成るようにしか成らない
少々気まずい雰囲気のまま、私はレモネードを飲んでいた。
何故か付いて来ちゃったお面の少年――白仮頼仁と、委員長属性なケレンに挟まれながら公園のベンチに座っている。
ケレンはストロベリージュースで、白仮が飲んでいた緑色の液体は彼曰くキウイとかなんかいろいろ混ざってるやつらしい。
ジュースは安い割に量があって美味しい、けどちょっと多すぎると思うんだこれ。お腹たぷたぷになっちゃうよこれ。
ケレンの友達だからってサービスしてくれたけど、サービスし過ぎだろこれ。
隣の彼を見ればお面の所為で表情は窺えない、と言っても白仮はのっぺらぼうらしいからお面がなくても分からないだろうけど。
でも白仮の雰囲気はなんだかボーっとしている様な、眠たそうな感じだ。
「んー……今日、天気良いね」
「今日は朝から曇です、午後も曇です」
「……直射日光は辛いから、ちょっと曇ってる方が良いと思う」
「湿気でジメジメしているよりは、少々暑い方がマシだと私は思います」
ケレンにバッサリと切られた白仮は何とか捻り出すように「えっと……ほら、紫外線はシミになるから……」ともごもごと発言をする。
そんな白仮に目も向けず、顰めた表情のケレンは苛立たしそうに手元の赤い色の液体を睨み付けていた。
「魔術が使えない方ならともかく、私には関係ありませんね」
「僕にしては珍しく場の空気を盛り上げようとしたのに、委員長は容赦がないんだね」
白仮は「傷付く」と一言だけ呟いたけど、あまり傷付いた様子は見えない。
それでも少しだけ残念そうな様子は窺えた、少しだけだけど。
ケレンはちらりと白仮に視線を移したけど、すぐに顔を逸らして小さく鼻を鳴らした。なんだか白仮にツンツンしているケレンって威嚇してる猫みたいだ。
そんな様子に和んでいれば、ケレンがチラリと私の方へと視線を投げ掛ける。
チラチラと此方を見るその目は、どうにかしてほしいと助けを求めている様に見えた。
「んん……白仮、くん? 君は暇人なの?」
「友達いないから、いますごい……眠いけど、寝ちゃうと学校が大変だから、眠れなくって」
「あー、それって昼夜逆転ってやつ?」
「僕は夜行性で……寝ないように散歩してて、なんか……動いたらもっと眠い」
「つかれた」と呟いた彼の呂律は少し回っていない、というか夜行性なのか……大変だな。
彼みたいな生き物の為に夜間学校作れば良いのに、とか地味に思いながら私は白仮のふら付く頭部を支えてあげた。
「しゃべる相手、ほしくて」
「とりあえずカフェインでも摂取した方が良いんじゃない、取り過ぎは良くないらしいけど」
「……カフェイン?」
「ブラックコーヒー飲めば眠気少しは覚めるよって意味」
「お腹いっぱいかも」と白仮は言う、あそこのジュース飲んじゃったからな……。
満腹感も眠気の原因だと思う、ジュースは飲むべきでは無かったんだな。
ケレンへと視線を向ければ、彼女は困った様な表情を浮かべていた。
「……えーっと、白仮くんは置いてっちゃう?」
「それはいけません! 彼はクレメニスにとって大事なお客様です、それに人目がある公園とはいえ眠った子供を放置なんて正気の沙汰ではありません!」
「冗談だよ、ケレン冗談」
「それにこんな上等な着衣を身に着けているのですよ!? 仮面も服装も物珍しいですし、顔が無い種族なんて滅多に居ません……! 肌とか指先とか髪とかぜんっぜん荒れてないしもうどっからどう見てもお坊ちゃまで恰好の餌食じゃないですか!」
「ケレン落ち付こうか、本気で置いて行く気は無いから」
「フリュージアさん、貴女は危機感が足りていないのではないでしょうか!」
たしかに幻想世界じゃ和服は珍しいか……、そういえばこういう袴穿いてないやつを着流しっていうんだっけ?
