平等の愛に非ず
じっと黒い染みを見ていると、やっぱり少しずつ広がっているように見えるのです。
それが良い物なのか、悪い物なのか、今の彩萌には判断できないけど……今の彩萌が対応できるものでは無い事は確実です。
何かが中に入ろうと頑張っているような、そんな感じです。
そして彩萌は焼き芋を最後までしっかり食べたのです、彩萌は皮ごと食べるお子様ですよ。食べられるのに捨てるのはもったいない。
彩萌がじーっと黒い染みを見ていると、廊下からペタペタと裸足で歩いているような音が聞こえたのです。
その足音は彩萌のいる部屋の前まで来て、襖を開けたのです。
そこに居たのは見た事も無い性別不詳な少年っぽい人でした。その人は手にお面を持っていました。
その人は彩萌の近くまで来ると、そのお面を彩萌に渡したのです。
「今被っても気休めにしかなんないけど、後で爺さんに術でも刻んでもらいな」
「あなたは誰ですか?」
彩萌が尋ねると、その人は「青葉」とぶっきらぼうに言って去っていったのです。青葉さん……紅葉さんに名前が似てますね、あの人も親族なのかな?
お面は真っ白でつるんとしていました、何も描かれていない白いお面です。
お面をつけても、不思議と息苦しくないです。落ちないように紐を縛ると、なんだか心が少しだけ落ち着いた様な気がします。
彩萌が見えていた塀の黒い染みは、お面をつけたら見えなくなっていました。
そのまま彩萌がボーっとしているとね、頼朝さんと清花さんがお部屋に入ってきたのです。
「すまんのう、筆がなかなか見つからなくてな」
「筆ですか?」
「顔を描かねばならぬ、面がお前さんの肉の器の代わりになるからな」
「動くでないぞ」と頼朝さんが言うので、彩萌はお面をかぶったまま正座をして待機をしたのです。
頼朝さんは筆先を清花さんが持っていた小皿に浸したのです、よく見ると小皿には透明な液体が入っていました。
お面の上に筆を走らせます、なんだか少し顔がかゆいような気がします……直接当たっている訳では無いのに不思議な感覚です!
「儂らはコレで身を守っておるのだが……恐らく、これは頼仁の代で終わるだろうな」
「えっ、白仮君の子供はのっぺらぼうじゃなくなるんですか?」
「肉の器を持たぬ嫁さんを貰ったら別の話じゃが、普通に生きている嫁さんだったら面はもう必要ないだろうな」
「まあ、呪の身代わりになるお守り程度にはなるがな」と頼朝さんは小さく笑ったのです。
なんだか良く分からないけど、ちょっぴり寂しそうです……。たぶん、白仮君がノルマル系のお嫁さんを貰ったら子供は正常なノルマル系の生き物になるから、お面が必要なくなるってことかな……?
寝の国から幻想世界に来た頼朝さんは普通のスピリット系とは違うのかもしれません。
彩萌の子供はノルマル系になるのでしょうか、それとも彩萌やユヴェリア王子のような半スピリットみたいな感じになっちゃうのでしょうか。
描き終ったのか、筆を下ろして頼朝さんは一息吐いたのです。
「……違うと分かっているのに、魔力の気配が同じだとね……少し寂しく感じるんだよ」
「えっと、夕闇の巫の……叶山彩萌さんのことですか?」
「存在理由だった――でも、今でも……おそらく、きっとそれが僕の存在理由なんだよ」
「期待してるんだ」と小さく呟いたのです……そうだよね、夕闇の巫さんに必要として生み出されたんだもん、つまりお母さんだよね。お母さんには会いたいよね。
でも頼朝さんの後ろで清花さんが不満そうな顔をしていますよ、怒っていますよ。
彩萌は空気が読める子なので……何も言いませんけどね、うん……清花さんがとっても不満そうです。
「言葉をくれないかい、特別な物じゃなくて良い……君の言葉で未練を切ってくれ」
「彩萌にはそういう特別な力はないですよ?」
「力は無くても、君の言葉には意味があるんだよ。君の言葉が神の言葉であり、君の存在が世界であり、“叶山彩萌”の言葉だからね」
なんだか難しいような、簡単なような……難しい話です。
うーん、なんとなく……分かるような分からないような、確かに世界はウェルサーの言葉で生まれ、ウェルサーの死をきっかけに崩壊したり生まれ変わることによって再生したりしてますけども……。
彩萌はもうウェルサーじゃないけど、でも完全にウェルサーを止めた訳ではないのです。むーちゃんが“ウェルの魂”との再開がずーっと続くことを望んでいて、彩萌もそれを了承したので彩萌はウェルサーを止めていないのです。
つまり彩萌はまだちょびっと神様なので、ユヴェリア王子とお揃いです!
