彩萌ちゃんの魔法の本
ルーカス先生がオンライン化されていることにショックを受けていたシホちゃんに、ライちゃんが悪乗りをしてルーカス先生の携帯電話を渡したのです。
その携帯電話はスマートフォンでした、というか何時の間にライちゃんはルーカス先生のスマホをゲットしたのかな。
慌てるルーカス先生を他所にシホちゃんはちょっとスマホを弄ってたんだけど、直ぐに不具合が発生していました。というか……画面が変色したのです。ルーカス先生は頭を抱えていました。
そして彩萌は気付いたのです……シホちゃんは電化製品と相性が悪い人なんじゃないかなって、これはもう不器用とかそういう次元じゃないと思うのです。だってスマホが起動しなくなったもん、完全にぶっ壊れたもん。流石の結果にライちゃんも驚いてるよ、シホちゃんも驚いてたけど。
ルーカス先生が絶望の淵をさまよっているときに救世主が現れたのです、レジーナさんです。
レジーナさんの使う朱色の魔力は“物体を修復する”のが得意なのです。怪我を治すだけじゃなく、壊れた物を直すこともできる優れた力です!
レジーナさんは見事にスマホを直してみせたのです、新品同様の性能に戻ったとルーカス先生は喜んでいたので結果オーライです。
ルーカス先生はレジーナさんと熱い握手を交わしていました、でも「仲良くはしません」と断言しちゃう辺りがルーカス先生でした。
レジーナさんは性格を理解したのか、もう全然気にしていませんでした。
そしてライちゃんは壊れていないのに、レジーナさんにスマホを新品同様にしてもらっていたのです。ちゃっかりものです。
そのまま巫さんたちの友好を深める会になりそうな雰囲気だったのですが、夕闇の巫さんが咳払いをしたのです。
「その前にちょっと待って、早くこの精霊二人とウェルサーに帰ってもらうために問題を解決しないといけないんですけども」
「それ、私にはもう関係ないですよね。海の精霊が居るのでその劣化版みたいな、量産品みたいな私は必要ないですよね。帰ってくれませんかね」
「もしその魔法使いが暴力的な性格してても守ってくれないみたい、生霊な私と子供なウェルサーとミギーと力が強すぎて相手を殺しかねない精霊に全部任せるんですって、教師が子供を見捨てるらしいよ」
夕闇の巫さんの言い方にルーカス先生は嫌そうな表情で「……その言い方は止めてくれませんかね」って呟いたのです。
シホちゃんとライちゃんはそんなルーカス先生にブーイングしてました。そんなことをされたルーカス先生は口出しをするのは止めようと思ったのか、ため息を一つして黙り込んだのです。
上悪土さんは白雪さんが協力的な態勢だからか、不満そうな顔をしながら黙り込んでいます。さすが白雪教信者です。
「というか……たぶんだけど、グラーノ・シアンは記憶に潜り込んでその子を探すから人は多い方がいいと思うんだけど……その辺はどうなの?」
その質問に、グラーノさんは小声で「そう、だね……うん」って肯いてました。
椅子に座っていたグラーノさんだけど、静かに立ち上がると巫さんたちの顔を見回したのです。珍しくグラーノさんはオドオドしていませんでした。なんか、静かな感じです……別人みたいですね。
ふぅって小さく息をつくと、グラーノさんは彩萌の方を見たのです。
「ちょっと……寒気がするかもしれないから、ごめんね……」
「えっ、うん……なんで彩萌だけを見て言うんですか?」
みんなの方を見て言おうよ、これって絶対みんなも寒気するよね?
グラーノさんは彩萌の問いかけに答えずに羽織ってるポンチョをバサッてして、右手で体の周りに半円を描くように素早く動かしたのです。手の先から青いキラキラが出ていて綺麗でした! そして背中に回した手を素早く戻すと、肘を曲げながら右腕を頭上に掲げたのです。
そしたらなんと……! グラーノさんの手の中にシュンって青い綺麗な槍が現れたのです、先っぽが三つに分かれてるやつです!
