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あやめとアヤメの交換日記  作者: 深光
前略、叶山様へ
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誰が箱を開いてしまったの?

 次の日、朝起きるとシェリエちゃんがいませんでした。シュガーさんによると、シェリエちゃんは朝早くにやるべきことをこなして学校に行っちゃったらしい。

 さすがにクーリーちゃんも心配していました、何か気にさわるようなこと言っちゃったかな……って不安になっていました。

 彩萌は大丈夫だよって励ましておきました。

 そして孤児院から出ると、ディーテさんがいたのです。今日の放課後に模擬戦するから、観戦する? って聞きに来たのです。

 彩萌は見に行くことにしました、クーリーちゃんも誘ったけど……クーリーちゃんは「考えとく」って言ったのです。

 じゃあ迎えに行くからねってディーテさんは言って、図書館に帰って行ったのです。

 クーリーちゃんはディーテさんを見て、やっぱりカッコいいねって言ってました。

 クーリーちゃんは彩萌とディーテさんが知り合いなのを知っていたようです。クーリーちゃんは彩萌の誕生日会には来なかったけど、その時に知ったらしい。

 ちなみに白仮君もディーテさんと知り合いなんだよって教えてあげたら、ビックリしていました。

 学校について、彩萌は教室に行ったのです。シェリエちゃんは教室にいました。

 彩萌が近づけば、ちらっと彩萌の方を見たのです。


「シェリエちゃんおはよう、大丈夫?」

「大丈夫……なんか、ごめん」


 シェリエちゃんは落ち込んでいました……何かしてあげたいけど、彩萌は何をすればいいのでしょうか?

 とりあえず今日の放課後にディーテさんと咫兄弟が模擬戦するから見に行こうよって誘ったのです。でも、時計作りをしたいからやめとくって断られちゃいました。

 残念です、とっても残念です……。シェリエちゃんと一緒に居たいけど、彩萌は言い出しっぺだしもう見に行くって言っちゃったからな……。

 時計出来たら見せてねって言ったら、シェリエちゃんは「うん」ってうなずいてくれたのです。

 そしてシェリエちゃんは彩萌が腕時計をしているのを見て「ありがとう」って小さくつぶやいたのです。

 こちらこそありがとうですよ! シェリエちゃんにお礼を言って、とりあえず白仮君も誘ってみたのです。白仮君はすぐに「じゃあ行く」って答えてました。

 クーリーちゃん誘う時に、いっぱい友達誘っても良いよってディーテさん言ってたからね! ミギー君にも聞いておこうかな。

 指導室に行くとね、今日はちゃんとイクシィール先生がいました。

 それでもうすでに来ていたミギー君に放課後のことを話して、行こうよって誘ったら「勉強ばっかりじゃ疲れるから、息抜きに行こうかなー」って言ったのです。

 ――休み時間にシェリエちゃんは教室にいませんでした、お昼休みもシェリエちゃんは教室にいません。

 図書館も見てみたけど、今日はいませんでした。

 途中で買ったサンドイッチを校庭で一人寂しく食べながら、空を飛ぶ鳥を見ていたのです。

 食べ終わってもなんだか憂うつな気分だったから、彩萌はフラフラと歩き回ったのです。大聖堂のあたりを歩いていると、人目につかない場所に何かあることに気が付いたのです。

 近づいてみると、それはお墓でした。小規模な墓地です、でも綺麗で豪華なお墓が並んでいました。

 なんだか偉い人が埋葬されていそうな雰囲気だなぁって思って見ていると、彩萌の横を冷たい風がスッと通ったのです。

 すると、彩萌の前に半透明なお兄さんが現れたのです。お風呂場で会った幽霊のお兄さんです。


「御機嫌ようお嬢さん……おや、あまり機嫌はよろしくないようだね。何かあったのかな?」


 お兄さんは彩萌の顔を見て心配してくれたのです。

 というかお兄さんはここに住んでいたんですね、半透明な体の向こう側にお墓が見えています。

 なんて説明したら良いのか分からなくって、彩萌が何も言えなくなっていると、お兄さんはスーッと彩萌の横に移動してきたのです。

 彩萌は背の低い塀に手をついて、ため息を吐いたのです。シェリエちゃんがいないだけで、彩萌は元気が出ないようです。

 それだけシェリエちゃんが彩萌にとって大きな存在になっていたということです。

 お兄さんは塀に肘をついて、彩萌の顔を覗き込んだのです。

 でも、見ただけでお兄さんは何も言いませんでした。


「幽霊のお兄さんは、偉い人ですか?」

「うーん、偉いと言えば偉いかな。でも幽霊に権力なんて必要ないし、必要ともしてないからね」


「それに、君だって本当は偉い人だろう?」ってお兄さんは言うのです。

 でも彩萌もお兄さんと同じで権力を必要としていませんから、偉くないのです。

 お兄さんはもしかしたら、アムシェシェレンシィアなのかもしれません。日本でいう総理大臣とか、大統領とか王様とかそういうの。

 でも、お兄さんはミアーティスの人なんだよね? 人間はアムシェシェレンシィアになれないってディーテさんは言ってたけど、どうなんだろう?