というか肌とか指とか荒れてないって、意外と白仮を観察してたんだね。私は気が付かなかったな、こいつ少し青白いなくらいにしか考えてなかった。
あと私よりも白仮の方が危機感足りてないと思うよ、実際もうほぼ寝てるし。
寄り掛かられてるから、ちょっと重い。肩とか凝りそう。
「でも、困りましたね……こんなところで眠られてしまっては私達も移動できません」
「まあ運ぶのは問題ないんだけどね……」
問題はどこに運ぶか、かな? 私は彼がどこに住んでるか知らないし、山吹の家には連れていけないだろう……たぶん。
ケレンの顔を見れば目が合ったけど、すぐにサッと逸らされた。
置いて行くのは正義感に反するけど、関わり合いにはなりたくないんだな。
「しょうがないから私が運んできてあげるよ、どこに住んでるか知ってる?」
「いや……でも、その間フリュージアさんが無防備になってしまいますし……!」
「でもっ……!」とケレンは苦しそうに呻く、どんだけ白仮と関わり合いになりたくないんだよ。
まあでも、そう言う気持ちって分かるよ……。どうしても関わりたくない奴っているよね。
そう思った私は寄り掛かる白仮の背に手を遣り、軽く力を込めれば俯いて眠っていた彼は重力へと従って地面へと落ちる。
ベンチから落ちた白仮は顔をぶつけた様で、ガツンと大きな音を立てていた。お面の所為だと思われる。
白仮の「いてっ」と呻く声が聞こえたけど、私は悪くないよー安眠できる様にちょっと背中摩ってあげただけだよー。
「え……えっ、あ……頭を強く打ちつけたらどうするつもりだったのですか!」
「それはでも、ケレンが治してくれると思ったから……得意なんでしょ?」
「それはまあ……そうですけど、でもとっても吃驚しましたよ!」
「それに魔族って丈夫だから、紐なしバンジーしても大丈夫なんだよ」
朱色の魔力は怪我だけではなく、形あるものを修復出来る力だからお面が壊れても大丈夫だ、たぶん。
紐なしバンジージャンプもきっとできるよ、試したことなんてないけど。
ずっと肩の上で喋らずに唯のミミズクを演じていたユーヴェリウスが「乱暴だねぇ……」と小さく呟いたのが聞こえたが、私は無視した。
ユーヴェリウスは重みも温度も無いから、耳とか顔に当たるふさふさが無かったら完璧に忘れてたよ。
そんなことを思いながら倒れた白仮を見ていれば、彼はお面を押さえながら起き上がった。
「んん……う、鼻打ったかも」
「君、のっぺらぼうなのに鼻があるの?」
「私が一度拝見した時には何もありませんでした、……口はありましたけど」
「のっぺらぼうだから鼻が無いって決めつけるのはのっぺらぼう差別だよ」
いや、顔に何も無いからのっぺらぼうであって――、あれ……でもたしか鼻だけがある妖怪も居るんだっけ?
いやいやいや……もうそれってのっぺらぼうじゃないから、ゆで卵みたいな顔してないとのっぺらぼうじゃないから。
でも口はあるのか……、いや……まあ口が無いと栄養補給できないもんな。のっぺらぼうだけど、白仮は生きてるんだもんな……。じゃあ鼻があってもおかしくない……いや、でもそれはやっぱりのっぺらぼうじゃ無いような?
「あれ、でも……そういえば目もあった様な気がします」
白仮、お前ぜったいのっぺらぼうじゃないよ。
百歩譲ってのっぺらぼうだったとしても、私はそんなのっぺらぼう認めないよ。
お前なんてお面の妖怪で良いよ、どっちかといえばお前は面霊気だろ。
でも面霊気は付喪神だから……幻想世界的に言っちゃえばスピリット系の魔物になるのか?
白仮はスピリット系の魔物では無いから……、やっぱりのっぺらぼうなのか……?
