切って繋いで、
ティアーズ家の正門から入口までの道のりは地味に遠い、山吹の家の屋敷もそうだけど。
ドルガー家の庭は毒々しい色合いのマジな毒草とか、変な臭いがする花とか野菜みたいなのとか、植物系の魔物っぽいのばっかり埋まっていたけど、流石にティアーズ家の庭にはそんな物は無く、絵画に描かれていそうな理想的な屋敷の庭だった。
ドルガー家が変なだけで、幻想世界でも庭に魔物を埋めたりはしないらしい。
素直に「ドルガー家ってマジ変」と伝えれば、すぐに私の言いたい事を理解した様で山吹は溜息交じりに同意を示した。
どうも彼には苦労人の気があるらしい。
屋敷の正面玄関前に着くと、スーツ姿の獣人族っぽい女性が大きな扉を開いた。屋敷の内装が露わになり私は言葉を失った、元からあんまり喋ってないけど。
まず広い、超広い、海外セレブの大豪邸並みの広さ。
山吹の家は細長くて暗い感じだからあんまり広く感じなかったけど、ティアーズ家は奥行きがあって天井も高くて照明が明るい。
インテリアは暖色系が多く、仕切りが少ないという点も広く感じさせる要因だろうな。
例えるならドルガー家がダンジョンで、ティアーズ家は城かな。
魔王も住んでるし丁度良いよね、うん。
使用人が頭を下げて甲斐甲斐しく出迎えてくれたけど、そんな事されたら恐縮しちゃうのが日本人なんですよ。
教授は私達を応接室まで案内してくれて、ティネオリーネを連れてくると言ってさっさと屋敷の奥へと消えて行った。
応接室に残されたのは私と山吹とスーツの獣人族の女性、そしてキリッとしたメイドさん。
メイドさんは気を利かせて私にはオレンジジュースを出してくれた、果汁一〇〇%だと思う。
そして二世にもお茶を淹れてくれる辺り、メイドさんはメイドの鑑だと思うよ。
しんと静まり返った応接室でチビチビと出された物を飲んでいれば、コンコンコンと扉を叩く音が聞こえた。
日本ではノックは二回が多いけど、幻想世界のノックは世界基準なのかな。
音を立てずに開かれた扉の奥に居たのは、透き通る様な水色の髪をした美少女だった。
クリクリとした飴玉の様な目はラズベリー色をしており、人形の様な白い肌は血の気が無い。
その少女は私達を見て、にんまりと笑みを浮かべた。
「こんばんはマクレンシア聞いたよー、ついにフレンジアを家から追い出したんだってねー! やっぱり本命はイズマなの? それとも大穴で李暗なの!? 実は保健室のトゥーニャでもボクはぜんぜん構わないんだよ!」
何を言っているのか理解に遅れたが、山吹の引き攣った様な顔を見て何となく私は理解した。
ちょっと腐ってる系な思考を持つ美少女なんだね、残念系女子だね。
クリクリの目をキラキラさせながら、興奮しているのか彼女は捲し立てた。
「白繋がりで李白でも良いよ! でもボク的には教授も捨てがたいと思うんだよね!」
そう言った彼女に獣人族の女性が近づき、思いっきり後頭部を引っ叩いた。
「いい加減にしないか」と女性に怒られて少女は少し俯いていたが、ニヤニヤした笑みを隠せてはいなかった。
その事を女性に指摘された少女は、顔を上げると真剣な表情で反論した。
「しかたないんだよ、だって雪女だもの! 女の子ばっかりな里で育ったから、男性に対して幻想を持っているのさ……」
「えっ……その言い方だと雪女全員が腐女子になるじゃないですか、私の中にある雪女への幻想が壊れるので止めてください」
「だいじょーぶ、雪女の里で育てば老若男女種族関係無くこうなっちゃうから!」
私がつい反応してしまい、それに対して返された言葉を聞いた山吹は「恐ろしい里だな」と呟いていた。
雪女が住んでる里なんて……確かに男性は死体ぐらいしかなさそうだけど、でも雪って言ったらイエティとかジャックフロストとか男っぽいモンスターとか妖精とか居るじゃん。雪女の里には雪女しか居ないの?