「お兄さんは、アムシェシェレンシィアなんですか?」

「まあ、とても短い期間だったけど……そう呼ばれた時期もあったかな」


「人間さんなのに?」って彩萌が聞くと、お兄さんは「元人間さ、人ではいられなくなった元人間だよ」って言ったのです。

 お兄さんは肉体が耐えられなくなったから、アンデッドになったらしい。幽霊のことではなく、ゾンビとかグールとかそういう類の生き物になってしまったそうです。

 その後肉体が病気にかかってしまい、肉体が死んで幽霊になったらしいです。

「だからなのかな、肉体を失っても安らかに眠れないんだよね」ってお兄さんは困ったような顔で言うのです。

 それは大変ですね……長いこと、一人でここにいるんですよね……彩萌だったら寂しい。

 というか、人間でアムシェシェレンシィアになったなんて凄いです。でも……彩萌は授業でお兄さんのこと勉強してない。

 彩萌がそんなことを考えていると、お兄さんは小さく笑ったのです


「私はミアーティスにとって裏切り者なのさ、いろいろと配慮されて幼少クラスや中等部ではあまり語られないんだよ。だから私のことを知らなくても当然さ、気にしなくてもいいよ」

「そうなんですか……でも、お兄さんの行動はココに住む人たちのことを一番に考えた結果だよね?」

「どうだろうね……祖国と戦うことを嫌がる人間は多かったから、敵に寝返るくらいなら飢え死にしたほうがまだマシだって言われたこともある」


「でも、結局そんなものは大人の都合でしかないから」ってお兄さんは校舎を眺めながら呟いたのです。

 ……もしかしたら、お兄さんが聖クレメニス魔術学園を作ったのかもしれません。

 だとしたら、彩萌は本当にスゴイ人と喋っているんですね。今のクレメニスの原型を作った人と喋っていることになりますよね。

 いや、そもそもお兄さんの話が本当なら、天使はミアーティスの人が嫌いなはずだから……いくらアムシェシェレンシィアでも、そんな天使たちを説得して味方につけたこともスゴイことだよね。

 魔人さんもそうか、クレメニスから無理やり追い出されたんだから……ミアーティスの人に恨みを持っててもおかしくないんだよね。

 でも逆に言えば、その二つの種族はミアーティスにとっての敵だから、お兄さんはとっても辛い立場だったんだね。


「お兄さんは、魔術学園を作った人なの?」

「おや、どうしてそう思ったのかな?」

「校舎を見て呟いてたから、そうかなって思ったんですけど……」

「ふふっ、凄いね。私はたしかにそう提案をしたけど、実際に学園を作ってくれたのは次のシェレンシィアなんだ」


「子供たちが勉強をしている姿を見たときは、本当に嬉しかったよ」ってお兄さんは優しい声で言ったのです。お兄さん超良い人。

 お兄さんの次のシェレンシィアは天使さんだったらしいです、そしてお兄さんの前のシェレンシィアは初代って言われてる魔人さんだったそうです。

 お兄さんは子供のころにクレメニスに来たそうです、そして前のシェレンシィアに次のシェレンシィアになれるように教育してもらったんだって。

 そこには政治的な圧力とか思惑とかが絡んだ選択だったらしいけど、それでも前のシェレンシィアはしっかりとシェレンシィアになれるように勉強を教えてくれたようです。

 そしてお兄さんと一緒にシェレンシィアに教育されていた人がいて、その人がお兄さんの次のシェレンシィアの天使さんだったらしい。


「昔ね、彼におもちゃの王冠をあげたんだよ。“僕は真のシェレンシィアにはなれないだろう、だから君が本当のシェレンシィアだよ”って言ってね……そうしたら彼は本当に怒ってね、お前の顔なんて見たくないって言われたね」

「おもちゃの王冠ですか?」

「そう、そう……どこに行ってしまったかは分からないけど、彼が受け取ってくれたのかさえ私は覚えていないけど……」


「その一件があって、私は真のシェレンシィアになれるように努力したつもり」って苦笑いをしていました。

 おもちゃの王冠……もしかして、ミミックさんが持ってたアレのことなのかな……?

 あのおもちゃの王冠にはそんな事情があったんだね……ミミックさんが大事なものだって言うのもなんとなく分かる気がする。


「でも、それが結果的に家族を裏切ることになってしまった。間違ったことをした積りはないけど、今でも後悔と罪悪感に苦しめられる」

「家族ですか?」

「ミアーティスにいた、私の両親と兄弟のことさ」


「まあ、私が死に掛けていた時も助けてくれなかった酷い人たちだけど」とお兄さんは手元を見ながら呟いたのです。

 アンデッド系の魔物だからっていうのもあるかもしれないけど、お兄さんのその気持ちが成仏するのを邪魔しているのかもしれませんね……。


「私は彼に認められたい一心だったんだ、本当のシェレンシィア……私は、愚かな“賢い羊”だよ」

「じゃあその天使さんがお兄さんにとってのおじいさん……“暖かい羊”なんだね」

「きっと家族を選んでいたら私はもっと後悔しただろうし、罪悪感なんて言葉では片付けられないほどの罪の意識が残ったはずさ」


「後悔しない道なんてこの世には無いから、お嬢さんも後悔の少ない道を選ぶんだよ」ってお兄さんは言ったのです。

 後悔しない道なんて無いか……そうだね、うん。彩萌も後悔してることいっぱいある、幻想世界に来ないで家族と一緒に暮らせる選択肢があったかもしれないとか……いろいろ後悔してる。