えっ……グラーノさんって歌で魔法使うんじゃないの? まさかのフレアマリーさんと同じ系? フレアマリーさんは魔法を使う時とかは武器が必要らしいですからね……やっぱり姉弟なんだね。
そしてクライマックスだっていう時に彩萌は思い出したのです。
「あっ、グラーノさんちょっと待って、彩萌の頭の中は関係ないので覗かないでください」
「えっ? えっ……ど、どうして?」
良いところだった所為でグラーノさんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔ってやつになってました! でもごめんね、彩萌はフルールフェニアのことをグラーノさんに知られちゃいけなかったんだよ、忘れてたんだよ。
ちょっと場の空気を彩萌がダメにしてしまったけど、しょうがないんですよ! 白雪さんとライちゃんは笑ってたけど、みんなごめんね。
「彩萌の頭の中を見たらグラーノさんとは絶交ですからね、永遠にグラーノさんとはお喋りしません!」
「えっ、彩萌ちゃんなにかグラーノに見られたらヤバい事をしちゃったの?」
ディーテさんが驚いたように彩萌に聞いてきたけど、秘密ですよ。彩萌が「乙女はミステリーなのです」って言ったら納得してくれたけどね。
グラーノさんはすっごい残念そうにしてたけどね……この人、彩萌の頭の中が見たかったようですよ。
ルーカス先生が小さく「まあ、しょうがないですよね」って呟いてて……ルーカス先生には覗かれたかもなーって彩萌は思った。
気を取り直してグラーノさんは続けたのです、槍をね……床にぶっ刺したのです。ルーカス先生は悲鳴を上げてました。
槍を中心にして青い魔法陣が出たのです。そしてグラーノさんは霧状になって、魚が泳ぐ様な動きで部屋の中をスーッと動き回ってから消えたのです。その時にかなり寒気がしました、まるで雪の中に半袖で出たような寒さでした!
もしかして前半の動きは槍を出すための動きだったのかな、この槍って何の役割があるんだろうね……帰ってくるための目印?
しばらくしたら魔法陣がキラッて光って、槍がグラーノさんになったのです! 槍はグラーノさんの魂の具現ってやつだったのかな、霧は分身だったのかな。
ちなみに床に穴は開いてませんでした、ルーカス先生がホッとしていました。
「今日の午後九時頃にこの家の前の道路を南に行ったところにある自動販売機の前に鈍器を持って現れる……かな」
……えっ、グラーノさんってば魔法少女さんの頭を覗いてきたの? 居場所を特定するんじゃなかったの?
そんなグラーノさんに夕闇の巫さんが怖い声で「っで? 今はどこに居るの?」って聞いたのです、グラーノさんはオドオドしながら「と、友達の……い、いえです」って答えてたけどそういう意味じゃないと彩萌は思うな! 夕闇の巫さんにため息を吐かれたグラーノさんはちょっぴり泣きそうになっていました。
「……か、叶山さんの家、に」
「えっ、魔法少女さんは彩萌の家に居るんですか? えっ……お姉ちゃんの知り合いなの!?」
「マジかよ魔法少女ってば叶山の知り合いかよ!」
彩萌がびっくりして聞けば、グラーノさんはこくこくって頷いたのです! マジですか、お姉ちゃんの知り合いだったんだ……。
そしてお姉ちゃんに地味に片思い中のシホちゃんもかなり反応してました、びっくりだよね。
グラーノさんが言うには、魔法少女さんはお姉ちゃんの部活の先輩らしい。お姉ちゃんが彩萌に掛けられた魔法の所為でお疲れモードだったところにその先輩が話しかけてきて、お姉ちゃんが相談しているって感じらしいです。どうもお姉ちゃんは夢が本当のことなのか、それともそれがただの悪い夢なのか分からなくなってしまって困っているらしいです。それを聞いた先輩が、夢を見ないでよく眠れる方法を知ってるよーって感じでお家に来てくれているらしい。ごめんお姉ちゃん……本当にごめんね、お姉ちゃんはお母さんと同じ魔法が掛けられているんですかね?
夕闇の巫さんは少しだけ申し訳なさそうな、気まずそうな顔をしていました。
「あっそう言えば……俺の髪の毛の方が目立ちすぎてて影薄かったけど、昔交通事故に遭ってから髪が全部白髪になった先輩がいるわ……大人しそうな見た目の人だったんだけどな……」
あぁ、シホちゃんの髪の毛ってベースの色が紫で所々赤とか青とかになってるもんね……目立つどころの話じゃないですよね。
交通事故か……魔法が使える人って生まれつきの人とかが多いと思ってたけど、事故とかにあって魔法が使えるようになる人もいるの? ディーテさんとライちゃんに聞いたら、そういう人は生まれつき魔法を使う才能はあるけど魔力を入れる器が小さくて魔法が使えない人なんだって、事故にあったことで器が壊れて作り直された場合にそういうことが起きる場合もあるんだってさ。
でも器が壊れるほどの事故にあったら、ほぼ死ぬから滅多にいないらしいですよ。先輩さんはたぶん白い魔力を使う人だから、奇蹟的に生き返れたって感じですかね……?