「でも顔のあるのっぺらぼうはのっぺらぼうじゃないと思うんだけど……」
「……でも、それでもぼくは……のっぺらぼうだから」
そう呟いた白仮はケレンに傷付くと呟いた時よりも傷付いた様な、悲しそうな雰囲気だった。
やべぇ……傷付けた、と焦りながら白仮を見れば、何故かお面の上から頬の辺りを摩っていた。
そんな不可思議な行動をする白仮を見て、何故だか私は心臓を何かに掴まれた様な苦しさを覚えた。
ギクリと体が震えて、ドクドクと心臓が嫌な音を立てていた。
それは胸の高鳴り等ではなく、不快感というか罪悪感というか……形容し難い感情だった。
「あ、いや……悪い意味じゃなくて……えっと、あれだよ……し、新種だよ……」
何も反応しない白仮を見て、私は焦りを募らせた。
「のっぺらぼうの親戚なんじゃないかなーって思ったっていうか……」とか「のっぺらぼうというより、お面の妖怪みたいな……?」とか私は何故だか必死になって白仮に弁解していた。私が焦っているのを感じ取ってかケレンも「白仮くん、落ち込まないでください」と白仮を慰めていた。
そんなワタワタと慌てている私を見て、白仮は小さく肩を震わせた。
「ぶッ……ふふっ、別に落ち込んでないし」
「お、おまえッ……! そういう性格だったのかっ!?」
「突き落とされた恨みを晴らしただけ、そもそも僕は本物じゃないからそんなこと言われても全然痛く痒くもないよ」
「顔だって本当はちゃんとある」と言った白仮は先程のしんみりとしたムードをどこへやったのか、ケロリとした様子だった。
クスクスと耳障りな笑い声がお面の下から漏れていた、絶対アイツ私を見ながらニヤニヤしてるよ。
……すげぇくやしい、くそー絶対に落としたこと謝ってやんねーからなー。
「やっぱりね、あのやっすい感じのお面って君のだったんだ」
白仮はどこから取り出したのか、いつの間にか薄汚れたお面を取り出していた。
プラスチック製のそれは少々古いアニメーション作品の主人公の顔をしており、ところどころ汚れがついていた。
正確に言えばこれは……、たぶん私のものではないと思う。それでもそれは、私の物である様な気がした。
「爺ちゃんがいらねぇって言ってたし、あげる」
どう答えれば良いか分からずに顰めた表情をしていれば、白仮はそのお面を私の頭に着けた。
何と言えば良いのか分からないまま私は「ありがとう……?」と、何故か感謝の言葉を述べていた。
「……まあ、よく分かりませんがもう用はありませんね? 白仮くん、学童院にお帰りになった方が良いのではないですか? また眠くなっては困りますから」
「えっヤだ、この前テスト中に寝ちゃって酷い目にあったから、もう居眠りは絶対しないって決意したんだよ」
「夜行性なのですから、しかたないじゃないですか!」
「別に昼間に寝ないと死ぬ病気に罹ってるって訳じゃないよ、父上様に怒られちゃったし……」
不満そうに「根性が足りてないって」と呟いた白仮はもう眠そうな雰囲気は無かった。
ケレンはどうしても白仮を帰したかったのか、その発言を聞いてとても不満そうだった。
だが帰すのは諦めたのか「まあ、頑張ってください」と言って、私を連れて白仮から逃げようとした。すぐに捕まったけど。
「ねぇ、どうしてそんなに怒ってるの?」
「怒っている訳ではありません、ただ貴方と関わり合いになりたくないだけです」
「なんだ、気が付かない内に粗相でもしちゃったのかと思ったよ」
なら別に居ても良いよね? と口にはしなかったものの、白仮は態度で表していた。
白仮は気にしてないみたいだけど、この年頃の男子が積極的に女子と一緒に居るのは珍しい気がしなくも無いような。
でもケレンはめっちゃ気にしてるよ、もしかしたら噂になったらイヤだなとか考えてるかもしれないよ。
だって今のケレンめっちゃ嫌そうな顔してるよ、不快感がめっちゃ露わになってるから。
「先程シェリエさんやクーリーさんを見ましたよ、ご友人なのでしょう? そちらに向かっては?」
「えーヤだよ、女子三人の輪の中に入れる訳が無い、それ以前に嫌」
「……いや白仮くん、私達も女子なんだけど?」
「委員長は女子かも知れないけど、君は女子と言うにはかなり乱暴過ぎると思う」
まだ根に持っていたのか、というか乱暴でも女は女だよ! このもやしっ子め……手足長くて不気味なんだよ!
……まあ、そんな事は口に出して言えないけどさぁ。
「それに委員長と仲良くすれば勉強を教えてもらえるっていう定説があるらしいよ」
「テストの点数は悪かったかもしれないですけど、白仮くんは成績自体は悪くないじゃないですか!」
「居眠りした時は隣の席のあの子に見せて貰ってたけど、今居ないからちょっとピンチ」
「友達になりたい理由が打算的過ぎたので白仮は減点だ」
もう呼び捨てで良いや、遠慮はもうしない。
「特に歴史ヤバイ意味分かんない、眠くなるし」と白仮は言った、外国から来てる分そこら辺はたしかに大変そうだ。
それこそシェリエさんで良いじゃない、とケレンは反論したんだけど、シェリエの名前を出された白仮の雰囲気は非常に困った様子だ。
「あの子が居ないから魔女っ子とは仲良くないよ、そもそも彼女は一切ノート取ってないし」
「もう僕にはたぶん委員長しか居ないと思う」と白仮は言う、たぶん等を付けなければ少しは良いセリフっぽく聞こえたのに……残念だよ。
まあ、僕には委員長しか居ない、と言っても残念なセリフには変わりないんだけど。
というか居眠りは絶対にしないって決意した、と言ってたけどケレンを頼るって事はこれからも居眠りする気満々なのね。
でも隣の席のあの子が誰を指しているのか知らないけど、その子の代わりにケレンっていうのもどうなのさ?