 今日だって、本当はシェリエちゃんにもっと気の利いた言葉とか、良いこと言えたかもしれなかったのになーって後悔してます。

 でもシェリエちゃんは気の利いた言葉なんて望んでいないのかもしれない……。


「この学園を作ってくれたのは彼だけど、でもあの日以来……私は彼と話せていないんだよ」

「えっ……でも、お兄さんは幽霊になったから……ずっとここに居たんでしょ?」

「私が幽霊として目を覚ましたのは、彼がシェレンシィアを辞めた後だった」


 天使さんが学園を作ってくれたことも、お兄さんが死んだ後のことを教えてくれたのも、この学園の生徒さんだったようです。

 ただ一言だけ“ありがとう”って言いたいってお兄さんは言ったのです……。

 でも天使さんがシェレンシィアを辞めた後のことは分からないみたいです、名前も思い出せなくなってしまったらしい……。

 こうやって誰かに昔話をして、ようやく天使さんの顔を思い描くことができるそうです。そのうち全てのことを忘れてしまうのかもしれないってお兄さんは暗い表情をしていました。

 最近はこうやって人が来ることも少ないから、余計に忘れてしまいそうだって思うらしいです。お兄さんは若い時にアンデッド系の魔物になってしまったから、子供とか奥さんとかは居なくって……子孫はいないらしい。

 お兄さんが言うには、天使はとても長生きするから……もしかしたら、彼はまだ生きているかもしれないらしい。

 天使さん……すごい長生きだね。


「……もしかしたら、シェリエちゃんはエニールちゃんやおじいさんのことを思い出してるのかな」


 元気がない理由が病気でも怪我でもなくって、彩萌たちが何かしたわけでもないなら……それしか考えられません。

 彩萌にとっては百年前の出来事でも、シェリエちゃんにとっては一年も経ってないんですよね……。

 一度はシェリエちゃんと同化したのに、なんという体たらくなんでしょう……でも彩萌がそれに気が付いたとして、シェリエちゃんに何をしてあげられるんだろう。

 そっとしておくのが良いことなの? でも、彩萌はシェリエちゃんの表情を見ているとそっとしておけません……。

 元気を出せなんて酷いことは言えないけど、でも涙を拭ってあげるとか背中をさすってあげるとか……なんか、できないのかな。

 お兄さんを放置して彩萌がぐるぐると考えていると、彩萌の頭がちょっと冷たくなったのです。


「迷ったときは、思っていることを言えばいいんだよ。そうしたら、答えをくれる」

「答えですか? お兄さんとか、誰かに相談しろってことですか?」

「思っていることを本人に直接言えばいい、それが一番手っ取り早いよ。良い方向に向くかどうかはお嬢さんの行動次第だけど、自分が本当に思っていることの全てを相手に伝えるだけでも……誠意が伝わるときもある」


 彩萌の頭が冷たくなったのは、お兄さんが彩萌の頭を撫でたからでした。

 まあ、そうだよね。別にシェリエちゃんの悪口とか、嫌なことを考えてるわけじゃないからシェリエちゃんに聞くのが一番か……。

 シェリエちゃんが本当にそっとしておいてほしかったら、その時にまたそっとしておいて欲しいって言うよね……。

 彩萌がぐるぐる考えても、シェリエちゃんは元気にならないし……一人で落ち込んでるんだもんね。

 今日の夜か、それが無理だったら明日にでもシェリエちゃんに言おう。

 シェリエちゃんが嫌だっていうなら、シェリエちゃんが元気になるまで彩萌は待ちます。何かできるなら、彩萌は何かをしてあげたいです。

 だって友達だから……いや、きっとシェリエちゃんは彩萌にとって大きな存在だから、彩萌はシェリエちゃんが暗い表情をしていると悲しいです。心が苦しいというか、重苦しい感じなのです。

 彩萌はこんな気分になるのは初めてです、現実世界でも友達のことを心配してこんなに苦しくなることはたぶんなかったです。

 ……前世のウェルサーは、ディーテさんに対してこんな感じの思いを抱えていたんでしょうか……?

 苦しむ親友のために何かしてあげたい、そんな気持ちが高まりすぎてウェルサーは寿命のある生き物になってしまったんでしょうか?

 ディーテさんもそんな気持ちだったから、怪我もしないし痛みも感じないウェルサーをかばってあげたのかな。

 彩萌はお兄さんにお礼を言って、指導室に戻ったのです。





 ――あやめとアヤメの交換日記、八十九頁

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