白い魔力は無意識的に防御力上げたり生命力上げたり攻撃力上げたりするからね。
「お姉ちゃんの友達だって聞いたら魔法少女さんがあんまり悪い人だと思えなくなるね、不思議だね」
「ウェルサー……それでも彼女は暴行事件を何件も起こしている訳ですからね、良い人でもない」
それは彩萌も分かってますよ……うん、でもなんか事情があったのかもしれないって思っちゃうのもお姉ちゃん補正ですかね。
「事情があるにせよ、行き過ぎた正義は神も殺すからね」って夕闇の巫さんが言うのです、正論過ぎて何も言えないですね! だって死んだのウェルサーだもん!
そして誰がついて行くかっていう会議をして、叶山家だから夕闇の巫さんだけで良いかなって結論が出たのです。でもシホちゃんが行きたがったので、夕闇の巫さんは渋々オッケーしてました。
もしかしたらこれでお別れかもしれないということで、彩萌はライちゃんや白雪さん、そしてレジーナさんにお別れしてから行くのです。
「白雪さんいろいろとありがとうございました、レジーナさんもちょっとしかお話しできてないですけど私は忘れません」
「まあ、巫は幻想世界に自由に行けますから……またお会いできることを楽しみにしていますね」
「そうね……、もし可能ならフレアマリー様と一緒に遊びに来てくださるとうれしいわ」
「Furûsi」ってレジーナさんが言うので、彩萌もフルーシって挨拶したのです。さよならの挨拶です。
上悪土さんやルーカス先生にも挨拶したけど……上悪土さんにはプイって顔を背けられ、ルーカス先生には少しだけ嫌そうな反応をされました。たしかルーカス先生は夕闇の巫さんの心の中がドロドロだから嫌なんだよね……。でも彩萌はこっちに残りませんけどね、プライバシーを侵害するのは止めてください。
ミギー君も上悪土さんとかに挨拶をしていました、上悪土さんはやっぱりプイって顔を背けてたけどね。
「ライちゃん……また会えますよね、ちゃんと遊びに来てくれますよね!」
「もちろんだよ、ちなみにこれお土産。使ってくれるとうれしいな」
そう言ってライちゃんは本を取り出したのです。大きくて分厚くてなんか高そうな本です、表紙は革っぽいです。題名はなくって、中は全部白紙だったのです。
えー、こんなのいつの間に用意したんだろう? そんなことを考えながら彩萌が顔を見上げると、ライちゃんはにっこり笑ったのです。
「ウェルの……彩萌ちゃんの本だよ」
彩萌の本かーって思いながら革表紙をナデナデしていたら、ライちゃんは同じものをもう一冊取り出したのです! そしてもう一つの本は夕闇の巫さんに渡していました。
「彩萌ちゃんの本だからね」ってライちゃんは言うのです……、えーなんか含みを感じます! 何か細工でもあるのかな?
彩萌が本を振ったり耳をつけて音を聞いていたりしていたらクスクス笑われてしまいました、だって細工があると思ったのです。
「ウェルにあげた本には叶山さんが書いたものが浮かんで、叶山さんにあげた本にはウェルが書いたものが浮かぶよ」
「交換日記ですか! 私、交換日記したことないです、ずっとやってみたかったやつです!」
「ディーテに頼めば文字を消せるだろうし、叶山さんは自分で文字を消せるでしょ?」ってライちゃんは聞いたのです、ディーテさんは大丈夫だよって言ってた。
夕闇の巫さんはあんまり喜んでなかったけど、夕闇の巫さん以外の人が書いたやつでも彩萌がもらった本に浮かぶらしいです。彩萌の本も同じです。
彩萌は間違って置いて行ったら大変なので、ディーテさんに本を持ってもらうことにしたのです。
「ありがとうライちゃん、また会う日を楽しみにしています!」
「うん……ウェル、また会おうね」
彩萌はライちゃんとハグをしたのです、ビックリしたことにグラーノさんに引きはがされませんでした。彩萌が気になってグラーノさんの方に振り向けば、グラーノさんは色々と我慢しているのか面白い顔になっていました。その後にディーテさんの腕を控えめにバシバシ叩いてました。
挨拶が終わったミギー君と彩萌は、夕闇の巫さんとシホちゃんとグラーノさんとディーテさんと一緒に叶山家に向かうのです。夕闇の巫さんはとっても浮かない顔をしていました。
まあいいじゃん、面倒くさい問題が一度に解決できると考えればいいのです! 後回しにするから嫌になるのです。
嫌なことは初めにちゃちゃっと解決するのが一番なのですよ、終わり良ければ総て良しですからね!
――あやめとアヤメの交換日記、七十七頁
Furûsi
(フルーシ)
《さようなら》