でも老若男女種族関係無くって言ってるから、雪女以外も住んでそうなニュアンスだよね。
イエティも妖精も腐った思考になんの? ……たしかに、恐ろしい里だな。
そもそもイエティにそんな知能が有るのか疑問だ。
「悪いな……こいつはキャアキャア騒ぐのが好きなんだ、……冗談として軽く流してやってくれ」
「そーそー、ちょっと興奮してテンション上がっちゃっただけだから気にしたら負けだかんね!」
「……僕は君達に会った時はいつも同じような事を聞かれている気がするけど」
「マクレンシア気にしたら負けだかんね」
ふふんと自信有り気に言い張る少女を見ながら、女性は「病気なんだ」と深刻そうに呟いた。
たしかに彼女の病状は深刻そうだ、確実に悪性だろうね……。
雪女が何系の生物に分類されるのか分からないけど、確実に彼女は妖精に近しい感じがする。騒がしいところとか。
そんな彼女の名前はヒズミ・グァノニースというらしい、獣人女性はファナ・アルギズミだとか。
ヒズミは何かを思い出したのか、アッと声を上げて手を合わせた。
「そんな妄想を話してる場合じゃなくて、応接室まで行くの面倒臭い……じゃなくて動かせるものじゃないから部屋まで来てほしいんだって」
「そこまで言っちゃったらもう言い直す必要ないと思いますよ」
「やだ……第三の彩萌ちんも彩萌ちんそっくりだね」
第三の彩萌ってどういう事さ、第二の彩萌は何処に居るのよ?
タイミング的に私の発言を聞いての反応だと思うけど、そっくりだなんて言われたの初めてだぞ。たぶん。
見た目の事だったら瓜二つなんだけどね、でも内面とかは似てないと思うよ? ウェルサーな彩萌の事なんて、よく知らないけど。
そもそも今の身体は、ヒズミ流に言えば第一の彩萌の物なんだけどね。
山吹が溜息を吐きながらソファから立ったので、私もそれに倣う事にした。
どうやらヒズミが部屋までの案内をしてくれるらしく、メイドさんは私達を見送っていた。
メイドかっこいい、そしてかわいい。
何故かヒズミが私の隣に並んで歩くので、私の背の低さが気になった。
いや、第一の彩萌の身体だから、私はそんなに低くないよ。瓜二つだけど、小指の先くらいにはたぶん私の方が高い。
というか地味にヒズミの背が高い、同じくらいかと思ったのに。
ジェジアとイクシィールがほぼ私と同じくらいだったから、ヒズミの方が高いのかな。
ファナの背はもうすごく高い、見上げるのが大変なくらいに高い。
応接室からティネオリーネの部屋までは、たしかに面倒臭く感じる程に遠かった。
部屋の扉は開いており、中からは教授の叱る声が聞こえた。
「ティネオリーネ、お前も客人を迎えに行かないか! 失礼だと思わないのか?」
「そこまでしてあげる仲じゃないから大丈夫だよ、ヒズミも喜んでるしね」
「それにもう来ちゃったみたいだよ」とティネオリーネが振り返りながら言えば、教授は口を噤んだ。
初めて目にした時と同じように、メイクも髪型もキメたティネオリーネが椅子に座って待っていた。
なんだかすごく偉そうだけど、様になっているんだからお嬢様ってすごいな。
軽い冗談を言える仲ではあるけど分は弁えているのか、ヒズミとファナはティネオリーネの部屋には入らず廊下で待っている様だ。
「お父様は席を外してほしいな、大事な話なんだよ」
ティネオリーネにそう言われ、気になるのか腑に落ちない様な表情を浮かべたものの教授は私達に一言告げて出て行く。
扉は閉められて、部屋には三人と一匹が残った。
私の腕の中に居る二世を物珍しげに眺めながら、ティネオリーネは大きな宝箱の様な箱の前に立つ。
古惚けてはいるが精巧で、豪華な造りをした宝箱の装飾を弄りながら彼女は呟いた。
「フィルオリーネお姉様が見付かったらしいね、これも縁の力のお蔭なのかな」
彼女は慈しむ様な動作で蓋を開き、中から小さな黒い髪飾りを取り出した。
ソレはキラキラと照明の明かりを反射していて、私はそれに見覚えがある様な気がした。
色や大きさが少し違うものの、髪飾りはユーヴェリウスが着けていたカチューシャにそっくりだった。
髪飾りを見て大きく反応を示したのは私では無く、山吹だった。
「それ……ユースが彩萌ちゃんの為に折ったカチューシャ? どうして君が持っているの?」
「ヒズミっぽく言うなら、第二の彩萌ちんに託されたんだよ。夕闇の巫が無くした物を求めているから、必要になったら渡してほしいってね」
「本当に第二の彩萌がいたんですね」と私が言えば、山吹は少しだけ呆れた様な表情を浮かべていた。
まあ、言いたい事は何となくわかるよ、そんな事より無くしたものの事を気にしろって感じだね?