……えー王子とお揃いはやだなー山吹君とお揃いが良い、でもむーちゃんと約束しちゃったからしょうがないか……。
うーん……つまり、彩萌の言葉には力がないけど、世界的にウェルサーの言葉には意味があるから効果があるの? それに夕闇の巫さんにそっくりだから、頼朝さん的にも影響力があるの?
彩萌の考察が正しかったら、神様が彩萌から力を取り上げて罰を下した意味がないような気がするんだけど、どうなんでしょうか。
でも、それが何かの役に立つのなら……それは良いことなのかもしれません。
「断ち切るような言葉は……彩萌は言えません。だって期待する事は悪い事ではないのです、悲しい事でも惨めな事でもないのです。夕闇の巫さんは前を向きつつあるのです、きっとまた……再開することが出来る筈です」
「あなたが望み続けるのなら、きっとそれに答えてくれる」と彩萌が言えば、頼朝さんは頭を掻いていました。
頼朝さんは小さく「ウェルサーは……残酷な神様だね」と呟いたのです。……彩萌は残酷じゃないですよ。
待つのは辛いです、待たせる方も待つ方も辛いのです。分かっていますが、彩萌が与えられる言葉はこれしかないのです。これ以外の言葉は、たぶんウェルサーの言葉ではなくなってしまうのです。
まあ……清花さんの顔的に、忘れちゃいなよって言いたいんですけどね。
困ったような頼朝さんを見ていると、庭先でバタバタと走る足音が聞こえてきたのです。
「頼朝さーん、なんか海岸で拾ったんだけどー! これ何かなー!?」
和服姿の子供たちがいたのです、一番背の高い女の子が両手で白いものを掲げていました。
彩萌はその白いものに見覚えがありました、白くてモコモコしていて……ぬいぐるみの羊の様な見た目のアイツです。群れで行動することの多い雑食性で海洋性の小型なドラゴン……その名もシーシープドラゴン。
いやね、まさかね……しーちゃんじゃないよね、だって早すぎる、ディーテさんより早いもん。早すぎるもん。
彩萌がちょっと固まっているとね、その子供たちの後ろから深緑色な髪の少年が出てきたのです。顔の雰囲気がちょっと蛇っぽい、そして彩萌はなぜかその子に見覚えがあったのです。どこで見たのか、まったく思い出せません……でも、確実にどこかで一回会ったことがある顔をしているのです! モヤモヤするぞ、すっごいモヤモヤだぞ!
「あやめ! 迎えに来たぞ、俺が一番最強のドラゴンであるから一番最初に来れるのは当然のことだけど、そんなドラゴンを従えさせることが出来るなんてすごいことなんだからな!」
あ、発言が聞き取りやすくなって誰だか分かんなかったけど……言ってることがジェーフィクくんだ。やっぱりテュポーンって人型に化けられるんだね……。
じゃあその白いモコモコ……しーちゃんかな、競争中に力尽きて昼寝しちゃったのかな……。
子供たちはその白いモコモコの正体を知らないまま、ジェーフィクくんに奪われてしまったのです。そしてジェーフィクくんはすぐに小さめなドラゴンの姿に戻って子供たちをびっくりさせていました、ドラゴンの姿に戻る時に強風が吹いて、目にゴミが入りそうで大変でした。
しーちゃんを口でくわえて、ジェーフィクくんはばっさばっさと室内に飛んできたのです。頼朝さんはちょっぴりビックリしてて、清花さんは大笑いしていました。
「フェフィークのとこの坊か、随分と立派になったのう!」と言っていたので、お父さんと知り合いらしい。水龍だもんね……ドラゴンコミュニティ。
ジェーフィクくんは「うん」って清花さんに軽く返事をして、しーちゃんを彩萌に渡してくれました。
耳をすませるとしーちゃんが「ちーちゃん……いちばん……」と小さい声でうめいていました。
子供たちは清花さんの知り合いだって知って、すっごい気になってる感じだったけど……解散して村の方に戻っていきました。