その子が戻ってきたら、ケレンとはどうするのか気になるところである。
「それにあの子が戻って来た時に分からないところを教えられたら良いなぁって、隣だしちょうど良いかなぁって」
あぁ、そっちか。自分の成績の為にケレンと仲良くなる、じゃなくて隣のその子の為にケレンと仲良くなるのか。
なにそれ青春なの、恋バナとか深く興味はないけど……ちょっとワクワクしてしまう自分はやっぱり少しは女子だった様だ。
自分が関わっていないと見てて楽しい、自分が標的じゃなければ楽しい。
ちょっとニヤニヤしてたら自分の発言がどういったものかを理解したのか、白仮は少々不愉快そうな雰囲気を醸しだしていた。
「そういう意味じゃなくって……恩返しだから、恩返し。それにあの子はもう旦那が居るから」
「えっ、叶山さん結婚なさっていたのですか……!?」
「隣の席って叶山彩萌だったのか……」
山吹、生徒にばれちゃってるけど良いの?
というか、そうか……叶山彩萌か。ウェルサーか……恩返しね、うん……なんかよく分かんないけど納得できた、不思議。
この体の持ち主な叶山彩萌については詳しく知らないけど、ウェルサーだったら話は別だ。
ウェルサーだったら人助けしまくってそうだ、うん。
「友達だからね、助け合うのは当然で困っていたらお互い様……ですよ」
「それは、叶山さんが言ったのですか?」
「うん」と頷いた白仮を見て、ケレンは少し真剣な表情で悩んでいた。
ちょっと心を揺り動かされているらしい、これを機にクラスの子とも仲良くなれると良いんだけど。
「ほら、それに委員長は僕やあの子と同じでちょっとクラスから浮いた存在だから仲良くなれるかなぁって」
「白仮くん、それは私に対してとっても失礼ですよ!」
「でも委員長も友達いないよね?」
白仮の失礼な発言に、何か言い返そうとするが良い言葉が出てこないのかケレンはあたふたとしていた。
やっぱりケレン、友達いないんだね。
しばらく慌てふためいていたケレンだけど、グッと眉根を寄せて黙り込んでしまった。
その表情は先程の威嚇していた様な怖い表情とは違い、煌びやかなドレスに熱い視線を送っていた時の様な、何処か悲しげな表情だった。
「わ、私は……貴方とは違います、仲良くする必要なんてない!」
そうケレンは悲しげな声で叫び、私の腕を離して逃げ出してしまった。
白仮は私の腕を捕まえていたので、ケレンとは少し距離があったため彼女を捕まえる事は出来なかった。
彼女の逃げていく後ろ姿を見ながら、ケレンは友達がやっぱり欲しかったのかな、等と考える私は少々冷たい人間なのかもしれない。
それでも仲良くできない理由が彼女にはあるのだろう、それはたぶん非常に大きい物だ。
自分だけの力や意思だけでどうにかできる問題では無いのかもしれない。
それはケレンという真面目で曲がった事が許せない少々独善的な少女という人格を形成している一部なのかも知れない。
「友達は助け合うのが当然で、困っていたらお互い様……か」
やっぱり、私の心境には変化があったらしい。
こんな面倒で山吹に怒られそうな事を目の前にして、放って置いて良いのかと自分の良心に問うくらいに変化していたらしい。
さっき知り合ったばかりの少女を気遣えるほどの、小さな変化だ。
それでも私にとってはだいぶ大きな変化なのかもしれない。
これは唯のお節介でしかないのだろうけど。
「一つ訂正ね、ケレンと私は友達だから……友達が居ない訳じゃないんだよ」
「そっか……それは失礼なことを言っちゃったね」
吃驚して呆けていた白仮から腕を離してもらい、私はケレンを追い掛ける事にした。
白仮も謝りたいからって付いて来ちゃったけど……大丈夫なのか?
まあ……大丈夫だと信じたい、どんなに人事を尽くしたって結局は成るようにしか成らないのだから。
これでケレンに嫌われたって、白仮が怨まれたり嫌われたりしたってそれはしょうがないことだ。
――あやめとアヤメの交換日記、五十六頁