でも私が無くしたものはたぶん記憶だから、その黒い髪飾りの中には私の記憶が詰まっているんだと思うよ。
黒い色は夕闇の巫やウェルサー、それに邪神や穢れなんかを象徴する色だし、力だしね。
「神様、ついには二世の事も全てを思い出す事ができるのでございますね、二世はとても嬉しゅうございます。二世は二世になってしまい、邪神族も存在を失ってしまいましたが……我々は永遠に貴女様の魂に寄り添う力としてお側に居ります」
「なんて反応したら良いのか分かんないんだけど……まあ好きにして」
適当に返したが、それでも二世は嬉しいのかスリスリと腕に頭を擦り付けていた。
でも二世は現実世界に行く事は出来ない様で、此処でお別れらしい。二世を構成している力がウェルサーの物だから、という理由なのだとか。
二世を山吹に渡して、私はティネオリーネに近付いた。
「ティネオリーネ初めまして、夕闇の巫の叶山彩萌です。直ぐに返すから貸してくれない?」
「別に返さなくても良いけどね、ボクの物じゃないし」
「はい」と口元を緩めながらティネオリーネは私の掌に髪飾りを置く、髪飾りはひんやりと冷たい。
カチューシャの大きな飾りを撫でれば、胸の奥がひやりと冷たくなった。
冷や水を胃に流し込んだ様な、そんな冷たさが体を満たしていく。
じわじわと冷や水は私の体温に馴染んで、同じ温度になっていくのが分かる。その感覚には痛みもない、何も無い。
取り戻したという感覚は薄い、それよりも何かを失ってしまった様な感覚に囚われた。
数秒前の私は人間だったのに、今の私は人外だ。
黒い色を失って元の色に戻ったのか、紫色になった髪飾りの上に水滴が落ちた。それは私の涙だった。
「――ここでは、罪人は私だけなのかな」
「それはあの聖書に出てくる落とされた罪人の話かな、理の世界を影の世界って表現する」
ティネオリーネにそう聞かれたが、私は返事をしなかった。正確に言えば出来なかった。
その意味でも有るが、違う意味でも有る。
「あの聖書って何の話?」
「フィルウェルリア聖書だよ、先生読んでないの?」
「あー夜が殺められた時、世界は別たれた。罪人は神の怒りに触れ、別たれた世界へと追放された。そこは加護の得られぬ世界だという……ってやつか」
「読んでないんじゃなくて、覚えてないだけ」と山吹はムッとした声色でティネオリーネに言っていた。
紙面上の話だと思っていた事が現実だったと、しっかりと認識するとそれは想像を遙かに超えて重いものだった。
悲しい訳でも辛い訳でも無いが、私の存在に影響を与えるものである事には違いない。
先程まで能天気に生きていた事が恥ずかしくもあり、羨ましくもある。
だからと言って、私の中の何かが変わる訳では無いが。
そうだ、私の中で何かが変わった訳では無いのだ。完全体になった私って最強じゃねぇ?