「なんか……お迎えが来てしまったので彩萌は帰ろうと思います、宴の準備をさせてしまってすみません」
「別に構わんさ、こちらが勝手に言い出したことだからな」
「気長に待つさ」と頼朝さんは苦笑いをして、彩萌の頭をなでなでしてくれたのです。
「かいがんまでいくぞ!」と元気いっぱいのジェーフィクくんと一緒に長い階段を下りるのです、後ろを振り向くと頼朝さんが手を振っているのが見えました。
手を振り返して長い階段を下ります、棚田とか真っ青な海とか……ハクボは綺麗な島国ですね。
途中でしーちゃんが目を覚まして、彩萌の顔を見て少しだけ驚いていました。「ちょうこわーいかおだね!」ってしーちゃんが言ったので、彩萌は頼朝さんがお面にどんな顔を描いたのか気になったのです。でも外すとよくなさそうだから、後で確認しよう……。
長い階段を下り、緩い下り坂になっている村の大通りを抜けて、防風林帯を超えると砂浜が目前に広がっていました。
超きれいな砂浜です、白い砂浜が眩しい! あー……夏に来てみんなで遊びたい。
ジェーフィクくんが「こっちこっち!」というのでそのままついて行くと、もう波打ち際でした。
まさか、泳いで帰るなんて言わないよね……なんて心配をしていると、しーちゃんが彩萌の腕からぴょんと飛び出て、バチャンと水面にダイブしたのです。
そしたらモフッとしーちゃんが大きくなり、彩萌が乗れる程度の大きさになったのです!
飛んでいくのは疲れるのかもしれないけど、しーちゃんに乗って波に揺られて帰るのってクレメニスに着くまで何日掛かるのかな……。
今は生霊状態だから食事的な面では問題ないけど、ジェーフィクくんとしーちゃんが居るから他の魔物に食べられる問題も大丈夫そうだけど、何日も漂流するのは彩萌は嫌だなって思う。
まあでも、こんな体験は滅多にできないから良いかーと彩萌は軽い気持ちでしーちゃんの上に乗ったのです。
「ちゅっぱつちまーす! ちーとべるとはちゃんとちてね!」
「船長さんシートベルトがありません!」
「まぢでかー! けいさつにつかまっちゃうね!」
警察なのかな、海上保安庁とかそういうのじゃないの? でも海ってシートベルト必要なの?
しーちゃんはキャッハキャッハ笑いながら水面をバチャバチャ蹴るのです、ちょっと足に飛沫がかかるけど……生霊状態だと濡れないから楽だね!
そしてジェーフィクくんも飛ばずに、しーちゃんの上で翼を休ませていました。
暫くバッチャバッチャしていたのですが、潮の流れに乗れたのかしーちゃんは激しく足をばたつかせるのを止め、ぷかーっと海に身を投げ出すように浮かんでいました。翼を大きく広げて、風を受け止めます。
海岸を振り返ると意外と離れていました、ちょっとびっくりです……こんなに早く離れられるんだね。
少し身を乗り出して水面を覗くと、海の底が見えるくらい透き通っていました! いっぱいお魚が泳いでるのが見えます! たまに大きい蛇っぽいのとか、クラゲっぽいのとかイカっぽいのとかが下を通って行くのが見えて面白いです。どんどん海底までの距離が深くなっているのが分かるのがすごい。
「こっちにいくとくれめにすだけど、はんたいほうこうにすすむとふぃじぇあたいりくがあるんだぞ!」
フィジェア大陸というのはユーヴェリウス・モーブが住んでるって言われてる大陸で、天使とかエルフとかが住んでいる大陸です。ドラゴンが目撃されやすい大陸ですよ!
ジェーフィクくんはフィジェア大陸の近くに住んでいるらしい、リンズとかリッテとかよりも寒いとこなんですって。
しーちゃんはスイスイと海を泳いでいきます、さすがシーシープドラゴンです。たぶんジェーフィクくんが風を操って、しーちゃんが水を操ることで船並みの速度を出しているんだと思います。
潮風がビュウビュウ当たるけど、生霊状態だとあんまり寒いって感じません。精霊さんたちはいつもこんな感じなのかな?
