌は馬の姿に変身したミギー君にまたがり、夜風を切って森をかけるのです。後ろには魔王もちゃんといますよ、まあディーテさんに娘はいませんけど。
というか……こっちに走って行っちゃったらクレメニスから完全に出ちゃうよね? 大丈夫なの?
もうすでに大丈夫じゃないから大丈夫なのかな、うん……そういうことにしておこう。
とりあえず追っ手を振り切りたいんだよね、このままじゃ振り切れないだろうから……彩萌が杖を振っておこう。おそらく効果はあるだろう。
しばらくするとミギー君は白仮君とシェリエちゃんに追いついたのです。
「というか……本当に逃げ切れる? 母親……探しに行ける?」
「白仮君……大丈夫です――暗がりが我々を隠し、導いてくれる! 黎明はまだ遠く、月桂は魔に微笑むのだ!」
ついでに高笑いをすれば、シェリエちゃんが「彩萌、自暴自棄になるのは良くないよ」って言ったの、でも……いつものテンションだったらこんなの耐えられないよ!
彩萌が「……怒られたくない」って呟けば、白仮君が背中をポンポンってしてくれたのです。
まあね、あのまま戻っても怒られてただろうけどね……でもこんな事したら絶対にお説教が倍になるよ。
ミギー君は笑いながら「悪いなー」って言ったのです。まあ、しょうがないね……。
しばらく休憩をしたのですが、誰かが来る気配はありません……彩萌の杖の効果が出たのかなぁ?
でも備えあれば患いなしっていうからね、彩萌はもう一度杖を振ったのです。そうしたら杖はキラキラと光ったのです。
「もう元気そうだから聞くけど……なんで誰にも言わずに探しに来たの? 会ったこともないんでしょ」
「うーん……彩萌の話を聞いてたら、そうかもなって思ったし……やっぱり、ちょっと罪悪感あって」
白仮君の質問に、ミギー君は苦笑いをして答えたのです。
「もしも僕が取り換えられずに、大きくなって不良とか犯罪者になっても親は愛してくれたのかもしれないって思ったから」ってミギー君は呟いたのです。
「――それに……彩萌がとっても幸せそうだったから、両親もその時はとっても幸せで……それで僕が生まれたのかなって、思ったんだ」
そう言うミギー君の顔は、とっても穏やかな表情をしていたのでした。
――あやめとアヤメの交換日記、九十七頁