というかうっすら覚えてたんだから、完璧に忘れた訳じゃないし。むしろはっきり思い出せる様になっただけじゃね?
あれ、あんまり私変わってない? 劇的な進化があると思ったのに、あんまり……成長してない?
当たり前か、忘れてたとしても一度経験はしてる訳だし、精神的に幼くなった訳でも無い。
というかヤバイじゃん、私が頑張って何千何億という時間を無駄に費やしてきたのに、此処で投げ出したら本当に無駄になるじゃん。
逃げ癖を治したいって思ってたのに、癖って治らないもんなんだね。
だから自重しなければ、幾ら世界を作り替えても夕闇の巫は私だけ。だって私は一度も死んでないから、力を他の人に移せない。
「別たれた影の世界の悲しみが届かぬ様に母は罪人に恩恵を分け与え、彼等を神哭きと呼んだ」
「そう言えばフィルウェルリア聖書に出てくる母は聖女の事じゃないよね、あの聖書には聖女の存在自体書かれていないから」
巫なら何か知っているんでしょ? とティネオリーネは言葉に出す事は無かったが、表情がそう語っていた。
そんな彼女の表情を眺めながら、私は髪飾りを親指の腹で撫でた。
「あの聖書が言う理の母はリィドフェニアの母親、一番最初に創られた人間だよ。人間というには、神に近すぎたけど」
「フィルウェルリア聖書はボクらが知ってる歴史とも宗教とも全く違うんだね」
「神によって創られたリィドナジアは最初から身籠った状態にあって、山の中でひっそりと子を産んだ。その子はリィドナジアとも、精霊とも魔物とも違い、後から作られた人間に近しかった。だから喋れる様になってから一人で国に住まわせた、っていう話」
髪飾りに再び力を込めれば、綺麗な紫色は底の見えない様な深い黒色へと姿を変える。
光沢のある艶やかな黒色は美しいと思う、呑まれそうで恐ろしくもあるけど。
「リィドナジアはリィドフェニアが死んでから影の世界、……理の世界に自らの意思で堕ちて世界を導いたから理の母って書かれてる」
「でも……それだと矛盾が生じるよね、理の世界はこの世界より昔からあるって考えられている、理の世界がこの世界よりも新しいなら、聖女はどこから来たの? それに、夜の精霊なんて居なかったよね」
「この世界が始まるよりも昔、生まれるよりももっと昔の話だから気にしないで良いよ」
私の返答を聞いてティネオリーネは少し考えていたが、考えても意味は無いと結論付けたのかニッコリと笑顔を見せた。
そんなティネオリーネに髪飾りを差し出せば、彼女は少しだけ不思議そうに首を傾げた。
「返さなくても良いんだけど」と彼女は言ったが、私も巫らしい事をしたいのだ。
「これをフィルオリーネに、無くした記憶は戻らないかもしれないけど今ある記憶は繋ぎ止めてくれる筈だから」
「きっと叶山彩萌もそうしたと思うから」と言えばティネオリーネはその髪飾りを受け取り、大事そうに掌に包んだ。
目を閉じて、感覚に意識を巡らせてゆっくりと息を吐いた。体に流れる力を意識する様に、ゆっくりと呼吸を繰り返す。
そうすれば感覚が遠くなっていく、意識ははっきりとしている。
温度を感じられなくなって、目を開けば小さな体が見えた。
持ち主を失って崩れ落ちそうになっていた体を支えて、ゆっくりとベッドに凭れさせて床に座らせた。
床に座るのはあんまり良い事じゃないかもしれないけど、まあ許してね第一の彩萌ちん。
せっかくなのでウェルサーの名残っぽい角を撫でてから立ち上がれば、だいぶ視界が高くなっている事に気が付いた。
二人の方へと視線を遣れば、山吹がちょっと吃驚した様な表情を浮かべていた。
自身の体に目をやれば、どうやら私の魂としての形は十四歳の時の姿らしく冬用の紺色のセーラー服が眼に入る。
ちなみに現在の私は幽体離脱中なので、攻撃されたらたぶん死ぬ。まあ殺される前に相手を滅するけど。