それにしても彩萌はいますっごくドラゴン使いって感じです! すごいですよ、世が世ならきっと勇者ですよ。
「海はやっぱり広い、心まで広くなるような感じがします! 解放感ちょうすごいです!」
「まなつのかいほうかんが、こいをかそくするー!」
しーちゃん、残念ながら今は秋ですよ。真夏の解放感はありません。
今の彩萌は寒さを感じないけど、たぶん普通の状態だったら潮風なんて超寒いよ。解放感とか言ってる場合じゃないよ。
――でも、やっぱり海は広いけど……なんもない。海の底とか綺麗な魚とかイルカとか人魚とかたまに見るけど……やっぱり時間がたつと飽きてきます。
しーちゃんとジェーフィクくんはたまに魚を捕まえて食べてるけど、彩萌はすることないよ。
生魚をワイルドに頭からもぐもぐしないよ……。
それにしてもしーちゃん器用だな、彩萌を乗せてるのにどうやって魚を捕まえてるんだろう。
彩萌がボーっと水平線を見詰めていると、しーちゃんが変な感じで揺れたのです。
「あれっ、なんかにふぢちゃくちたんだけど!」
しーちゃんの言葉を聞いて、彩萌は海面を覗き見たのです。しーちゃんのモコモコの下に、大きな何かがいることが分かったのです。
その大きな何かはスイーッと泳いでいるみたいです。しーちゃんは「ちょうらくちん!」と言っていましたけど……大丈夫なんですか? 大型の肉食な生き物だったら喰われない?
というかすごい速い……しーちゃんたちよりも速いです! なんか急に陸が見え始めちゃうくらい、猛スピードで泳いでます!
彩萌はちょっと怖かったので、しーちゃんにしがみ付いていました……。二匹は喜んでたけどね!
あっという間にクレメニスの港に着いたのです……、あと五時間くらいはかかると思ってました。
大きな船がいっぱいあるー! とか思って周りを見て、どうやってあの大きい生き物が港に入ったのかなって不思議に思い、海面を覗いたらその生き物はいなくなっていました。
なんだったんだアレは……とか思いながら陸に上がれそうな場所にしーちゃんが止まったら、やっぱり人が集まってきました。だって彩萌たちってば怪しいよね、たぶん不法入港だもんね。
どうしよう、上がらない方が良いのかな……って思っていると、人だかりの中からグラーノさんがしれっと出てきたのです。
彩萌はグラーノさんの姿を見て、さっきの大きい生き物は絶対にグラーノさんだって思ったのです。
そしてグラーノさんの魔法で人々はどこかへと去っていったのです……最近のグラーノさんは力を使うのに戸惑いがないですね。
「彩萌ちゃん……おかえり、アイツは……置いてきたの?」
「ぜんぜん来なかったから先に帰ってきたのです、でもたぶん大丈夫です!」
グラーノさんは「大丈夫なんだ……」ってちょっと残念そうにつぶやいたのです、残念ながら大丈夫なのです。
大丈夫じゃなかったら……えーっと、白仮君のお爺ちゃんに頼んで大丈夫にしてもらうから大丈夫です。
とりあえず体のところに帰らないといけないなって思って、彩萌はグラーノさんに体がどこにあるのか聞いたのです。体はちゃんと山吹君の家で保管してあるから大丈夫らしいです。
グラーノさんやしーちゃんたちと一緒に海沿いの道を通って、山吹君の家に向かいます。ちょっと遠いけど、彩萌は現在疲れない体だから大丈夫なんだぜ!
久しぶりに山吹君に会えるから、彩萌の足取りは軽いです。今ならきっと何でも踊れるよ。
そう言えば彩萌は誘拐されたわけだけど、誘拐される前って彩萌の誕生日会やってたよね。そして山吹君と微妙な距離感になってたけど、あの問題って解決したの?
まあ彩萌は大丈夫だよ、山吹君が大丈夫かどうかは分からないけど。
いつもは長い道のりも今日はすぐに終わって、山吹君の家の前です。チャイムを押すけど、反応なしです。
まあ、これもいつもの事なんですけどね。山吹君って居留守多いから、基本的には出ないよね。
来客はディーテさんとかフレンジアさんが対応するらしいので……でもフレンジアさんはこの家から追い出されたらしいので、ディーテさんが帰ってきてないから誰も出ません。
そう言えばフレンジアさん追い出されたけど、今どこに住んでるんだろう?