というかやっぱり自分って人外だな、もう人間に戻れないよ。巫だからって何でもできる訳じゃないしね、たぶん自力でこういう事できるのって私とか人外の巫くらいじゃね。
まあこれも魂を引き寄せる、縁を引き寄せるウェルサーの力があるから出来る事なんだけどね。
「どうでしょう山吹君、綺麗になったから見違えちゃいましたかね?」
「たしかに先生ってこういう人好きそうだよね、純情そうだけど意外と大胆的な感じで……ねぇ?」
「ちょっと……お前ら何言ってんの? というか君付けとか気持ち悪いんだけど、止めてくれない?」
「残念」と笑いながら言えば、山吹は不満そうな表情で私を睨み付けた。
ちょっと恥ずかしがっている様に見えるので、まあ良しとしよう。
二世にもう一度別れを告げる為に山吹に近付いて、二世の頭を撫でる。一緒に行きたいと嘆いていたが、また来る事を約束して慰めて置いた。
そして山吹は照れてしまったらしく、直視してくれなかった。
本当に私みたいな顔が好きなのか……、だが安心してくれ山吹、第一の彩萌と私は顔の作りが一緒だから成長すればこうなるよ。
あのブラックロン毛なリーディアと山吹みたいな感じで瓜二つだから、マジで。
もう少しからかってから現実世界に帰ろう、と思い私は山吹の服を引っ張った。
というか山吹、身長ちょっと低いな。私よりは辛うじて高いけど、そんな事を考えながら山吹の頬に唇を寄せた。
あと山吹、お前肌綺麗だな……自分で作った洗顔料で顔とか洗ってんの?
「なっ……なっ、なにっしてんのッ……?」
「幻想世界流の挨拶ってキスとかハグでしょ、お別れの挨拶だったんだけど……ハンカチでめっちゃ拭くのはやめてよ、摩擦と羞恥で頬っぺたが真っ赤だよ」
「う、うるさいよ……もう帰れよ、もう二度と来なくて良いから」
「先生、女性に対してその態度はすごく失礼だと思うよ、これだから余裕のない男は駄目なんだよ」
「本当だよ」とティネオリーネに同意すれば、山吹は疲れた様な表情で「お前ら何なんだよ、初対面じゃないだろ」と言っていた。確かに私達は初対面じゃないけど、ほぼ初対面だって。
いつの間にか逃げていた様でだいぶ距離が出来ていた、また距離を詰めようとすると逃げようとしたので、自身の腕を絡ませて物理的に捕獲した。
二世を抱いているのでこれは簡単には振りほどけないだろうね。
自分で言うのは悲しくなるけど、おばさんは図々しいのよ。何千何億単位で生きている人間をおばさんって言って良いのか疑問だけど。
「聖書ではリィドフェニアとウェルサーは夫婦みたいな感じだし、今はディーテと彩萌は親子関係っぽいけど将来的にどうなっちゃうか分かんないよ。ちゃんと捕まえないとね」
耳元で囁く様にそう言って、山吹から距離を取った。
山吹は不快そうな表情をしてたけど、実際には夫婦みたいだったってだけで夫婦じゃないからな。
どちらかといえばディーテよりもグラーノとか、ムールレーニャとかの方が危ないけどね。泣かせたら息の根を止められそう。
なんか発言がブラックロン毛と被ってるな……、年を取ると他人の恋愛事に首を突っ込みたくなるのか。
「二世とブラックロン毛の事よろしくね、頼りにしてるから」
「二世は良いけど、あの黒い子犬はお断りしても良いよね?」
山吹の言葉を聞いてニッコリ笑顔を浮かべて「頼んだよ」と言って、私はその場から姿を消した。
明るいティネオリーネの部屋から、次の瞬間には真っ暗な空間に落ちていた。
第一の彩萌こと叶山彩萌が現実世界から、幻想世界に落ちる時に通った黒い空間だ。
何処までも続くような感覚に囚われる黒い空間は、すぐに終わりが来る。
――目を開けたら、そこはもう現実世界だ。
――あやめとアヤメの交換日記、六十一頁