「お邪魔しまーす、叶山彩萌でーす」
とりあえず玄関の扉を開けたのです、鍵はかかってなかったから山吹君はご在宅のようです。
家の奥からファントムメイドさんがお出迎えしてくれました、ファントムメイドさんは守秘義務的なあれで喋れないし来客対応が出来ないのです。大変です。
どうやら山吹君はお部屋に居るようです、細くて長い通路を通って奥へと行きます。なんかガチャガチャしてる音が聞こえる。
山吹君の部屋の扉は開いていたのです、中はとっても広ーいのです。何度見ても広ーいです。
まずね、山吹君の部屋には階段があるんですよ。上には本棚とか机とかベッドがあるのです、下にお薬とかを作る簡易的な設備とトイレとシャワールームがあるのです。
部屋から出る必要性を感じられない部屋です、もうこの部屋だけで生活できそうです。
山吹君は上の部分に居るみたいです、なんかガタガタ音がしてるもん。
「やーまーぶーきーくーん、遊びに来たよー!」
「ちょっと待って今忙しい!」
彩萌は「わかったー!」と元気に答えて、とりあえずその辺の椅子に腰かけたのです。
山吹君は何かを探してるのか、あーじゃないこーじゃないとぶつぶつ呟きながら動き回っていたのですが……突然静まり返ったのです。
そして焦り顔の山吹君が階段の上の方からガバッと顔を出したのです。
「えっ、えっ!? なんかいるし! なんか、鬼の面被ったなんかいるし!」
「なんかじゃないよー、おばけだよー」
頼朝さんが描いてくれた顔は鬼だったんだ……それは怖い顔だね。
「えっ、えっえっ? とりあえず……えっと、ドラゴンはこの部屋に入れないでくれる?」
山吹君の「貴重品もあるから」という言葉聞いたしーちゃんとジェーフィクくんは大ブーイングでした、でも素直に出ていくあたり良い子たちです。
そして山吹君の大混乱顔を見られたので良かったです、なんだかちょっぴり面白いですね。
山吹君はちょっと警戒した様子で彩萌をじーっと見ています、鬼の面をかぶってるからね……でもお面を外してもウェルサーの顔なんだよね……。
まあグラーノさんとかがいるからわかってくれるとは思う、思いたいです。
「あの、大丈夫……だったの? すこしは、アイツに聞いたけど、さ」
「彩萌は山吹君に言わなければいけないことがあるのです、とっても大事な事だと思うので真剣に聞いてくれると助かります」
そういえば彩萌は……山吹君に何も言っていないことに気が付いたのです。
好きだ好きだという事ばっかり言って、彩萌がなんなのかとか、彩萌が長生きできないかもしれないとかそういう事です。
山吹君は彩萌が真剣なのを察知したのか、ただ何も言わずにいてくれたのです。
「現実味のない、夢のような話です……彩萌は、彩萌も精霊さんと同じだったのです」
「創世記の魔物だったってこと?」
「フィルウェルリア聖書のウェルサーは彩萌のことだったのです、リィドフェニアはディーテさんのことです」
「彩萌はあの時にヒトになったらしいです」と彩萌が言えば、山吹君は考え込んでいました。
この世界はリセットしちゃったから、フィルウェルリア聖書とは矛盾があるからね。そう簡単には受け入れにくいよね。
「その所為で彩萌は不完全な魂をしているのです……もしかしたら、長生きは出来ないかもしれないらしいのです」
「何か、対策は無いの?」
「正直に言うと、一つあります――でも、彩萌はそれを選べなかったのです、その対策を選ぶと彩萌は完全に人になるらしいのですが……完全に人になると、精霊さんたちと……来世でもウェルサーとの再会を望むみんなと来世で会えなくなる可能性があるそうなのです。来世では記憶がたぶんないので今の彩萌には関係ない話です、それでも選べないのです。家族だから、できれば悲しませたくないし彩萌もまた会いたいと思うから」
「彩萌はほかにも対策があると信じたい」と彩萌は呟いて、山吹君を見ます。山吹君は真剣そうな顔で聞いてくれています。
「彩萌はわがままで贅沢ものです、山吹君と長く一緒に生きる道を捨てて家族との再会を選んだのです」
「でも山吹君と出来るだけ長く一緒に居たいです」本心を口にして、彩萌は本当に我儘な人だと思いました。
でも彩萌はもう約束しちゃったから、やっぱりやーめたって言って完全な人になるのは無理です。できたとしても彩萌はそれを選べない。
なので彩萌は山吹君の選択に身をゆだねます、山吹君が彩萌を嫌だっていうなら受け入れる。
「こんな酷い奴です、でも――彩萌は、山吹君に愛されたい」
頼朝さんは彩萌の存在が世界だと言ったけど、彩萌にとっての世界は山吹君です。
それに勘違いでも、一時の感情でも、彩萌は今山吹君を愛しているという事実に変わりありません。
なので、愛されたい。
――あやめとアヤメの交換日記、八十二頁